孤児院二日目
酔っ払いのおっさんに詳しく話を聞きたかったのだが、もう時間がなかった。
「すまないが、時間がないんだ」
そう言うと、
「なら、後日俺の家に来い。そこの裏通りの赤い屋根の家だ。赤い屋根してんのはうちんちだけだから、すぐにわかるはずだ」
「わかった。必ず行くよ」
おっさんは頷いた。
「まったく、俺は子供になにを期待してんだろうな……。まったく、落ちぶれたもんだぜ。昔は“大漁のフィルス”と呼ばれたもんだが……」
と、おっさんはぶつぶつと言っている。
なにか深い事情があるらしい。
「とにかくおっさん、必ず行くから、それじゃあまた」
「ああ、行け、行け」
おっさんは眠たそうに手を振った。
……
孤児院に戻る頃には完全に夜が明けている。
(まずいな……。さすがにバレるか……? )
そう思って、慎重に中に入るが、まだ誰も起きていない。
ふたりの男が居た部屋を覗いてみるが、まだぐーぐーといびきをかいて眠っていた。
(むしろ魔術を強く掛けすぎたか……? )
寝室に戻り、ベッドに入ると、隣のベッドからジルが耳打ちしてきた。
「どこに行っていたんだよ? というか、お前、外に出られるのか? 」
「ああ、そのうちお前にも教えてやる。いいから、起床時間まで寝たふりをしていろ」
「まったく、どうなってんだいったい……」
ジルはぶつぶつとそう呟いていた。
……
孤児院での暮らしは基本的に放任主義だった。
というか、放任にも程がある。
洗濯、掃除、食事の準備――。それらすべてが子供に任せっきりになっている。
大人たちはというと、だいたいが部屋のひとつに集まって賭け事をしていた。
そして極稀に買い物に出て、それを大漁にキッチンに置いていく。
「あとは好きに調理しろ」ということらしい。
普通の孤児院では、もう少し教育らしいものがあるのだが、それさえもない。
簡単な数字の計算や、文字の読み方。それらを教える気さえない。
それどころか、昼頃になると、
「そろそろメシは出来たか? 」
と子どもたちにメシをせがんでくる。
あの優しそうな孤児院長の女性も、同じようににそにそと笑いながら出てくる。
普通なら頭に来る光景だが、俺にとっては都合が良かった。
まず、代わる代わるに子どもたちを三人ずつ集め、魔導量の基本的な増幅方法をレクチャーした。
以前俺がこの世界に来たばかりのころにやっていたものだ。
まずはジル、セナ、ティファニーに教える。
「な、なんだこれ、死ぬほど難しい……! 」
ジルがそう苦戦していた。
「じゃあやめるか? 」
そう言うと、
「や、やめてなんてたまるか……。必ずものにしてやる」
ジルがそう返す。セナも、あのティファニーさえ、真剣に取り組んでいた。
ジルたちに教え終わると、今度は別の三人を呼んでくる。
そして同じように魔導量の増幅方法をレクチャーする。
子どもたちは初めて扱う「魔術」――の基礎中の基礎だが――に目を輝かせていた。
そして、必死にそれに取り組んでくれる。
嬉しい誤算だったのは、ここの子どもたちは呆れるほどハングリーだった。
このやり方を一度教えると、日中は大人たちから隠れてひたすらこの訓練をやっていた。
おかげで、十一人の子どもたちはめきめきと魔導量が増えていった。
大人たちが怪しむかと不安ではあったが、彼らはひたすらに子どもたちに無関心だった。
部屋に見に来さえ来ない。
彼らが気づかないうちに、子どもたちはどんどんと成長してきていた。
……
嬉しかったのは、子どもたちが魔導以外にも興味を示したことだった。
俺が「歴史」について教えると、彼らは必死にもっと学ぼうとしたのだ。
それで、日中、俺はずっと彼らに授業をし続けた。
一応、音が漏れないよう部屋と廊下のあいだに“音無し(サイレンス)”を掛けて。
