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異世界ドラゴン~この世界をひとつに~  作者: あんちおいでぃぷす
第一章 フローゲン編
9/34

龍との対峙


 




 準備が整ったらやろうとしていたことがあった。

 それは、あの「魔導書」のなかに書かれていたあるものを読んだのがきっかけで思いついたアイディアだった。

 これが上手く行けば、この国の根本的な問題をひとつ解決することになる。

 だから、やらない手はない。



 「おい、どこまで行くんだ? 」

 俺の後をヒスイがついてきている。

 念の為に護衛として来てもらったのだ。

 「この森を抜けた先だよ。そう遠くない」

 「それは良いが、いったいなんの為だ? そろそろ目的を教えてくれても良いだろう」

 「まあ楽しみに取っておいてくれよ。ヒスイもきっと、喜ぶはずだから」

 チッ。

 舌打ちが聞こえた。

 う、うぐ…。

 あ、あんまりヒスイを焦らすのは良くないのかも知れない。

 後ろは振り返らないでおこう……。



 正直に言って、上手くいくか心配だった。

 所詮は本で得た知識なのだ。

 それが正しいかどうか検証したわけでもない。

 俺の手は震えていた。

 いくら俺が少年とは思えないほど豊富な魔術量を蓄えていて、ヒスイが信じられないほど凄腕の暗殺者と言えど、ドラゴンに直接向き合うのは恐怖しか無い。

 だいいち、俺はもともとこの世界の住人ではないのだ。

 未だに「魔術」というものを見るたびに、その奇跡的な現象に驚いてしまう。

 窓の外を見たこともないカラフルな生き物が飛び回っているのが未だに不思議で仕方ない。

 そしてあのドラゴン。

 あんな生き物、フィクションのなかでしか見たことがないのだ。

 遠くから見ているだけでも、一発でわかる。

 この生物には絶対に勝つことはできない、と。

 魔術量の問題や戦術の問題ではない。

 そんなことは全然問題ではない。

 要するにアリンコが象に勝てるだろうか、という問題なのだ。

 生物としての圧倒的な体格差。そこから生まれてくる圧倒的な力量差。

 どれほど魔導量があろうと、どれほど剣術に優れていようと、決して逆転出来ないと思わされる、著しい強者感。

 ドラゴンにはそれがある。

 そして今から俺がやろうとしているのは、まさにアリンコが象に会いに行く行為なのだ。

 こんな行為、無謀以外のなにものでもない。




 「まさか、この山道を登るんじゃないだろうな」

 いかにもうっとおしそうにヒスイが山頂を見上げた。

 「そのまさかさ。この道の頂上にドラゴンが羽を休める丘がある。今日の目的地はそこだよ。まあたまには良いだろ。山歩きも良いもんだぜ。空気は澄んでいる。風は気持ち良い。山頂の風景なんかたまらなく心地良いぜ」

 気分良く俺がそう言うと――、



 チッ。

 また舌打ちが聞こえた。

 こ、怖い・・・。

 どうやらこの暗殺者様は、世で言うピクニックやハイキングがお好きでないらしい。

 さっきから「ただ山道を歩く行為のなあにがおもしれぇんだいったい」とハンパじゃなく口汚くなってきている。

 ペェッ――!

 つ、唾まで吐きやがった…。

「ヒスイ。う、歌でも歌おうか。道中が楽しくなるかもしれないしな…」

 チィッッッッ!

 ま、また舌打ちが聞こえた。

 俺がなにか言うたびに、背後で黒煙のような殺意が立ち昇る。

 や、山歩きって、こんな殺伐としたもんだっけ……?




