ふたつの龍の力
さて、ある日の深夜、俺はこの国の正式の歴史書を読み漁っていた。あの変態的奇書、“この世界をひとつに”――ではなく。
実は、なぜこの国でドラゴンとの対話儀法が失われたのか、――それを調査するつもりだったのだ。
その正統な歴史書に依れば、事件は俺の父親の父親、つまり二代前の国王のときに起こった。ある日突然、その王――名前をウェルニッケという――はある病に掛かったというのだ。
失語症――。
ウェルニッケが死ぬ十数年前、彼はなぜか突然この病を発症する。彼は突然――まるで地震が起こるように突然、なにも言葉が話せなくなるのだ。
もちろん、彼が日常的に言葉を話せなくなることは可哀想なことではあるが、この国の場合、問題はそこではない。そのことによって起こる問題は、
ドラゴンとの対話儀法を次の代に引き継げない――ということ。
そう、ウェルニッケ王が失語症に陥ったことにより、この国が有史以来継続してきたドラゴンとの対話は、ついに歴史の波に飲まれて消えてしまったのだ。それも完全に。二度と取り戻すことが出来ないほどパーフェクトに。
「それが誰かの陰謀だったかどうか……レイゲン、お前が知りたいのはそこなんだろう? 」
窓際で夜景を見つめていたヒスイが言った。
「そうだ」と俺は答える。「どうも誰かの陰謀であるような気がしてならない」
ウェルニッケは失語症に陥った後、二年後に自らの腹を引き裂き――自害している。そして当時まだ十歳に満たなかった俺の父親が国王を引き継いだ。
息子に伝えるべき秘法を伝えられなかったこと――。俺はウェルニッケが抱いたであろうその哀しみに想いを馳せる。それは悔やんでも悔やみきれない深い失望であっただろう。それこそ、自害するほか抜け道が見つけられないほどの……。
「お前は前ウェルニッケ王の病に誰かの作為を感じてる、というわけだ」ヒスイが言った。「そしてそれは何者かの陰謀であり、悪意である、と……」
「その通りだ」と俺は答える。「どうもこの国に関してはわからないことが多すぎる」
わからないのは前王の失語症に関してだけではなかった。
龍と対峙したときのセイラの反応も気になっていた。セイラはなぜか、俺が違う世界からやってきたことを知っていた。そしてあの不思議な書物――この世界をひとつに――についても知っているようだった。あの深い知性を宿した目が、いったいどこまでを見通しているのか……。なにか俺たちの理解の及ばない計り知れないところで、誰かの作為と作為がせめぎ合っているように思えるのだ……。
「それで、どうするんだ? 」冷たい声とは裏腹に心配そうな表情でヒスイが言う。
「うん、まあ、そうだな。今は考えても仕方ないし、やりようもない。それよりも今のうちに自分のことを超絶鍛えておこうと思うんだ。そうすればなにが起こっても対処出来るだろう? 」
「うん、そうだな――。それが良い。だが、なにかプランはあるのか? 人間が熟練するにはどうしても時間が掛かる。一朝一夕というわけにはいかないぞ」
「実はそれに関しては俺にプランがある」俺はにやりと笑った――。
……
龍が――セイラがくれたふたつの力……
龍の慧眼
そして
龍の加護――。
実はあれから、これについて詳しく学んでいた。
龍の慧眼――これは簡単に言えば「ステータス確認」だった。俺が「自分の能力値を確認したい」と頭のなかでイメージすると、眼前に長方形の透明な板が現れるのだ。
そこには例えば、こんなことが書いてある。
HP 17
LP 80
この二つは最も根本的なステータス、体力と魔力だろう。魔力が体力に比べて遥かに多いのは、俺が魔導量増幅の修練をかなりしつこく続けてきたおかげだろう。
体力17に対して80もあるということは、この年齢の軽く5倍ほどの魔導量を俺は有していることになる。まあまあの成果と言っても良いだろう。
だが、より気になるのはその遥か下にあるこの項だった。
語学 470
フローゲン 120
ブルーヘルケス 58
ミクリス共和国 52
シマ王国 61
プロフシフル 71
キコ国 45
タラガン 67
ふむ。
要するに俺の学んできた語学がすべて数値化されてその習得度が可視化されているのだ。
フローゲンだけが突出していてあとはその半分ほどの数値しかないのは、フローゲン以外の国の言葉は書き言葉だけしか知らず、話し言葉は未習得なせいだろう。
要するに龍の慧眼とは、“経験の可視化”のことだ。
自分の学習したものごと、修練した体験が、すべて数値として表されている。
項目は下まで延々と続き、なかには、
女性へのアプローチ 17
だとか、
尻の拭き方 7
とかいうのまである。
い、いや……
セイラよ。
尻の拭き方を熟練させて、いったいその先になにがあるというんだ……?
