3. 世界
あれからシェリル王子が" 諦めない "という言葉を溢してから帰ったことに多少不安は残るが、現時点で婚約していないのは大きい。
ただ、学園に入学するまでに色々なことを学ぶ必要があるだろう。
プレイしているときは事細かな設定まで気にもせず、ただひたすら王子様とのハッピーエンドを目指して作業のように色々なイベントを繰り返していたが、この世界で生きていくとなるとそうもいかない。
何から勉強するべきかと悩んでいるとウィリアムとローレンスが楽しげに近づいてくる。
「リリアナ、どうしたの?」
「…ごほんよみたい。」
「あぁ、まだ色々わからないことがあるからだね。僕たちと一緒に行こうか。」
「リリアナ、無理はしちゃダメだよ。疲れたらすぐパパを呼びなさい。少し用があるからママと一緒に席を外すけれど…。」
「父上、そんなに心配しなくても僕がついてるから大丈夫だよ。」
「そうそう、僕がちゃんと見るからね。さ、書室に行こう?」
二人に手をとられるまま歩きだせば、一緒に行きたい気持ちを全面に出しながら見送る両親。
公爵ともなれば公務があるため、ずっとリリアナに付いているわけにも行かず泣く泣く諦めているようだ。
それを知っている彼らは独り占めができることに至極幸せそうな表情をしている。
客間から出て少し歩いていくと年季の入った大きな扉が現れ、ゆっくり開けば軋む音が響き渡った。
「相変わらずぼろい扉。」
「趣のある扉って父上は言うけど、ただの古い扉にしか思えないね。」
そんな文句を溢している彼らの言葉を聞きながら中へと入れば、天井まで届く棚にずらりと並ぶ本の数々。
中二階もあり、そこにもたくさんの本が並んでいる。
「リリアナの所望する本は何かな?」
「れきし。」
「この国の歴史?」
「そう。」
「それならこれがいいかも。」
「僕たちも小さい頃、何度も読んだよ。」
目の前の棚から一冊の分厚い本を取り出し、ソファーにリリアナを座らせると同じように二人も腰かけた。
少し汚れている表紙からも相当な年季であることが一目でわかる。
"フリージア王国"
と書かれた表紙は日本語ではない複雑な文字だが、読むことはできるようだ。
「一人で読みたい?それとも僕かウィリアムが読んでも良い?」
「にいさま、よんで。」
「もちろん。じゃあ始めるね。」
その言葉と共にゆっくり本を開けば、見慣れない地図が描かれその中心にフリージア王国と書かれている。
じっと言葉を待っているリリアナにくすりと笑みを浮かべたローレンスがゆっくり読み始めた。
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この世界は3つの大きな島で成り立っている。
その島ひとつひとつが国として栄え、中央の大きな島がフリージア王国。
東にあるのがロベリア皇国、西はアザレア王国である。
この三国は1000年前に結ばれた平和条約によって、互いを尊重して暮らしている。
しかし、島々が海で囲まれていることもあり交流する手段が少なく、その昔は何年も音信不通状態が続いていたが、その状況に心を痛めたフリージア王国5代目国王のゴードン陛下が交流の促進をするべくサイネリア学園を設立するに至った。
サイネリア学園は王家や五爵の子息令嬢が通うために作られており、子供のうちに他国と交流することで互いを慈しみあうことのできるようにと願いを込めて作られたという。
この学園での生活を送ることによって現在では他国との交流も多く、その土地でしか収穫できない食べ物や装飾品が流通して経済も潤った。
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「要約するとこんな感じかな。細かいことはもっと色々書いてあるけど、大したことじゃないし僕も覚えてないよ。」
「ごしゃくってなに?」
「そっか。そこがわからないよね。」
「じゃあ次は僕から説明するよ。五爵っていうのは爵位のことで、上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵と連なっているんだ。僕たちは公爵になるから王族の次と理解すれば良いかな。」
「まぁそうだね。下位の爵位だとドレスを上位と合わせちゃいけないとか色々制約があるみたいだけど、リリアナは気にする必要ないよ。」
「そこ、もうちょっとくわしくおしえてほしい。」
