ミクロンの話
ここでの生活も七ヶ月が過ぎていた。
子どもたちの成長も悪くなかったが、完全に安全とも言えない。
ジルたち三人は別だが、残りの子どもたちが自力で自分の身を守れるほどの力はまだ備えられていなかった。
いざ大人たちと決戦が起こったとき、どんな最悪の状況になるかわからない。
出来れば子どもたちが全員が戦力になってくれれば良いが、それは難しいかもしれない。
ジルたちだけが、別格に天才すぎるのだ……。
最悪の場合、ジルたち三人に子どもたちを守ってもらう方向も俺は考え始めていた。
……
魔導の教えと並行して、子どもたちには一般教養も積ませていた。
ここを出たら自分たちの力だけで生きていかなくてはならない、という瀬戸際にいる子どもたちなのだ。
ものすごくハングリーで、教え甲斐もある。
特に嬉しかったのは、子どもたちが「言語学」に関心を示したことだった。
それで、俺たちは異国の言葉を子どもたちに教え始めた。
タラガンの言語や、キコの国の言葉。彼らは目を輝かせてその言葉を学んだ。
つくづく、この世界では貧困層に教育が行き届いていない、と思わされる。
まともな教育を受けられているのは貴族の子息だけで、残りの子どもたちは圧倒的に情報が足りない。
情報が足りないから、知識もなく、手仕事を選ぶしかない。
そしてその子供はやはり、教育が受けられず、低賃金の手仕事に就くことになる。
これでは悪循環が続くばかりだった。
貴族だけに教育を独占させるのをやめにし、貧困層にも平等に学ぶ権利を与えるべきだが、
――これを普及させるのは結構大変だろう。
この世界自体が、あまりに貴族主義的なのだ。
当たり前に平民に対する差別が横行している……。
この辺りの改革は、俺が王を引き継いだら行おう。
少なくともフローゲンだけは教育をしっかりさせたかった。
……
いくつか困ったことが起こり始めた。
まず、孤児院での料理係が完全に俺に固定されるようになった。
料理は好きだから良いのだが、すっかりそれが当たり前になっている。
子どもたちはだんだん俺のことを都合の良い「家政婦」と思い始めてきているフシがある。
学問を教えるのに手一杯でその日の夕飯まで手が回らないと、明らかに不機嫌になるのだ。
一度など、豪華なおかずは間に合ったがヒキ(※もとの世界で言う米みたいなもの)を炊くのに失敗すると、フォークとナイフを持った子どもたちが一斉に、
「こーろーせっ……」
「こーろーせっ……」
と低い声で合唱を始めた。
そして合唱しながらフォークで皿を叩き、俺の周りをぐるぐる回るのだ。
い、いや、自分たちでやってくんないかな……。
だけど俺、ひとに注意するの、苦手なんだよなあ……。
もうひとつ困ったというか、変だなあと思うのは、俺が作る毎日の料理に、次第に大人たちも並ぶようになっていた。
なかには「子供の作った料理など食えるか」と悪人らしく拒絶する者もいたのだが、
あのルッソなど――ティファニーにちょっかいを掛けていたやつだ――平気で皿を持って子どもたちの後ろに並んでいる。
そして俺と目が合うと、恥ずかしそうに、
「うっす、いただきゃす……」
と笑いながら小声で言うのだ。
いやいや……。な、なんか、なんだろうなあ……。
なんか、やめて欲しいんだよな……。
悪人なら悪人としてのプライドを保って欲しいと言うか……。
しかもルッソだけ、平気で子どもたちと一緒になって飯を食う。
しまいには、
「兄貴の作る飯、うめぇ~」
と漏らしていた。
い、いや、兄貴って……。
こいつにプライドはないのか……?
