第一章
―未来/1―
歩道の無い道を歩いていた。
何故、車道側に彼女を歩かせてしまったのだろうか。
気が抜けてしまっていたのかもしれない。
次の瞬間、隣を歩く彼女の姿は無かった。
黒い自動車が猛スピードで走り去る姿が見える。
車道には腰が曲がっては行けない方向に折れた彼女が倒れていた。
頭からだろうか、ゆっくりとアスファルトの地面を伝って血液が流れてくる……。
後悔は物事が起こってしまった後にしか出来ない。
ゆっくりと時計を見つめ、今の時間と日付を確認した。
―1―
寒く雪が降りそうな空。澄んだ空気を吸い、吐き出すと温かく白い息が広がった。
十代後半くらいであろうか、その少女は広い公園のベンチに座り、暗い闇夜を照らす明るい月を眺めていた。
まるで部屋着のような薄いシャツとズボンは所々汚れており、美しかったであろう漆黒の長髪も傷んでいた。
「……これで凍死できるかなぁ……」
少女は呟く。
吐く息は白く、暖かさがあった。
「こんばんは。なにしてるの?」
気がつくと、すぐ近くに二十代の青年が立っていた。
爽やかな短髪で、今まで走っていたのか息が荒く、白い息が乱れていた。
「こんばんは、初めまして。私、凍死をしようとしているんです」
少女はまるで当然かというように、素直に答えた。
「それはまた難儀な話だね。隣いいかな?」
「どうぞ」
青年は少女の隣にドスンと腰掛けた。
「何でまた凍死なんてしようと思ったの?」
「私、未来がわかるんです」
「未来が?」
「そう、どうやってかは知らないんだけど、いつの間にか知ってるの。今知ってるのは凍死する未来、だからそれに従おうと思ってるの」
少女は空を見上げながら語る。
青年は少し苦い顔をした。
「その未来はどうやったら叶うんだい?」
「わからない……」
少女はスッとベンチから立ち上がり、虚ろな目で立ち尽くしている。
「今日は凍死はしない日だったのかい?」
「そうみたい、また凍死する日がきたら死ぬわ……」
少女はフラフラと歩きだす。
「どこか行く宛はあるの?」
「ないわ……。私はどこから来て、どこに行くのかしら……」
そう言いながら、少女は遅い足取りで一歩ずつ歩いていく。
青年はベンチから立ち上がり、少女の真正面で行く手を塞いだ。
「じゃあさ、俺の家に来ないか? 部屋も空いてるんだ」
「あなたの家に?」
「凍死しようとしている人を、それも帰る宛も無いような人を見捨てるわけにもいかないだろ。何か悪いことなんてするつもりもないし、単なる好意だよ」
「そう……、あなたは良い人なのね……。不思議と安心感があるし、お邪魔することにするわ……」
少女はフラフラと歩いて青年の横に立つ。
「私、名前は……多分ミライだったと思うわ」
「ミライ……さんね……。俺はイマイ、忘れないでくれよ」
「えぇ、覚えたわ、イマイさんね……」
イマイは自らが羽織っていたジャケットをミライに着せ、二人でイマイの自宅へ向かった。
―過去/1―
歩道の無い道を歩いていた。
必ず自らが車道側を歩き、彼女は道路側には立たせなかった。
危ない運転をする車は沢山いる。それが意図的なのかどうかはわからない。
だが、彼女が道を歩けるのであれば、それはどうでも良かった。