こうすれば中の声が外に漏れることはない。
次第に、十一人の才能の差が目立って現れてきた。
それほど突出してダメな子はいなかったが、ジルとセナとティファニーは突出して才能を持っていた。
まず、ジルに関してはどうも剣術にすごい才能がありそうなのだ。
身のこなし方に才能を感じる。
ハングリー精神も人一倍強く、訓練も一番熱中して取り組んでいた。
次に、ティファニーは魔導の扱いに長けていた。
魔導量増幅の訓練も一番最初に上達してしまった。
何個か魔導を教えてやると、あっさりと回復系の魔導をものにしてしまった。
将来はヒーラーとして活躍する人材になるだろう。
そして最後に、セナ。
この娘だけは異次元の才能に恵まれていた。
なぜこんな娘がこんな孤児院にいるのかが不思議で仕方ない。
さっきティファニーがすぐに魔導をものにしたと言ったが、セナはその比じゃなかった。
指先に魔導力を集める訓練も、一発で成功した。
そして、教える魔導を次々と水を飲むようにものにしていくのだ。
おかげでティファニーとジルが劣等感に苛まれていた。
「ああ~ん、私、才能ないのね」
とティファニーに至っては泣き出してしまったのだ。
「そうじゃない」といくら言っても聞かなかった。
結局、その日の夜は頭を撫でながら寝かしつけてあげたのだった。
セナはそのうちに、ひとりだけで指導することになった。
この娘の学習速度にほかの子たちが追いつけないのだ。
(この娘は、天才とかいうレベルじゃないぞ……)
セナの才能は、なにか計り知れないものがある。
身体のなかにぎっしりと魔導の源が漲っている。
しかも頭脳も明晰で、教えたことはほとんど一発で記憶してしまう。
そのうちに、俺はセナを副教師役に抜擢することにした。
これまで教えてきた箇所を、まだ追いつけていない子どもたちに教えさせるのだ。
セナの教え方はすごく優しかった。
魔導や学習の追いつかない子どもたちに、丁寧に、ゆっくりと説明してあげるのだ。
口数は少ないが、愛情に溢れた子供なのだろう。
次第に俺はセナの持つ密かな優しさに気づき始めていた。
……
数日が過ぎた。
だんだんと、セナが俺の側近のようになってきていた。
わざとそうしたわけではないのだが、つい色々と先に教えていくうちに、いつの間にか常に俺の隣にいるようになっている。
子どもたちに教えるときも、飯を食うときも、常にセナが隣にいる。
「じゃあ、あそこのあの部分は……」
とセナがあれこれ質問してくる。
「それはな、セナ……魔導の根本原理というのは……」
と飯を食いながら俺も解説してあげる。
周りの子どもたちは、そのレベルの高さについて来れないのか、ぽかんと口を開けてそのやり取りを見ていた。
……
ある晩、遅くに俺は目を覚ました。
久しぶりに港に行くつもりだった。
あのおっさんとの約束のためだ。
もっと早く行くつもりだったのだが、思いのほか遅くなってしまった。
(さて、行くか……)
だが、ベッドから身を起こすと、誰かに服を引っ張られた。
「セナか……? 」
暗闇のなかで、セナが俺を見ていた。
「お前、俺がどこかに行くと思って、ずっと起きていたのか? 」
「……うん。最初の日から、ずっと」
呆れる好奇心だ。
「……俺と一緒に来たいのか? 」
セナが頷く。
う~む……。
俺は悩んでしまった。
連れて行って良いのだろうか。少々怖い気もするが……。
「セナ、今お前が使える魔導はなんだ? 」
そう質問すると、セナは扱える魔導を列挙した。
セナが今扱えるのは、基本的な五大要素――。火、水、風、土、雷。これらのなかの基本的な魔導。
それから、光に関する魔導を少々扱える、と答えた。
う~む……。
自分の身を護るぐらいなら行けるか……?