なんか逆に、こいつあんま悪いやつじゃないのかな~~、とか思ってくるな……。
……
俺の造った水産業の方は順調だった。
あれからさらに病人の家を回り、次々と病を治してやっていたが、そのなかからさらに「俺の傘下に加わりたい」と名乗りをあげる漁師が出てきたのだ。
今や俺の造った水産業に参加する漁師は8人に増えていた。
船もその分だけ増え、いまや6隻に増えている。
そしてその漁師たちを、フィルスが統括しているのだ。
ビジネスとしても順調で、儲けもそこそこ増えていた。
俺の傘下は、この港でひとつの勢力となりつつあった。
この港を取り仕切る“元締め”の抱える船の数が54隻だから、そこまでは遠く及ばないが、そろそろ目に付き始めているころだろう。
もう少し成長したら、そろそろ向こうからアプローチしてくるかもしれない。
ある晩、フィルスの進言で、
「相棒、もし良かったら、表通りにレストランを出しやせんか? 」
と持ちかけられた。
ふうむ。
レストランか……。
正直に言って、ありだな、と思っていた。
まず第一に、俺たちは最高品質の食材を用意できる。
その日捕れた一番の魚をレストランで提供出来るのだ。
それだけでほかのレストランよりも遥かに優位に立てる。
もうひとつは、漁師たちは格別に美味い独自のレシピを知っていることだった。
独自の煮込み料理、独自の臭みを取る技法、独自の捌き方……。
これらはみんな港のそとには伝わっていないマル秘テクニックだ。
そしてなにより、このあいだ俺が病を治してやった漁師のなかに、
港で有名な、“まかない飯のヒルケ”と呼ばれる爺さんがいて、このひとが凄腕の料理人なのだ。
捕れた魚を美味しく調理し、港の仲間に振る舞う。
そんなことを続けるうちに“まかない飯のヒルケ”という二つ名が付いたのだという。
話してみると、変わり者の爺さんだったが、
「ヒルケさん、自分のレストランを持ってみないか? 」
と持ちかけると、
「そいつあ俺の長年の夢でさあ」と渋い声で言った。
「つまり、やりたいのか? 」
だが、そう問いただすと、爺さんは苦々しい顔をした。
「レオンさん、あんたにゃあ病を治して貰ったんだ。それについちゃあ感謝してるぜ。ああ、感謝しているとも……。
だがね、料理に関しちゃあ俺ぁ誰にも尻尾は振らねえつもりだ。…‥と言っても、あんたの頼みを無下にするほど俺も恩知らずじゃねえ。
そこでだ……」
む。
なんか要求されるぞ……。
ヒルケは続けた。
「味に関しちゃ一切の口出ししねえってんなら、引き受けやすぜ。譲歩できんのはそこまでだ。味にも口出すってんなら、、あんたには悪いが、この話はなしだ」
「え? そんなこと? 」
思わず、口にそう出ていた。
「へっ? 」
「いや、ヒルケさん。あんたの味付けに口出しなんて始めからするつもりはないよ」
「そ、そうなの……? 」
「俺は――というか俺たちは――あんたの料理に心底惚れ込んだんだ。その味付けを変えてくれなんて、口が裂けても言えないよ。なあ、そうだよな、フィルスさん? 」
俺の隣で腕を組んでいたフィルスも、うんうんと頷いている。
……これは嘘ではなかった。
俺も一度だけ食べたことがあるが、この爺さんの作る料理は紛れもなく一級品なのだ。
それも漁師の作る雑なまかない飯なんて代物じゃないのだ。
複合的な味、上品な香り、――そのすべて高級なレストランで出されるそれなのだ。
俺がその話をするとヒルケさんは神妙な顔つきになり、
「……ったく、この歳になって夢が叶うたあな……。ヘッ、レオンさん、あたしゃやりやすぜ。そうさな、――どうか、やらせてくだせぇ」
と言って、突然床に膝をついた。
俺は慌ててそれをやめさせた。
「ちょ、土下座は良い、土下座はしなくて良いですから……! 」
「そ、そうか……? 」
そう言うとやっと、ヒルケさんは立ち上がった。
まったく、
この港は土下座しないと相手に悪いと、誰かが触れ回ってんのか……?
