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檻の少年

作者: 雪咲

 僕の首には、物心ついた時から金属の首輪が付けられていた。しかし首輪に鎖は繋がれていない。

「この首輪は屋敷から出ると爆発するんだ」

屋敷の主人からそう言われ続けて育ってきた。

通常の子供が教育を受ける年齢の頃になると、僕に与えられた部屋に使用人がやってきて、まともな教育を受けさせられた。

屋敷内を歩き回ることも、一部入ってはいけない部屋はあったが、それ以外には制限されていなかった。

食事も屋敷の者と同じものを与えられ(それは一般人が食べるものよりは高級なものであっただろう)、誰からも虐待を受けた経験などなかった。

つまり、首輪が付いていることと、屋敷を出ることができないということ以外、僕に不自由は一切無かった。

しかし僕は、自由を求めていた。


屋敷には空乃そらのという、僕と同い年の少女が住んでいた。屋敷の主人の一人娘である。彼女にも僕と同じく首輪が付いていた。

屋敷内での扱いは僕と変わらない。変わらない、というのは、彼女の扱いがよくないということではなく、僕の扱いが普通の家庭の子供と同じ、ということだ。

僕は幼い頃から、彼女とふたりで遊んでいた。

空乃は女の子にしては活発すぎる少女で、読書好きで穏和な僕とは性別が逆なのではないかと屋敷内で言われるほどだった。屋敷内で走り回るのは日常茶飯事だったし、物もよく壊して叱られていた。

そんな彼女の存在は、外に出ることができない僕が受け取ることのできる数少ない刺激であり、彼女との生活はとても楽しいものであった。


僕らが十歳になったある夏のことだった。

「ねぇ理央りお、あんた外に出たいとは思わないの?」

 クーラーの効いた部屋でふかふかのソファに身を預けながら、空乃が突然こんなことを聞いてきた。理央、というのは僕の名前である。

 なぜ今になってこんなことを、と僕は戸惑いながらも、

「そ、そりゃあ思うこともあるけど、この首輪のせいで出られないし……」

 と返す。すると空乃は僕の首輪を指さして小悪魔のような笑みを浮かべた。

「だったら首輪の鍵、探そうよ」

 きっと彼女はこれが狙いだったのだ、と悟った。

 子供が宝探しをして遊ぶのと同じように、彼女は新しい暇つぶしとして首輪の鍵に目を付けたのだろう。

「いいよ」

 どうせ見つからないだろうとは思いながらも、一度そう決めたら梃子でも動かない彼女のことなので止めても無駄であると考え、空乃の誘いに乗った。

 今まで探そうと思わなかったわけではない。だがこの大きな屋敷でたった一つの小さな鍵を見つけることは難しいだろう。主人が常に携帯している可能性もある。さらに、もし仮に見つけることができたとしても、この屋敷を出て一人で暮らしていくことができるのか疑問だし、この屋敷での生活も嫌ではなかった。むしろ僕の暮らしは恵まれている。

 だが外の世界が気になるというのも事実だった。


 そして僕たちは、二人で首輪の鍵を探し始めた。

 まずは僕たちに与えられていた部屋。こんなところに不用心に置くはずがないとは思ったが、世の中には「灯台下暗し」という言葉もある。探しておいて損はないだろう。

 僕の机周辺は綺麗に整理整頓してあるため探しやすかったが、空乃の机とその周辺には玩具や本、勉強道具が所狭しと散乱しており、片付けるのに三十分ほどかかった。ここでも彼女のいい加減な性格が見て取れる。

 結局鍵らしきものは見つからず、ただ部屋が綺麗になっただけであった。散らばっていた物は棚に並べ、床には何もない。寝転がると、一面真っ白な天井が視界を染めた。まあこれはこれでいいだろう。

