第一の事件終
フシギ草を手に入れるのに少し時間がかかってしまったため、もしかしたら病気が悪化しているかもしれないと心配になり、急いで向かう。
例の女性を見つけたので、手を振っておーいと叫びながら彼女のそばまで行くと、背丈に合うよう、体をしゃがませていう。
「頼まれていたフシギ草、手に入れましたよ。これで元気にしてやってください」
フシギ草を渡すと、女性は泣いて喜び始めた。
「本当にありがとうございます……! やっと娘が助かります……!」
「いえいえ、受けていた頼み事は約束は絶対に破りませんよ。遅くなってすいませんでした」
俺が頭を下げるとあたふたして様子で顔をお上げください……! と言われる。
そうして顔を上げると、彼女はポケットの中を探っているようだった。
「では、お礼にこれをどうぞ」
そう言ってポケットの中から取り出したのは白いシンプルな指輪。
「こ、これは何ですか?」
「これは、我が家に先祖代々伝わっている指輪です。いつか、勇者様の助けとなりますようにと思いました」
俺はその話を聞いて、後ろに二、三歩のけぞり、手と頭を横に振って言う。
「そ、そんな大事なもの貰えませんよ! そういうのは、これからも先祖代々つなげていってあげてください」
すると、彼女はどこからそんなスピードがでてくるのか分からないくらい早く近づいてきて、俺の手に例の指輪を握らせた。
「このお礼は絶対です。受け取ってください。いつかあなたの助けとなるはずです」
ここまで言われては引き下がるわけにもいかないので、
「分かりました。本当にありがとうございます。一生大切にしますね」
と言って受け取ることにした。
そうしてお互いに背を向け、彼女は家へ、俺は次の町へと向かっていく。
俺は振り返ると、“家に入ろうとしているばあさんに向かって剣を振り下ろす”
「たあああぁぁっ!」
「え……? どうして……?」
ばあさんはこちらを向いて驚いたような顔をしている。
そんな風にまだ“演技”を続けるばあさんに俺は言葉を吹っ掛ける。
「お前、そのフシギ草、“娘を助けるための道具”じゃないだろ?」
俺がそう言い放つと彼女はふふっと微笑んだ。
「初めから分かっていたのかい?」
彼女は倒れたまま俺にそう問いかけてくる。
「いいや。初め家を見た時から怪しいとは思ってたが、確信したのはシンプの村に行ったときさ」
「な……シンプの村にいっていたのかい」
俺は大きくうなずく。
「シンプの村はフシギ草の原産地だからな、あの薬草について知らないことはない。その薬、動物、主に負の感情を持つものを強化するための薬だろ?」
俺がそう言い放つと、彼女は明らかに動揺している様子があった。
「初めからおかしいとは思ってたんだ。本当に娘の病気を治したいのであればあんなに部屋を汚くして衛生環境の悪い状態に置かせないだろうし、なによりあれくらいのおつかい程度自分で行けるだろう」
「なるほど、その時点で私はもうお前に負けていた、ということか」
そう言って彼女は笑った。なぜまだ余裕がある。俺は彼女のそんな態度のひっかかりが今の笑みによって解放される。
女の子はフシギ草入手の道具として使われたわけじゃなかったのか……。
「お前、あのフシギ草は、“娘と称したあの女の子に飲ませる気だったんだな”」
彼女の頬が凍り付くのが分かった。
「そもそもあの女の子は一人暮らし。そこに魔物であるあんたが侵入して彼女のことをあの状態にした。あの病気は進行すると死ぬんじゃなくてお前と同じ魔物になる、ということだ。お前自身が使うのではなく、彼女に使わせて効能を確認するか、強化した彼女のことを利用するだけするつもりだったんだろ?」
「ぐっ、そこまでばれてしまったのかい……。でもまぁもう遅いよ」
彼女はそういって笑う。すでにフシギ草は使った後のようだ。本人に触れさせて念じないと効果は発動しないはずだから、魔物としての力を使ったという所だろうか。
