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異世界ドラゴン~この世界をひとつに~  作者: あんちおいでぃぷす
第二章 孤児院潜入編
16/34

孤児院初日

 




 孤児院に到着した。

 着いたのは夕方だった。


 この孤児院はフローゲンの最も栄えた街、リントン地区にある。

 建物自体は街の外れにある。かなり大きな豪邸だ。

 

 建物自体には怪しいところはなかった。

 ごく普通の孤児院に見える。


 予め買収しておいた業者に連れられ、孤児院の入り口に向かう。

 すると中から感じの良い女性が出てきた。

 孤児院の管理人だと言う。

 彼女は笑顔で俺を出迎えると、ぎゅっと抱きしめ、

 「ひとりで辛かったでしょう。もう大丈夫よ。私たちがいますからね」と言った。

 

 孤児院のなかにはほかに三人のスタッフがいた。

 そのなかのルッソと名乗る男が、屋敷の説明をしてくれた。

 あっちがトイレで、こっちが台所、食事はここでして――と。

 屋敷はそこそこ広く、部屋は8つほどあった。

 案内をされるあいだ、俺と同い年くらいの子どもたちがこっちを見ている。不思議そうに。

 噂通り、全員かなり美形だった。男女合わせて十一人いた。

 「じゃあ、こっちの部屋に行こうか」

 男が広い部屋を指し示した。

 

 なかに入ると、医者のような風貌をした男が立っている。

 ドアに鍵が掛けられる。管理人を名乗る女性が俺の背中を抑える。

 「病気がないか確認しますからね。じっとしていてね」

 たぶん嘘だろう。一応、警戒しておく。

 「痛くないからね、すこしじっとしていてね」

 医者らしい男がそう笑う。


 この屋敷にはいくつかの魔術が掛けられている。

 ひとつは“感知拒絶(ノン・ルック)”の魔術。

 これが掛けられていると、外から魔術による透視や探りが入れられない。

 悪事を働くのに便利な魔術だ。


 もうひとつは“外出禁止術(ホームワーク)”。

これがあると、中にいる人間はそとに出られなくなる。

 一見、平和そうな孤児院だが、すでにかなりきな臭い。


 「さあ、舌を出して。病気の予防をしておくからね」

 べえっ。

 「痛くないよ~」

 ――ヒィィン……

 「さあ、終わりだ」

 医者が俺の背中を叩いた。


 ……この魔術がなんなのかがわからなかった。

 だが、魔術を制約するものではないらしい。

 

 この世界では、魔術は貴族たちに独占されている。

 平民たちは基本的に魔術を知らない。

 当然、ここにやってくる子どもたちが魔術を知るはずがない。

 彼らは不幸な境遇の持ち主であり、平民の出身であるに決まっているからだ。

 従って、ここに来る子供たちが魔術を使えるはずがない。

 ――と、孤児院の管理者たちは考える。

 だから、魔術を制約する魔術は掛けなかったのだ。


 だが、逆になにを掛けられたのか、見当がつかない。

 まあ、後で考えるか……。


 ……


 大広間に戻った。

 十一人の子供が集まっている。

 

 さっき屋敷を案内してくれた男が俺の偽名を話した。


 「この子はレオン。今日からみんなのお友達です。仲良くしてあげてね~」

 俺はぺこり、とお辞儀する。

 子どもたちはじっと俺を見ていた。

 実によそよそしい。

 どうやら、俺と友達になる気などこれっぽっちもないようだ。


 「じゃあ、あとは子どもたち同士で楽しんで」

 ムッソと名乗るその男は、そう言うと去っていった。

 すると、子どもたちも一気にいなくなった。

 なぜかはわからないが、どうやら、完全に嫌われているらしい……。



 自由になった。

 屋敷のなかを歩き、それぞれの部屋を確かめる。

 施設に不満はなかった。

 寝具も上等で、なかなか悪くない。

 「さて、さっそく、さっき掛けられた魔術を調べるか……」

 俺は風呂場に行った。

 舌を出し、鏡でチェックする。

 そこにはある刻印が掛けられていた。形から判断するに、なにかを禁止するものらしい。

 「ふうむ、魔術の禁止ではないし、なんだろうな……? 」

 