迷っていると、セナがまた俺の服を引っ張った。
なんとしてでも行きたい、という意思表示らしい。
「う~ん……、わかった、セナ、自分で“音無し(サイレンス)”は掛けられるか? 」
セナが頷く。そして、
――音無し(サイレンス)。
――ヒィィィン……
ついでに俺にまで掛けてくれた。
しかも、効果も申し分ない。なかなか優秀な弟子だ。
「仕方ないな。セナ、危ない目にあったら、すぐに俺の近くに来い、ひとりでどうにかしようとするなよ」
「……わかった」
と力強い目でセナは頷いた。
見張りの集まっている部屋に行く。
なかを覗くと、ふたりの男は酒を飲んでいた。
俺はセナに耳打ちする。
「あいつらに“深い眠り”を掛けられるか? 」
セナが頷く。そして、
――深い眠り。
あっさりと、ふたりの男が眠り始める。
かかり具合も相当深そうだ。
「お前、なかなかやるな」
俺がそう笑いかけると、セナは嬉しそうに少しだけ微笑んだ。
「よしよし、良い子だ」
俺は頭を撫でてやる。
「さあ、次に行こう」
問題は外の障壁だった。
これを出るのに多少のコツがいる。
その障壁が張られている門まで来ると、セナが怯えているのがわかった。
「以前に触れたことがあるのか? 」
セナが頷く。
「そうか。……痛かっただろう? 」
「うん、とても……」
「だが、これを越えなくては外に出られない。今からやり方を見せる。これが出来るなら、約束通りお前を連れて行く。だが、無理なら今日は諦めろ。まだ力不足だ」
セナは深刻な表情で頷いた。
さて、呼吸を整える。
吸って、吐く。
吐いて、吸う。
そして障壁のリズムに合わせ、――通り抜ける。
スッ。
なにごともなく通り抜けた俺を見てセナが驚いていた。
「大切なのは呼吸だ。それから、障壁のリズムに目を凝らすことだ。一見すると動いてない障壁だが、良く見れば浅く動いているのがわかるはずだ。その動きに呼吸を合わせるんだ」
障壁越しに俺はそう言った。セナが頷く。
そして、セナは目を凝らし、息を吸い始めた。
さて、どうなる……?
セナが息を吸い、それを吐く。
吸う。
そしてまた吐く。
セナはゆっくりと障壁に一歩を進めた。
――スッ。
……無事に通り抜けた。それも、ごくあっさりと。
「お前、呆れるほど優秀だな」
だが、セナ自体がこのことに驚いていた。
「そうか、数年ぶりの外か。どうだ? お前が勝ち取った自由だ」
セナは空を見上げた。
「……もっと、――もっと大きな自由が欲しい」
俺は思わず笑みを零す。
「そうだな」とセナの背中を撫でてやる。「そのために、もっと勉強しよう」
セナは意気込んで、何度も頷いていた。
……
さて、港に着いた。
「赤い屋根、赤い屋根、と……」
裏通りで赤い屋根の家を探す。
「あった、あそこだ」
言われていた通り、赤い屋根の家は一軒しかなかった。
「誰だあ、こんな時間に~~」
玄関のドアをノックすると、酔っ払った声がした。どうやら、また酔い潰れているらしい。
「俺だ。このあいだ裏通りで会った……」
「ああ~ん? 」
酔っ払った男がドアを開けた。
「……ああ、お前か。良くあんな話を覚えていやがったな。まあ、中に入れ……」
家のなかはひどい有様だった。
ゴミと酒の空き瓶が散乱している。
「ひどいと思っただろう。まったく、自分でもそう思うぜ……」
おっさんが――確か名前をフィルスと言ったか――そう零す。
「病人がいると言っていたな? 奥さんだったか? 」
「そうだ。二階だ。ついてこい」
セナとふたりで、フィルスの後をついて階段を上る。
二階は驚くほど綺麗だった。
一切ゴミが床に落ちていない。
そして、綺麗な部屋の真ん中にベッドがあり、そこにひとりの女性が寝そべっていた。
「妻だ。……病気のな」
苦々しくフィルスが呟く。
「少し、容態を見ても良いか? 」
「ああ、好きにしろ。……まったく。こんなガキに見せてなにになるって言うんだ。俺と来たら、とことん耄碌しちまったもんだぜ……」
フィルスはふらふらと部屋を歩きまわっていた。
俺はベッド上の奥さんに顔を近づける。
なるほど……。
相当状態が悪いらしい。顔は真っ青で、顔中に汗が浮かんでいる。
