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異世界ドラゴン~この世界をひとつに~  作者: あんちおいでぃぷす
第二章 孤児院潜入編
17/34

孤児院二日目




 酔っ払いのおっさんに詳しく話を聞きたかったのだが、もう時間がなかった。

 「すまないが、時間がないんだ」

 そう言うと、

 「なら、後日俺の家に来い。そこの裏通りの赤い屋根の家だ。赤い屋根してんのはうちんちだけだから、すぐにわかるはずだ」

 「わかった。必ず行くよ」

 おっさんは頷いた。

 「まったく、俺は子供になにを期待してんだろうな……。まったく、落ちぶれたもんだぜ。昔は“大漁のフィルス”と呼ばれたもんだが……」

 と、おっさんはぶつぶつと言っている。

 なにか深い事情があるらしい。

 「とにかくおっさん、必ず行くから、それじゃあまた」

 「ああ、行け、行け」

 おっさんは眠たそうに手を振った。



 ……



 孤児院に戻る頃には完全に夜が明けている。

 (まずいな……。さすがにバレるか……? ) 

 そう思って、慎重に中に入るが、まだ誰も起きていない。

 ふたりの男が居た部屋を覗いてみるが、まだぐーぐーといびきをかいて眠っていた。

 (むしろ魔術を強く掛けすぎたか……? )


