6. サイネリア学園
勝手に命名されたリリアナ乗馬会の出来事から今まさに始まろうとしている入学式まで本当に長く険しい道のりだった。
父の頑なな心を動かすべく母や兄達に相談してみたが、三人とも同意見だといわれ、それ故に彼らを説得するのは困難を極め、正直学園に通うというだけでなぜこんなにも反対されるのか意味がわからない。
そんなことを考えながらふと周りを見ると、明らかに避けられているとわかるほどの自分と周りの距離。
私の記憶では両親、主に父の職権乱用により屋敷外に出ることは許されず、会ったことがあるのは離れた場所に居るシェリル王子くらいだ。
そのため、容姿端麗であるリリアナを避ける理由など普通に考えれば無いはずなのだが、まさかすでに悪役令嬢と見抜かれてるのだろうか?
でもこんなシーンあったかな。
私の記憶のリリアナは皆の中心人物だったはず。
それは入学前に参加する王家のお茶会で支持を集めるからだ。
しかし、そのお茶会には一度も参加していない。
それもそのはず。
私の知らない所で父が全て却下していたのだ。
その結果また物語があらぬ方向へと進んでしまっているのだろうか。
居心地の悪い学園生活が始まりそうな予感に溜め息を溢しながら学園長の無駄に長い話を聞き流していた。
全てが終わったのはあれから2時間も経ってからでやっと教室へと案内される。
流石は王家子息令嬢も通う学園なだけあって広々としたそこは掃除が行き届いており、天井にはシャンデリアまで付いていた。
席は特に決まってはいないようだが、雛壇式の机は上から順に王家、五爵の順序で座るのが通例らしい。
とりあえず上から二番目の空いている席に腰掛ければ痛いほどの視線に煩わしさを感じる。
睨まれているのではないが、目が合うと逸らされる感じはあまり好ましくない。
言いたいことがあればはっきり言えば良いのに。
そう思いながらも、もし面と向かって悪口言われた日にはしばらく自室に籠って人間不信になるかもしれないと自分の硝子のハートについて考えていた。
「リリアナ!」
「…シェリル王子様。」
「同じクラスみたいだね。」
「何かご用ですか?」
「相変わらず君はつれないな。僕、これでも王子なんだけど?」
「お父様から嫌いな方には王族でもはっきりとした態度で示すようにと言われていますので。」
「でも僕は君が好きだよ。」
「そんなことは聞いていません。それよりご自分の席に着いてはどうですか?そろそろ先生がこられると思いますよ。」
「あぁ、僕はここの席に決めたんだ。」
にっこりと笑みを浮かべ、隣の席へと座る彼に溜め息しかでない。
確かにどこに座るかは決まっていないが、この列は公爵家が座りその上が王家だ。
シェリル王子が良いのであれば問題ないのだろうが、先程より強く感じる視線に頭痛がしてきた。
これはもしかしてあれか。
シェリル王子と仲良さげにしているから嫉妬されてると。
もしそうなら勘違いは他所でやってもらいたいものだ。
私はこの少年と婚約したら死亡フラグ回収要員になってしまうし、そもそもヒロインとすぐに心を通わせるような浮気性なやつこっちから願い下げである。
どうにかして席を後ろに移ってもらえないかと考えているといきなり女子特有の黄色い声が聞こえ始めた。
皆が集める視線は私ではなく教室の入り口で、そこには見慣れた二人が誰かを探してキョロキョロと視線をさ迷わせている。
そして目が合うと同時にこちらへと歩いてきた。
「「リリアナ。」」
「ウィル兄様にロン兄様?どうしたの?」
「「入学おめでとう。」」
「ありがとう。それを言いにわざわざ?」
「それだけじゃないよ。リリアナは外での生活が初めてだろう?不安になってるんじゃないかと思ってね。」
「何かあったらすぐ僕に言うんだよ?例えばそこの王子に迷惑してるとか、ね。」
冷たい視線を向けながらそう言うとリリアナを王子から遠ざける。
屋敷に来ていた時からそうだが、シェリル王子は私の家族に嫌われているようであまり良い扱いをされていない。
こちらとしてはありがたい話ではあるが、少し可哀想にも思える。
ただ、当の本人は全く気にした素振りもなく未来の婚約者だから当然だという始末。
これにより私を挟んだまま喧嘩が始まったのは言うまでもない。
「リリアナとの婚約、まだ諦めてないわけ?」
「当然です。」
「そのうち本気で嫌われるよ。」
「心配ご無用、僕はこれでも王子ですから、リリアナが惹かれるような立派な男になって振り向かせて見せます。」
「その自信どこからくるんだか…。」
「まぁ、どうせ無駄でしょ。リリアナがこんなのに靡くはずないし。」
「こんなのは酷いですね。僕、王子なのに…。」
相変わらずの下らない言い合いに耳を塞ぎたくなる。
2つ上の兄達もまだまだ子供だ。
そんなことを思っていると予鈴が鳴ったことでやっと無益な争いが中断され、兄達は怒りを露にしながらも自分の教室へと戻っていく。
そんな二人を見送りながら小さくため息をこぼすのだった。