4. 悪役令嬢の本質
あの後島々の話は早々に終わり、ルーディリッヒ公爵である父がフリージア王国で国王とほぼ同等の力を持つ権力者であることを教えられた。
だからこそ、二人が言っていた通り私がどんな我が儘な振る舞いをしても許されるという。
もしかするとそれでリリアナは悪役令嬢になったのだろうか?
私の記憶が正しければヒロインは子爵の出身だが平民にも分け隔てなく接する存在で、誰からも好かれるという設定だった。
だからプレイしているとき、それが悪役令嬢にとって面白くない存在として映ったためにヒロインへの執拗ないじめを始めると理解していた。
でも実際はどうだったのだろうか。
彼女を律することのできる権力と才色兼備な存在であるはずなのに、王子はヒロインの魅力に絆され婚約破棄の宣言までしてくるのだ。
そう考えると悪役令嬢が全て悪いとされる断罪イベントに対する見方が変わってくる。
全てを持っているはずなのに持っていない存在と比較され負けるなど、どれほど屈辱的だったのだろうか。
その屈辱を全キャラ攻略したいがために彼女に何度も味あわせていた。
そう考えるとなんだか申し訳なくなってきた。
もし、私がリリアナの立場ならどうしていただろう。
シェリル王子は自らリリアナとの婚約を望み、そして成立した。
なのに学園で出会ったばかりのヒロインと心を交わしていく。
私ならただただ卑屈になって自分は最初から相手にされていなかったのだと早々に諦めてしまうだろう。
そしてもう二度と男を信用しないと。
そう心に決めてしまいそうだ。
しかし、それは凡人であればの話で公爵令嬢としてのプライドがある彼女はそうもいかないのだろう。
やり方はよくないにしても、ぽっと出た子爵令嬢のヒロインに王子を奪われるというのは考えるだけでもいたたまれない。
そもそも婚約者のいる王子に近づくヒロインって実は思ってるほど出来た人物ではないように見える。
立場が違うだけでこんなにも見える景色が違うのかと感心しながら自室のベッドでゴロゴロしていると廊下が騒がしくなってきた。
ノック音と共にそっと入ってきたのは全くもって会いたくないシェリル王子で、帰ったはずじゃなかったかと思いながらもいつまでもこの体勢のわけにもいかずゆっくり起き上がれば彼から少し潤んだ瞳が見える。
「どうして…。」
「?」
「どうして婚約を嫌がったの…。幼い頃からの約束をやっと果たせると思ったのに。」
幼い頃って今も十分幼いでしょ。
そんなことを心の中で突っ込みながらも、どう回答するべきか迷っていた。
死にたくないので断りましたなんて馬鹿正直に話したところで、現時点で起こるわけではないため信じてもらえるはずもない。
となると素直に彼への気持ちがないことを伝えるのが得策か。
そう考え逸らしていた視線を彼へと向ければ、瞳から零れ落ちる涙を見てしまい思わず言葉を飲み込んだ。
「…なんでなくの。」
「だって僕らはずっと一緒に居るって約束して、その約束を果たすためにも婚約するはずだったんだよ…?なのにリリアナはその記憶を失くしてる。僕に対する気持ちはそんな簡単に無くなってしまうものなの…?」
いやいや!
重いよ、重すぎるよちょっと。
まだ子供だよ?
リリアナとシェリル王子ってそんな重たい愛情を持ってこの頃から婚約してたわけ?
でも、それなら尚更むかつく。
なんであんな簡単に婚約破棄できたんだよ!
その言葉をそっくりそのまま返してやりたいわ。
最初は可愛いとか不覚にも思ってしまったけど、今はただただイライラする。
この際だからはっきり言ってやろう。
ヒロインにあれだけ意地悪ができる悪役令嬢なのだから、王子に言うのだって簡単なはずだ。
わざとらしく大きくため息を溢してから冷たい視線を彼へと向け、口を開く。
「…こんやくはしません。シェリルおうじのことほんとうにすきではありませんし。」
「…っ。」
「だからこんごいっさいかかわらないでください。」
きついことを言ってる自覚はあるが、リリアナに対する未来の態度を知っているがゆえに動じることはない。
両親が芽を摘んでくれていても本人の意思を聞いていないなどと難癖つけられても面倒だ。
それにしてもこの王子しつこそうだな。
さっさと諦めてくれればこんなことを言う必要もなく終わっていたのに。
彼の悲しげな表情を見ても何とも思っていない自分に酷いやつだと心の中で笑いながら相手の出方を伺う。
「…今はそうかも知れないけど。」
「?」
「リリアナの意思で婚約したいって言わせてみせるよ!」
「は?」
「フリージア王国第一王子の名にかけてね。」
「いや、なにかけなくていいし。」
「心配しなくて良いよ。君は僕に夢中になる!」
訳のわからないことを高らかに宣言する王子を見送るとどっと疲れた。
あんなキャラだったか?
どちらかというとクールなイメージだった。
あの島々の件もそうだが、婚約を断ったことによる影響で物語がすでに変わってきているのだろうか。
本当にそうであれば変われば変わるほど自分の持っているゲームの知識では対応できなくなることへの不安が出てくるが、学園に入学するまでは身の安全が保障されているのは確かだ。
ならば今気にしていてもしょうがない。
それに転生前のリリアナと違い今の私にはアラサーまで生きてきた知識と経験もある。
何となかなるだろう。
そう勝手に決め込み、すでに意識を違う方向へと持っていくのだった。