「……! 」
顔を覗き込んだとき、俺はあることに気づいた。
「セナ」俺はセナを呼び寄せる。「お前、これがどういう状態かわかるか? 」
セナは奥さんを見下ろした。
そして、蒼白な顔で俺を見て、頷く。
「……このひとは、毒を、掛けられている」
セナが言った。
「ああ~ん? 」
酔っ払ったフィルスが唸りを上げた。
……
俺はフィルスに自分の予想を話した。
恐らく奥さんは誰かに毒を盛られている、と。
そしてこのままの状態が続けば命が危ない、と。
すると、
「毒だあ? 毒なんかじゃねえ、俺の嫁は病気なんだ。それが治らねぇだけなんだ。医者にだって掛かっているんだ」
とフィルスは怒鳴り声をあげた。
「医者? 医者に掛かっているのか? 」
「ああ、医者だ。ありがてぇ医者だよ。この家にも往診に来てくれる。そのお方がいなきゃ、とっくに嫁は死んじまってるんだ」
フィルスは続けた。
「――だが、薬代が馬鹿にならねぇ。おかげで俺は船を売るハメになっちまった。もう薬も買えねえ。あそこにあるのが、最後の一錠だ……」
見ると、ベッドのサイドテーブルに薬が一錠置かれていた。
「見ても良いか? 」
「ああ、勝手にしやがれ」
フィルスは酒瓶を煽った。
薬は見たところ普通の錠剤に見える。
だが、中身はそうではない。
「セナ、どう思う」
セナは錠剤を指で摘んだ。
「……たぶん、これが毒だと思う」
「そうだ」
俺は言った。
「フィルスさん。どうやらあんたは騙されたらしいな。あんたのところに来ていたのは医者なんかじゃない。悪人だよ」
「ああ? あのひとのことを悪く言うとただじゃおかねえぞ! 」
フィルスが激高した。
「まあ、待て。今お前の奥さんを治してやる」
”“解毒の施術”
――ヒィィィン……
「な、なにをしやがった……? 」
「解毒だよ。今はもう奥さんの身体に毒はないはずだ」
「そ、そんなこと、どうやって……? 」
「いいか。毒自体は取り除いてあるから、このまま安静にしていれば自然に治るはずだ。それから、家を綺麗にしておけ。衛生的に良くない。栄養のある食事を与え、しばらく寝かせていろ。そうすれば、すぐに良くなる」
「あ、ああ……」
フィルスが狼狽える。
「だ、だが、飯を買う金ももう……」フィルスが俯く。
「そうか。俺の手持ちは……」
――“四次元の籠(密かなポケット)“。
俺はアイテムボックスを開いて、中から財布を取り出した。
「ひーふーみー、このくらいあれば当面は足りるだろう」
そう言って、フィルスに札を握らせた。
「あ、ああ……」
どうやら、頭が追いついていないらしい。
狼狽えるばかりで、なんの反応もしなくなってしまった。
「フィルスさん、とにかく、言ったことを守ってくれ。また後日来る」
フィルスは返事さえしない。
まあ、仕方ないよな、とも思う。
こんな8歳の子供突然来て、病気を治したなどと言っているのだ。
簡単には信じられないだろう。
窓の外が微かに明るくなっていた。
「セナ、そろそろ戻ろう」
セナが頷く。
「おっと、これはもらっていくよ。毒だからね」
俺は錠剤を指で摘んだ。
フィルスは口をぽかんと開けて、頷いていた。
俺たちは階段を降り、フィルスの家をあとにした。
……
セナと孤児院に戻った。
寝室に戻る前に、見張りの男たちを覗くと、ひとりがちょうど目を覚ました。
俺たちは慌てて寝室に入った。
「あ、危なかったな……」
セナにそう耳打ちする。
セナは半笑いで何度も頷いた。スリルが可笑しかったのだろう。
「つ、次は気をつけよう――」
そう言って、ふたりでくっくっと笑った。
寝床に入ってからも、俺はフィルスの一件が気になっていた。
いったい、漁港でなにが起こっているんだ?
なぜ病気を治すと称して、医者が毒の入った錠剤を患者に渡しているのか。
ひょっとすると、それとセバスチャンの水産業の独占とが、なにか関係があるのだろうか。
(セバスチャンのやつ、どんどんきな臭くなっていくな……)
ドタドタっ。
見張り部屋から男が出てくる物音がした。
(さて、眠ったフリをしておくか……)
俺は布団を胸元まで引き上げて、目を瞑った。




