ゴミ合い
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おう、つぶらや、食い終わったか? 弁当のゴミ、まとめちまうからこんなか入れちゃってくれや。
やー、削減、再利用といったって、人数集まる中での仕出し弁当のゴミ、簡単には減らせねえよな。
あそこまでみんなして、もくもく食べたりするの、こんな状況にならん限りは目にしなかったろうな。俺も一人暮らしでデリバリー頼むとか、外食を自粛しろと言われない限り、体験しなかったと思うぜ。
でも、コンビニ飯もやっぱ捨てがたいんだよな。ずっと昔から世話になってるし、口になじんでいる感がある。
――そういや、つぶらやはよ。コンビニで買った飯のゴミ、どこへ捨ててる? どこかのコンビニのゴミ箱の中か?
あれ、実はまずいらしいぜ。イートインとか、その場であけて食べたもののカスならともかく、いったんは持ち帰ったものは「家庭ごみ」のカテゴリーに入る。持ち込むべきじゃないんだってよ。
まあ、守らない奴も多いだろ。一般道の速度制限と同じような感覚で。
だがなあ、守らないことで巻き込まれる恐れがあるんだよ。一般道の交通事故と同じような感覚で。
運に自信があるなら、聞き流す程度でかまわん。ひとつ、俺が昔に体験した話を耳に入れておかないか?
一人暮らしを始めた当時の俺にとって、一日三食コンビニ飯は、ささやかな楽しみでもあった。
小さいころから、家での食事は親の手作りがほとんど。インスタント系の食事は、どうしても親が手をかけられないときだけ許されて、みだりに菓子を食うこともできなかった。
「体に悪いから、コンビニとかのご飯やおそうざい、食べ過ぎたらダメよ」
親からすれば、おかしくない忠告だったろう。だが体力面で伸び盛り、健康面でも大人を上回るだろう子供の身体にとって、それは理不尽な制約に他ならない。
それから解き放たれる一人暮らしが、反動の引き金になるのは、さほどおかしい話じゃなかっただろう。
俺の通学路には、コンビニがいくつもあった。
朝にどこかのコンビニで飯を買い、帰り際にまた別のコンビニのゴミ箱で処理をする、というのは日常茶飯事。
ついには家に溜まりがちだった、ちょっとしたゴミや大量のペットボトルを、せっせこ運ぶようになる。ゴミ袋代の節約にもなるしな。
せっせとゴミを出していく俺だったが、引っ越してから1年後に、ゴミ箱事情が思わぬ状況へ転がっていく。
当時のニュースをちゃんと見ていなかった。どこのことだったか覚えていないが、コンビニのゴミ箱に、爆弾が仕掛けられていたらしいんだ。
事前に気づき、処理をされたとのことだが、これまで店の前に置かれることがほとんどだったゴミ箱が、どんどん室内へ移されていった。
ふらりと通りすがりに、ゴミを捨てることがしづらくなったんだ。おまけに「家庭ごみを入れないでください」のプレートまで、捨てる口の上に張り付けられる始末。
自動ドアの脇という配置も、俺にとってはいまいましい。店員さんが「いらっしゃいませ」と声掛けをしてきて、嫌でも視界に入るポイントじゃないか。
防犯の観点では正しい。「いらっしゃいませ」は、店員さんが「気づいていますよ」と客へ送るけん制球。「見ているんだから、罪を犯すような真似はよせ」とね。
俺はビビりだった。口を結んだビニール袋を手に、店内へ入ってゴミだけ捨てて帰ることに後ろめたさを感じだしてしまう。だから、これまでのように、手軽に寄って捨てられるところを、探さざるを得なかった。
歩いて歩いて、俺はようやくそのポイントを見つける。いや、見つけてしまった。
いつも降りる最寄り駅の、ひとつ手前。駅とマンション群をつなぐペデストリアンデッキに陣取る、一軒のコンビニ。
