第一の事件
いきなり何なんだ。勇者とはいったもののこの世界にきてまだ一日しかたっていないのに助けて、と言われたところで戸惑いしかない。
「やだよ、俺にもやることあるし……」
「なんだい、勇者ってのはそれくらいのことで人を見捨てるような人なのかい。心底失望したわ」
「!?」
さっきまでの口調と打って変わって厳しい口調なうえに、この言葉を吐き終わった後にわざとらしくため息をついてくる。
「え、ごめんなさい、やります、やらせてください……」
怖くなって俺がそう答えると、彼女は満面の笑みを俺に向けながらうんうんと頷いた。
変な人に見つかっちゃったなぁ……。
「まぁでも、依頼と言ってもそんなに難しいことではないんですよ。これから少し行ったところにスカルプの町、と呼ばれる町があります。そこに、ソルプの薬局と呼ばれる薬局があるので、そこでフシギ草と呼ばれる薬草を買ってきてほしいのです」
……おつかいですね。
「それくらいのことなら自分で行ってもr……」
「引き受けてくれるんですか、! ありがとうございます!」
言葉を遮られた上にそんなことは言ってない。
「あの、そんなこt……」
と否定しようとした瞬間、彼女がどこかに走って行ってしまう。
「勇者様がとってきてくれるって!」
「え、ほんと……?」
どうやら家の中にいる娘の報告をしに行ったらしい。
声の聞こえた方向に走ると、木で建てられた簡素な一軒家がたっていた。
「勇者、様、ありがとうございます……」
……?
家の中から聞こえてくる声は本当に苦しそうなので、前にある階段を上って、家の中に入る。
「何だよ、これ!」
家の中に入ってみると、中のものはほとんど散乱していて、片づけが全く終わっていない様子だった。
これだと感染症にかかるのも無理ないな……。
そういえばさっきの声の彼女は……
「!?」
その彼女の顔はひどく荒れており、半分が溶けているように見えた。
左の眼やその周りの皮膚は緑色になって、目は眼球だけが残り、下にただれている。
何とも気持ちの悪い姿である。
「こんな調子で彼女が大変なのです。どうか、フシギ草を取ってきてはくれないでしょうか……」
娘のこんな姿を見せた後に、もう一度さっきのおばあさんにお願いされてしまった。
これで断るなんてことは流石にできない……
「分かったよ、とってくればいいんだろ、」
俺がそう告げると、もう一度手を握って振り回しながら、ありがとうございます、ありがとうございますと何度も言われた。
「じゃあ、いってくる」
そういって木の家から出た。
「はぁぁ。何でこんなことになったんだ……」
家から少し歩いた後、近くにあった木を背に座って呟く。
母さんのためにも魔王を倒しに行かなきゃいけなくて、そのために空を飛ぶ方法を見つけなきゃいけないってのに……
しかし、受けてしまった依頼を断ることは、流石にできないので、とりあえずスカルプの町に向かってみることにした。
「ふぅ、ここか」
二十分ほど歩いたところで、なんとかスカルプの町までたどり着くことができた。
スカルプの町も本当にただただ普通の町で、入るのに困難とか、警備が厳しいとかそんな様子も見受けられなかったし、勿論道中に何かモンスターが出る、なんてこともなかった。
「一体何が問題でこんなおつかい頼んできたんだろう……」
とりあえず、薬屋の地点までたどり着いた。
薬屋は、昔から続いていることを感じさせる重々しい雰囲気があふれ出ている。
ドアが開けっぴろげられている前にすだちが置いてあるようだ。
のれんに(薬屋)と書かれているのをもう一度確認した後で、それをくぐる。
「すいませーん」
四十代くらいの頑固そうな親父が「らっしゃい!」という声と共に迎えてくれた。目つきが悪いのか、不機嫌なようにも見え、話しかけるのが少し怖い感じだ。俺は、すぐに逃げられるようにのれんに手をかけながら聞いた。
「すいません、フシギ草ってありますか……?」
親父はこれを聞いた瞬間、俺の顔をぎろっとにらみつけた後、無言で俺の方に近づいてくる。
城を出た時点で夕焼けが見えていたのにこんなに道草を食ってしまった結果、あたりは真っ暗だし、もう出歩いてる人も少ないこんな真夜中にどなりつけられるのだろうか。
少し身を強張らせる。
そんなことを考えてるうちにも親父は俺の方に近づいてきて、俺の目の前で立ち止まると、
「フシギ草は、今入荷が遅れてる。なんでかは分からないが、道中で何かあったのかもしれない。フシギ草が欲しいなら直接貰いにいくことだな」
と言ってくる。別に蹴られも殴られもしなかったことに対して、心底安心する。
目つきが悪かったり、話しかけ方が怖いのはわざとじゃなくて、きっとこの人の素なんだろうな、と思うと、店主が少し可愛く見える気もした。
とりあえず、フシギ草を手に入れるためには直接現地まで買いに行かねばならないらしい。
俺はもう一度店主に向き直ると、しっかりと目を見て聞いた。
「分かりました。それで、フシギ草の原産地というのは、どこなのでしょうか?」
店主は特段変わった様子もなく営業スタイルではきはきと答えてくれた。
「ここからさらにまっすぐ行ったところにあるシンプの村だ。ただ、本当に何かあぶないことでもあるかもしれないから、気をつけてな」
そう教えてくれた店主に、ありがとうございましたと一言頭を下げると、のれんをくぐってシンプの村へと向かった。
村への道はずっと平坦で整備されており、迷うかどうか心配だった心はすぐに拭われた。
そう思っていると、どうやら前の方で道が途切れているのが見えた。何やら嫌な予感がするので近寄ってみると、どこかで土砂崩れが起きたようで、道が土砂に覆われ、とてもじゃないが進める状況ではない。
仕方なく回り道をしようとしたとき、土砂と道の間に何か荷物が見えた。急いで近寄ると、その荷物は箱で、「フシギ草」と書かれている。
さっきの嫌な予感……それにこの箱は……!?
「もしかしてそこに誰かいるのか!」