……
さて、その晩、俺がフィルスのもとに来ているのには別の理由があった。
「なんだい、いったいどうしたんだ、相棒? 」
フィルスは、不思議そうに腕組みをして俺を見ている。
実は、フィルスにも「職業」を任命してみようと思ったのだ。
どうなるかはわからないが、一か八か……。
「なにをしたいのか俺にはわからねえがねえ、とにかく、この高級クラッカーでも食べてくだせえや」
フィルスが言った。
……高級クラッカー……。
う~ん。
……本人に言おうかどうか迷うのだが、どうも最近、フィルスの金遣いが荒い。
以前はこうして訪ねてきても、せいぜい水が出てくるだけだったのだ。
だが、最近では高級クラッカーだとか、美味しい果物だとか、妙にセレブが好きそうなものを出してくる。
「どうですか、相棒。この水素水ってのもいけやすぜ」
水素水……。
それ、こっちの世界にもあるんだ……。
「そうザマスよ。とっても健康になれるザマス」
奥からそう言ってフィルスの嫁さんが現れた。
凄まじく着飾ったドレスを着ている。
指にはごつい指輪がいくつも嵌められていた。
完全にテレビでよく見る成金のおばちゃんになっていた。
しかも語尾が「ザマス」になっている……。
う~ん……。
部下の給料を急激にあげるのって、良くないのかなあ……。
フィルスの着ている服も明らかに凄まじく上等だし……。
なんだろう……。なんか、妙にむかつく……!
正直言って、良いのか悪いのか、わからん……!
フィルスたちには裕福になって欲しいが、だからと言って、調子に乗られるとなんか違う気がする……!
なんだこの感情……!
初めての感情だ……!
……まあいい。
この辺りはいずれ考えよう……。
……とにかく職業を任命してみよう。
「フィルス、お前には、“プロデューサー”を任命する――」
「プ、プロデューサーってのは、なんですか……? 」
フィルスはあっけに取られている。
そりゃあそうだろう。
プロデューサーなどという言葉は、こっちの世界にはないのだ。
(う、上手くいかないか……? )
だが、
――パアァァアァァァァ……
フィルスの身体が白く光り始めた。
「な、なんですか、こりゃあぁ……! 」
「ザ、ザマ、ザマス……!? 」
(奥さんうるせえな……黙っててくれねぇかな……)
「な、なにかわからねぇが、力が漲ってくるぜ……」
フィルスに戦闘能力はないから、そっちの方面のスターテス上昇には期待していない。
それよりも、“ビジネスにおける能力の上昇”に俺は期待していた。
具体的に言うと部下を上手く扱う統率力、先見の明、大胆な投資力などだ。
……だが、実際にこのことを確かめる手はない。
時間を掛けてフィルスの仕事の成果を見ていくしかない。
もっとも、フィルスの身体から光が湧き上がったのだから、なんらかのステータス上昇はあったのだろう。
今後、フィルスの仕事の能力がさらに上昇してくれると嬉しいのだが……。
ついでに奥さんには「成金」を任命しておいた。
「ざま、ざまザマス…‥? 」
――パアァァアァァァァ……
あ、これもいけるんだ(笑)
……
子どもたちには勉強を教えるだけでなく、精神のケアもしてあげていた。
ティファニーだけでなく、ここに来ている子どもたちは辛い体験をしている者が多かった。
孤児院での暮らしに不安を抱いている子も多い。
そこで俺は、週に一度だけ深夜にある会を催すことにした。
寝室に小さなランプを灯し、それを取り囲んで自分たちについて打ち明けるのだ。
もちろん、部屋の入り口には“音無し(サイレンス)”を掛けて――。
「じゃあ、ミクロンから」
俺は子供のひとりに話しをするように促した。
ミクロンはフローゲンの外れ、トバ湖周辺から連れ去られた子供だった。
ミクロンは恥ずかしそうにもじもじしたあと、自分の過去について話し始めた。