 頭のなかであの本――“この世界をひとつに”を(めく)る。

 あの本のなかには掛けられた魔術を解く魔導が山程ある。

 だが、それには刻印の正体がわからねばならない。

 この刻印は確か……。


 “失語術(しつごじゅつ)”――。


 「あー、あー、うんこ、うんこ」

 一応声に出してみる。言葉自体は話せる。

 となると……、

 「どうやらなにか特定の言葉が話せないように、細工をされたらしいな……」

 なんの言葉が話せないようにされたかまではわからない。

 大方、屋敷に関することか、この屋敷から出ようとする計画を立てることとか、そんなところだろう。


 「掛けられた魔術がわかれば、それを解くのは簡単なんだがな」

 俺は舌の上を指でなぞる。

 ――ヒィィン……

 これで掛けられた魔術は解除した。

 ただし、刻印だけは残しておいた。

 あとで疑われるのも困るし。


 「だが、また失語症か……」

 俺のなかで、嫌な予感が走る。

 俺の父親の前王、ウェルニッケが掛かったのも失語症だった。

 その病に掛かったから、俺の父親は龍との対話儀法を受け継がせてもらえなかったのだ。

 そしてこの屋敷の連中も、“失語術”を用いる……。

 そもそも、失語術も、それを解除する魔導も、この世界では失われた秘術だ。

 なぜそれをここの連中が知っているのかもわからない……。

 「なにかの偶然か……? 」

 だが、なにか関連があるように思えてならない。

 「まあ、少しずつ調べていくことにするか」



 コンコンッ。


 そのとき、浴室の入り口のドアをノックする音が聞こえた。

 行くと、ひとりの女の子が立っていた。

 たぶん、同い年くらい。

 「か、可愛すぎるだろう……! 」

 めちゃくちゃに可愛かった。

 さすがに、美男美女ばかり集めているだけある。

 ウェーブ掛かった柔らかな髪。

 その髪も薄くピンク掛かっている。

 少女とは思えない、甘い顔。

 とろんとした、眠そうな表情。

 すでに高級娼婦のような色気がある。

 「ちょっと、お話しても良い? 」

 そう微笑むと、その子が狭い脱衣所のなかに入ってきた。

 「ど、どうぞ……? 」

 

 その子が――ティファニーと名乗った――目の前に立つ。

 「あなたが新入りのレオンちゃんね。ふうん」

 俺の顔を見ている。

 「なにか、なんでしょうね……。もうちょっといじれば美形になりそうなのに、どことなく、――どことなあ~~く、むかつく顔してるわね……」

 また言われてるし。

 「それで、なにか用? 」

 「用って言うか――いいから、こっちおいで…」

 甘い声で、ティファニーがそう囁く。

 ヤバい。

 俺にロリコン趣味はないが、ティファニーが色っぽすぎる。

 「こっちって、ど、どこ……? 」

 「こっちだよ、私に顔を近づけてちょうだい……」

 「う、うん……」

 「じゃあ、目を瞑って」

 「は、はあい……」


 「いいぞ、目を開けて」

 ぜんぜん違うやつの声がした。

 目を開くと、これまた美しい顔をした男の子が立っていた。

 じっと俺を睨みつけている。そして、その手には小型のナイフが握られていた。


 「レオンと言ったな。いいか、このナイフで刺されたくなかったら、俺たちの言うことを聞け」

 そう言うと、男の子は俺の首元にナイフを押し付けた。

 ティファニーはすでに俺から離れている。

 その隣には、さっきまでいなかった別の女の子も立っていた。


 「言うことって、どんなことだ? 」

 「それはこれから説明する。だが、お前に拒否権はないぞ」

 そう言う男の子の手は震えていた。

 どうやら、なにか事情があるらしい。

 こんな男の子がナイフでひとを脅さなくてはならないなんて……と胸が痛くなる。

 「わかった。言うことを聞くから、ナイフをしまえ」

 そう言うと、男の子はホッとしたようにナイフを降ろした。



 ……


 浴室のなかで彼らの説明を受けた。

 どうやら、屋敷の管理人たちを相当警戒しているらしい。


 男の子の方は名前をジルドゥルーズと言った。みんなからはジル、と呼ばれている、と。

 顔は整っていて、南国の出身っぽい浅黒い肌をしている。

 ジルが名乗り終えると、「私はティファニー。よろしくね~」とティファニーが気だるそうに言った。すこし動くだけで、甘い匂いがする。

 それから、途中で加わった女の子が、

 「……私はセナ」

 とぽつりと言った。

 なにか、妙な娘だった。

 美形は美形に違いない。

 真っ黒に伸びた髪。気の強そうな瞳。

 ひとを突き放すような冷たい空気。

 だが、ひと目見たら吸い込まれてしまうような魅力がある。

 それは“綺麗”とか“美しい”とかとは違う、別次元の魅力だった。

 (なんだ、この娘は……。なにか、ほかの娘と違う……)

