29. 不調と花嫁
ユリウスによって毎日のように届けられる食事は手の込んだ物が多く、食欲を唆るものばかりだが、せめてもの抵抗で食事を拒み続けた。
5日も経つと明らかな身体の不調を感じ始める。
地下牢というだけあって一定の温度に保たれているはずなのに悪寒に見舞われ、彼が別で持ってきてくれた毛布に包まってみても改善される兆しはなく、意識を奪われていった。
目を覚ますとふかふかのベッドと天蓋が見え、一瞬屋敷に戻ってきたのかと思ったが見慣れない作りに何処だろうと視線を彷徨わせる。
ベッド脇の椅子に腰掛けたまま眠るユリウスにまだここがカートル城なのだと理解したが、いつの間に地下牢から移動したのだろう。
暖炉の付いた部屋は暖かく、身体をゆっくり起こしてみると同時に彼の瞼が開かれた。
「良かった、起きたんだね。まだ顔色悪いけど、何か食べられそう?」
「…どういうつもりですか。」
「ん?」
「禁呪を成就させたいだけなら、ここまでする必要はないですよね。」
「あるよ。俺のものにするってどういう意味がわかってる?」
「禁呪の贄にするのでしょう…?」
「アザレアの古書にはそう書かれているね。」
「?」
「これは俺とリリアナを結ぶ赤い糸。禁呪が成就すれば、カートルの復活とともに俺の花嫁になるんだ。」
「…全然意味が…わからないのですが…。」
「黒魔術は元よりカートルから生まれたもの。姉上はずっと俺の花嫁の女性を探していてね。リリアナを選んだのが始まり。」
「視界を奪わたり…とても怖い思いをたくさんしましたけど?」
「あれはごめん。リリアナがもし俺を気に入らなかったらどうしようと思って口にしてしまったんだ。そしたら姉上が何とかするって…。まさかあんな事してるとは思わなかったけど。」
少しため息交じりにそう言うと、こちらに手を伸ばしてくる。
びくりと飛び跳ねた身体に怖がらないでと耳打ちされ、少し傷付いたような表情でそっと頬に触れてきた。
「リリアナ、俺と結婚してくれますか。」
彼の左手の中にはダイヤモンドの嵌められた指輪の入ったケースがある。
このタイミングで言うのかと少し驚いてしまったが、何故か彼のその態度と言葉にあの引っ掛かりを感じた。
暗い過去を抱え、全てを滅ぼし兼ねない危険な存在。
それを回避する方法は唯一、ヒロインである彼女が彼の婚約者になり過去ではなく今を生きることを選択させる。
追加コンテンツで入る予定のキャラ。
名前すら開示されていなかったが、あのシーンだけ予告で流れていたのだ。
黒魔術師との一件はヒロインが彼を選んだ際に起こる悪役令嬢リリアナとしてのイベントの一つだったのか。
彼女が死亡フラグを回収する要因であることはこの話でも変わらないのだろう。
ただ、ヒロインが言われるはずの言葉をなぜ私が掛けられているのか。
そこだけは謎だが、これも禁呪を成就させるための作戦かもしれないと身構えていると左手を取られ薬指に指輪を付けられる。
「俺のリリアナだ。誰にも奪わせたりしない。」
ユリウスの纏う黒いそれは黒魔術師より濃く強いもので、彼女など小物のように思えてしまうほどだ。
容赦なく意識を奪われたリリアナは彼の腕の中でクタリと倒れ込むのだった。