来たときにはセナがいた
ある日の深夜、ヒスイと“反響の世界”で話をしていた。
――鱗の肌をした人型の生き物か……。うーむ、わからんな――
とヒスイの声が響く。
久しぶりに聞くヒスイの声だった。
それだけで、胸がほっと温かくなる。
――セナはただの人間と思えないんだよ。ひとりだけ才能も突出している……――
――本人はなにも喋らないのか? ――
「……」
思わず、黙る。
……そうなのだ。あれから、セナになにを聞いても全然答えてくれないのだ。
孤児院でセナを見つけて、
「セナ、今すこし話せるか」
と声を掛けても、
ツーン……!
って感じで、去ってしまう。
また違うときも、
「セナ、お互いのことについてちょっと話そう」
と声を掛けたのだが、そのときも無視されてしまった。
――話したくないのか、……または“話せない”のか、とにかく話してはくれないな……――
そのとき、誰かが階段を降りてくる音がした。
――ヒスイ、ごめん、誰か来た。切るよ――
そう言うと、
――わかった。レイゲン、とにかく、無事でな――
――ああ、ヒスイも――
ヒスイとの“反響の世界”が途切れた。
「レオ~ン、ひとりで、なにしてるの~? 」
と、眠たそうに階段を降りてきたのは、ティファニーだった。
「ティファニーか。…いやちょっと、眠れなくてさ」
と嘘をつく。
「そっか」
とティファニー。
そして窓辺に腰を下ろすと、
「ん」と言って自分の隣をぽん、ぽんと二度叩いた。
こっちへおいで、というわけだ。
最近はティファニーは俺にお姉さんぶるところがあった。
本当は俺のほうが遥かに歳上なのだが、……まあ、黙っておこう……。
「レオンちゃ~ん、わたしに、教えてごらん~? 」
「お、教えてって、なにを……? 」
すると、ティファニーがにま~っと笑った。
「なにかあ~、困ったことが~あったんでしょぉ? 」
「んー……」
こういうところは、ティファニーは結構鋭い。
というか、割と常にみんなのことを心配しているのだ。
今も俺がなにかに悩んでいると判断して、わざわざ階段を降りてきてくれたのだろう。
優しい子なのだ。
どうにか幸せにしてあげたくなる。
「そうだなあ……」
そう言ってから、ティファニーにセナのことを聞いてみよう、と思いついた。
別にあれこれ悩まずに、普通に聞いてみたら良いのだ。
「ティファニー。セナとは仲良いよな? あいつがどこから来たか知ってるか? 」
「ん~…っとねぇ……」
とティファニーは人差し指を顎に当てて、考え込んでしまった。
あれ……。
やっぱり、聞いちゃまずかったかな……。
だが、ティファニーは答えてくれた。
「“刻印”があったからあ~、セナの過去はね~、 わたしも聞いたことない~」
そうだな。
それはそうだと思っていた。
この施設の子どもたちは、俺が来るまで「ここに来た経緯について」話せないようにされていた。
だから、誰も互いの過去について知らない。
だが、それでもティファニーなら、セナについてなにか知っているかと思ったのだ。
「だけどね~」
とティファニーが続けた。
「ん? まだなにかあるのか? 」
「たぶんだけど~、セナは~“最初からここにいる”と思う」
「最初って……、ここが出来たときから……ってこと? 」
「う~ん、それはわかんないけどお」
とセナは首を振った。
「たぶん~、誰よりも早くここに入れられていたと思う~。だってね、誰に聞いても、“来たときにはセナが居た”って言うんだもん。だから、たぶん、この施設に最初に入れられたのは、セナだと思う~」
なにが可笑しいのか、ティファニーはにっこり笑った。
「そうか、ありがとう……」
そう言いながら、一応頭を撫でてあげる。
ティファニーは「うふふ」と言いながら喜んでいる。
さっきまでのお姉さんキャラはどこに行ったんだ……。
この孤児院が出来たのは今から7年前だと言われている。
それはムルナウ伯爵の調べでわかっている。
そのあいだ、子どもたちは代わる代わる出ていったり、追加されたりしてきた。
だから、孤児院が建てられたころに居た子どもの多くは、すでに出ていっている。
もちろん、恐らくは他国の変態に性奴隷として売られたのだと思うが……。
(セナはいったいいつからこの孤児院にいるんだ……? まさか、建てられた当時からいるのか……? )
考え込むと、いろいろと気になって仕方ない。
なぜそれほど前から居て、“セナだけが未だに売られずにここにいる”のか……。
そんなに古くからいるなら、とっくにセナも売られていておかしくないのだ。
というか、売られていないと、おかしい。
孤児院を運営する悪人たちは、子どもを「商品」だと認識している。
子どもたちは売れる年齢、というものがある。
あまり歳を取りすぎると、他国で売れなくなるのだ。
顧客たちは、綺麗な容姿の子どもを、“子供のまま”買い取りたいのだ。
この辺りは日本のペットショップと同じだ。哀しいことだが。
成長しすぎた「商品」は売れなくなる――はずなのだ。
だからこそ、セナが売られもせず、ここに長く滞在していることが不自然なのだ。
ん~~~。
わからないことだらけだ……。
だからと言って、セナが敵と繋がっていたり、俺たちに悪意を持っているとも思えない。
逆に、だからこそ余計にセナの存在がわからない。
そのときふと、
(なにかほかの子どもたちとは違う理由でここに入れられたのか――? )
と思い至った。
だが、“ほかの理由”とは、なんなのだろう?