「ぼ、ぼくはトバ湖の近くの村で生まれて……」
ミクロンの話は長いものではなかった。
それはそうだろう。この子はまだ生まれて6年しか経っていない。
だから、話せるほどの長い過去を持たないのだ。
……だが、たったその六年が、哀しいほどの残酷さを備えていた。
ミクロンの出身であるトバ湖の周辺はある貴重な「豆」が採れる。
「マンデル」というその豆はお湯で溶かして飲むと実に魅惑的なフレーバーを薫らせる。
飲むと頭がすっきりと目覚め、身体の芯から柔らかな活力が湧くのだ。
味の良さとその覚醒する効能から、貴族のあいだでも長く愛されていた。
極上の「マンデル」の豆ともなるとかなりの高値で取引され、「トバ湖で採れたマンデル」を騙る偽物の豆もしばしば横行していた。
俺も何度もこのトバ湖周辺で採れた「マンデル」を王宮で飲んだものだ。
さて、ミクロンの両親はその「豆」の農家を営んでいた。
子供ながらに、両親の農業をは上手く行っていたと思う、とミクロンは語った。
ミクロンの両親は「マンデル」作りの腕が良かったらしく、なんでも、王宮にも自分の農園の品を卸していた、というのだ。
だが、あるとき、その噂を聞きつけたある貴族が、ミクロンの家を訪ねてきたという。
貴族たちは横柄な態度で「製法を教えて欲しい」と言った。
当然、ミクロンの両親はそれを断った。教えてしまえば、明日からの自分たちの食い(くい)扶持に関わる。当然、簡単には教えるわけにはいかない。
両親は貴族たちを怒らせないよう、必死に頭を下げながら話を断った。
それを聞いた貴族は、傲慢な笑みを浮かべて「良いんだな? 」と意味深なことを言った。
「良い、とは……? 」
「いやあ、“どうなっても”良いんだな、と言ったんだ」
ミクロンの両親は困惑した。
明らかに脅されているのだ。
だが、いくら貴族でも、こんな我儘が通るはずがない。
脅しは脅しに過ぎず、実際に実行に移すことはないだろう。
ミクロンの両親はそう判断し、強い意志で断りを伝えた。
「申し訳ありませんが、うちのマンデル作りの方法を、教えるわけにはいきません。なにせ私どもはそれで食っているものですから……」
ミクロンはその光景を両親の後ろで見ていた。
そして、父親がその言葉を言い切ることはなかったのを覚えている。
父親がそう拒絶を示したとき、すでに貴族は剣を抜いていたのだ。
そして、父親が申し訳なさそうに断りを話し始めたその途中で、
貴族の剣が父親の喉を掻っ切った――。
だから、“実際には”、父親の言葉はこんなふうに話された――。
「申し訳ありませんが、うちのマンデル作りの方法を、教えるわけにはいきません。なにせわたらがボォハァ……ベヒッ……」
大量の血が父親の喉が溢れた――。
ミクロンはその血がぼたぼたと机に落ちていくのを見ていた。
部屋の入り口から……。
貴族はなにも言わずに剣をしまった。
それから、無言でミクロンの横を通り過ぎていった。
しばらくして戻ってくると、部屋のなかにいた部下に伝えた。
「農園のマンデルの豆を根こそぎ持っていけ」
「――それから、女は始末しておけ……」
ミクロンはそれから、陽が暮れるまでそこに立っていた。
突然起こったこの出来事に呆然として、足が動かなかった。
自分の背中の遠いところで、農園が荒らされる音がしていた。
家の外で母親の悲鳴が聞こえ、
「穴を掘って死体を埋めておけ」
という声がした。
父親の死体も引きずり出されると、部屋のなかは自分だけになった。
それでもミクロンは、まだ部屋の入り口に立っていた。
……どれくらい時間が立ったかわからなかった。
やがて朝が来て、陽がのぼり、ミクロンの背中を暖め始めた。
部屋のなかに一匹の虫が飛んでいた。
その虫は窓辺を言ったり来たりしていた。
そしてその虫も、飽きたようについに部屋を出て行った。
ミクロンの話はこれで終わった。
