26. 作戦と自害
あれからすぐにでも動き出そうとしていた彼らを何とか宥め、これからのことについて話し始めた。
「そんなに焦ってもリリアナは助けられないわよ。」
「何か方法があるのか。」
「黒魔術師本人に禁呪を解除させるというものです。」
「そう簡単に解除するとは思えないが…。」
「ええ、そうね。でも、大前提としてリリアナに掛けられた禁呪というものは例え術者が命を落としても消えるものではないの。黒魔術師自身にすら解けるかわからないものなのよ。」
「それなら良い方法とは言えないだろう。」
「はい。ですから、黒魔術の呪縛から解き放ち聖女としての彼女に解除してもらうのが良いかと。」
「そんなことが可能なのですか?」
「分の悪い賭けだ。黒魔術師を誘き寄せるためにリリアナを危険に晒す必要があるということだろう。もし、一歩でも間違えば…。」
「それはララが絶対にさせません!無理だと悟った時点で差し違えてでも!」
「私も同じです。リリアナ様の専属騎士としてこの命に替えてもお守り致します。」
ララとセルジオのその言葉に父は心強いと言っているが、私としては正直全く嬉しくない。
今回の出来事にはお手上げ状態で、禁呪によって死ぬのかと諦めかけていたりもする。
けれど、自分の為に誰かの生命を犠牲にすることだけは断固拒否したい。
両親や兄弟は勿論、リリアナの周りには優しい人ばかりで皆、大切な存在だ。
どうやって私に危害を加えさせず、黒魔術師を誘き寄せるか。
そんな話をしている彼らを見ながら何も出来ない自分に大きなため息を溢した。
あれから数時間が経ち、まだ全ては決まっていないが船旅疲れもあるからと皆準備された客室で休んでいた。
リリアナも例外ではなく、豪華な作りのベッドで目を閉じると深い眠りに落ちていく。
視界が開けるとそこは暗くて寒い場所で。
恐る恐る一歩ずつ前に進めば、笑みを浮かべた父の姿が見える。
「お父様…?」
「リリアナ…パパはリリアナさえ…生きていてくれれば…。」
口元からドロリと落ちた赤と、礼服を染め上げるそれに目を見開いた。
彼の後ろにいるのは歪な笑みを浮かべた黒魔術師で、足元には生気を失ったララとセルジオが見える。
「全て君のせいだよ。」
「私の…?」
「この世界に転生し、選択した結果彼等が犠牲になった。君さえ居なければ失われなかった生命。この現実に耐えられるのかな。」
黒魔術師から紡がれる言葉にただ立ち尽くすことしかできなかった。
崩れ落ちた父を支えることも出来ず足元に広がる赤に涙が溢れてくるのを感じる。
それと同時に押し寄せてきた不快感と共に目が覚めた。
サイドテーブルの時計を見ると真夜中を示している。
夢とはいえ、現実に起こり得る内容に直ぐ様行動を起こした。
黒いローブを纏い、そっと部屋を抜け出せばシーンと静まり返った廊下。
確かセルジオが見張り役として表に立っていると言っていたから裏手に行くべきだろう。
足音を立てないよう細心の注意を払いながら先に進めば、途中兵士に見つかりそうになったが何とか城から抜け出すことが出来た。
アザレア王国の城下町は初めてだが、とりあえず彼等から離れることだけを考えて行動しようと港を目指せば真夜中とは思えないほど活気がある。
「そろそろ船を出すぞ!」
船員の一人であろう男性がそう言うと皆急いで中型の帆船へと乗り込むのが見えた。
これだけの人数なら波に乗れば乗船出来るかもしれないと足早に近付くと思った通り押し流されるように荷室へと入っていく。
警笛とともに動き始めたようで、ダイレクトに伝わってくる揺れに自分が乗っていた船の素晴らしさに関心しながら船員から隠れるようにして荷物の間へと入り込んだ。
「おい、積み荷には触るなよ!高価な薬草ばかりだ。」
「薬草?何でそんな物…。」
「レドの町の有名な薬師様のご依頼だとよ。」
「レドっていうと最北端の?あんな辺鄙なところに薬師なんでいるんすか。」
「俺も詳しくは知らねえよ。この船じゃ最速で二週間ってところか。」
大きなため息を溢しながら階段を登って行った彼等はガチャリと荷室の扉を閉め、鍵の掛けられる音が聞こえる。
二週間…。
何が起こるかわからないと最低限の水と食料は持ってきたものの、屋敷ではないため殆どないに等しく。
耐えきれるだろうかと不安になったが、メアリーの言葉を思い返してみた。
禁呪によって苦しめば苦しむほど得られる力が増える黒魔術師。
ということはもしかしてそれ以外で私が生命を落とせば黒魔術師は十分な力を得られず、危険もないのではないだろうか。
自害なんて考えたこともなかったが、それが一番いい方法だと護身用に持ってきたナイフを取り出してみる。
ドラマとかだと手首を切ってお風呂で…なんて見たことはあるが、こんな所に風呂などあるわけもなく。
ならば心臓に突き刺すとか…?
自分で考えておいて痛みを想像しただけで尻込みしてしまう。
…どうしよう。
自惚れるわけでないが、私が城から抜け出したことに気付けば全力で探し、見つけ出すはずだ。
一度見つかってしまえば、もう二度と同じ事はできない。
きっとこれがラストチャンス。
あの夢のように誰かを犠牲にする前に…。
そう、意を決してナイフを自らに向けるとそのまま突き刺した。
事故死した時には感じなかった激しい痛み、そして指先から熱を失っていく感覚。
本当にちゃんと死ねるのかと不安はあるものの少しずつ微睡んでいく意識に逆らうことなく暗闇の中へと落ちていくのだった。