22. 準備
「リリアナ。」
「…ん。」
「目を覚ましたね。どうだい、パパは見えるかな。」
ぼやけた視界に何度か瞬きをして見るが、変わりそうもない。
それならばと目を擦ろうとしたが、それは父の手に取られ遮られた。
「擦ったら目が赤くなってしまうよ。まだぼやける?」
「少しだけ。」
「すぐに良くなるからそんな不安そうな顔をしないで。」
「不安そうな顔してる?」
「いいや、リリアナよりパパの方が不安な顔してるかな。ねえ、リリアナ。」
「?」
「パパが来たとき怖がってたよね。」
「…。」
「あの時…何があったの。本当は良くなってから聞くべきなんだろうけど、どうしても気になってしまってね。」
父のその言葉に話すか躊躇してしまう。
あの時、父だと思った相手が実は危険人物だったと正直に話せば彼はきっと今以上に自分を責める。
そんな姿ははっきりと目が見えないとはいえ想像したくもない。
当たり障りのない回答をしてその場を凌ごうと心を落ち着かせるように言い聞かせる。
「…声しか判断できなかったのでびっくりしてしまって。」
「そうなのかい?てっきりあの黒魔術師がパパのフリをしてリリアナに近付いたんじゃないかと思っていたんだけど、違うなら安心したよ。」
彼のその言葉に内心ぎくりとなったが、顔には出していないはずだ。
だが、起きたこと全て父にはお見通しなのかもしれない。
「リリアナ、二度とこんなこと起こさないと約束するよ。パパが君を守る。」
「私は大丈夫です。それよりパパは自分を責めているのでは…?」
「…。」
「責めないで欲しいというのは無理なお願いでも、あの存在、とても危険に感じました。私を守ることでパパになにかあったら…。」
「心配しなくてもパパは強いから。」
「あら、目を覚ましたのね。」
「メアリー様?」
「まだ視力が戻っていないんだ。」
「そう…やっぱりこの手の黒魔術は専門家でないと難しいわ。」
「専門家と言っても今は失われた力だろう?」
「ここではそうよ。でも聖女であれば今も可能だと思うの。」
「聖女というとアザレア王国か。」
「ニコ王子の?」
「ええ。王家に手伝ってもらえればその手の専門家はすぐに見つかるんじゃないかしら。」
「ララすぐにリリアナの支度を。」
「はい。」
「セルジオはリリアナの護衛を頼んだよ。私は船の準備を整えるよう声をかけてくる。」
それから屋敷は一気に騒がしくなった。
視力の戻らない私に気を遣いながらネグリジェ姿からドレスへと着替えさせ、普段であればヒールのあるパンプスを履くところをブーツにするところまで抜かりない。
流石は専属侍女のララである。
忙しなく皆が動いている声に何か手伝いたいところだが、視界不良の私では邪魔になるだけだと思い直し用意された椅子へと腰掛けた。
特にすることのないこの時間で今回起きた出来事についてもう一度振り返ってみようと考え始める。
呪い。
このゲームのヒロインであるメアリーから受けたものだと思っていたが実際には黒魔術師によるものだったと判明した。
そしてその呪いは今も続いているのだろう。
どんなものかわからないがあの黒い靄のようなものと意識を失ったこの状況からして良いものでないことは確かだ。
メアリーでなければ誰がリリアナの命を狙うのだろうか。
軟禁生活のおかげで関わった者は多くない。
屋敷にいる侍女や従者達?
いいや、それは考えにくい。
それほど近い存在であれば今までに何度も絶好のチャンスが巡っていたはずで、わざわざメアリーがしたかのように見せかける必要もない。
そうすると学園に通い始めてから出会った者だろうか?
しかし、あの短期間で何が起きたにしろ遥か昔に失われたという黒魔術に手を出すだろうか。
そもそも魔術の類が王家や公爵家以外に伝わっていないと書物に記載されていた。
これを踏まえると学園で出会った彼女らも対象から外すことができる。
その他に出会ったところとして考えられるのは転生前のリリアナの記憶の中にあるもの。
ただ兄達の話では以前から軟禁生活で父により屋敷外に出たことはなく他の者と会わせないようにさせていたとか。
これほど可愛いリリアナが公になれば誘拐に発展しかねないと考えていたようだ。
さすが過保護。
そうなると余計に恨まれるような記憶がない故に犯人の特定が難しくなるなと軽く溜息をこぼした。
「どうかされましたか?」
「少し考え事を…。」
「黒魔術師に関することですか?」
「ええ、今までの出来事を思い返していたの。」
「何か気になることでも?」
「いくつかあるのだけれど、その答えを私はまだ持っていないと改めて感じたわ。」
「現時点でわかる情報は限られていますからね。これから向かうアザレア王国にはそういった文献や歴史が数多く伝えられているので何かわかるかもしれませんよ。」
「そうね。聖女の加護を受けるアザレア王国…どんなところなのかな。」
彼の言葉に頷いて不明瞭な視界を遠くに向けながら以前見たアザレア王国の絵を思い浮かべるのだった。