誰もなにも話さなかった。
「……それで、この孤児院にはどうやって連れて来られたんだ? 」
ジルがそう尋ねると、
「家を出て街道を歩いているときに、盗賊らしき連中に誘拐された」
とミクロンは答えた。
すると、また誰も話さなくなった。
……
「なんか俺って、甘えたお坊ちゃんなのかな」
深夜にティファニーとふたりで話していた。
あれから、二人きりで真夜中に窓辺で話すことが時々あったのだ。
「どうしてそう思うの~? 」
「いや、俺にはあんなつらい過去はないし……」
ティファニーたちにはまだ、自分が王子だとは伝えていない。
そろそろ話しても良いのかなと思うのだが、言い出すきっかけを見失っていた。
「辛い体験なんて、無いほうが良いでしょ~」
とティファニーが笑う。
「そうかな」
「そうだよ~。ミクロンも、話せて良かったって喜んでたでしょ~」
「……」
そうなのだ。
ティファニーと同様に、ミクロンも自分の過去を話せずに苦しんでいた。
ここに連れてこられたときに“失語術”を掛けられているからだ。
自分たちの過去について話すことは子どもたちの結束を強くする。
それはやがて、この孤児院からの脱出を欲望させる――。
ここの監視役を務めている大人たちはそう判断したのだろう。
彼らは「ここに連れてこられた経緯」を一切話せなくしていたのだ。
「な~んか、とんでもないところに来ちゃったなあ……」
思わず、そう呟く。
「とんでもないところって、孤児院のこと~? 」
「いや、孤児院っていうか……」
――と言い掛けて、踏みとどまる。
自分が王子であることもひとに話していないし、異世界から来たことも誰にも打ち明けていなかった。
唯一話したのはヒスイだけだ。
この世界の惨状を知るにつけ、そのこともなかなか言い出しにくくなっていた。
……だんだんと、ヒスイの言う「この世界の過酷さ」というものを俺は思い知って来ていた。
ヒスイはことあるごとに「ここは残酷な世界だ」と口にしてきた。
いや、俺だって、それが冗談だとか大げさなフレーズだと思っていたわけではない。
戦争が起きているのは知っているし、政治が腐敗しているのにも気づいていた。
だが、どこかでその言葉は、「大人が子供に言う言い回し」に過ぎないと思っていたのだ。
それを言うことで本人が大人ぶりたいというか、実際の惨状とは多少はかけ離れていると思っていたのだ。
ところが、そうではなかった。
ヒスイの言葉は“本当に”正しかったのだ。
本当にこの世界は暴力と殺しに満ち溢れ、――残忍さが幅を効かせている。
俺はヒスイが別れ際に言った言葉を思い出していた。
ヒスイはあのとき、
“レイゲン、どうやらこの世界は私たちを見逃してはくれないらしい。危険な、残酷な、殺しの世界へと私たちを引きずりこみたいらしい”
そう言って、そしてこうも続けたのだ。
“どうやらここでの8年はほんとうに夢だったようだ。夢は終わり、辛い現実がやってくるのさ……”
と。
城から離れてここ孤児院にやってきて、子どもたちの悲惨な過去を聞いていると、俺もやっとヒスイと同じ感情になってきていた。
「夢が終わり、辛い現実がやってくる、か……」
「どうしたの~? なに考え込んでるの~? 」
ティファニーが俺の顔を覗き込んでくる。
「ああ、別に……。なんでもないよ」
俺はそうごまかした。
……しかし、残忍な貴族がいるものだ。
俺はそれもショックだった。
フローゲンはほかの国よりはずっと平和だとは聞いている。
それでも、城と城下町を離れれば、あっけなく残酷な話に事欠かない。
それも、首謀者が貴族だったというのだから……。
まったく、やるせなくなる。
そのとき唐突に、
「レオンは好きな人いる~? 」
とティファニーが聞いてきた。
お、おお……。恋バナだ……。
な、なんていう圧倒的平和感……!