 ……



 「魔導書」。

 その一巻。

 それはこの世界の歴史書だった。

 そのなかに「フローゲン」の項がある。

 ドラゴンがこの国に現れたのは今から1600年前、まさに文明の始まりとともにある。

 ドラゴンはこの国を開いた数人の若者と心を交わし、

 以来、この土地に安住を決めたのだという。

 なぜ当時の若者がドラゴンと心を交わし、

 あの巨大な生物と友情を築くことが出来たのか――。

 


 それは「言葉」だ。


 フローゲンを作った当時の人間たちは、ドラゴンの言葉を理解していた。

 あの歴史書のなかには確かにその記述がある。

 彼ら古代フローゲンの民は言語能力に秀でていた。

 ありとあらゆる国の言語を分析し、解析し、そしてそれを自分のものとしていた。

 それはあらゆる部族、種族、そしてさらには魔族にすら及んだ――。

 彼らの果てしない探究は最後にはドラゴンとの会話という人類の夢へと行き当たった。

 そう、ドラゴンにも言語能力があるのだ。

 そう推察できたのは彼ら古代フローゲンの民だけだった。

 言語能力に異常なほど秀で、尽きることのない探究心を裡に秘めていた彼ら。


 ドラゴンと話そうなど、世界から見れば嗤うべき世迷い言だったのだ。

 


 だが、彼らはそれを実現した。

 そして魔導書の一巻は、それについてこう記してある。



 “羽の生えた空を翔ぶ獣に向けて、フローゲンの民はただこう語りかけた。


 私たちとすこしお話をしませんか――。


 だが、その言葉は聞き慣れぬ響きをした不思議な言語だった。

 それは普段の彼らが用いるフローゲンの日常語ではなかった。

 後で知ったことだったが、それは耳慣れぬ、

 ドラゴンの話し言葉だった――“。


 

 その魔導書にはこの続きが書かれている。

 当時フローゲンの民が用いていたドラゴンの話法を、筆者はことこまかに記述して残してあるのだ。

 そこに用いられている発音記号は今もこの国にそのままの形で残っている。つまり、それを読めば今でもドラゴンと対話できる。

 本の読解は難しくはあったが、ドラゴンの話法を自分のものにするのにそれほど時間は掛からなかった。そして俺はそれをやり遂げたのだ。

 今は、ぎこちなくはあるが、どう話せば良いか、完全に頭のなかに入っている。



 「チ着いたぞッ。さあチッどうするんだ? 」

 舌打ちと話し言葉の中間のような言語でヒスイが言った。

 俺たちは長い山道を抜け、山の頂上に来ていた。

 百メートルほど先の丘のところに、ドラゴンが羽を休めている。俺たちは茂みに隠れてその異様に大きいドラゴンの身体を盗み見ていた。

 「うん。見ていてくれ。今からあのドラゴンに話しかける」

 「お前、正気か? 」

 「もちろん正気――」

チッ。

 


 な、なんか、お、俺が話す度に舌打ちされんだよなあ~~~…。

な、なんかもう、俺のなすことすべて気に入らない超絶ヒステリックモードに入ってないっすか……。

 ま、まあ、良い。

 とにかく、ここまで来たんだ。

 あとはやるしかない。

 俺は拳を握り締め、ドラゴンの正面に躍り出た。

 そしてこう話しかけた。

 当時の、この国を創設した若者たちの言葉で。



 “私とすこしお話をしませんか――。”



 ドラゴンが俺を見下ろした。

 そのじっとりとした恐ろしい眼で。

 


 (だ、駄目か――? )



 ドラゴンはゆっくりとその頭を持ち上げると、

 静かに俺の前に顔を近づけた。

 


 み、見ているだけで、足が震えてくる。

 近くで見ると、余計にその大きさに驚く。

 肌の起伏のひとつひとつが信じられないほど鋭利で、厳しい。

 まるで数千年雨風に耐えた岩場みたいだ。

 と、そのとき、

 ドラゴンがゆったりと頭を持ち上げて、

 深く息を吸った。

 


 (こ、殺される――!)