 次に入ったのは、廊下を挟んで子供部屋の向かいにある食堂だった。大きなテーブルに七つの椅子が並んでいる。

 この屋敷には主人と僕ら、そして三人の使用人が暮らしている。当然食事をとるのは六人だ。主人の隣は、いつも空席だった。

 ずっと疑問に思っているが、そこには触れないというのがこの屋敷では暗黙の了解のようになっていた。自由奔放な空乃も、これに関しては触れたことはない。

 食堂には物を隠せそうな場所などほとんどなく、すぐに見て回ることができた。

 食堂の奥の厨房は使用人以外入らない場所で、僕らも入ることは禁じられていた。

「ここも調べてみないとね」

 空乃はうきうきと扉に手をかける。

「駄目だよ……。怒られるよ」

 僕はあまり乗り気ではなかったが、空乃は別にいいじゃん、と扉を押し開けた。

 瞬間。

 両目に焼けるような痛みが走った。


 視界はしろ⁉ きいろ⁉ 違うもっと何かなんだこれは⁉


 空乃も同じように感じたらしく、急いで扉を閉じた。

 それからしばらくの間、視界にちらちらと先程の「何か」が暴れ回り、何も見えなかった。

「大丈夫?」

 僕の方が空乃より後ろにいたからか、目が直るのが早かった。少し時間を置き、空乃の目も回復したようだ。

「やっぱりあそこはやめておこう」

 空乃も今回ばかりは素直に頷いた。

 次に入ったのは僕らの部屋の隣にあるトイレだったが、ここは特にトラブルも何もなく終わった。

 トイレの隣にある遊戯室は、入るとビリヤード台やルーレットなどがあった。埃をかぶっており、しばらく使っていないことがわかる。台は僕らの目線くらいで、まだ遊べそうにない。もう少し大きくなったら遊べるのかもしれない。

 ここにも鍵はなさそうだったので、遊戯室を出た。もはや鍵探しというよりただの探検になりつつあった。最初は気乗りしなかった僕も、いつの間にかこの状況を楽しんでいる。

 遊戯室の向かいの書斎には、主人が入っていて鍵がかかっていた。主人はここで物書きをしているという話だ。ときどき外の人がやってきては、大きな封筒を持って帰っていくのを見た。おそらく原稿が入っているのだろう。そういえば、外から来る人や使用人たちは、いつも青白く光る筒を手にしてこの屋敷を回っていた。

 あとでここが開いたら入ろうと言い、空乃はその隣の洗濯室に入っていく。僕もその後を追った。

 洗濯室では使用人が僕らの昨日の服を洗濯していた。

「ここに来るのは珍しいですね、何をして遊んでいるのですか?」

「屋敷の中を探検して遊んでるのー!」

 空乃が元気に答える。

「入ってはいけない部屋には――」

「もちろん入ってないよ!」

 使用人の言葉を遮るように、屈託のない笑顔で空乃が嘘を吐く。よくもそう悪びれる様子もなく言えるなと逆に感心した。

 使用人と空乃が話している間に見回してみたが、ここにも鍵を隠せるような場所はなさそうだ。

 その向かいの浴場にも隠すような場所は無く、ついに残ったのは主人の寝室と使用人の部屋だけとなった。主人の部屋は普段オートロックの鍵がかかっているし、使用人の部屋は三人の使用人のうち誰か一人に許可を取らないと入れないようになっていた。

 さっきの使用人に入っていいか尋ねると、目を瞑って少し待つように言われ、彼女が部屋に入って何かのスイッチのようなものを押す音が聞こえた。

「いいですよ」

 その声が聞こえると、僕らは目を開けて部屋に入った。そこには三人分のベッドと衣装ダンス、天井には楕円形の装飾のようなものが付いている。また、奥の壁には小さな扉がある。残りの二人は見当たらないので、外に買い出しにでも行っているようだ。

 僕らは無邪気な子供のようにベッドに飛び乗ると、転がるふりをして鍵が隠されていないか調べた。硬い物の感触はない。

 やはり主人が持ち歩いているのか、寝室にあるのか。そういえば書斎もまだ確認していなかった。

 時計の針は夕方の五時を指しており、そろそろ主人が書斎から出てくる頃かと思った。主人が書斎にこもるのは、朝八時頃から夕方五時頃までのことが多い。もちろんそうでないこともあるが。

 廊下に出てみると、主人が書斎から出てくるのが見えた。

 僕らが書斎の方に向かうと、主人がこちらに気付く。

「理央はともかく、空乃が書斎に入るなんて珍しいな」

 僕は普段から書斎にある難しめの本を読むが、空乃は本など読まない。たまに読んだとしても、ファンタジー色の強い冒険ものくらいか。

「探検して遊んでるの!」

 空乃が父親に笑顔で答える。

「そうか、怪我をしないように」

 主人は何も疑うことなく寝室へと向かった。僕らは扉を開け、書斎に入る。

 左右と奥の壁には天井まで届く本棚があり、部屋の中央には机が位置している。この書斎は、本の種類は膨大だが、内容には偏りがあり、かなり古い作品や大昔を題材にしてある作品がほとんどだった。

 机の引き出しを探してみるが、どこにも鍵らしきものはなく書類が大量に入っているだけだった。一枚手に取ってみると、それは『暗闇の住人』とタイトルが書かれた手書きの原稿用紙だ。主人が書いた小説に違いない。