「ドレスのこと?」
「そう。がくえんににゅうがくするまでにあるていどのちしきがほしいから。」
「そうだね。でもリリアナは公爵令嬢だからそういう制約がないことは覚えていてね?」
「うん。」
「例でいうと今日リリアナは黄色のドレスを着ているよね?あ、とてもよく似合ってるよ。可愛い。」
「それ僕が言おうと思っていたのに!」
「言うの遅いやつが悪い。」
「むかつく!」
「ウィルにいさま、ロンにいさまもけんかしないでつづき!」
「ごめんごめん。その黄色のドレスをリリアナが着ているのに下位の者が同じドレスを着ることは許されないんだ。」
「どうして?」
「同じドレスだと見目を比べることしかできなくなるだろう?だから失礼に当たるといわれているんだよ。まぁ、リリアナは可愛いから比べられても全く問題ないんだけどね。」
「たしかに、みためのひかくはいや。」
「女性はそういうのをとくに嫌がるよね。だから下位の者がドレスを合わせないように配慮するというのが決まり事になっているんだ。」
「他にも公爵家の令嬢には決められたドレスの色があってね。公の場ではその色のドレスを着るんだ。だからその色は公私関係なく下位の者は着ることを禁じられてる。」
「ドレス…たいへんなんだね。」
「だーかーら、リリアナは気にする必要ないの。でももしリリアナと被せてくるような令嬢がいたら僕かウィリアムにいうんだよ?すぐに排除するから。」
同時に綺麗な笑みを浮かべる二人はこういうことだけは息が合うようだ。
この世界の作りや、五爵についてはとりあえずこれくらい知識を入れていれば良いだろう。
しかし、公爵家で良かった。
ドレスに気を使うとかめんどくさいし、正直ものすごくどうでもいい。
でも確かに全く同じ服装してたらどちらが似合ってるかを顔で比べてしまうってことはどこの世界でもあるのか。
そんなことを考えながら本に描かれている地図を眺めていると小さな島々が目に入ってくる。
「にいさま、このちいさなしまじまはどこのおくにになるの?」
「どの島もみんな国には属していないんだ。」
「え?」
「周りがとても危険な海域になっていて船で到達できないらしい。だから未だに人が住んでいるのかすらわからないんだってさ。」
「でもその昔、遭難した船乗りがどこかの島に流れ着いたとか。本当か嘘かわからないけど彼の話ではそこには独自の文化と国が繁栄していて見たこともないような高度な技術が発達していたらしいけど言葉の壁があったみたい。数百年以上経った今では誰も遭難しないからね。謎に包まれたままの島々なんだよ。」
「確かその島の絵が乗ってる本があったと思うよ。」
ウィリアムがそう言って立ち上がると中二階への階段下にある棚へと行き指でなぞりながら目当ての本を探していく。
数分経つとあったという声と共に一冊の本を棚から取り出しソファーへと戻ってきた。
「この本だよ。ロンソンという船乗りが記したものなんだけどここに載ってたはず。」
そう言ってペラペラとページをめくっていくと見開きで描かれた大きな絵が目に入る。
中央にはぼかして描かれた建物であろう何か。
そして木々がぐるりと円を描くようにそれを囲んでいる。
周りの海には流れを意味するのか、複数の線が入っていて危険な海域であることを示しているのだろう。
「こんなにぼかしていたら何か判断できないけど絵としては完成度が高いものだよ。」
「これで完成度が高いなんてお粗末だけどね。まあそんなに興味もない島だから別にいいけどさ。」
「確かに。交易もしていないから授業でも習わないしね。」
二人はそう零しているがリリアナには何故かこの島々のことが気になって仕方なかった。
それはゲームをしていた時の記憶と差があるからだ。
確かこの小さな島々はそれぞれの国に属しており、王族や貴族たちの別荘地として使用されているという設定だった。
それ故にいつだったか忘れてしまったが、このうちのどれかの島でマリンスポーツを楽しむイベントがあり、そのイベント内でヒロインと王子達が親交を深めていくはず。
だが今の話で行くとこの島々は到達することのできない場所という。
となるとすでに通るはずのイベントが1つ無くなっているということだ。
断罪される可能性が減るという意味ではありがたいが、原作と差異が出てきているのは果たして本当に良いことなのだろうか。
そんなことを考えながらぼかされた建物を小さな手でなぞるのだった。