悪人の運営する孤児院に入れられる、別の理由……。
そんなものがあり得るだろうか……?
「こ~ら」
と、そのとき突然、ティファニーの指が俺の頬に触れた。
「女の子と~ふたりきりでいるのに~、別の娘のこと考えちゃだ~めっ」
ティファニーが首を傾げて笑う。
ふ~む、
……正直に言って、可愛い……。
はっきり言ってティファニーはめちゃくちゃ可愛いと思う。
ヒスイは可愛いと言うより「美しい」という感じだし、
セナはどちらかというと「格好良い」感じがある。
だけどティファニーは、もう全身が可愛い。まるで「可愛い」を具現化したような形をしている。
これはあれだな。
あれだ。
ティファーには猫に似ている。
それも猫のなかでもとびっきりに可愛い、目のまんまるな猫だ。
しかもメスの猫だ。
だからなんていうか、その可愛さは、こちらの「本能」に訴えかけてくる。
「お詫びに~、お姉さんの可愛いところをひとつ言うこと~」
ティファニーは人差し指を立てて言った。
こういうところも、本当に可愛い……。
俺が本当の8歳児なら、あっさり恋に落ちただろう。
「ん~~~」
俺は悩んで、唸った。
「ちょっと~」
とティファニーが怒った素振りをする。
「考えないと~わかんないって言うのぉ? 」
ティファニーは頬を膨らましていた。
「い、いや、可愛いところが多すぎてさ……」
と、思わず言ってしまう。
「え……」
と、ティファニーが止まる。
「……強いて言うなら、その喋り方かな……」
と言うと、
「ええっ――!? 」
と、大げさにティファニーが驚く。
顔に手まで当ててびっくりしている。
な、なんでだろう……。
なにか、特別な思い入れがあるのかな……。
「ほ、ホント~? 」
手で隠したティファニーの顔が真っ赤になっていた。
「嘘じゃない~~??? 」
と、疑り深く俺を睨んでくる。
「うん、嘘じゃないよ」
と俺は言った。
……これは本当に嘘じゃなかった。
ティファニーの話し方はとにかく可愛いのだ。
すこし鼻に掛かった声というか、舌足らずな甘え声というか、もう全人類に一度聞いてもらいたい。
そしてその可愛さを一緒に認識して欲しい。
そしてその可愛さを理解し合った者同士で、熱い握手を交わしたい。
そして俺はティファニーの声だったら何百時間でも聞いてられるし、実際、聞いていたい。
――と、俺がその情熱を早口で本人の前でまくし立てると、
「さ、さすがに何百時間もは怖いよ~キモいよ~」
と引いていた。
「そ、そっか、キモいか……」
がっくり。
ちょっと落ち込む。
だが、
「だけど、話し方を褒めてくれたのは、嬉しいな……」
と、隠した手のなかで、ティファニーの顔はまだ赤くなっていた。
その照れた顔も、やっぱり可愛いかった。
……
それから数週間経ったときに、ちょっとした事件が起こった。
そのころ、俺はフィルスと相談して、街にレストランを開く準備をしていた。
“まかない飯のヒルケ”の爺さんの店だ。
店の準備はすべてフィルスに任せていた。
一度、真夜中に孤児院を抜け出して建築途中のレストランを見に行くと、
街の風景にマッチした小洒落たレストランが出来かかっていた。
青みがかった屋根、白を基調とした素材選び。港町の景色に良く似合っていた。
……これは以前のフィルスには見られなかった“センス”だった。
フィルスは漁師としての腕は良かったが、ものの「見栄え」などというものに気配りの聞く人間ではなかったのだ。
どちらかと言うとずぼらで、「食えればなんでも良い」とか、「着れればなんでも良い」とかが口癖なタイプの漢だった。
――それがこんなにもセンスに溢れたレストランの外観を発注出来るのだ。
恐らくは俺が「龍の慧眼」を使って「プロデューサー」に任命したのが効いたのだろう。
となると、やはり龍の慧眼は、戦闘上のステータス以外にも上昇が見込めるのだ。
例えば「センス」とか、「統率力」とかいった部分にも効く。
だとすれば……と俺は、早くもその違う使いみちを考えて、わくわくし始めていた……。
とにかく、店構えは最高の出来だった。
ひと目見ただけで、
「この店は流行りそうだ」
と思わされるくらいセンスが光っていたのだ。
だが、それから数日経ったある日、ついに予想していたトラブルが起こった。
ある晩フィルスの家に行くと、彼が深刻な面持ちで言ったのだ。
「やられたよ、相棒……」
「どうした、なにがあった? 」
「建築途中だったヒルケの店が、壊された……! 」
「壊された? いったい、誰に? 」
「わからねえ、……いや、こんなことをするのは、元締めくらいだろう」
(来たか……)
と俺は思った。