ま、まあとにかく、龍の慧眼を用いてステータスを開くと、俺のこなしたありとあらゆる体験の熟練度がすべて数値化してここに表示されるのだ。これは面白い。
もともと成人までにとことん修行するつもりだった俺にとっては、この能力はかなり嬉しいものだった。これがあれば一日ごとの成長量がわかるのだ。いったいどれくらい魔導量が増え、どれくらい剣術が向上したか――。
だが、俺がさらに面白いと思ったのは、もうひとつの能力のほうだった。
つまり、龍の加護――。
あのあと家に帰りいろいろと試したのだが、この能力は簡単に言えば、自動修復能力”のことだった。ただし、修復機能は俺が“瀕死になった”ときにしか発動されない。
つまり、例えば俺が誰か敵に攻撃されたとする。そしてその攻撃によって瀕死に陥ったとする。すると、――龍の加護が発動して即座に俺の体力が快復するのだ。
だが、話はここで終わらない。
この能力に関してはかなりしつこく検証したのだが、龍の加護が発動すると、
“どうやら元の数値よりも増幅して快復されるらしい”のだ――。
簡単に話そう。
例えば、俺が体力17の状態で敵の攻撃に合い、瀕死になったとする。
すると、即座に龍の加護が発動し、俺の体力は快復する。
だが、その際の快復は体力を17という元の数値に戻すのではない。
そうではなく、23とか25とかいった、元の数値よりより大きな数値に快復してくれるのだ。
つまりこの能力は、
“瀕死からの超快復――”
と言えるだろう。
これは要するに筋トレにおける筋肉の修復過程に似ている。
筋トレによって筋肉が傷つくと、それを休ませたとき、筋肉はもとの身体よりも大きくなろうとする。
それと同じで、龍の加護で傷ついた箇所が快復すると、それ以前よりも良い状態へと自動的に身体が強化されるのだ。つまり、超快復が起こる――。
さて、そのことに気づいた俺は、ある実験を開始した……。
……
俺は城内の二階部分に来ていた。そして窓を開き、足元を見下ろしている。
俺の現在の年齢と体力数値を考えると、だいたいこのくらいが妥当だろうと思うのだ。
なにが妥当かというと、
窓から落っこちたときにぎりぎり瀕死になるのが――。
というわけで、わざと落っこちてみた。……
ドサッ。
――こ、これが、まさに死ぬほど痛い……。
あっけなく、首の骨が折れた……。
「ガバラッ、バハッ、バホッ」口から血が吹き出た。
半端じゃない目眩と痛みが身体中を駆け巡る。まさに瀕死。生と死の境目。
――ピュゥイイィィィン――
そして龍の加護が発動する――。
そして即座に龍の慧眼によってステータスを確認する。
HP 17→25 に増えている。
「おお……成功だ……」
というように、龍の加護を用いれば、俺が瀕死になるたびに体力が上昇出来る。
そのことに気づいた俺は、瀕死になるすれすれを求めて一晩中窓から飛び降り続けた。
二階の窓から飛び降りているだけでは瀕死になれなくなると、三階に移動し、それも瀕死ほどのダメージが得られなくなると、さらに四階へと移動した。
そして、その夜が明けるころには、俺は城の最高部――俺の部屋に到達していた。
城の最高の高さから飛び降りるのは結構な恐怖だった。
闇夜ということもあって、地面に着くまでなにも見えない。
そして半端じゃない衝撃とともに、死んだほうがマシだと思うほどの痛みが身体を駆け巡るのだ。
そして、即座に龍の加護が発動する――。
――ピュゥイイィィィン――
「あ、ああぁぁ……」
このときがまた妙な生ぬるい感触が身体を走り抜ける。
肛門から入った蛇が口から出ていく感じに似ている。
だが、とにかく痛みと傷は消え去ってくれる。それまでは、毎回「早く殺してくれ!」と叫びたいほど痛いのだが……。
さて、部屋に戻ってどれくらいステータスが上がったかを確認した。
HP 25→120 に増えている……。
す、すげ~~~~……。
あんなに苦労して増やした魔導量を、たった一日で追い越してしまった……。
それも、窓から飛び降りまくっているだけで……。
……だが、このやり方には欠点というか、限界がある。
まず第一にこれ以上高いところから飛び降りていられない。幸い今まではそんなことは起きなかったが、もし瀕死より手前でダメージが済んでしまえば、龍の加護も発動せずにただただダメージを食らうだけになる。下手をすれば上半身の骨がすべて折れた状態で龍の加護が発動しない可能性もあるのだ。そんなこと、想像しただけで恐ろしい……。
「待てよ……」
このとき、俺は唐突にひらめいた。
もしかしたらこのやり方で、体力以外も増やせるのではないか。――例えば魔術量を。
というのも、魔術というのはLPを使い切ってしまうと、命の危険に関わるのだ。
実際、LPの枯渇で命を落とした魔術師も大勢いる。
つまり、LPがなくなるすれすれまで魔術を使えば、そこで龍の加護が発動して、超快復するのではないか――。
あり得ることだ……。
俺は早速、すでに夜の明けている外に出て行った。
……
城の裏手にある広い草原にやってきた。
ここなら異様な実験をしていてもひとに気づかれないだろう。
一応森の奥深くに入り、早速実験してみた。
調度良い洞窟があったから、そこに向けて延々とフレアを撃ってみる。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
フレア――。
ステータスを確認してみる。
LP 6/80
残量6となっているから、そろそろか……?
