壮絶な水産バトル
そこから、俺と“元締め”とのあいだで熾烈な水産業者バトルが始まった。
フィルスたちは毎朝、掛け声とともに漁に出た。
そしてその船に一斉に同じ旗を掲げるのだ。
俺たちは店を壊された怒りを真っ赤な旗で表現した。
この旗を掲げた船たちが一斉に港を出て行く姿は圧巻だったという(俺は夜明けまでに孤児院に帰らなくてはならないから見たことはないが)。
そして漁が終わると、この旗を掲げた漁師たちが港に集まり、
この日の漁の一番の漁獲量を宣言し、
ウォォォ――!
と雄叫びを上げるのだ。
……それは元締めたちに対する威嚇となった。
“元締め”と契約を交わした漁師のなかにはこの熱気に押されて、
こちらの陣営に加入する者も現れた。
港町で噂されている俺の話と、店を壊そうとした“元締め”のやり口を比較して、
義憤に駆られたものが「ぜひ俺も入れてくれ」とフィルスの家をノックする者も現れた。
風向きは完全にこちらに向かって吹いていた。
だが、“元締め”たちもただでは引き下がらなかった。
やつらはたびたび俺たちの建てた店を襲撃した。
そのうちに漁師たちが夜更けに襲われるケースも出てきた。
フィルスたちは団結し、ひとりでは出歩かないよう戒厳令を出した。
それでもちょっとした買い物のときなどに襲われることはその後もあとを立たなかった。
怪我人はフィルスの家に寝かせるよう俺は命じ、
夜が来るたびにその怪我人を治しに行った。
“元締め”たちの暴力に対し、
俺たちは暴力で応戦しなかった。
代わりに、店が壊されたり誰かが殴られたりするたびに、
それを街中に宣伝して回った。
ときにはビラを配り、ときにはデモを行って――。
元締めたちがわかっていなかったのは、
これは単なる勢力争いではない。
殴ったり殴られたりして互いの陣地を奪い合う戦いではない。
そうではなく、これは「正義」を競い合う戦いなのだ。
どちらの陣営により「正義」があるか、――それをこそ競い合っているのだ。
いくら元締めが暴力を振るおうが、
バックに恐ろしい存在を匂わせようが、
街の住民全員に嫌われればこの町でビジネスは出来ない。
街のレストランや主婦のひとりひとりが不買運動でもすれば、
あっけなく商売は成立しなくなる。
彼らがこの町で活動を続けるには――そして俺たちの店を叩き潰そうとするには、
それなりの「理由」や「正義」が必要なのだ。
そして彼らには、それを用意するだけの「説得力」が不足していた。
俺たちの徹底した「非暴力主義」によって、
港町のムードは完全に俺たちの味方についていた。
そして、“元締め”と契約した漁師たちは、
そのムードに次第に耐えられなくなった。
ついにあるとき、元締めと契約した漁師たちが一斉にその契約を打ち捨てる、という事件が起こった。
実に20名もの漁師が突然元締めのもとを去ったのだ。
そして彼らは固まってフィルスの家のドアをノックした。
「元締めにはもううんざりだ。あんたらのもとで働かせてくれ」
――と頭を下げながら。
そしてこのことによって、
ついに元締めの抱える船と、俺の会社の抱える船の数とで、逆転が起こった。
ついに俺たちの組織は、この港町で一番の船数を誇る最大勢力に躍り出たのだ。
その日の早朝、港からは過去に類を見ないほどの膨大な数の赤い旗が並んだ。
それらすべてが俺の造った水産業者の一員となっていた。
港の風景は真っ赤に染まった。
朝焼けと、彼らの掲げた、赤い旗によって――。
……
「ッッシャァアァァア、オラァァア!! 」
そう雄叫びを上げると、漁師のひとりが飲んでいた酒のグラスを床に叩きつけた。
――そう、この晩俺たちはフィルスの家で祝杯をあげていたのだ。
そこには俺の会社で働く全従業員が集まっていた。
フィルスの家はあれからかなり大きな家に引っ越してはいたが、
それでも家のなかはかなりの密度でひしめき合っていた。
「ダラァァァッ!! ッシャァァア! 」
また別の誰かが、ホグ(※この世界におけるビールみたいなもの)を飲み干したグラスを床に叩きつけた。
ガッシャァァアン!
凄まじい音でグラスが割れ、破片が飛び散る。
俺たちはかなり興奮していた。
連日、元締めの勢力と競い合って漁に出て、
毎日のように暴力事件やデモやビル配りに奔走していたのだ。
そして昨夜ついに、勢力の数では元締めを上回ったのだ。
その“やってやった”感がハンパじゃなく、
俺たちは尋常じゃなくハイな状態になっていた。
意味もなく酒を一気飲みし意味もなくそのグラスを床に叩きつけていた。
なぜ飲み干したグラスを床に叩きつけるのか誰にもわからなかった。
床にグラスを叩きつけると意味もなく隣のやつをぶん殴った。
するとそいつもまた隣のやつをぶん殴った。
「やってやったぞオラァァ! 」
とどこかで雄叫びが聞こえ、そちらを振り返ると誰かがフィルスの家の便所のドアを蹴り破っていた。
「みんな聞こえるかぁ! 」
漁師のひとりが机のうえに上がって言った。
「この世界はクソだ! クソの上にクソを乗せたクソだ! そうだろう、違うか!? 」
ウォォォオォオォォ!
という怒声が起こる。
「だがな、俺たちはクソじゃねぇ。ましてや、クソのうえのビク(※この世界の蝿みたいなもの)でもねぇ。……違うか!? 」
ウォォォオォオォォ!
再び怒声が起こる。
そしてそいつは高らかに続けた。
「俺たちは漁師だ! 海の男だ! 無法者だ。街の荒れくれものだ! 」
「――だがな、俺たちには俺たちなりの正義がある」
そして男は拳を突き上げて宣誓した。
「俺たちは俺たちのなかにある正義に従う。そして、――悪には罰を! 不正には徹底した抵抗を! それが俺たちだ! 俺たち、港の男だ! 」
すると、
ウォォォオォオォォ!
かつてない怒号が響き、机のうえに乗って演説していた男を別の誰かが突然ぶん殴った。
演説していた男は漁師たちに担ぎ上げられ、
幾度となく胴上げされたあとで窓の外に向かってぶん投げられた。
ガッシャアァァアンッ!!!
こうして、この晩、海の男たちの宴は二階のトイレで怯えながら震えていたフィルスの奥さんがもういい加減にしてと涙ながらに訴えるまで続いた――。




