27. 船員
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
もう目を覚ますこともないようにと願っていたのに、薄暗い部屋が目に入ってきた。
木製のベッドに寝かされていたようで、硬いマットが腹部の痛みを強く感じさせられる気がする。
「目、覚めた?」
「…?」
「積荷を入れて来いって指示されたら血だらけの人が倒れてるし。驚いた。」
「…どうして…どうして助けたの…。私は…ななきゃいけなかったのに…。」
夢の内容を思い出すと大粒の涙が溢れ、心配そうに覗き込んでいた赤髪の青年は驚いたようにオロオロし始めた。
彼に非はない。
勝手に乗り込んだ挙げ句、あんな所に遺体があっては迷惑しかないだろう。
少し考えればわかったことなのに、相当追い詰められていたようだ。
「ごめんなさい。…もう大丈夫です。」
「その顔は大丈夫じゃない。何があったのか俺に話してみない?」
「…。」
「じゃあ俺が話すね。」
「?」
「えーっと、まずは名前?俺はユリウス・カートル。年は今年で18。趣味は釣りと素潜りで好きな食べ物は肉と魚。家族構成は両親と姉が一人、後は…。」
彼がうーんと唸っていると扉を乱暴に叩く音が聞こえてきた。
「おい、ユリウス!寝坊してんじゃねえぞ!仕事はたくさんあるんだ!」
「うわ、ヤバい。絶対安静だからベッドに居ること!!後でご飯とか持ってくるから。約束だよ?もし破られたら俺が船長に怒られる。」
「わ、わかりました。」
「うん。じゃあそのまま寝ててよ。行ってくる!」
慌てて外に出ていった彼だが、鍵をかけることは忘れなかったようで、ガチャリと音が聞こえる。
中からは簡単に開けられるが、外にいる船員を入らせないようにするためらしい。
結局、助かってしまったのかと小さくため息を溢してから痛む体に鞭打って起き上がった。
いつの間にか着替えさせられているところを見ると手当てされたのだろう。
助けてくれたであろうユリウスと名乗った彼には申し訳ないが、いつまでもこのままではいられない。
あれからどれくらい経ったかもわからないのだ。
もし、あの夢が現実に起きてしまったらと背中に嫌な汗が伝う。
小さな窓からは海が見え、速いスピードで船が動いているのがわかる。
ここから身投げすれば或いは…。
そう考えて窓枠に手を掛けたところで腕を捕まれ、そのままベッドに押し倒された。
「何してるの。」
「ユ、ユリウスさん?」
「また死ぬつもり?」
「…。」
「何となく嫌な予感がしたんだ。戻ってきて正解…はぁ。君みたいな女の子が自害しなきゃいけない理由って何?」
「…。」
「言いたくないなら無理には聞かないけど。…とりあえず眠ろうか。」
彼の言葉と共に急激な眠気を感じそのまま深い眠りに落ちていった。
またあの夢を見るんじゃないかと身構えていたが、気持ち良いくらい穏やかなものだった。
鼻腔をくすぐる良い匂いにつられて目を覚ますと、服を着替えていたのか。
顔を含め身体中痣だらけのユリウスが見えた。
思わず視線を逸らしたが、あの怪我はどうしたのだろうか。
「丁度良かった!早く怪我を治すには体力からだからさ。海鮮シチューとパンだけど温かいうちに食べなよ。」
「あ、ありがとうございます。」
「ほらほら、早く食べな。」
口に含むとじんわりと胃が温かくなる感覚。
美味しいと零せば彼から満面の笑みが見える。
「…ユリウスさんのお食事は?」
「俺?俺は良いの。体力だけには自信あるしさ。」
「…ではその怪我は…?」
「ん?あーこれは俺がドジばっかするから…。」
「…暴力を振るわれていると?」
「気性の荒い船乗りもいるんだよ。」
「そう、ですか。…ご馳走様でした。」
「まだ全然食べてないよね?怪我を治すのにもしっかり食べないと。」
「ユリウスさんが食されないのなら私も食べません。それに、その怪我…きっと私のせいですよね。」
「違っ!俺がドジやったからで…。」
「…私は世間知らずですが、それくらいわかります。無銭乗船した迷惑な存在を匿っていたらいい顔されるはずもありませんから。あのまま私を止めなければ…。」
「自害なんて絶対にさせない。」
「ぇ?」
「決めた。俺のものにする。」
「俺のものって…。」
「一度失った命なら問題ないよね。」
「私と関わっても良いことはありませんよ…?」
「良い悪いは俺が決めるから余計なお世話。それより、ご飯。俺も食べるからちゃんと食べようね。」
シチューの皿を手にしたユリウスはスプーンをこちらに向け口を開けろと催促してくる。
少し怖い雰囲気を纏った彼を強く拒否することも出来ず、促されるまま食事を済ませるのだった。