フシギ草へ
俺が叫んでそう聞くが、返答はない。よく考えれば、出荷が遅れているって何日だ。一日以上たっているのであれば、意識があるのかどうかすら怪しい。
俺は、死に物狂いで箱の近くの土砂を掻きはじめた。
「ちっくっしょ! なんで俺がこんな目に……!」
そんな文句を言いながら必死で砂を掘り続ける。
二時間近く掘り続け、手の爪と爪の間からは血が噴き出し始め、だんだんと自分と手が血の色に染まっていくが、そんなことは気にできない。
「おおっ!!」
誰か人のものと思われる手のようなものがやっと出てきた。
これに沿って掘っていくと、やはり人の体のようである。そこからさらに三十分かけ、何とか中から人を救い出すことができた。へイン城下町を抜け出した時にはかんかんに照り付けていたはずの日はもう沈んでいる。
中から出てきたのは商人たちがいつも来ているような茶褐色のエプロンに、中に白いTシャツを着た、いかにも商人という感じの男の子である。背は俺よりも低く、年齢は……十歳くらいに見える。
意識はやはりなかったが、まだ息はあるようで、体は暖かかった。
俺は急いでその子のことを抱きかかえると、一番近くにあるシンプの村の医者へと連れて行った。
俺がこの少年を両手に抱えて村の中に入るのを見ると、町の人は途端に
「アインだ! アインが帰ってきたぞ!!」
と騒ぎ出すと、俺にありがとうございますとお礼を言い始めた。
何が何なのかわからず困っていると、どうやら村長らしき人が前に出てきて会釈してくるので俺もそれを返す。
「アインを連れて帰ってきてくれてありがとうございます。初仕事でスカルプの町に薬草を持っていくと
いう作業をこなしに出て行ったはいいものの、全然帰ってこないので心配していたのです」
村長が言うことにはそういうことらしい。
とりあえず今は何かを聞くよりもこのアインとかいう少年の命を助けることが最善だと思い、医者に呼びかけ、アインの身柄を渡すとすぐに病院に連れて行ってもらって治療を受けさせた。
一応俺はよそものという扱いなのか、村の人々が俺のことを病院の中に入れようとしなかったので、意識が戻ったら入れさせてくれという約束だけとりつけて、やっておくべきことを遂行しながら待つことにした。
それからしばらくしたころ、彼が目を覚ましたということを先生から聞いた俺は急いで病室へと向かう。
「大丈夫か!?」
そう叫びながら病室に飛び込むと、点滴を隣につけ、彼には合わないくらい大きなベッドで、一人寝ていた。
彼は、俺の声にびっくりしたのか、こっちを向いて目を大きく開けていた。
それからすぐに俺に笑いかけ、
「あなたが僕を助けてくれた人ですね、ありがとうございます」
とお礼を言ってくれる。
「いや、お礼なんか全然いいから! 大丈夫なのか?」
俺は、それだけが心配だったのでもう一度聞く。本当は彼のそばに近寄って肩を揺らしながらにでも聞きたかったのだが、彼の容体についてまだあまりよくわかっていないので、何とかその気持ちを抑えてその場で聞く。
「命に別状はないと、お医者様が僕に言ってくれました。あと、数時間遅かったら助かっていなかっただろうって。助けてくれた彼に感謝しなさいと言われました。本当にありがとうございます」
彼は、さっきと同じように優しい目で俺のことを見ながらそういって頭を下げた。
これを言うときに体を起こしたので、今彼が来ている者がさっきまでのエプロンではなく、白衣であるということに気が付いた。
「助かって本当によかった……! お礼なんて本当に大丈夫だから! 君が助かってくれただけで十分だよ!」
俺がそういうと、彼は頭を上げてくれた。
「では、もう一つわがままをいってもいいですか?」
彼はそう聞いてくる。俺は大きくうなずいて、
「いくらでも聞いてやる。なんだ、言ってみろ」
と返す。そうすると、彼は嬉しそうに俺に言葉を投げかけてきた。
