医者風の男との対決
時計を巻き戻し、
時はコーシとの港でのやり取りの一週間前……。
その情報は思わぬ形でもたらされた……。
ある晩、俺が孤児院のなかを歩いていると、
突然ルッソが俺の身体を小部屋のなかに引き入れたのだ。
(なっ!? )
――と俺は警戒した。
ルッソが突然俺に襲いかかってきた、と思ったのだ。
だが、そうではなかった。
「兄貴、話がありやす」
とルッソが唇に指を当てて言ったのだ。
「話……、だと……? 」
こくり、とルッソが頷いた。
……
ルッソの話はこんなものだった。
このところ数日間、いつも来る人身売買の業者が出入りしている、と。
その業者が出入りしたあとは必ず孤児院の子どもが売られていく。
そして先日、ついに決定的な言葉をルッソは耳にしたという。
「今回はミクロンを売りに出す――」と。
「本当か。それはいつの話だ? 」
「二週間後の夜です」
「それは本当の話なんだろうな? 」
「ほ、本当の話です……」
ルッソの声が震える。
「……なぜ俺にそれを話すんだ……? 」
するとルッソは深刻な面持ちになって、こう言った。
「子どもたちの為、です」
「子どもたちの為……? 」
「ええ、そうです。俺はこの施設の子どもたちが売られていくことが可哀想で仕方ないんです。外国の変態に売られ、なにをされているかを思うと、心配で堪らない……」
「――そういうお前も、変態じゃないか……」
「へ、変態だからこそです……! 」
するとルッソは、突然泣き始めた。
そして嗚咽しながら、こう訴えたのだ――。
「俺以外の別の変態に売られていくと思うと、辛くて、辛くて……エグっ、エグっ」
……。
ど、どう反応したら良いのだろう……。
「お、俺は、ここの子どもたちを“買う側”でいたかった……! だけど、――だけどそれは出来ないんです。だからせめて、売られるのを阻止しようと……! 」
「レオンさん、あなたの戦闘スキルを見たとき、ここの子どもたちを救いに来たんだとすぐにわかった。だから、頼みます、俺の代わりに、子どもたちが売られるのを阻止、して下さい……! 」
……ルッソがものすご~く正直に話しているのは伝わってくる……。
だけど、どう考えても褒められた話しじゃなかった……。
なんていうか……ルッソは“どこかズレている”、と毎度思う。
なんていうか、……こういう場面では、ひとはルッソの口から「綺麗事」を聞きたいものだと思う。
俺も「本当は純粋に子どもが好きなだけなんです」とか言ってくれるものだと期待していた。
だけど、この男はそういう言葉は言ってくれないのだ……。
普通にゲスいことを打ち明けるのだ……。
そしてその言葉を無垢な瞳で、まっすぐに俺を見据えて、疑いの余地などこれっぽっちもないほどの正直さで、打ち明けるのだ。
――だから、どう反応したら良いかわからないのだ……。
「そ、そうか……」
と俺は言った。
「あ、ありがとうな……? 」
ルッソは何度も頷きながら、
エグっエグっと嗚咽を漏らし続けていた。
……
とうとう「間に合わなかったな」と俺は感じていた。
準備万端でその日を迎えたいと思っていたが、やはりそういうわけにはいかなかった。
この施設にいる子どもたちの多くは今だ障壁を越えられないし、
ジルたちの訓練も最高と言えるほどのところまでは持って行けていない。
この戦力で全員を無傷で終わらせられるだろうか……。
だが、やるしかないのだ……。
ジル、セナ、ティファニーにそのことを伝えると、
三人は「いよいよか…‥」と唾を飲んだ。
そう、いよいよなのだ……。
……
その晩、珍しく医者の風貌をした例の男が施設にやってきた。
そう、ティファニーをさらってきたという、あの男だ。
そしてこの男が港に「毒の錠剤」を配り歩いていた、という疑いもある。
男は微笑みを浮かべて施設を一巡すると、
にっこりと笑ってティファニーを見つめた。
ティファニーは思わず、硬直する。両親を殺されたことを思い出したのだろう。
さらにその男は、ティファニーの手を振った。
