鍋の魔猫。
「にしても、古くせぇ家だな」
遠縁の男性が亡くなり、ほかに相続するものもいないから、という理由で、田舎の一軒家を押しつけられた。
「あんた、一日中引きこもっているんだから、どこに住んでいたって一緒でしょ」
うるせぇな、今時リモートワークも知らねぇのかよ。
そりゃ、売れねぇ物書きだけどよ。
とはいえ、ガキの頃から頭の上がらなかった姉貴に逆らえるはずもなく。
渋々と田舎へと引っ越す事にした。
まぁ、アパートの更新時期だったし、ちょうどよかったのは確かだが。
鬱蒼と繁った木に、蔦のからまった小さな物置小屋のような建物。
古風といえば聞こえはいいが、古臭い二階建ての母屋。
もらっていた鍵で玄関を開けると、中は意外なほど綺麗に整頓されていた。
へぇ、男の一人暮らしなんてゴミ袋が散乱していてもおかしくないのにな。
退去する前のアパートの自室を思い浮かべながら、俺は感心していた。
人が住んでいなかった期間があったせいか、埃は溜まっていたが、それ以外に気になる点はなかった。
ただ一つ。
テーブルの真ん中に高そうな座布団が置かれ、薄汚れた土鍋が鎮座しているという事以外は。
「……」
何故に、座布団の上に鍋が?
何かの宗教か?
「……普通の鍋だよな?」
さすさすと撫でてみるが、特に変わった所は……。
そう思った瞬間、鍋からぼふんっと白い煙が上がった。
火事か!?
いや待て。鍋といっても、火にかけていたわけでもないのに、煙が出るわけねぇだろ!
もくもくと上がる煙の中から、「にゃん!」という声が聞こえてきた。
……にゃん?
気がつけば、土鍋の中には白黒の小柄な猫がちんまりと座っていた。
「……猫?」
はっとして、俺は家の中を見回した。
猫のトイレに、エサ用の皿。
スルーしていたが、この家には確かに猫の住んでいた気配が残っていた。
はぁ? まじかよ。
猫付きなんて、聞いてねぇぞ。
姉貴に確認しようとスマホを取り出すと、猫はエサ用の皿の前にちょこんと座って俺を見た。
腹、減ってんのか?
いつから食ってねぇのかな……。
「ちょっと待っていろ。買ってきてやるから」
一番近いスーパーでも、ここから車で40分ほどかかるが仕方がない。
ほかに買いたい物もあるしな。
その時だった。
「にゃん!」
猫が一声鳴くと、ガコっと猫用の缶詰めがどこからともなく現れた。
「……は?」
呆気に取られる俺にはかまわず、猫は相変わらずエサ用の皿の前に居座っている。
「ああ、待て。今、開けてやるから。って、箸かスプーンか何か……」
俺がキョロキョロとしていると、猫がまた「にゃん!」と鳴いた。
どこからともなく現れる小さなスプーン。
「……これ、まさか」
猫がからんからんとエサ用の皿を、前足で転がす。
俺は慌てて猫にエサをやった。
ばくばくと勢いよく食べ、猫はあっという間に皿を空にした。
「にゃん!」
また猫が鳴いた。
それと同時に、猫の絵のついた小さな牛乳パックが現れた。
どうやら、猫用の牛乳らしい。
猫がきらきらとした目で、俺を見上げている。
エサ用の皿の隣にあった、少し深めのボウルに牛乳を入れてやるとぴちゃぴちゃと音を立てながら飲んだ。
「まさか……。いや、でも……」
うんうんと唸っていると、今度は俺の腹の虫がぐぅ、と鳴いた。
そういや、まだ何も食っていなかったな。
やっぱり、スーパー行かねぇとダメだな。
街灯とか無くて暗いから、夜は運転したくねぇんだけど。
俺をじぃっと見ていた猫が、また「にゃん!」と鳴いた。
俺の前に突如として現れたコンビニのおにぎりと、ペットボトルのお茶。
「これ、もしかしてお前が……?」
猫は不思議そうに首を傾げている。
まぁ、いい。
有り難く頂こう。
おにぎりを食べながら、俺は座布団の上に鎮座している土鍋を見た。
前の住人が大切にしていたわけだ。
あの土鍋から出てきたこの白黒の小柄な猫は、にゃん! と鳴くだけで何でも出してくれるのだから。
え、これってすげくね?
金出して買う必要がねぇって事だろ?
だが、後日。
俺は自分の考えが甘かった事を悟った。
頼めば、猫は「にゃん!」と鳴いて色々と出してくれたが、何でも出してくれるわけではなかった。
大きな液晶テレビ○。
俺と一緒に見ている。鳥や小動物の出てくる番組ならなお良し。
ブルーレイレコーダー✕。
録画して見るという感覚がないらしい。まぁ、猫だからな……。
掃除機✕。ロボット掃除機○。
何で、ロボット掃除機はOKなんだ? と思っていたら、夜中に上に乗って遊んでいた。
ベッド。高級羽毛布団つき○。
猫が真ん中で寝る。
ソファー○。
猫が真ん中で寝る。たまに爪も研ぐ。
テレビゲーム+ソフト○。
テレビの前で、動くキャラにじゃれている。
たまに猫リセット……。いや、アレって本当だったのな!
要するに、猫自身が興味がある物しか出してくれないらしい。
ちなみに「金を出してくれ」と言ったら、小銭だけ出してくれた。
猫がじゃれて、タンスの下に入っちまったけどな!
それでも、まぁ、以前の生活と比べれば、格段に俺の生活は向上した。
猫が食べたい物は自分で出すし、普通の猫ではないから動物病院に連れて行く必要もない。
俺の食べる物は、相変わらずおにぎりとペットボトルのお茶しか出してくれないが。
……ビニールのかさかさと、ペットボトルのフタが気に入っていたようだ。
最低限の物を買うだけでいいし、執筆活動にも力が入る。
精神的に余裕が出来たせいか、仕事の受けも良く、前より収入が増えたくらいだ。
ふんふんと鼻唄を歌いながらスーパーで買い物をしていると、ふと土鍋が売っているのが目に入った。
「……」
薄汚れた土鍋の中で丸くなって眠る猫を思い出す。
新しいの買ってやったら、喜ぶかな……。
って、高いな!?
どうやら、手作りの一点ものらしい。
なんで、ど田舎のスーパーでそんなモンが売ってんだよ。
それでも、その土鍋の中で眠る猫の姿が頭から離れず、俺は(自分としては)大枚をはたいてそれを買った。
「ただいまー!」
玄関を開けながら、猫に声をかける。
いつもなら出迎えてくれる猫が、今日は出てこない。
寝てんのか?
「お土産、買ってきたぞ!」
昔話みたいに、新しいのを買ったら猫がいなくなったと思っただろ?
おあいにく様!
猫は相変わらず家にいるし、まぁ、大体の物は出してくれる。
俺も、どんな物だったらOKというのもなんとなく分かってきたしな。
ついでに言えば、猫は俺のお土産が大のお気に入りで、今もそこですよすよと幸せそうに眠っている。
高かった土鍋じゃなくて、それが入っていた段ボールの方だけどな!
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