 寝室に戻り、ベッドに入ると、隣のベッドからジルが耳打ちしてきた。

 「どこに行っていたんだよ? というか、お前、外に出られるのか? 」

 「ああ、そのうちお前にも教えてやる。いいから、起床時間まで寝たふりをしていろ」

 「まったく、どうなってんだいったい……」

 ジルはぶつぶつとそう呟いていた。


 ……


 孤児院での暮らしは基本的に放任主義(ほうにんしゅぎ)だった。

 というか、放任にも程がある。

 洗濯、掃除、食事の準備――。それらすべてが子供に任せっきりになっている。

 大人たちはというと、だいたいが部屋のひとつに集まって賭け事をしていた。

 そして極稀に買い物に出て、それを大漁にキッチンに置いていく。

 「あとは好きに調理しろ」ということらしい。


 普通の孤児院では、もう少し教育らしいものがあるのだが、それさえもない。

 簡単な数字の計算や、文字の読み方。それらを教える気さえない。

 それどころか、昼頃になると、

 「そろそろメシは出来たか? 」

 と子どもたちにメシをせがんでくる。

 あの優しそうな孤児院長の女性も、同じようににそにそと笑いながら出てくる。


 普通なら頭に来る光景だが、俺にとっては都合が良かった。

 まず、代わる代わるに子どもたちを三人ずつ集め、魔導量の基本的な増幅(ぞうふく)方法(ほうほう)をレクチャーした。

 以前俺がこの世界に来たばかりのころにやっていたものだ。

 まずはジル、セナ、ティファニーに教える。


 「な、なんだこれ、死ぬほど難しい……! 」

 ジルがそう苦戦していた。

 「じゃあやめるか? 」 

 そう言うと、

 「や、やめてなんてたまるか……。必ずものにしてやる」

 ジルがそう返す。セナも、あのティファニーさえ、真剣に取り組んでいた。


 ジルたちに教え終わると、今度は別の三人を呼んでくる。

 そして同じように魔導量の増幅方法をレクチャーする。

 子どもたちは初めて扱う「魔術」――の基礎中の基礎だが――に目を輝かせていた。

 そして、必死にそれに取り組んでくれる。

 嬉しい誤算だったのは、ここの子どもたちは呆れるほどハングリーだった。

 このやり方を一度教えると、日中は大人たちから隠れてひたすらこの訓練をやっていた。


 おかげで、十一人の子どもたちはめきめきと魔導量が増えていった。

 大人たちが怪しむかと不安ではあったが、彼らはひたすらに子どもたちに無関心だった。

 部屋に見に来さえ来ない。

 彼らが気づかないうちに、子どもたちはどんどんと成長してきていた。



 ……


 嬉しかったのは、子どもたちが魔導以外にも興味を示したことだった。

 俺が「歴史」について教えると、彼らは必死にもっと学ぼうとしたのだ。

 それで、日中、俺はずっと彼らに授業をし続けた。

 一応、音が漏れないよう部屋と廊下のあいだに“音無し(サイレンス)”を掛けて。

 こうすれば中の声が外に漏れることはない。



 次第に、十一人の才能の差が目立って現れてきた。

 それほど突出してダメな子はいなかったが、ジルとセナとティファニーは突出して才能を持っていた。

 まず、ジルに関してはどうも剣術にすごい才能がありそうなのだ。

 身のこなし方に才能を感じる。

 ハングリー精神も人一倍強く、訓練も一番熱中して取り組んでいた。

 次に、ティファニーは魔導の扱いに長けていた。

 魔導量増幅の訓練も一番最初に上達してしまった。

 何個か魔導を教えてやると、あっさりと回復系の魔導をものにしてしまった。

 将来はヒーラーとして活躍する人材になるだろう。


 そして最後に、セナ。

 この娘だけは異次元の才能に恵まれていた。

 なぜこんな娘がこんな孤児院にいるのかが不思議で仕方ない。

 さっきティファニーがすぐに魔導をものにしたと言ったが、セナはその比じゃなかった。

 指先に魔導力を集める訓練も、一発で成功した。

 そして、教える魔導を次々と水を飲むようにものにしていくのだ。

 おかげでティファニーとジルが劣等感に(さいな)まれていた。

 「ああ~ん、私、才能ないのね」

 とティファニーに至っては泣き出してしまったのだ。

 「そうじゃない」といくら言っても聞かなかった。

 結局、その日の夜は頭を撫でながら寝かしつけてあげたのだった。


 セナはそのうちに、ひとりだけで指導することになった。

 この娘の学習速度にほかの子たちが追いつけないのだ。

 

 (この娘は、天才とかいうレベルじゃないぞ……)

 セナの才能は、なにか計り知れないものがある。

 身体のなかにぎっしりと魔導の源が(みなぎ)っている。

 しかも頭脳も明晰(めいせき)で、教えたことはほとんど一発で記憶してしまう。

 そのうちに、俺はセナを副教師役に抜擢(ばってき)することにした。

 これまで教えてきた箇所を、まだ追いつけていない子どもたちに教えさせるのだ。

 セナの教え方はすごく優しかった。

 魔導や学習の追いつかない子どもたちに、丁寧に、ゆっくりと説明してあげるのだ。

 口数は少ないが、愛情に溢れた子供なのだろう。

 次第に俺はセナの持つ密かな優しさに気づき始めていた。



 ……

 

 数日が過ぎた。

 だんだんと、セナが俺の側近(そっきん)のようになってきていた。

 わざとそうしたわけではないのだが、つい色々と先に教えていくうちに、いつの間にか常に俺の隣にいるようになっている。

 子どもたちに教えるときも、飯を食うときも、常にセナが隣にいる。

 「じゃあ、あそこのあの部分は……」

 とセナがあれこれ質問してくる。

 「それはな、セナ……魔導の根本原理というのは……」

 と飯を食いながら俺も解説してあげる。

 周りの子どもたちは、そのレベルの高さについて来れないのか、ぽかんと口を開けてそのやり取りを見ていた。


 ……


 ある晩、遅くに俺は目を覚ました。

 久しぶりに港に行くつもりだった。

 あのおっさんとの約束のためだ。

 もっと早く行くつもりだったのだが、思いのほか遅くなってしまった。


 (さて、行くか……)

 だが、ベッドから身を起こすと、誰かに服を引っ張られた。

 「セナか……? 」

 暗闇のなかで、セナが俺を見ていた。

 「お前、俺がどこかに行くと思って、ずっと起きていたのか? 」

 「……うん。最初の日から、ずっと」

 呆れる好奇心だ。

 「……俺と一緒に来たいのか? 」

 セナが頷く。

 

 う~む……。

 俺は悩んでしまった。

 連れて行って良いのだろうか。少々怖い気もするが……。

 「セナ、今お前が使える魔導はなんだ? 」

 そう質問すると、セナは扱える魔導を列挙(れっきょ)した。


 セナが今扱えるのは、基本的な五大要素――。火、水、風、土、雷。これらのなかの基本的な魔導。

 それから、光に関する魔導を少々扱える、と答えた。


 う~む……。

 自分の身を護るぐらいなら行けるか……? 