ティファニーは必死に笑みを浮かべて、手を振り返す……。
(まったく、不気味な男だ……。ティファニーの気持ちを思うと、堪らない気持ちになるな……)
そして男はミクロンを呼び寄せると、
「いいところに行こうか」
と笑みを浮かべて言った。
そしてふたりは、ほかに数人の大人たちを引き連れながら施設を出て行った。
……
さて、問題はここからだ。
ここから、“いかにして被害を最小に抑えるか”を考えなければならない。
まず、この施設には三人の大人が残った。
ルッソ、もうひとりいつも見張りをしていた男、そして孤児院長を名乗る例の女性だ。
この三人のうちで強そうなのは孤児院長だけだ。
あとは取るに足らない。
……出来れば孤児院長も一緒に医者について行って欲しかったが、
そう上手くは行かないか……。
俺はジルたちを呼び寄せてこう言った。
「俺は今からあの医者の格好をした男を追跡する。そこで取引の現場を押さえる。決着がついたらすぐに戻ってくる。
だから良いか、お前たちはこの場所で子どもたちを守ってくれ」
ジルたちが頷く。
「いいか、仮に大人たちが攻撃を仕掛けてきても、無理に勝とうとするな」
「戦いになることがあり得るのか? 」
とジルが言う。微かに緊張している。
「ない――とは思うが、わからない。だが良いか、もしそうなっても勝とうとはするなよ。身を守ることを考えろ――」
三人が頷く。
「そしてあの孤児院長に気をつけろ。――あいつが一番の強者だ」
「わかった」
とジルが答える。
……三人とも、良い顔をしている。信頼できる、俺の教え子たちだ。
「……頼んだぞ」
三人は力強く頷いた。
……
素早く施設の外に出て、建物の屋根を伝い、医者の男を追いかける。
ムルナウ伯爵には予め連絡を取り、近くに待機して貰っていた。
当然、すでに“反響の世界”でムルナウ伯爵とは意識を繋いである。
――伯爵、聞こえるか、奴らが動き出した。東に向かっている。スラム街の方角だ――
――ああ、聞こえる。わかった。そちらに向かって私たちも移動する――
――正確な場所がわかったらまた連絡する――
――レイゲン君、無理はするなよ……――
……
医者の男は思ったほど遠くには行かなかった。
スラム街の外れに着くと、ある廃教会のなかに入っていった。
俺は建物の屋根に上り、割れた窓から医者を見下ろした。
(すでに何人かいるな……、ひとり、ふたり……、全部で五人か……)
(ん……ちょうどセバスチャンが来た……)
そこに手下を引き連れたセバスチャンが現れた。
(これでトータル八人か……)
俺はムルナウ伯爵に連絡を送る。
――伯爵。敵は全部で八人だ。施設を取り囲んでくれ――
――わかった。建物を包囲する。それと、頼もしい助っ人を呼んである――
――助っ人? 誰です? ――
――伝説のタンク、ガーディリオンだ――
――だ、誰です……? ――
……
やってきたセバスチャンはミクロンと向かい合い、仲間たちと話を始めた。
「可愛い子ですね。これなら、高く売れますよ……」
と言った。
――聞こえたか、伯爵――
――ああ、聞こえた。これで、言質は取れた――
……さて、ここからが肝心だ。
医者の格好をした男の手下が、ミクロンと手を繋いでいる。
まずはミクロンを安全なところに移動させたい。
そのあとでムルナウ伯爵たちに来てもらって、この場を取り押さえる。
――とにかく、ミクロンの安全が最優先だ。
……というわけで、“あの手”を使うか……。
“この世界をひとつに”のなかに書かれている古代の魔導、
――“溢れる光”――
……一瞬にして、俺の指定した“地面”に光が溢れる。
それはなんの殺傷力もない。ただ夥しい光が溢れるだけだ。
それでも、なんの防衛策もなければしばらくは強烈な眩しさで一歩も動けなくなる。
「ぐっ! ……なんだ……!? 」
集まっている敵の8人は硬直し、突然の眩しさに悶絶している。
その隙きに、俺は素早く屋上から下に降りる。この魔導は詠唱者には効かないから、俺は普段どおり見えている。
ザッ!