玄関に置かれたフローラルの脱臭剤のごとく俺を安らかな気持ちにさせてくれる。
「一応、いるよ。歳上だけどね」
言いながら、歳上なのかな、と考えていた。
「へ~~。どんなひと? 」
ティファニーが目を輝かせて聞いてくる。
まったく、女の子は恋バナが好きだな。
「キリッとしていて、強くて、照れ屋なんだ」
「へ~~! へ~~~!」
とティファニーはしきりに感動している。
しまいには「キャー!」とひとりで盛り上がっていた。
「それで、ティファニーはいるのか? 」
俺がそう尋ねると、
「聞いちゃう~? それ、聞いちゃう~? 」
と肘で押してくる。
なんなんだ……。
言いたいんじゃないのか……。
「実はね~」とティファニーが言った。「ここに連れてこられる前に、城下町を通ったの~」
「ふむ」
「それでね~、そのときたまたま、なにかお祭りをやっていたの~」
「ほお」
そんなこともあるかもな、と俺は思う。
「そんで~なにか盛大なお祝いしていて~そんで~なにかパレードやってた」
ティファニーがにっこり笑う。
「ほおほお」
微笑ましくなって、俺はそう頷く。
「そのときに~なんか~貴族の偉いひとかな~。偉い男のひとと、偉い女のひとのあいだに立って~男の子が~手を振ってた」
ああ、それ、あれだ。
俺がフローゲンに龍の加護を取り戻したときの祝祭だ。
そして多分、その手を振っていた男の子は、俺だ。
「そんでね~。その男の子が~すっごい綺麗でね~」
こ、この展開は……。
「わたしその子のこと好きになっちゃった~。えへへ」
恥ずかしそうに顔を赤くしてティファニーが微笑む。
「そ、そうなんだ~~」
思わず、声が上ずる。
別にバレても構わないはずなのだが、妙にこっ恥ずかしい。
「なんかね~。いいなあと思ったの~。私は大きな袋に入れられて、大人のひとに担がれていた。まるでちょっとした荷物みたいに。それでね、その袋から微かに見えるその男の子の姿が、とっても輝いて見えたの。着ている服も綺麗で、みんなから愛されていて……。あんなひとと結婚したら、わたしも、あんな暮らしが出来るのかなあと思っちゃって……。思わずわたし、叫びそうになったんだ~。口に猿ぐつわされているのも忘れて……」
そう言うと、ティファニーはまた「えへへ」と笑った。
「……」
そんな暮らし、いつかさせてやるよ、と言いそうになった。
そこまでは出来ないにしろ、きっと良い暮らしをさせてやりたい――。
「ティファニー、頑張って近いうちにここを出ような」
そう言って俺はティファニーの頭を撫でてやった。
「うん。がんばる~! 」
ティファニーは拳を握り締めて、それを突き上げた。子供らしい、可愛い仕草だった。
それから、
「レオンちゃんって、どことなくあのときの男の子に似てるんだよね~」
と言った。
ヤバい。
すでにバレかけている……!
「だけど、ほんのちょ~~っと、残念だよね。レオンちゃんの顔って」
そう言うと、満面の笑みでティファニーは笑った。
う、嬉しいやら、哀しいやら……。
…ついでに「ザマス」にも任命してみるか。
「ざまざまザマス!?」
――パァァアァアァァ……