 なにをされるか、わかった。

 口から炎を吐き出されるのだ。

 びりびりと、押し寄せるように殺意が吹雪いてくる。

 凍てつくような冷たい眼差し。

 感情の読み取れない、深淵で冷酷な沈黙。

 まさに、俺とドラゴンの関係はアリンコと象だったのだ。

 象がアリンコの声になど、耳を傾けはしないのだ――。



 「レイゲン、逃げるぞ!」



 背後でそう声が聞こえた。

 素早く地を蹴る足音がする。

 ヒスイが俺を助けに来たのだろう。

 


 だが、振り返ることも出来ない。

 釘を打たれたように足が地面にへばりついている。

 せめて、

 ヒスイだけでも助かって欲しい。

 そう思い、

 「ヒスイ、俺を残して、逃げ――」

 そう言った、まさにそのとき……



 ――ずっと待っていたよ――



 深く包み込むような優しい声が聞こえた。



――懐かしいフローゲンの民よ――



 深いため息をつきながら、ドラゴンがそう答えたのだ。



 「お、俺の言葉が、わかるのですか」

 


――もちろんわかるよ。いささか古典的な話し言葉だとは思うけれどね――



 ドラゴンが俺の声に応えている。

 はっきりと。

 間違いなく。

 持ち上げた頭をドラゴンはゆっくりと地面に降ろした。

 まるでリラックスした猫のように。


 

――誰かと話すのは実に60年ぶりだね。ドラゴンが長生きと言っても、それは寂しいことだね。実に、寂しいことだよ――



 「もしかしてあなたは、話し相手が欲しくて、ずっと空を飛び回ったり炎を吹いたりしていたのですか? 」



 ――恥ずかしいけれど、そうだね。話し相手がいないというのは、寂しいことさ。

 どうやら、レイゲン。あの本を読解してくれたみたいだね――



 「ど、どうして俺の名前を……」



 ――そりゃあ、知っているさ。あなたがここに来る前から知っているよ。どうやら、“命を繋いで”くれたみたいだね――



 「な、なぜそれを……? 」

 ドラゴンがふっと笑った。

 いや、ドラゴンの笑みなどわかるはずがない。

 ただ笑ったように見えたのだ。

 だが、ドラゴンはなにも答えてはくれなかった。

 なにか深い感情の底で優しく俺を見据えている。

 「今、あの本って言いましたね。あの魔導書のことも、あなたは知っているのですか?」



 ――私のことはセイラと呼んでちょうだい。終わりから二番目のドラゴンだよ――



 「で、では、セイラ。あの本の作者を、知っているのですか」



 ――ええ。知っているよ。もちろん、知っています――



 セイラは静かに俺を見据えていた。なにもかも、見透かされている。

 それがわかるのだ。 

 なんていう果てしのない叡智(えいち)だろう。

 今そのことがわかった。

 彼女に敵わないのは力量のせいでも体格差のせいでもない。

 彼女と俺たち人間では、比べ物にならないほどその知性に差があるのだ。

 

 


 ――レイゲン、あなたにふたつの力を授けるね――



 そのとき、ひときわ神聖みのある音でセイラの声が響いた。

 まるで脳に直接聴こえてくるような……。



 「こ、これは……? 」



 シュピィィィィンン……


 

 ――これは古に伝わるふたつの叡智(えいち)ですよ



 ひとつは龍の慧眼(けいがん)

そしてもうひとつは龍の加護(かご)

 きっとあなたの人生のお役に立つと思うよ――



 セイラの言うように、俺の身体のなかになにか変化があるのがわかった。

 今までとは明らかに違う、なにか。

 上手く言えないが、DNAの一部を書き換えられたような――ヨガの極意を知ったような不思議な陶酔的な気分を感じた。



 「どうした。なにが変わったんだ? 」

 ヒスイが俺にそう耳打ちした。

 「わからない。けど、なにかが違う……」



 ――じゃあ最後に、ひと仕事、しようかな――



 そう言うと、セイラが重たそうに身を起こした。

 それだけで辺りに地震が起こったような地響きが鳴る。

 


 俺とヒスイは息を飲んでセイラの動きを見守っていた。

 いや、見守っているというより、見惚れている、と言っても良いかも知れない。

 それくらい龍の動きのひとつひとつは美しいのだ。

 強靭ではあるが、艶めかしい首。

 精密な機械のように動く黒い羽。

 躍動感のある全身の動き。

 それらを見ているだけで、なんだか見惚れてしまうのだ。



 ――フローゲンの民に、もう一度加護(かご)を――



 セイラが空に向けてそう吠えると、

 蒼白い光が真っ直ぐ空に伸びてゆき、

 それは天空で傘のように広がり、

 果てしなく広いドーム状の囲いを形成した。



 ――せっかくだからね、色をつけておいたよ――



 どういう意味だ? 