残り一発、撃ってみる。
フレア――。
や、ヤバい。
魔術量の枯渇が起こって、激しくめまいがする。
マズイ。このままでは本当に死ぬかも知れない。頭がぐちゃぐちゃに乱れ、吐き気が止まらない――。
と、そのとき、
――ピュゥイイィィィン――
「ふ、ふうぅぅぅうう……」
アブナカッた。今回はマジで死ぬかと思った……。
だが、や、やった……!
想像通り龍の加護が発動した……!
「と、ということは……? 」
俺はステータスを開いた。
LP 80→92
や、やった……!
思った通りのことが起こった……!
このやり方で瀕死に陥れば、龍の加護によって超快復したときにLPの分母が上昇するのだ。
さらに言えば、ステータスのなかのフレアの熟練度も上昇していた。
フレア 4→6
こちらは使った分だけ増えたという感じだろうが、だが少なくとも上昇はしているのだ。
や、ヤバい……!
楽しすぎる……!
やればやるだけ数値が簡単に上昇していく――!
「よ、よおし、なら行けるところまで延々上げていってみよう……!」
そう決意した俺は、その日、日が暮れるまで洞窟に向けて延々とフレアを放ち続けた――。
……
陽が暮れた。
「はぁはぁ……」
さ、さすがに疲れた。あれから休まずにフレアを撃ち続けた。
「ま、まずはフレアの熟練度から見てみるか……」
ステータスを開いた。
フレア 6→165
ヤバい……。めちゃめちゃ上がってる……。
途中からフレア自体の火力が高くなりすぎて、おかしな火の玉が手から出るようになっていた。まあでも、それでも気にせずフレアを放ち続けたわけだが……。
さて、じゃあ、肝心の魔術量を見てみよう……。
LP 92→184
184……!?
だ、大丈夫なのか、これ……?
こ、こんなに増やして良いものなのか……?
80の時点でこの世界の大学院生レベルの魔術量だと誰かが話していたが、その倍以上の魔術量になってるぞ……。
じ、自分で言うのもがなんだが、これは国の最上級魔術師くらいのレベルじゃないか……?
「……」
俺は自分の手のひらを見つめた。
最後に、向上した自分の“魔導力”を試してみたかった。そう、魔術でなく、魔導を――。
あの本に書かれていた“魔導”は、今までの俺には魔術量が足りなくて唱えられなかったのだ。
だが、たぶん今なら唱えられる。
ちょうど古代のフレアに当たる“フレイャ”なら覚えているから、最後にそれを洞窟に撃って終わりにしよう。
そう思って、俺は洞窟に向けて古代の魔導、フレイャを放った。
――ポォッ。
……まるで蝋燭の火を吹き消すみたいに、
洞窟の入り口が消し飛んだ。
「す、すごい……!」
明らかに普通の魔術、「フレア」とは火力が違う。それに熟練度では遥かにフレアの方が上回るはずなのに――、だ。
俺はもう一度自分の手を見つめた。龍に授かったふたつの力、――龍の慧眼と龍の加護。このふたつがあれば、かなり早い速度で様々なことがスキルアップできるだろう。
「お、面白い……!」
思わずそう身震いした。自分どこまで行けるのか、早く確かめて見たかった…!
そのとき、俺の背後で騒ぎが聞こえ始めた。振り返ると、暗闇のなかでいくつかの灯火が揺れている。
や、ヤバい…!俺が城の近くの洞窟を吹き飛ばしたから、騒ぎを聞きつけて憲兵が集まってきているのだ。
「に、逃げよう…!」
なにか悪いことをしている気分がして、俺は慌ててその場を立ち去った。まるで、母親に叱られるのを恐れる悪ガキのように……。