 俺の視線に気づくと、セナはふっと目を逸した。


 「説明を続けるぞ」ジルが言う。


 話を要約すると、彼らの悩みはルッソというさっきの男からのいたずらなのだという。

 この屋敷にいる十一人の男女。その子どもたちをルッソは代わる代わるいたずらして回っているのだという。

 ただ、まだ一線は越えておらず、手を握ったり、脚を触られたりする程度だという。

 最近はもっぱらティファニーが標的になっていて、次の夜も、恐らくティファニーが呼ばれるだろう、とジルは話した。

 「それで? 俺はなにをすれば良いんだ? 」

 「ルッソに(こび)を売って欲しいんだよ」

 「つまり、ティファニーの身代わりになれ、と」

 「簡単に言えば、そうだ……」

 「確認するが、俺は男だぞ? 」

 「関係ない。あいつはバイだからな」

 「そうか……」


 どうやら仲間を助けるために取った行動らしい。

 ひとにナイフを突きつけるなど褒められた行為ではないが、悪いやつらではなさそうだ。


 「わかった。引き受けるよ。俺に任せろ」

 ジルの顔が明るくなった。そういう反応は、ごくごく子供っぽい。

 その隣でセナも無表情ながら頷いていた。

 「ほんと~? 助かる~~」

 ティファニーが甘い声でそう言った。


 

 だが、問題はそのあとに起こった。

 話が一段落し、今度は俺が質問を始めた。

 「ルッソに関しては俺が引き受けるが、お前ら、この孤児院から出ていこうとは思わないのか? 」

 俺がそう質問すると、

 「……!」

 突然ジルが黙ったのだ。

 いや、ジルだけではない。

 セナも、ティファニーも黙っている。それも、歯ぎしりするように。


 (なるほど……。あの失語術はやはりこの辺りか……)

 どうやら、「孤児院から出る」とかに関わる言葉は、一切話せないらしい。

 入り口には出られないように魔術の障壁。

 子どもたちからは言葉を奪っている。  

 見た目の平和さに反して、かなり危ない孤児院だ。


 「ジル、舌を出せ」

 「……? 」

 ジルは戸惑っている。

 「制約を解いてやる。いいから、舌を出せ」

 ジルは戸惑いながら舌を出した。

 やはり俺が掛けられたのと同じ刻印が記してある。

 

 「“解呪の魔導”――」

 ――ヒィイイン……


 「で、出られるなら出たい! 外に出て、自由に暮らしたいさ……! あ、あれ……? 」

 ジルが自分の声に驚いている。

 それはそうだろう。

 今まで話したくても話せなかったのだ。

 「お前、いったいなにしたんだ……? 」

 「掛けられていた魔術を解いたんだよ。ほら、セナ、ティファニー、お前らも解いてやる。舌を見せてみろ……」



 ……


 三人の掛けられていた魔術を解いてやると、さすがに反応が変わってきた。

 ジルなど、きらきらする目で俺を見ている。

 「お前、いったい何者なんだ? どっから来たんだ? 」 

 「まあまあ、おいおい話すよ。それより、この孤児院は、どうなんだ……? 」

 俺が探りを入れると、三人の顔が再び曇った。


 三人は恐る恐る、この孤児院の不気味さについて話し始めた。

 いたずらをしてくる管理者の男。

 得体の知れないにこにことした女性。

 医者を名乗りはするが、医者らしいことはなにもしない妙な男……。


 「それに、ときどき子供がどこかに連れて行かれるんだ。そして、その子供は二度と戻っては来ない」

 ジルがそう言った。

 やはり、人身売買の噂はほんとうらしい。


 まず、フローゲンでは奴隷や人身売買を禁じていた。

 だが、フローゲン以外の国ではそれらの制度は当たり前に横行(おうこう)している。

 したがって、フローゲン国内でも、こっそりと子供を売買する闇業者があとを断たない。

 特にフローゲンは美しい容姿をした人間が多い。

 両親を亡くした子供を拾って、他国に売ると、かなり良い金になるらしいのだ。

 だが、それを貴族がやっていた、――まして国王に近い人間がやっていたとなると、大問題だ。


 (問題は、どうやってその現場を押さえるかだな……)