そこのゴミ箱は自動ドアの外、植え込みの隣にたたずんでいた。「家庭ごみを持ち込まないでください」のプレートを同じように掲げながらも大口を開けて、誘っているようにしか見えない。
実際、俺の目の前で仕事帰りらしいサラリーマンのおっさんが、弁当箱で膨らんだ半透明のビニールを、素知らぬ顔で突っ込んでいったじゃないか。
それから俺は、件の駅で降りてゴミを捨てるのが当たり前になった。家からだって、歩いてじゃんじゃん持ち寄った。
距離だけ考えれば、おばかの極みだ。屋内のゴミ箱に捨てる、ほんの少しの面の厚ささえあれば、数十分のロスをなくせるのに。俺は自分にとっての恥を選んだんだ。
めったに店員は外へ出てこず、俺が帰る時間帯は多くの人がゴミを捨てていく。口からあふれんばかりのビニールをのぞかせ、それを奥へ追いやりながら、自分のゴミを突っ込んでいったことも、一度や二度じゃなかった。
そして、ゴミ箱の汚れもまた尋常じゃない。外にさらされているためか、猫や鳥がこぼれたり、はみ出たりしたゴミ袋をあさっているせいだ。
ずたずたに裂かれて、中身の箱からソースがこぼれている。はみ出たビニールの穴からもドレッシングがこぼれ、口からの「よだれ」にしては甘ったるい色と香りを放っていた。ときには、現行犯を目にすることもあったさ。
少し顔をしかめながらも、俺はそこでのゴミ捨てをやめることができなかった。
たっぷり一年と数カ月はお世話になっていたか。その日もいつも通りにゴミを捨てようとしたところを、店員に呼び止められてしまったんだ。
何度もやりすぎて、不用心でいる。「まずった」とおそるおそる顔をあげた先にいたのは、当時通っていた学校の、同級生だった。
「悪いが、見ちまった以上はダメだな。ひっこめてくれ」
「頼むよ、一回。一回こっきりだ」
「いんやダメだ。これ以上被害を増やしたくないんでな。このゴミ箱も、今日限りで内へ引っ込める」
「被害? なんの話だ?」
「――あと2時間もあれば、バイトをあがる。ファミレスで話そう」
2時間後、俺たちは待ち合わせしたファミレスで、席についていた。
同級生は話す。あのゴミ箱はあまりにゴミを捨てられて、まずいものを引き寄せていると。
「俺だってにわかに信じがたい。どうやらあのゴミ箱はな、命のたまり場になっちまっているんだってよ。
触れたり、口に入れたり、入れ損ねたり。そうして人の命の断片が、少しずつ少しずつ集まるとな、大きな命の塊になることがあるんだよ。
なにせあそこは、不特定多数が捨てるポイントのひとつ。合コンなんか目じゃない母数で、多くの連中がマッチングしていくようなもんだ。噛みあう率だって、けた違いってわけ」
「――じゃあ、その噛みあいがあったってか?」
俺の問いに、同級生は静かにうなずいた。これ以上、外には置けないって。
「だからよ」
その同級生の声とともに、頼んでいたメニューが来る。あとは二人、もくもくと飯を食って、ファミレスを出たよ。
帰り際、俺は例のコンビニ前を通ってみる。
明日には引っ込めると聞いたゴミ箱の口に、一匹の猫がしがみついていた。
首を突っ込み、爪を立て、数メートル離れた俺にも聞こえるほどに、袋の中身を吸い立てる。
猫の身体に、過剰なまでの塩分、砂糖、調味料。それをこうも浅ましくすする姿が、ここにあっていいのだろうか。
気づいたらしい屋内の店員が、入口近くまで寄ってくる。察した猫は、箱を揺らしながら降り立ち、逃げていくが俺は見てしまったよ。
一瞬だけ、俺の方へ向けたあいつの顔。いつぞやゴミを捨てていった、サラリーマンのおっさんにそっくりだったんだ。
あのコンビニは翌日から、聞いていた通りに店の中へゴミ箱を引っ込めたが、俺の学校ではしばらく、人面犬や人面猫、人面鳥を見たって声が、ちらほら聞こえたっけな。