正直に言って、“待ってました”という感じだった。
そもそも俺は、この港一帯を取り仕切っている元締めに、もっと早く接触したかったのだ。
「もしかしたら、あの店だけじゃ済まねえかもしれねぇぜ、相棒……」
フィルスは苦しげにそう言った。
――そしてフィルスの予言は当たった。
この次にはリントン地区に建てた魚屋が襲撃されたのだ。
今度は実際に被害に合った人間も現れた。
その日、店のなかで下準備をしていた俺の部下が、かなりこっぴどく痛めつけられたのだ。
歯は折られ、腕も一本へし折られていた。
もっとも、すぐに俺が“一級快復魔術”を掛けてあげて、彼の傷はすぐに快復してあげたが……。
……
この事件は、この港町で大きなニュースになった。
もともとが謎の病に苦しんでいた地区なのだ。
ちょっとした事件が起こるだけでも、なにか新しいトラブルの気配を感じ、一斉に噂が広まる。
――実は、このことが俺には良い風向きとなった。
港の漁師全体はこの事件に激昂してくれていた。
なにせ、無償であの病を治してくれた俺の店なのだ。
それは彼らにとっては、命の恩人が喧嘩をふっかけられたようなものだった。
しかも不思議なことに、この事件に怒りを覚えてくれたのは、
俺が救った漁師ばかりではなかった。
それよりももっと広い範囲で、この件に怒りを覚えたものが多かった。
例えば、港から魚を輸送する配送委員、掃除人、レストランのシェフたち――要するに街の住民たちみんなが、この件に抗議の声をあげてくれたのだ。
なかには“元締め”と契約を取り結んでいる漁師のなかにさえ、怒りの声をあげてくれるひともいた。
これには俺も思わず涙が出そうになった。
彼らは俺のしたことにかなり恩義を感じてくれていたようなのだ。
フィルスにこのムーブメントについて尋ねると、
「そりゃあそうさ。相棒はこの港町一帯を救ったようなものなんだ。単なるひとりひとりの命を救っただけじゃねぇ。俺たちの生きる場所を護ってくれたんだ。そんな恩人の店を壊すなんて、さすがの元締めでも許せねえ、……漁師たちの気持ちを代弁するとそんなところだと思いやすぜ」
そうか。
たぶん、俺が来るまでこの港町は本当に危うい状況にあったのだ。
謎の病の流行。
いつそれが港町全体に広がるかもわからない。
――そんななか、突然やってきた子どもが、全員を無償で治療して回ったのだ。
彼らからしてみれば、“元締め”だとか「派閥」だとかを越えて、恩義を感じなくてはならない相手だったのだろう。
……嬉しいことだった。
…思わず、涙が溢れそうになるほどに。
……
そしてこのことは、さらなる動きを呼んだ。
あるときフィルスに呼ばれて家に行くと、
これまで俺が治療した漁師たちが“全員”集まっていたのだ。
「フィルス、どうした、これは……? 」
そう尋ねると、
そこにいた漁師たちが一斉に俺に頭を下げた。その数、実に20人。
一歩前に出たフィルスが言った。
「相棒。今度の件で、みんなの気持ちがまとまった。こいつらは今まで一匹狼でやってきたやつらだ。……だが、今度のことは許せねぇ。俺たちは話し合って決めたんだ。ひとつにまとまって、あいつらに対抗する、と。そしてひとつにまとまるとしたら、あんたの下以外ではありえねぇ、と」
するとフィルスが拳を天井に突き上げた。
ウォォォオォーーー!
突如、男たちの怒声が響く。
フィルスが続けて言った。
「相棒、こいつら全員を雇ってやってくだせぇ。……と言っても、相棒に負担は掛けさせねぇ。資金も運営も全部俺がやる。あんたはてっぺんでどかっと座っててくりゃあ良い。俺とこいつらが、あんたを稼がせやすぜ」
するとフィルスは再び後ろを向き、
「そうだなぁ? みんなぁ!? 」
と叫んだ。
すると再び、
ウォォォオォーーー!
と、男たちの怒声が響いた。
……
そのあとで、フィルスとふたりで具体的な話をした。
正直に言えば、俺は多少は心配していた。
単にフィルスが熱くなって仲間を集めて盛り上がっているだけなのではないか、
という心配も多少あったのだ。
――だが、そんな心配は無用だった。
驚くほどフィルスの計画はしっかりしていた。
全員を雇うのにいくらの資金が必要か、また、それぞれの人材にはどんな仕事が相応しいか――、フィルスは俺の与えた“プロデューサー”という職業に相応しく、
全員の適所を考え抜いて来たのだ。
フィルスはその晩、熱弁を振るってその緻密な計画を俺に話した。
断る理由などなにもなかった。
そして次第にはっきりして来たのは、
このことによって俺の作った水産業者は、この港町でついに一大派閥にまで膨れ上がったということだった。