 一番良いのは次に売られる子供に俺が選ばれ、その取引現場にムルナウ伯爵たちが来てもらうことだが、そう上手く行くだろうか……。


 ――待てよ……。

 そのとき、あるアイディアが頭に浮かんだ。


 「お前たち、ほんとうにこの孤児院から出たいか? 」

 三人ともが頷く。

 「ああ、出たい……」

 ジルが強い意志を持った目でそう頷く。

 「だが、出てどうする? 子供たちだけで生きていけるほど外の世界は甘くないぞ」

 「な、なんとかするさ……! 」

 「だが、どうやって……? 」

 そう言うと、三人は俯いてしまった。


 そう、ここが難しい問題なのだ。

 この世界では教育も魔術も貴族に独占されている。

 一度貧困層に陥ってしまえば、容易に這い上がれない。

 ヒスイのような例はかなりのレアケースで、大体のものは奴隷として扱われ、ひどい生涯を過ごすことになる。

 この子たちにしても、外に出たところで、別の(やみ)業者(ぎょうしゃ)に捕まるか、餓死するのが関の山だろう。

 孤児院から抜け出したから幸せになれる、というほど単純な話ではないのだ。


 「じゃあここで、どこかに連れ去られるまでじっとしていろというのか……!? 」

 ジルが激高(げっこう)する。

 「いや、そうは言っていない。――そうじゃなくて、お前たち、俺から魔術を習う気はないか? 」

 「魔術を、習う……? 」

 三人はあっけに取られていた。


 

 そう、――俺はいっそ、ここにいる子どもたちを育てしまおう、と考えたのだ。

十一人の子供のうち、誰が次に売買されるかはわからない。

上手く俺が選ばれたとして、取引現場を押さえることに成功しても、そのあいだに屋敷中の子どもたちが殺されるかも知れない。

だったらいっそ、容易に傷つけられないほど、この子どもたちを鍛えてしまおうと考えたのだ。


 

 「そんなこと、出来るのか……? 」

 ジルが息を飲んだ。

 「お前たちが望むなら、可能だよ」

 「魔術なんて、貴族しか扱えないんじゃないのか? 」

 「はあ? 誰にだって出来る。……そんなこと、誰に聞いた? 」

 「スラムじゃ常識だ」

 「そんなふうに伝わっているのか? 」

 この世界では、貴族の特権性はかなり大きいらしい。

 すると、

 「私にも、――私にも教えて」とティファニーがしがみついてきた。

 「あ、ああ……」


 ――そのとき、唐突にひらめいた。

 この子たちを“ただ鍛える”だけではなく、いっそいずれ自分の私兵にしようと思いついたのだ。

 前々から俺はひとを育ててみたかった。

 いずれ俺が王になったとき、特別に育て上げた兵士を側近として置きたかった。

 だが、大人を育てるのは難しい。

 すでに余計な常識を持っていたり、プライドが邪魔をするからだ。

 でも、子供はそうじゃない。

 特にここの子どもたちはなんの常識も知らず、“学習”に飢えている。

 それに、学ばなければ明日には奴隷として売られるかもしれないのだ。

 なにかを学ぶのに、これほど最適な条件はない。

 いっそ、めちゃくちゃに優秀な人材にしてしまおう……。


 「今日から俺がお前らを鍛えてやる。魔術だけじゃない。歴史、法律、言葉、ありとあらゆる学問を叩き込んでやる。そしていつか、貴族並みの生活を味あわせてやる」




 俺がそう言うと、三人は半信半疑ながら、なにか新しい希望に満ちた表情をしていた。



 ……

 