 迷っていると、セナがまた俺の服を引っ張った。

 なんとしてでも行きたい、という意思表示らしい。

 「う~ん……、わかった、セナ、自分で“音無し(サイレンス)”は掛けられるか? 」

 セナが頷く。そして、

 

 ――音無し(サイレンス)。


 ――ヒィィィン……

 

 ついでに俺にまで掛けてくれた。

 しかも、効果も申し分ない。なかなか優秀な弟子だ。

 「仕方ないな。セナ、危ない目にあったら、すぐに俺の近くに来い、ひとりでどうにかしようとするなよ」

 「……わかった」

 と力強い目でセナは頷いた。


 

 見張りの集まっている部屋に行く。

 なかを覗くと、ふたりの男は酒を飲んでいた。

 俺はセナに耳打ちする。

 「あいつらに“深い(ディープスリープ)り”を掛けられるか? 」 

 セナが頷く。そして、


 ――深い(ディープスリープ)り。


 あっさりと、ふたりの男が眠り始める。

 かかり具合も相当深そうだ。

 「お前、なかなかやるな」

 俺がそう笑いかけると、セナは嬉しそうに少しだけ微笑んだ。

 「よしよし、良い子だ」

 俺は頭を撫でてやる。

 「さあ、次に行こう」


 

 問題は外の障壁(しょうへき)だった。

 これを出るのに多少のコツがいる。

 その障壁が張られている門まで来ると、セナが怯えているのがわかった。

 「以前に触れたことがあるのか? 」

 セナが頷く。

 「そうか。……痛かっただろう? 」

 「うん、とても……」

 「だが、これを越えなくては外に出られない。今からやり方を見せる。これが出来るなら、約束通りお前を連れて行く。だが、無理なら今日は諦めろ。まだ力不足だ」

 セナは深刻な表情で頷いた。


 さて、呼吸を整える。

 吸って、吐く。

 吐いて、吸う。

 そして障壁のリズムに合わせ、――通り抜ける。


 スッ。


 なにごともなく通り抜けた俺を見てセナが驚いていた。

 「大切なのは呼吸だ。それから、障壁のリズムに目を凝らすことだ。一見すると動いてない障壁だが、良く見れば浅く動いているのがわかるはずだ。その動きに呼吸を合わせるんだ」

 障壁越しに俺はそう言った。セナが頷く。

 そして、セナは目を凝らし、息を吸い始めた。


 さて、どうなる……? 


 セナが息を吸い、それを吐く。

 吸う。

 そしてまた吐く。

 セナはゆっくりと障壁に一歩を進めた。


 ――スッ。


 ……無事に通り抜けた。それも、ごくあっさりと。

 「お前、呆れるほど優秀だな」

 だが、セナ自体がこのことに驚いていた。

 「そうか、数年ぶりの外か。どうだ? お前が勝ち取った自由だ」

 セナは空を見上げた。

 「……もっと、――もっと大きな自由が欲しい」

 俺は思わず笑みを零す。

 「そうだな」とセナの背中を撫でてやる。「そのために、もっと勉強しよう」

 セナは意気込んで、何度も頷いていた。



 ……



 さて、港に着いた。

 「赤い屋根、赤い屋根、と……」

 裏通りで赤い屋根の家を探す。

 「あった、あそこだ」

 言われていた通り、赤い屋根の家は一軒しかなかった。


 「誰だあ、こんな時間に~~」

 玄関のドアをノックすると、酔っ払った声がした。どうやら、また酔い潰れているらしい。

 「俺だ。このあいだ裏通りで会った……」

 「ああ~ん? 」

 酔っ払った男がドアを開けた。

 「……ああ、お前か。良くあんな話を覚えていやがったな。まあ、中に入れ……」

 

 家のなかはひどい有様だった。

 ゴミと酒の空き瓶が散乱している。

 「ひどいと思っただろう。まったく、自分でもそう思うぜ……」

 おっさんが――確か名前をフィルスと言ったか――そう零す。

 「病人がいると言っていたな? 奥さんだったか? 」

 「そうだ。二階だ。ついてこい」

 セナとふたりで、フィルスの後をついて階段を上る。

 

 二階は驚くほど綺麗だった。

 一切ゴミが床に落ちていない。 

 そして、綺麗な部屋の真ん中にベッドがあり、そこにひとりの女性が寝そべっていた。

 「妻だ。……病気のな」

 苦々しくフィルスが呟く。

 「少し、容態(ようだい)を見ても良いか? 」

 「ああ、好きにしろ。……まったく。こんなガキに見せてなにになるって言うんだ。俺と来たら、とことん耄碌(もうろく)しちまったもんだぜ……」

 フィルスはふらふらと部屋を歩きまわっていた。

 俺はベッド上の奥さんに顔を近づける。

 なるほど……。

 相当状態が悪いらしい。顔は真っ青で、顔中に汗が浮かんでいる。


 「……! 」

 顔を覗き込んだとき、俺はあることに気づいた。

 「セナ」俺はセナを呼び寄せる。「お前、これがどういう状態かわかるか? 」

 セナは奥さんを見下ろした。

 そして、蒼白(そうはく)な顔で俺を見て、頷く。

 「……このひとは、毒を、掛けられている」

 セナが言った。

 「ああ~ん? 」

 酔っ払ったフィルスが唸りを上げた。


 

