悪戯の代償
数日が経ったある日のこと。
「連日徹夜だが、セナ、大丈夫か? 」
セナが頷く。だが、どう見てもふらふらしている。
「うーむ、俺は平気だが、少し休みを取るか」
セナはなにも答えない。不本意なようだ。
「今日は一日別の子供を教えるから、昼寝しておきな。それから、起きたときにスイーツを作っておいてあげるから」
「スイーツ……? 」
「何だお前、スイーツを食べたことがないのか? 」
「ない……」
「そうか。じゃあ楽しみにしていな。その代わり、ちゃんと眠るんだぞ」
セナは布団から顔を出し、目をきらきらさせた。
「それって、美味しいの……? 」
「……とっても美味しいよ。さあ、寝な」
「わかった、寝る……」
実は“この世界をひとつに”のなかには「料理」の項がある。
あの本を書いた人間はよほどグルメだったらしく、この世界の食べ物を食べ尽くしたあげくに、わざわざレシピ本まで書いていたのだ。
俺はキッチンを覗き、材料を調べた。
ちょうど甘味料や乳製品、この世界における小麦粉的なものの“ホロの実”の粉もあるし、ケーキを作るのに最適なものが揃っていた。
まだみんな起きる前に起きて、先に作っておく。
台所は一応、すべての調理道具が揃っていた。
だが、誰もまともに使っていない。
セナたちの食事の酷さを見ると、可哀想になってくる。ただ実をすりつぶしたものや、肉を焼いただけのものを美味そうに食っているのだ。
多分、人生でまともに食事をしたことなどほとんどないのだろう。
こういうことを考えると、俺は寂しい気持ちになる……。
……
作り終えたケーキを小型の箱に詰め、外から魔導を掛けておく。
「“氷の魔導”――」。
これで当分は持つはずだ。
さて、セナが眠っているあいだに、ジルとティファニーを呼び出した。
このところセナに掛かりっきりだったが、この二人も相当才能がある。
今のうちにかなりのところまで鍛えておきたかった。
「お前ら、魔導量増幅の訓練はどうだ? 」
そう質問する。
「まだ難しいけど、結構うまくなったぜ」
ジルが言う。
「私はもう割と余裕かな~」とティファニー。
やはり、魔導系に関してはティファニーの方が才能がある。
すると、ジルががっかりする。
「お、俺、才能ないのかな……」
「ジル、お前、最初に会った時に持っていたナイフをまだ持っているか? 」
「あ、ああ。これだ」
ジルがナイフを取り出す。
「じゃあ、ちょっと立ってみろ」
「え……? う、うん」
俺はジルに俺と向かい合うように立たせた。
「じゃあちょっと、俺に向かってナイフを振り回してみろ」
「え、――そんなことしたら、危ないだろ」
「いいから。殺す気で来い」
「……」
ジルがナイフを構える。
すると空気が変わった。ジルの目が本気になっている。
こういう切り替えが即座に出来ること自体、才能がある証拠だ。
――ヒュンヒュンヒュンヒュン……
なかなか悪くないナイフ捌きだ。
だが、俺はそのすべてを“見切り”でかわす。
「す、すげえ……」
そう言いながら、ジルはナイフを振り回し続けていた。
「やってみてわかったが、ジル、やはりお前には剣の才能がある。……自分ではどう思う? 」
肩で息をしながら、ジルが答える。
「はあ、はあ……。ど、どうかな……。全部かわされちゃったし……」
「私はすごかったと思う~~」
とティファニーが言う。
「そ、そうかな……」
とジルもまんざらでもなさそうだ。
「ジル、お前に剣の才能があるのは俺が保証するよ。お前なら、もしかしたら……」
ヒスイも越えられるかもな、と言おうとしたが、すぐに考え直す。
6歳の頃からひとを殺していたヒスイと比較するのは酷だろう。
向こうは天才のなかの天才だ。ジルにも才能は感じるが……。
「ジルは付与の魔導に特化した方が良い」俺は言った。
「付与の、魔導……? 」
「そうだ、例えば、こんなふうに―――」
