25. 正体
1時間程、王家の庭を堪能していた彼らの前に席を外していた二人が現れた。
込み入った話になると案内された先は応接室で、白を基調とした落ち着いた雰囲気の部屋である。
皆が席に着いたのを確認したメアリーは重い口を開いた。
「これから話す内容だけど、もしかしたらリリアナを怖がらせてしまうかもしれないわ。」
「リリアナ、嫌なら聞かなくていいんだよ。」
「大丈夫です。メアリー様、続けて下さい。」
「そう。ならまずは黒魔術師についてわかったことを話すわね。そもそも黒魔術師というのは聖女の成れの果て。負の感情を溜め込むことで魔術に取り憑かれた存在。それが黒魔術師と呼ばれているの。」
「…聖女の成れの果てか。だが、なぜリリアナを狙う?リリアナに魔力はないはずだ。」
「そこが問題なのよ。リリアナは666番目に生まれた聖女であり、唯一聖女の力を有していない存在。」
「聖女でありながら聖女の力を有してない?それは一体どういうことだ。」
「古書にはこう書かれていました。666番目に生まれる聖女は自らはその強大な力を使えず、他者に委ねる存在だと。」
「簡単に言えば、聖女にとっても黒魔術師にとってもリリアナは魔力の湧き出る泉のようなものね。白魔術なら近くにいるだけでその力を増幅することができるわ。ただ、黒魔術は…。」
「リリアナ様の全てを奪う事で更に強大な力を得ることができると。そうなればこの世界は古書に描かれていた暗黒時代に変わることでしょう。」
「…。」
「既に死の呪いをリリアナ様にかけていますから。身体を蝕めば蝕むほど彼女の力は増していきます。それ故に聖女の守りが施されていない場所であれば何処にでもいる可能性があるかと。」
「…一つ気になったのですが、何故即効性のある呪いを掛けなかったのですか?力を求めるのなら時間をかける必要はないかと。」
「黒魔術というのは魔力の源が恐怖や悪意といった負の感情を媒体にする性質があるのです。リリアナ様が苦しめば苦しむほど得られる魔力も増幅する。だからこそ解くことのできないこの禁呪を選んだのでしょう。」
「解けなければリリアナは!」
「はい。確実に死に至ります。」
彼女のその言葉に死を宣告されたようで一瞬現実逃避をしてしまった。
666番目の聖女という内容は他人事のように聞こえて話を聞きながらも何処か上の空だったが、一気に現実に引き戻される。
「諦めるつもりはないさ。リリアナ、パパが必ず助けるからね。」
「旦那様!私もラティラ・アンティル・クリスフォートとして全力でサポートさせていただきます。」
侍女のララとしてではなく、騎士として尽力することを宣言した彼女はメイド服を脱ぎ捨てると中から白銀の鎧があらわれた。
いつも着ていたのだろうかとそんなことを考えていると無表情だったフェリスの口元に笑みが浮かんでいる。
「本当に皆様に好かれているのですね。」
「そうね。過保護な両親はもちろん皆あの子の為なら自分の命を差し出してでも助けるんじゃないかしら。」
「私も…。私も、あの可能性にかけてみたくなりました。」
「あら?無理だと言っていたのは誰だったかしら。」
「現実的に考えれば呪いが成就する前にリリアナ様の命を奪うのが最善策。それはメアリー様も理解はされているのでしょう?」
「しているけど、させるつもりはないわよ。リリアナ至上主義者の一人だもの。万に一つでも助けられる方法があるのなら、全力でやるまでよ。」
メアリーはそう言うとニッコリと笑みを浮かべ、先走って動き出そうとしている彼らを止めるべく立ち上がるのだった。