23. 航海
準備された大型船は木製とはいえ精巧な作りで船の先端には船首像が取り付けられている。
視界のぼやけた彼女には見ることはできないが、促されるまま船内へと入っただけでもその広さは感じられたようだ。
「ねぇ、ララ。」
「はい。」
「この船すごく大きいよね?」
「そうですね。帆船の中では大きい方の部類になるかと。公爵様がリリアナ様の生誕を記念して作られたものですよ。」
「…生まれただけで船作るんだ。」
「もちろんウィリアム様、ローレンス様もお持ちです。」
「兄様達も?」
「はい。こちらの帆船はリリアナ様と同じで今回が初の航海になりますので準備に少しお時間をいただいてしまいました。」
「それは全然!逆に何もお手伝い出来ずに座っているだけで申し訳ないくらいで…。」
「いいえ、リリアナ様は居て下さるだけで皆の士気が上がりますから問題ありません。」
「そ…そう?」
「はい。セルジオも同意見のようですよ。」
小さく笑みを溢しながらティータイムの準備を始める彼女。
普段であればカップとソーサーというリリアナの好みである温かい紅茶を準備するが、視力が戻っていない彼女が火傷をする危険があるため、トールグラスに冷えすぎない量の氷と紅茶を入れストローを挿すあたりララも相当な過保護である。
一緒に準備したお菓子もスコーンやクッキーのように崩れるものを避け、しっとりとしたレアチーズケーキを選択したようだ。
「リリアナ。」
「パパ?」
「そうだよ。退屈してないかい?」
「ララとセルジオが話し相手になってくれているので。」
「それは良かった。今から出航すると言っていたから少し揺れを感じると思うよ。リリアナは船旅初めてだから船酔いがあるかもしれない。お腹は空いているかな。」
「少し空いてるような気もするけれど…何か問題なの?」
「船酔いは空腹で誘発される可能性があるんだ。なるほど、それでララがお茶を用意してくれているんだね。」
「はい。」
「私も一緒にいいかい?」
「すぐにご準備いたします。こちらの席へどうぞ。」
ララに促されるまま向かいの席に座ったアルバートは長い足を優雅に組みながら視点の合わないリリアナを心配そうに眺めている。
母親譲りの空色の綺麗な瞳は健在だが、黒魔術の影響で少しくすんで見えるのは気のせいではないだろう。
アザレア王国までの航海は今日から3日間。
その後すぐに治癒すればよいが、未知なるところも多いが故にその保証はできない。
自分ではどうすることも出来ない歯がゆさにため息が出そうになるが、リリアナはそういったことに敏感に反応するため心の中で留めておく。
そんなことを考えているとララが彼の前に紅茶とシフォンケーキを並べ軽く一礼してリリアナの隣へと移動した。
「リリアナ様の紅茶はレアチーズケーキによく合うキームンになっております。公爵様はシフォンケーキに合わせてダージリンでご準備いたしました。」
「ありがとう。リリアナ、さっそく頂こうか。」
説明を聞き終わるとカップのハンドルを持ち一口喉へと通す。
何も言わなくてもララがリリアナを手伝うことはわかっていたからこその行動で、1人で何でもこなしたがる彼女の自尊心を傷つけない程度に補助しているようだ。
父である自分が下手に気を遣えばまた心配されてしまうところだが、さすがはララである。
彼女をリリアナの専属侍女にしたのは正しい判断だったと笑みを浮かべるのだった。