――“初級付与魔導、雷”――
そう唱えると、ジルの持っていたナイフに雷が迸る。
「な、なんだこれ、すげえ! 」
「これが付与の魔導だ。お前は足も早い。草陰派を習得して付与の魔導も使いこなせるようになれば、お前はかなり凄腕の剣士になるだろう。その方向を目指すと良い」
「お、俺が剣士……」
自分が剣士になった姿を思い浮かべたのだろう。ジルはきらきらした目で遠くを見ていた。
「どうした、嫌か? 」
「嫌なんかじゃない」ジルが首を振る。「お、俺なんかにも、そんなことが出来るんだって思うと、足が震えてきて……」
「ジル、それを“わくわくする”と呼ぶんだよ」
「わくわく、する……」
「そうだ。未来が楽しみだろう? 」
「お、俺にもこれが、出来るようになるかな……」
ジルは嬉しそうに雷の迸るナイフを見つめていた。
ジルに付与の魔導の訓練方法を教えた後、ティファニーとふたりきりになった。
さて、ティファニーをどう育てるか。
「ティファニー、お前は“デバフ”を覚える気はないか? 」
「デバフぅ? なあに、それ? 」
相変わらず甘い声を出す。
わざとやっているのかそうじゃないのか、妙に色っぽい。
「デバフというのは簡単に言えば、相手のステータスを下げる魔導だ。時間を遅くしたり、足止めさせたり、毒を与えたりする」
「あ、私、そういうの好き~」
眠たそうにティファニーが言う。
「お前にヒール系の才能があるのはわかっているんだが、そこにもうひとつ、デバフが加わるとさらに優秀なんだ。じゃあ、今からその訓練をするとしよう」
俺がそう言うと、ティファニーはとろんとした目で俺を見据えた。
……この娘は、誤解されるだろうが、実はかなり強い意志を芯に持っている。
案外、誰よりも負けず嫌いなのはこの娘かも知れない。
この頃から俺は、ジルとティファニーを利用した「パーティー」の構想を練り始めていた。
ジルの素早い足と付与の魔導で敵のHPを削り、ティファーが後方からデバフで支援する。
そして最後にはセナがとどめを刺す。
この三人を上手く育てれば、かなり理想的なパーティーが作れそうなのだ。
さらに言えば、この孤児院の大人たちも、ジルたちだけで倒せるようになるかもしれない。
管理人たちの中にはかなり腕の立ちそうなやつもいる。
特にあの孤児院長の女性……。正体を隠しているが、かなり出来るやつの雰囲気がある。
だが、訓練次第で、ジルたちはそれを越えられるかもしれない。
「さ、ティファニー。デバフの特訓方法について教えるよ」
「はぁ~い」
ティファニーは手を挙げて、いつもの甘い声でそう返事をした。
……
昼になった。
子どもたちにパスタ――的なもの――を作ってやった。
その食事の終わりに、子どもたちにケーキを出してやる。
全員が、ものすごい勢いでケーキを取り合っていた。
みんな宝石を見るようにケーキを見ている。
「どうだ……? 」
ひとくち食べた子供にそう尋ねる。
「う、うまあ~~~~」
横にいたジルがそう言った。
思わず、俺も笑みが零れる。
次々に「美味しい!」と喜びの叫びがあがった。
……
一通りケーキを行き渡らせると、ケーキをひとかけら皿に乗せて、セナの眠る寝室に行った。
よっぽど疲れていたのか、セナは寝息を立てて寝ていた。
「セナ」
そう呼びかけると、セナが微かに目を開く。
「約束していたスイーツだ。食べるか? 」
セナは身を起こすと、ケーキの乗った皿を受け取り、その匂いを嗅ぎ始めた。
そして、警戒しながら一口食べた。
「どうだ? 初めてのケーキの味は」
セナはぱっと目を輝かすと、
「ん~~~ん~~~!!」
と言って、足をばたばたさせた。
「美味いか? 」
と聞くと、
「んっんっ」と言って、何度も頷いていた。
「よしよし」
俺はセナの頭を撫でてあげる。
どうも俺はセナに特に甘い気がする。
覚えが早いし、才能が突出しているというのもあるが、妙に惹かれるものがある。