「ごはんができましたよー」

 数行読み進めたところで、廊下の方から使用人の声がした。まだ続きを読みたいところだったが、原稿を引き出しにしまうと書斎を後にした。


 『暗闇の住人』。外に出ると死んでしまう体質の親の元に生まれた主人公が、親の言う事を疑い、家の外に出ようと思い始める物語。

 まるで僕たちみたいだ。

 食事の後、続きを読もうと書斎に寄ってみたが、主人に回収されていたようだった。


 翌日。空乃と話し合い、主人の寝室に忍び込む作戦を考えた。作戦を実行するため、僕は扉を開いたとき扉の影になる場所に、空乃は主人の寝室の隣である浴室の入り口に隠れる。

 作戦はこうだった。主人は朝食後、しばらくすると長めにトイレに入る。トイレに行くために寝室を出た瞬間、空乃が主人に話しかけるので、僕は主人にばれないよう蝶番のあたりにハンカチを挟み込む。これでオートロックは掛からない。あとは主人が扉に気付かないよう空乃が誘導する。

 寝室の扉が開いた。作戦開始だ。

「パパ、今日もトイレ?」

 硬くなったりせず、自然な笑顔で話しかけられる空乃にはうってつけの役割だった。僕なら緊張して何か企んでいるのがバレバレだと思う。

 僕はその隙にハンカチを挟み込む。あとは空乃が上手くやるだけだ。そこに関しては、心配は不要だった。


「作戦通りできたね」

 生まれて初めて侵入した寝室の中で、僕と空乃はハイタッチする。そして最後の部屋の捜索が始まった。

 寝室にはダブルベッドが置かれ、ベッドの横には小さな棚がある。大きなクローゼットもあった。使用人の部屋のような天井の楕円形の装飾は無かった。

 僕はベッドの横の棚、空乃はクローゼットを開ける。

「理央! 見て! 綺麗なドレスがたくさんあるよ」

 クローゼットの三分の一くらいは主人の服がかかっていたが、残りは様々な色のドレスだった。長い間触れられていないようで、埃かぶっている。

 この部屋にあるということは、主人の奥さん、つまり空乃のお母さんのものであろうか。

 クローゼットの下の方に段ボール箱があり、一番上に置いてあった日記を読むと、空乃のお母さんはすでに亡くなっていることが分かった。

 しかし今は読んでいる場合ではない。主人が戻ってくる前に鍵を探さないと。

 いつの間にか僕も本気で鍵探しをしていた。やはり外に出たい、自由になりたいという願望は根底にあったのである。空乃の提案から始まったこの鍵探しによって、僕の中のそういう松明に火が灯されたみたいだった。

 外を夢見ながら棚の引き出しを開けると、そこには数枚の書類が入っていた。それは首輪の説明書のようなものであり、表紙の写真は僕らの首に付けられたものと同一である。僕は急いで読み進める。

 最後まで読み終わり、僕はこれまでの苦労が無に帰す衝撃の事実に気付いた。

 ある一定の距離で爆発するなど、そのようなことは一切書かれていないのである。

 もしかすると爆弾は後から主人が取り付けたのかもしれないと思い、それなら爆弾の説明書も残っているだろうと探すが、無い。

 そして出納簿を見つけたので首輪を買う前と買った直後を一通り確認したが、やはり爆弾を購入した記録は無かった。

「空乃、僕たちの首輪には、爆弾なんて無いみたいだ」

 なぜ嘘を吐いてまで僕らを外に出したくなかったのかと考えながら、そのことを空乃に報告する。

「えぇっ! それなら今すぐ外に出ようよ!」

 僕の言葉を聞いた途端、空乃はそう叫びながら僕の右手を引き、寝室を飛び出した。扉を開ける音や空乃の叫び声に気付いたからか、使用人たちが浴室や洗濯室から出てきて僕らを止めようと追いかけてくる。トイレを終えた主人も僕らに気付き、何か叫んだ。

 しかし寝室は玄関のすぐ近く。空乃は玄関の扉を開け、外へと飛び出した。

 その瞬間だった。

 右手にあった空乃の感触が砂糖のようにサラサラと零れ落ちた。

 目の前にあった空乃の姿は刹那にして崩れ落ち、視界は厨房を開けた時のように強い「何か」で覆われ、カラン、と金属が空しく地面に落ちる音を聞いた。

 身体より前に出た右腕が感覚を失う。

 何らかの危険を感じたが、そのまま僕も慣性により外へ飛び出した。

 初めて生で聞いたひぐらしの鳴き声が、僕の鼓膜を最後に震わせた音だった。


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