 ……


 俺はフィルスに自分の予想を話した。

 恐らく奥さんは誰かに毒を盛られている、と。

 そしてこのままの状態が続けば命が危ない、と。

 すると、

 「毒だあ? 毒なんかじゃねえ、俺の嫁は病気なんだ。それが治らねぇだけなんだ。医者にだって掛かっているんだ」

 とフィルスは怒鳴り声をあげた。

 「医者? 医者に掛かっているのか? 」

 「ああ、医者だ。ありがてぇ医者だよ。この家にも往診(おうしん)に来てくれる。そのお方がいなきゃ、とっくに嫁は死んじまってるんだ」

 フィルスは続けた。

 「――だが、薬代が馬鹿にならねぇ。おかげで俺は船を売るハメになっちまった。もう薬も買えねえ。あそこにあるのが、最後の一錠だ……」

 見ると、ベッドのサイドテーブルに薬が一錠置かれていた。

 「見ても良いか? 」

 「ああ、勝手にしやがれ」

 フィルスは酒瓶を(あお)った。


 薬は見たところ普通の錠剤に見える。

 だが、中身はそうではない。

 「セナ、どう思う」

 セナは錠剤を指で摘んだ。

 「……たぶん、これが毒だと思う」

 「そうだ」

 俺は言った。

 「フィルスさん。どうやらあんたは(だま)されたらしいな。あんたのところに来ていたのは医者なんかじゃない。悪人だよ」

 「ああ? あのひとのことを悪く言うとただじゃおかねえぞ! 」

 フィルスが激高(げっこう)した。

 「まあ、待て。今お前の奥さんを治してやる」


 ”“解毒の施術(アンチ・ポイズン)


 ――ヒィィィン……


 「な、なにをしやがった……? 」

 「解毒だよ。今はもう奥さんの身体に毒はないはずだ」

 「そ、そんなこと、どうやって……? 」

 「いいか。毒自体は取り除いてあるから、このまま安静にしていれば自然に治るはずだ。それから、家を綺麗にしておけ。衛生的に良くない。栄養のある食事を与え、しばらく寝かせていろ。そうすれば、すぐに良くなる」

 「あ、ああ……」 

 フィルスが狼狽(うろた)える。

 「だ、だが、飯を買う金ももう……」フィルスが俯く。

 「そうか。俺の手持ちは……」

 

 ――“四次元の籠(密かなポケット)“。


 俺はアイテムボックスを開いて、中から財布を取り出した。

 「ひーふーみー、このくらいあれば当面は足りるだろう」

 そう言って、フィルスに札を握らせた。

 「あ、ああ……」


 どうやら、頭が追いついていないらしい。

 狼狽えるばかりで、なんの反応もしなくなってしまった。

 「フィルスさん、とにかく、言ったことを守ってくれ。また後日来る」

 フィルスは返事さえしない。

 まあ、仕方ないよな、とも思う。

 こんな8歳の子供突然来て、病気を治したなどと言っているのだ。

 簡単には信じられないだろう。


 窓の外が微かに明るくなっていた。

 「セナ、そろそろ戻ろう」

 セナが頷く。

 「おっと、これはもらっていくよ。毒だからね」

 俺は錠剤を指で摘んだ。

 フィルスは口をぽかんと開けて、頷いていた。



 俺たちは階段を降り、フィルスの家をあとにした。



 ……


 セナと孤児院に戻った。

 寝室に戻る前に、見張りの男たちを覗くと、ひとりがちょうど目を覚ました。

 俺たちは慌てて寝室に入った。

 「あ、危なかったな……」

 セナにそう耳打ちする。

 セナは半笑いで何度も頷いた。スリルが可笑しかったのだろう。

 「つ、次は気をつけよう――」

 そう言って、ふたりでくっくっと笑った。


 

 寝床に入ってからも、俺はフィルスの一件が気になっていた。

 いったい、漁港でなにが起こっているんだ?

 なぜ病気を治すと称して、医者が毒の入った錠剤を患者に渡しているのか。

 ひょっとすると、それとセバスチャンの水産業の独占とが、なにか関係があるのだろうか。

 (セバスチャンのやつ、どんどんきな臭くなっていくな……)


 ドタドタっ。


 見張り部屋から男が出てくる物音がした。

 

 (さて、眠ったフリをしておくか……)


 俺は布団を胸元まで引き上げて、目を(つぶ)った。








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