それに、思い出せないが、誰かに似ているような気もするのだ……。
(まあ、単純に懐いてくれているのが嬉しいんだろうな)
セナが俺の後をくっついて来るのが父性をくすぐられるのだ。
「しかし、お前、ちゃんと髪を洗ったほうが良いぞ……」
撫でてやった手が脂でべとべとしていた。
セナは構わずに、嬉しそうにケーキを頬張り続けていた。
……
夕方になったときに、廊下でルッソがティファニーに声を掛けているのが見えた。
(あれが困っていると言っていたいたずらしてくる男か……)
ティファニーが必死に目で「助けて」と訴えてくる。
(そろそろ手を打っておくか……。やりたくないが……)
俺はふたりのもとに近づいていった。
「ルッソのおじさぁん……」
甘い声でルッソのズボンを引っ張る。
ルッソが俺を見下ろした。
「おや~~。新入りくん。どうしたのお? 」
う、気持ち悪い……。明らかに俺にも性的な目を向けている。
「ちょっと、あっちで、二人だけでお話しよお~~? 」
誰もいない部屋を指差すと、ルッソは嬉しそうににたりと笑った。
「そうだね、じゃあ行こうか~~」
そう言って、ルッソは俺の背中を押した。
部屋のなかに入ると、俺はドアを閉めた。
部屋の周囲と、ルッソの口元に“音無し(サイレンス)”を掛けておく。
この施設を取り仕切っている大人たちのなかでも、ルッソは特別脅威ではない。
強そうなのは孤児院長の女性と、あとは医者のフリをした謎の男だけだ。
あとの大人たちは、たまに夜に来るイレギュラーな男たちも含めて、単なる屈強なチンピラに過ぎない。魔術など使えもしないだろう。
――というわけで、ジルに借りたナイフでルッソの人差し指を切り落とす。
「ッッゥッッッウッッ!!!!」
……と、ルッソが叫ぶ。
もちろん、口元に“音無し(サイレンス)”を掛けたから音は出ない。
「どうだ? 痛いだろう? 激痛だよな。今治してやる」
「“一級快復魔術”――」
――ヒイィィン
即座に、ルッソの指が元に戻る。
ルッソは起こっていることについていけず、何度も自分の指と俺を交互に見つめていた。
「なにをされたかわかるか? ……もう一度行くぞ」
そう言って、俺はもう一度ルッソの人差し指を切り落とした。
「ッッゥッッッウッッ!!!!」
ルッソが音のない雄叫びを上げる。
さっきと同じように。
「ルッソ、お前には頼みがあるんだ。今から指を一本ずつ切り落としていくから、そのあいだにOKかどうか返事をしてくれ、良いな? 」
……そう言うあいだに、さらにルッソの指を一本切り落とす。
そして、音のない叫び声。この辺りはさっきと同じだ。
「子どもたちがお前のいたずらに困っていてな。出来れば今後はやめて欲しいんだ」
――と、さらに一本、切り落とす。
ルッソは手首を握り締めて、音のない叫びを上げ続けている。
「ティファニーは特に困っていてね。出来れば今後は一切近づかないで欲しい」
――と、もう一本追加する。
「お前がわかったと言うなら、指を元に戻してやる。嫌だというなら、次は左手だ」
そう言って、俺はルッソの右手に残った最後の一本を切り落とした。
ルッソの右手はいびつな丸い形になっていた。
その足元には切り落とされた指が五本、皿から零れたウィンナーのように転がっている。
ルッソは「信じられない」というように、その手を見つめている。音のない雄叫びをあげながら。
「俺の頼みを引き受けてくれるなら、二回頷いてくれ」
そう言うと、ルッソは涙を流しながら何度も頷いた。
「じゃあ、治してやる。
一級快復魔術”――」
即座に、床に落ちていた指がルッソの手元に戻る。
ルッソは汗だくになり、疲れ果てた目でその指を確かめていた。
「このまま部屋の外に戻すとお前はなにもかも話してしまいそうだからな。ちょっと舌を出せ」
そう言って、ルッソを跪かせた。