「では、これから僕と仲良くしてくれませんか?」
俺は、そんなことを言われるとは思っていなかったので、少しびっくりして、
「え?」
と返してしまう。
「あの、これから仲良くしていただけませんかって……」
彼はもう一度俺にそういった。
「え、いや、それはいいんだけど、本当にそんなことでいいのか?」
俺がそう聞くと、彼は嬉しそうにうなずいた。
「じゃあ、よろしく。俺の名前はセルンだ」
俺のそんな発言に、目の前の子はとても驚いているようだった。
「え、もしかして、あのセルン様ですか?」
「なんでこんなところにまで伝わってるんだか……」
「え、えぇ!? そんな光栄な! 勇者様に助けてもらったなんて!」
そこまで言うと、思いだしたように話し始めた。
「あ、忘れてました! 僕の名前ですが、僕はアインと言います! よろしくお願いします!」
名前は知ってはいたが、彼は俺がそれを知っているということは知らないはずだから、ありがとうと頭を下げる。
彼は病人であるのにもかかわらず俺に対してすごく気を使って話したり動いたりしてくれた。
俺は、「怪我してるんだからそこまでしなくていいし、ベッドに寝てろ」というのだが、何も聞いてはくれなかった。
「あ、すいません! 勇者様の要件をすっかり忘れていました。えーっと、なんでしたっけ?」
アインはそう聞いてくるので、俺は正直に答えた。
「俺は、薬屋の店主に頼まれて、出荷が遅れているフシギ草を取りに行くように頼まれたんだ」
俺が色々とジェスチャーを加えながら説明すると、彼は笑いながら聞いてくれた。その後、
「でしたら、私のもっていた箱の中にフシギ草が入っていたはずなので、勝手に取っていってください。それと、そちらも緊急事態だとお見受けしましたので、私になんかかまわず先にその子のもとに薬を届けに行ってあげてください」
と言ってくる。自分は怪我人であるのにもかかわらず、一切それをにおわせないような対応と、性根からの優しさに感服せざるを得ない。
そんな彼の願いを否定するというのも無碍であろう。
「分かった。どれくらいという風に言われていないので、とりあえず十本欲しいのだが、いくらになるか?」
と問い、俺の持ち物袋の中から財布を取り出す。
すると彼は私の手に向かって手と頭を横に振って見せた。
「いえいえ! セルン様は私の命の恩人です。それくらいのお礼くらいはさせてください。お金なんかいりませんので、気にせずに持って行ってください」
彼はそういう。
俺は、少し言葉を強めていった。
「お前、お金がなきゃ今生きていても、これからを生きていけないだろう。それなのに、折角の客から金を貰わないでどうする。何が何でも俺は払うからな」
彼に引く様子が一切見受けられなかったので、少し言葉を強めたのだが、彼の意思も相当硬いものであっただろう、全く意味がないようだ。
「たとえそうだとしても、あなたからお金をいただくことなんて出来ません! お金は受け取らないし、代金も教えません!」
「そうか、なら多めにお金をおいていくことにする。フシギ草、ありがとう。またいつか縁があったら買わせてくれ」
そう振り切って病院を出た。後ろからアインの声が聞こえたが、もう何も気にすることはない。あれだけのお金があれば、アインはこれからを暮らしていけることだろう。
ちなみにあのお金は俺が城から出るときに、なんか沢山あった硬貨の中から一番高そうなやつを二枚パクっておいたやつなので、何の問題もない。
「あぁ、セルン様行ってしまった……いったいいくら置いてったんでしょうか……」
そう独り言をつぶやきながら、さっきまで僕の病室にいた優しいあの人が残していってくれた巾着の中身を見る。
「えぇ!?」
中には、十万ユリル硬貨が一枚入っていた。
「フシギ草どれだけ高くしても十本で五万ユリルなのにな……。勇者様ってやっぱすごいや!」
まさかセルンが泥棒したお金だとは夢にも思わないアインであった。