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異世界ドラゴン~この世界をひとつに~  作者: あんちおいでぃぷす
第二章 孤児院潜入編
31/34

ある晩のこと



 ……その晩のことは良く覚えている。

 俺は久しぶりの自室で久しぶりの休みを味わっていた。

 生まれたときからこの部屋にあるベッド。

 それほど広くはないが、充実した部屋。

 そのなかで懐かしい匂いに囲まれながら、心の底からリラックスしていたのだ。



 だが、その夜の遅く、俺は大きな振動を感じてふいに目を覚ました。

 「なんだ……? 地震か……? 」

 ベッドの上で身を起こすと、城全体が微かに揺れているのがわかった。

 「だけどフローゲンの国で地震なんて、初めてだな……」

 なにか嫌な予感を覚えて、俺は寝具から足を降ろし、部屋の外に出た。



 時刻は深夜二時半で、外は暗闇と静寂に包まれているはずだった。

 ところが、俺が部屋から出ると、城の中屋上には膨大な数の松明とそれを携えた兵士で溢れていた。

 城の至るところにひとが出てきていて、そのなかには乳母や、従者の姿もあった。

 彼らは一様に東の地平線を眺めていた。

 その表情はことごとく不安そうで、どこか祈るような雰囲気があった。



 「どうしたの、ですか……? 」

 俺は近くに居た馴染みの乳母に声を掛けた。

 老いた乳母は身を屈めて、不安そうな顔で俺に呟いた。

 「……わかりません。軍勢が近づいている、とか……」

 「軍勢……? でも、いったい、どこの……? 」

 「さあ、……私も良くわからないのです」

 乳母はそう言うと、再びさっきと同じ表情、――不安そうな、祈るような顔つきで東を見遣った。

 俺はその視線に促されて、同じように東の地平に目を向けた。



 フローゲンは国境に沿って古龍セイラの障壁が張られている。

 東の国境は城からかなり離れていて、その国境線の先にぼんやりとした赤い帯びのようなものが見えた。

 「なんだ……あれは……? 」 

 「兵隊です……敵の、兵士です」

 乳母が力なくそう呟いた。

 「兵士……? 」

 目を凝らすと、その赤い帯はひとが灯している明かりなのだとわかった。

 じっと目を凝らし続けると、やがてその赤い帯はどこかの兵隊が横一列に並ぶその隊列なのだと判別がついた。

 「兵……隊……」

 と、なにかあっけに取られて、俺はそう呟いた。



 

 「国王! 」

 ……とそのとき、国王が王宮の奥からローブ姿で現れた。

 横には国の重鎮や関係者、ムルナウ伯爵が従っていた。

 ムルナウ伯爵は俺の姿に気がつくと駆け寄ってきて言った。

 「レイゲンくん。君も起きてきたか」

 「あれは、なんです……? 」

 「……ブルーヘルケスの軍勢だ。突然攻めてきた」

 「ブルーヘルケス……。でも、どうして急に……」

 「……わからん」

 困惑を隠さずにムルナウ伯爵が言った。



それから約一時間半、俺たちは東の地平を眺め続けた。

 そのあいだブルーヘルケスの軍勢はセイラの張った障壁に魔術で攻撃し続けていた。

 その衝撃で静かに辺り一体が揺れ続けていた。

 まるでこの国の未来そのものを脅かすように……。


 城では兵隊がしきりに行ったり来たりしていた。

 鎧や兜を持って外に出ていくもの。隊列を組み直すよう怒号を上げる兵隊長。

 城門から出て橋の外に掛けていく彼らの姿を見ると、

 フローゲンの兵隊が戦に慣れていないのは歴然としていた。

 彼らはまるで生まれてはじめて行う防災訓練のように、右往左往し、慌て、戸惑い、リアリティをさほど感じずにそわそわしていた。

 「本当に、戦が始まるのか……? 」

 俺は思わずそう呟いた。

 「兵隊全員がその意識だったら、この国は滅ぶでしょうね……」

 隣に立っているムルナウ伯爵が俺の言葉にそう返した。

 確かにそうだ……。

 敵が国境線まで攻めてきているというのに、この国の兵士も軍のトップも、あまりに準備と緊張感が欠けている……。

 そしてその間も、東の国境でセイラの張った障壁は敵の魔術を受けて揺れ続けていた……。



 

 そしてさらに三十分ほどが経ったとき、突然頭のなかに声が聴こえた。


 ――レイゲン……私だよ――


 ――この声は、セイラ……? ――


 俺は城の頂上を見上げた。

 その視線に応答するように、セイラがゆったりと尻尾を振った。


 