「“失語術”というのは、本来は何重にも多重に掛けるのが基本なんだ。そうすれば、容易には解かれない。
“失語術”×80――」
俺はルッソの舌に80重ねに刻印を描いた。万が一術を解けるやつがいても、数回試みて諦めるだろう。
「これでお前は、この件に関しては誰にも話すことも紙に書くことも出来ない。さあ、戻って良いぞ。二度と子どもたちにいたずらはするなよ。……おっと、“音無し(サイレンス)”を解いておいてやらなくちゃな……」
「“音無し(サイレンス)、解除”――」
ルッソはふらふらと亡霊のような足取りで部屋の外に出て行った。
出たところでばったり別の大人に出くわし、
「お、お前、どうしたんだその汗……!? 」
と驚かれていた。
……
深夜二時半になった。
誰かが袖を引く感覚で目を覚ます。
「セナか……? 」
セナが枕元で頷いていた。
「そうだな」と思わず微笑む。「行くとするか……」
いつものようにセナに魔導を使わせて、見張りを眠らせ、孤児院の外に出て行く。
屋根の赤い家の前までやってきた。
入り口のドアをノックする。
すると、勢い良くドアが開いた。
なかからフィルスが出てくる。
「よ、良く来てくれた。ずっとお前を待っていたんだ……! 」
「は、はあ……」
相手のテンションの高さに、思わず困惑する。
家のなかに入ると、以前とは比べ物にならないほど綺麗になっていた。
床にゴミは散乱しておらず、物があるべきところに収まっている。
なにより、フィルス自身が酔っ払っていない。
そしてその横には、快復した奥さんが立っていた。にこやかな笑みを浮かべて――。
「良かった。無事に快復したみたいだ」
「お前には、いくら礼を言ってもし尽くせない……! 」
フィルスはそう言うと俺の手を握った。
「金まで借りちまって……! なにかお礼をさせてくれ」
「お礼なんていらないよ。それより、元締めのところに案内してくれる約束なんだが……」
「そ、それに関してなんだが……」
そう言うと、フィルスは暗い顔で俯いた。
簡単に言うと、フィルスは元締めとの“コネ”を持っていないらしい。
この辺りの漁業を統括しているその男の名は「コーシ」と言うらしいが、会ったことはないというのだ。
コーシにはコネが無いと会えない、とフィルスが申し訳無さそうに呟いた。
この様子だと、多分俺が場所だけ突き止めて会いに行っても、話もしてくれないだろう。
うーん。どうしたものか……。
ふと、あることを思い出した。
「そう言えばフィルス、前は船を持っていたって言ったっけ? 」
「ああ、船は四隻持っていた。従業員も十人抱えていたんだ。今じゃ見る影もないがな……」
そう言うと、フィルスは力なく笑った。
「だったら、いっそ俺と業務提携しないか? 」
「業務、提携……? 」
そう――。俺はいっそ、俺名義で水産業者を造ってしまおう、と考えたのだ。
国の金でフィルスに出資して、ひとつの水産業者を造るのだ。
もし俺の考え通りなら、この水産業者はすぐに発展するだろう。
そうすると、それを面白く思わない“元締め”が、向こうからコンタクトしてくるはずだ。
それなら、こちらから無理にコンタクトを取るより話が早い。
「だが、船を買い戻すような金なんて、今の俺にはないぞ……」
「それに関しては大丈夫。――数日後に、フローゲンの城からムルナウ伯爵という男が来るはずだ。その男にはすべて話しておく。フィルスはその男の出す資金を元手に船を買い戻し、従業員を雇い直してくれ。後は流通などに関して助言をくれるだけで、今まで通り魚を獲ってくれれば良い」
「そ、そんな……夢見たいな話が……」
「期待しているよ、“大漁のフィルス”」
俺がそう笑いかけると、
「お、覚えていてくれたのか……? 」
と言って、フィルスと奥さんは何度も俺に向かって頭を下げていた。
だが、話はここからだ。
俺はフィルスの奥さんが掛かった病について、詳しい話をふたりに聞き始めた……。