 夜になった。

 静かに身を起こす。 夜のうちにあれこれ調査しておきたかったのだ。

 並んだベッドではすでに子どもたちが寝入っている。


 “反響の世界(ワールドオブエコー)”を使って、ヒスイがメールを送って来ていた。


 「やっほ。レイゲン元気??? ウチは元気★ ブルーヘルケスでも全然疑われていないし、今んとこ調査も順調(σ・∀・)σゲッツ!! てか、レイゲンに会えないの寂しい~~

(泣)。やば、早く会いたいwwwww」


 (こいつ、こんなノリだったっけ……)

 やっぱり、若い女の子に携帯――みたいなもの――を渡すと学習が早いな……。


 「俺も早く会いたい」と質素に返しておく。


 “音無し(サイレンス)”――。


 一応、身体から音の出なくなる魔導を掛けておく。


 慎重に屋敷中を見て回る。

 部屋の数は8つ。

 そのひとつに灯りがついていて、男がふたり起きている。

 ひとりは見覚えがあるが、もうひとりはない。

 どうやら夜の間だけ警護に来ているようだ。


 “深い眠り――(ディープスリープ)”。


 開いたドアの隙間から、一応、眠りの魔導を掛けておく。


 ふたりがぐっすりと眠ったのを確認して、外に出た。

 予想通り、庭には出られる。問題はそのあとだ。

 門を開き、指だけを外に出してみる。


 “バシュッッ!”


 ――案の定、軽い火花が飛び散る。やはり“外出禁止術(ホームワーク)”が掛けられている。

 これでは子どもたちが出られない。

 だが、外出禁止術(ホームワーク)”は万能な魔術ではない。

 実は簡単にすり抜けられる方法がある。もっとも、“この世界をひとつに”にしか書かれてないやり方だが……。


 身体の魔術量を調節して、掛けられた障壁に「上手く呼吸を合わせる」のだ。

 息を吸う。

 そしてゆっくりと吐く。

 もう一度吸う。

 そして……。

 

 スッ。


 あっけなく障壁の外に出た。

 コツさえ掴めば簡単なのだが、まあ、それなりに難しい技術でもある。

 子どもたちにもそのうちに教えよう。

 

 さて、外に出たのには理由がある。

 時刻は午前3時半。

 (朝までに戻れば良いだろう……)

 そう考えた俺は、リントン地区の港エリアに向けて走り始めた。


 そこは漁港で知られた港町だった。

 セバスチャンの運営する水産業者もそこを本拠地に置いている。

 セバスチャンがどのようにして水産業を独占しているかわからないが、今のあいだに探りを入れてみようと思ったのだ。


 漁港に着いたときには、すでに業者たちが港に集まっていた。

 

 セバスチャンが水産業を独占できているのにはなにか理由があるはずだ。

 「すいません、この辺りの“元締め”をしているひとを教えてほしいのですが……」

 「はあ? なんだこの小僧は……」

 当然、睨まれる。

 「どっか行けガキ! 忙しいんだ。あっちいけ!」

 ……予想していたことではあるが、あまりにも邪険(じゃけん)にされる。

 

 それからも二十人ほど話しかけたが、無駄だった。

 それはそうだろう。

 得体の知れない子供がこんな時間に港をふらついているのだ。

 それだけでも怪しいのに、“元締め”について尋ね回っているのだ。

 警戒しないはずがない。

 

 そのうちに陽が出てきた。

 (まずいな、そろそろ戻らないと……)

 収穫はなしか……。


 そう諦めかけたときに、ひとりの酔っ払いが話しかけてきた。

 「おい、小僧。お前さっきからなにを詮索してんだ~~? あ~~? 」 

 うっ。

 こいつはヤバい。

 相当酒臭い。目も座ってるし……。

 無視して横を通り過ぎよう……。

 「おい、無視すんじゃねえ! 」

 突然首根っこを掴まれた。

 すると、ふたりで横転してしてしまい、ゴミ箱のなかに突っ込む。

 「いてて……」

 いててじゃねえよ、まったく。

 こっちまでゴミまみれになっちまった。

 「ほら、おっさん。立てよ。手を貸すから」

 そう言うと、おっさんは手を差し出した。

 「ああ、助かる……。それよりお前、“元締めを探しているんだろう? 教えてやっても良いぜ。ただし、俺の嫁の病気を治せたらな……」

 「病気……? 」


 ゴミまみれで立ち上がったおっさんは、妙に哀しい顔をして俺を見ていた。









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