……下に降りた。
さて、この隙きにあらかた片付けておこう。
――“放射するフレイャ”――
俺の手から火の玉が8つに分裂し、
それが敵八人に一斉に襲いかかる。
「ぐふっぅ! 」
「ぐぇっ! 」
「ぐわっぁ! 」
……それが当り次々と敵は倒れていく。
――が、予想通り、というべきか、やはりあの医者の格好をした男だけには効かなかった。
俺の放ったフレイャを、的確に弾いていたのだ。そしてその横に立っていたセバスチャンも、フレイャを食らわずに無傷で立っていた。「ヒィッ!? 」と怯えてはいたが……。
そして、“溢れる光”の効果が切れ、再び教会内は暗闇に包まれる。
「ミクロン、教会の外に俺の仲間が来ている。危ないから、そっちに避難しておきな」
「わ、わかった」
ミクロンは教会の外に駆けていった。
……さて、これで子どもの安全は確保された。
あとは敵を拘束するだけだ。
教会の周囲に集まっていたムルナウ伯爵が建物に入ってきて、言った。
「取引の現場を抑えたぞ、セバスチャン。観念しろ」
「くっ! いつの間に……! セージ、やれ、殺してしまえ! 」
隣に立っている医者の男が頷く。どうやらセージという名前らしい。
そしてセージは一歩前に出ると、俺に向かって言った。
「子どもが来るとは少々意外だったが……さてはお前、“魔導”を知っているな……? 」
な……!?
なぜこの男も魔導を知っている……?
この世界では魔導はすでに無くなっている。
どうしてかはわからないが、この世界には「魔術」しかないのだ。
それをなぜ、この男が知っているのか……?
「なぜ魔導を知っているかは知らんが、この程度の人数で俺を倒せるとでも……? 良いだろう。全員まとめてあの世に送ってやる……」
セージはそう言うと、“掛かって来い”というように、手招きをした――。
この男、結構やり手そうだ。さて、ヒスイと特訓した俺の腕が、どこまで通用するか……。
考えてみれば、初めての命のやり取りだ――。
と、そのときだった。
「待て! お前の相手は、俺だ……」
そう、そこに現れたのは、あの伝説のタンク、ガーディリオンだった。
ガーディリオンは俺の隣に立つと、静かに頷いた。
思わず、俺も頷き返す。
(この男がガーディリオンか……。確かになかなか強そうだ。冒険者ならAランクはありそうな……)
「レイゲンくん、噂は聞いていますよ。その歳で高度な魔術と言語を操る天才だそうですね。ここはひとつ、共闘と行きましょう」
俺は静かに頷いた。
……
「行くぞ」
ガーディリオンが俺に言う。
ぐっと身を屈めると、セージが魔導を放ってきた。
「“フレイャ”」
岩ほどの大きさの火の玉がこちらに飛んでくる。
あっけなく魔導を使ってくる。俺以外知るはずのない魔導を――。
――が、これをガーディリオンが弾いた。
「“一級障壁魔術”! 」
おお……、
やるな、ガーディリオン……!
……だが、こんなものか……?
古代の魔導を唱えているとは言え、火の玉が小さすぎる……。
セージの持っている魔導量が低すぎるのか……?