「いいや、遅くないよ?」
俺は誇らしげにそういいながら家の中に入っていくと、シンプの村で少年の意識が戻るまでに集めておいた本当の解毒剤を出すと、彼女に使ってやる。
すると、完全に溶けていたはずの皮膚が消えさり、その下から新しい目と皮膚が出てきて、元通りの人間の顔に戻った。
「……!?」
どうやら、ここまで対策されているのはさすがに予想外だったのか、驚いた様子で歯を食いしばっている。
「ありがとうございます!! セルン様!!」
「うおっ!?」
人間の姿に戻った彼女が、そういいながら俺に抱きついてきた。
元通りに戻った彼女の顔はとてもかわいらしく、身長は俺より頭二つ分くらい小さい感じだ。髪はストレートの黒髪。病気にかかっているときよりも輝いて見える。
「もう私このままフシギ草を使われて自我が消えて、そのまんま死んじゃうんじゃないかって、すごく怖
かったんです! 勇者様が戻ってきて、あのけだものにフシギ草を渡して帰ろうとしたときは本当に死ぬかと思いましたが、まさか助けてくれるなんて!」
俺の腰の後ろに手をまわして抱きつきながら、彼女は飛び跳ねてそういった。
「わかったわかった。一旦手を放してくれ」
俺がそう宥めると、彼女は大人しく手をほどく。そうして、いまだずっと床に寝そべっているだけのばあさんに言った。
「見たかー?」
俺がいやらしくいったその言葉に言い返す時間もなく、ばあさんの体は紫色の霧と共に、空気の中へと消えていった。
「魔物ってこうやって死ぬのか……」
彼女が無残に死んでいく姿を見ながらそうぽつりとつぶやく。
「地獄に落ちてしまえ!」
後ろからそんな声が聞こえる。
「そんな汚い言葉使っちゃダメでしょ……」
「いいんです! 殺されかけたんですから!」
「はぁ……」
本人にいきなりいうのも失礼なので言い難いが、こんなかわいい子があんな汚い言葉を使っているというのは少々似合わない。
「もうこれから一人で生きていくのが怖くなっちゃったな……」
彼女がそうつぶやいたのが聞こえる。俺がギリギリ聞こえるほどの声の大きさなので、聞かせるつもりはなかったのだろうが。
確かに、一人で暮らしているところにいきなりあの婆さんがやってきて魔物にされかけた体験があるのに、能天気にまたここで暮らせというのも惨いものがあるだろう。
「勇者様、お願いがあるんです」
顔を下にしてうつむきながら彼女がそういった。
「一緒に行きたいってか?」
俺が語り掛けるようにそういうと、彼女はパッと顔を上げて俺の顔を見た。
「いいんですか!?」
正直この子を危なくなるかもしれないたびに連れて行くのは本意ではない。
だが、放っておくのはあまりにも可哀そうすぎる。
俺は頷いてみせた。
「ただし、本当に危ない旅になる可能性もあるから、もしそういう状況になったら俺を捨てて逃げてくれ。これを約束できないなら、連れてはいけない」
俺がそう忠告すると、彼女は一瞬考えるようなしぐさを見せたが、すぐにうなずいてくれた。
「よろしくな。名乗らなくても分かってるかもしれないけど、俺の名前はセルンだ」
「私の名前はアンナです! 勇者様、よろしくお願いします!」
こうして、俺の旅の仲間が一人増えたのである。
「それでなんですけど、この後はどこに行くおつもりなのですか?」
アンナは腰を曲げて俺の顔を覗き込みながらそう聞いてくる。
俺は、少しためてから、
「何も決まってない!」
と誇らしげに言って見せる。
「それでは、この指輪に聞いてみるのはどうでしょうか?」
アンナがそういうので、え?と聞き返す。指輪に聞くとは何なのだろうか。
「さっきあのゲテモノが勇者様に渡した指輪です。あれ、実は本当にうちの家宝なんですよ。多分、これを使って何か逃げ出すような可能性を消すためにあえて勇者様に渡したんだと思います」
「なるほどな、ありがとう。それで、これどうやって使うんだ……?」