 加護のドームに色をつけておいた、ということか?

 いや、そうか、二重の意味で色をつけておいた、というわけか……。



――これで当分は、フローゲンは大丈夫だよお――



 「あ、ああ…。ありがとう」

 あっけに取られてそう返すと、



 ――じゃあね。レイゲン。久しぶりに誰かと話せて良かったよ。そうだね、次に私たちが会うときは――



 「つ、次に会うときは……? 」

 ドラゴンがフッと笑った。

 いや、笑ったような気がした。



 ――いやあ。なんでもない――



 ――それじゃあ――



 そう言うと、セイラはぐっと身を屈めて、

 その次の瞬間には空高くに翔んでいた。

 ばさばさとドラゴンの羽ばたく恐ろしい音が聞こえ、

 セイラは城の上空でしばらく旋回したあと、

 城の最上階にある王室の屋根に腰を降ろした。

あたかも、これこそが自分の護るべきものだ、と言うように……。

 



 ……



 「これが見せたかったものか? 」

 隣に座ったヒスイが言った。

 「あ、ああ……」

 「ふん。先に話してくれていても良かったのに」

 「うん、だけど、ヒスイを驚かしたくってさ」

 「まあ、確かに驚いたよ」ヒスイが軽く微笑みながら頷く。「まさかこの国にドラゴンの加護を快復させるなんてな。そんなこと出来るとすら思わなかった――」

 「俺もあの本を読むまでは出来ると思わなかった。いや、読んだ後も、不安だったけど――」

 ヒスイが驚いて振り向く。

 「なに? じゃあお前、一か八かでこんなことをしたのか? 」

 「あ、ああ……」俺の胸元に詰め寄ってきたヒスイに、俺はそう返した。

 「お前、一歩間違えていたら、死んでいたぞ? 」

 そうなのだ。そう言われるとぐうの音も出ない。だが、なぜか上手く行く気がしたのだ。俺なら、いや――ヒスイとならどうにかなる気がしたのだ。

 「ヒスイがいたからかな」

 「な、なに? 」

 思わず声に出ていた。

 「い、いや、ヒスイがいてくれたから、勇気が湧いたのかも」

 ヒスイの顔がほのかな紅色に染まる。

 「――ば、ばか。こんなもの、勇気と言えるか。こういうのは、無謀と言うんだ…」

 「そ、そうかな? 」俺は後頭部を掻いた。

 「あ、当たり前だ――。いいか、こんなこと二度とするな。や、約束しろ…!」

 「うん――、だけど、……見ろよヒスイ」



 俺たちの前には果てしのない薄蒼いオーラが広がっていた。



 「どうだ。すっごい綺麗だろ――」



 ドラゴンの造ったこの国を(まも)る魔法の障壁(しょうへき)が見えていたのだ。

そしてこの世界の黄色い夕陽がそこに当り、

 見たことのないカラフルな光の輪を生み出していた。

 輪は視線を変える度にちかちかと瞬き、

 その輪の周辺を、美しい、色とりどりのこの世界のペンギンに似た鳥たちが飛び交っていた――。


 俺は呟いた。


 「どうなるかはわからなかったけどな、

 こうすればなにかが起こるとは思っていた。

 上手くいくかもわからなかったけどさ、

 上手く行ったときに見えるそのなにかを、

 ヒスイ、

お前に見せたかったんだ――」



 そして、

 その景色に負けず劣らずの綺麗さでヒスイがその光景に見惚れていた。



 「すっごい綺麗……」


 乙女の顔つきになったヒスイがそう零す。そう、これこそが俺の見たかった景色(けしき)だ。真に信頼できる仲間の喜ぶ顔。つらい過去を持った少女の見せるひとときの乙女の顔。ヒスイの、心底感動している表情――。


 「レイゲン、心からお礼を言うよ。この景色を見れて良かった」


 そしてヒスイはとびっきりの笑みで振り返った。


 「ありがとう、レイゲン――」








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