 ――もうすぐお別れだね、レイゲン……――

 

 ――なにを、言っているのです……? ――


 ――私はもうすぐ死ぬんだよ――


 ――死ぬ……? なぜそんなことを言うのですか……? ――


 俺がそう問うと、セイラは城の頂上で空を見上げた。


 ――もうすぐ降って来るからね……――


 ――降ってくる……、なにが、ですか……? ――


 ――私はもう歳だからね……、仕方のないことなんだよね――


 ――セイラ……? ――



 セイラは空を見上げたその姿勢のままなにも言わなくなってしまった。



 ふいに手に触れてくるものがあって、横を向くと、セナが立っていた。

 「セナ、起きたか」

 「この時が来た」

 とセナが言った。

 「? なにを言ってる? 」

 「いよいよだ」

 「……セナ? 」

 だが、セナは返事をしてくれなくて、ただ東の地平をじっと見つめていた。


 

 ――セイラ、なにか応答してくれ――


 俺はセナと話すのを諦めて、セイラにそう声を送った。


 ――セイラ、聴こえないのか……? ――


 ‥…だが、セイラはなんの応答もしてくれなかった。



  そして突然、セナが呟いた。

 「来る」




 ……そのときだった。

 さっきまでフローゲンの国を囲んでいた障壁が突然「バシュッ」という音とともに弾け、それと同時に空が真っ白に光った。

 一瞬、空の頂上に太陽が出現したようだった。

 その光に促され、城から出てきていた全員が一斉に空を見上げた。


 そしてその光は稲妻のような軌道を描きながら、

 凄まじい轟音とともに城の頂上へと落ちてきた。


 

 ズギャァァァアアン!!!!



 「なん――だ――? 」


 一瞬の真っ白な光に包まれながら、全員が城の頂上を見上げて呆然と口を開いている。

 そしてその光が収束し、もとの暗闇が戻ってくると、頂上にはセイラと、

 その頭部に槍を突き刺し、その槍を支えにして立つひとりの男の姿が見えてきた。


 「あれが、本物の“龍殺しの一撃(ジャンプ)”……」

 セナがそう呟いた。


 「あれが、“龍殺しの一撃(ジャンプ)”……? 」

 俺がそう呟くと、セナがゆっくりと頷き、こう続けた。



 「封印されし甲冑戦士。ヒルケスが目覚めさせた……」


 


 「準備しろ、敵が来るぞ! 」

 ……障壁が消えたことで、城の周辺が一挙に騒がしくなった。

 それまでどことなく呑気にしていた兵士たちが立ち上がり、城門から外へ出ていき、隊列を組み始めた。

 城内も騒がしくなり始め、女性の悲鳴と、甲冑に身を包んだ兵士たちの足音で満ちてきた。

 

 「誰だあれ……」

 近くにいた兵士のひとりが城壁から身を乗り出してなにかを見つけた。

 「敵……か……? 」

 その兵士の横に駆けていって、城壁から身を乗り出すと、城門に向かって橋を真っ直ぐに歩いてくる3人の男女が見えた。


 ひとりは全身に甲冑を身にまとったスキンヘッドの男だった。

 その横に立つのは、長い白髪をした刀を背負った女だった。

 そしてその少し後ろに、ローブで顔を隠した性別の分からない人間が歩いていた。


 

 3人の男女は悠然と城門に続く橋のうえを歩いていた。

 まるで仕事終わりに線路沿いをゆったりとした気分で帰るときのように。


 それを見ていた兵士も、俺たちも、その呑気さに呆気にとられていた。

 そしてやっと敵と認識した兵士のひとりが、


 「……オラァぁ」

 と怒声を上げて三人に切りかかった。



 長い白髪の女が背中の刀で兵を切り払った。


 ……すると、女の左手――城の西側一帯が一挙に吹き飛び、その衝撃は地平線の彼方まで伝わっていった。



 

 ドバァァァアアァァ! 

 


 城の西側にあった森林が、彼方まで消し飛んでいた――。



 女は橋のその場所から城を見上げ、口元に微かな笑みを浮かべると、再び悠然と歩き始めた。

 残りのふたりも、似たようなゆったりさで城門へと進んだ。


 

 それから、城のなかは著しい騒ぎが起こった。

 さっきまでの呑気さが嘘のようだ。

 出てきていた城の関係者はことごとく悲鳴をあげ、なかにはパニックになり城の奥へと駆け出す者もいた。

 

 「落ち着け! パニックになるな! 」

 どこかで兵隊長がそう叫ぶ。

 ……だが、その言葉も虚しく、もはや抑えようがないほど城のなかは騒ぎで混然とし始めていた。



 


 


 


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