それとも様子見で打った小さな玉だったのだろうか……。
――と、そのとき、セージが俺単体に向けて魔導を放ってきた。
「“フレイャ”! 」
……ふむ、
正直に言って、この程度の魔導ならガーディを使うまでもない……。
「よ、っと――」
シュバァヒュゥゥゥッ!
指先に集めた魔導力で上手くコントロールして、セージの放ったフレイャを接触とともにかき消した。
すると――、
「!?!??!??!?」
「!??!?????!?」
……びっくりした顔で、ふたりがこっちを見ている。
「い、今、なにをした……? 」
セージが、ぽつりと言う。
「レイゲンくん、今のは、なにを……? 」
ガーディリオンもこっちを見ている。
「な、なにって、魔導を消した、のだけど……」
「魔導を、け、消す……!? 」
セージがあっけに取られてこっちを見ている。
お、驚くことなのか……?
あの本のなかでは、基本的な防衛術として書かれていたのだが……。
「やってみると簡単だよ、指先に魔導力を集めて敵の放った魔導に指を突っ込むんだ。そう本には書いてあった」
「ほ、本……? 」
“この世界をひとつに”の存在は知らない、ということか……。
「そうだよ、実に簡単だ。だから――
これで試してみなよ」
そう言って、俺は手のひらに魔導量を集めた。そして、
「古代の火の魔導……」
比較にならないほど巨大な火の玉が俺の手のひらに膨れ上がる。
それは瞬く間にこの空間いっぱいに広がる。ちょうど一軒家より少し小さいくらいの火の玉が教会内に膨らんでいた。
「ちょ、ま、待、まま、ままま!?
そ、そんなの受けたら、し、死――」
「大丈夫だよ」と俺は言う。
「――ちょうど死なないくらいに調節したから……」
「“フレイャ”――」
ドシュゥゥッゥウゥゥゥッッッ!!!!
「グギャァァァァァア!!!!! 」
俺の放ったフレイャはセージを通過し、
教会の壁を通過し、
その隣の建物の壁を通過し、
海を割り、
遥か彼方水平線へと消えていった。
あとには、半分消し炭となったセージと、
その隣で子鹿のように震えているセバスチャンだけが残った。
セバスチャンは俺と目が合うとびくり、と身体を震わせ、
「す、すいませんでした……」
と呟いた。
俺が一歩前に進むと、セバスチャンは後ろ向きに倒れ、小便を漏らした……。
これで終わりだ。
ずいぶんあっけなかったな……。
セージはかなりのやり手だと思ったが、……俺が強くなりすぎたのか……?
「ムルナウ伯爵。セバスチャンを拘束してくれ! 」
俺がそう叫ぶと、教会の入り口に立っていたムルナウ伯爵が身を震わせながら言った。
「な、なんですか今のは……!? 」
い、いや、
あんたはしっかりしてくれなきゃ困るんだが……。
「レイゲンくん、さっき話していたが、あれは、魔導……? 魔導とはいったいなんです? 魔術とは、違うのか……? 」
隣に立っている伝説のガーディリオンも困惑している。
そうか、セージとの会話を聞かれてしまったからな。
魔導についてもなんらかの説明をしなくては……。
そしてふたりは口を揃えて、
「信じられん威力だ……」
と、俺の放ったフレイァの開けた穴を見つめていた。
……
ところが、そのとき――
教会のすぐ近くで、空高くに焼夷弾が上がった――。
その玉は空中高くで広がり、大きな光を放った……。
「しまった……! おい、辺りを捜索しろ!
クソッ! まだ隠れているやつがいたんだ。あれは恐らく、取引の失敗を知らせる合図だ……! 」
ムルナウ伯爵がそう呟く。
敵がまだどこかに居たのか……。
教会の裏で一斉にムルナウ伯爵の手下が走り回る音が聞こえた。
クソッ!
こういうなにかが終わったときこそ、もっとも危険が迫ってくると分かっているつもりだったのに――。
「ということは……」
と俺は呟く。
施設内の子どもたちが、危ない――。




