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17. 盾と手合わせ

翌日、久しぶりの学園に緊張しながらも手際のよいララにされるがまま着替えを済ませる。

美味しい朝食に舌鼓をうち心が落ち着くからと促されたハーブティーの入ったカップを持ちながらほっと一息。

これから何が起きるのかわからないが、平穏な学園生活とはいかなそうだ。

そんなことを考えていると扉の向こうから静かな足音が聞こえてくる。


コンコン


「リリアナ様、セルジオです。馬車の準備ができましたのでお迎えに上がりました。」


「ありがとう。」


「行きましょうか。」


「そうね。」


カップとソーサを小さな机に置き、ゆっくり立ち上がるのと同時に扉が開かれ白銀の鎧を身に纏った彼の姿が見えた。

学園に行くだけのはずだが、物々しい雰囲気である。


「リリアナ様?」


「え?」


「どうかされましたか?」


「いえ、とても重装備に見えたものだから少し…。」


「この鎧は見た目より軽装なんですよ。ですが、リリアナ様の盾として十分な強度がありますからご安心下さい。」


「…盾?」


「はい。私が全てからお守り致します。」


「それは私の身代わりになるってこと…?」


「はい。騎士としての役目の一つです。」


「……。」


「?」


「一緒に来なくていいわ。」


「リリアナ様?」


「お父様には私から…。」


「パパの可愛い可愛いリリアナを怒らせているのはどこの誰かな?」


優雅な足取りで現れた父はにんまりと笑みを浮かべながら近づいてきた。


「セルジオ、リリアナを怒らせるなんて何をしたんだい?」


「…セルジオは悪くないの。」


「ならどうして怒っていたのかな。」


「…。」


「言いたくないこと?」


「いいえ。ただ、セルジオを盾にするなんて私には出来ないから…。」


「盾?」


「盾とは命を犠牲にして守ってもらうことなんでしょう?それは嫌です。」


「なるほど、それで怒ってたのか。リリアナの言いたいことは理解できる。でも一つだけ訂正するね。」


「…。」


「リリアナはパパにとって命を懸けて守る存在だよ。ただ、リリアナの言うとおりセルジオに命を懸けて守ってもらうのは違うね。」


「違いません。主の剣であり盾であることが騎士の誇りです。その誇りを失った者は騎士ではなくなります。」


「なら私に騎士は必要ありません。私のせいで何かあったら…。」


この盾に関しては絶対に認められない。

メアリーは考えている以上に危険な存在だ。

すでにゲームの知識が役に立たない今、何をするにも正解というものが存在しない。

それは私の行動ひとつで盾となるセルジオの命を失いかねないということだ。

正直今でもこれまでの行動が良かったと自信があるようなものではなく、これから先もまた然り。


「リリアナ様、そんなに心配して下さらなくても並大抵の者には負けたりしませんよ。」


「そうだよ。パパが選んだ人材だから大丈夫。でもどうしても心配なら一度セルジオの強さを見せる機会を設けるというのはどうかな。パパとしてはリリアナが納得してセルジオを側に置いてくれるのが一番の理想だ。」


「それなら私と手合わせするというのはいかがでしょうか?」


「ララ?何言って…。」


「確かにそれがいいね。二人が手合わせすればリリアナの不安も解消されるだろう。早速庭に準備させるよ。」


「え?え?手合わせって、本当にやるの?ララは女性であんなに華奢なのに…。」


「言っただろう。彼女はリリアナが思っている以上に強い女性だよ。」


「でも怪我するかもしれないし…。」


「二人ならその辺りの加減は簡単にできるさ。さあ準備ができたみたいだ。庭に移動しようか。」


そう言った彼に続き庭へと移動するとパラソル付きのテーブルが用意され、カラフルなお菓子と紅茶が並べられている。

その先にはギリシャの闘技場を連想させる砂地が見え、こんな場所があったのかと驚いた。


「リリアナはここに来るのは初めてだね。普段は騎士の訓練所として使っている場所だよ。」


父にエスコートされながら椅子に座れば、ララとセルジオが向かい合うようにして砂地に立っている。

手に持っているのは両刃の剣で日の光を浴びてキラキラと光っているところを見ると真剣ではないだろうか。

怪我をすることはないと言っていたが本当に大丈夫なのか心配になってしまう。


「そろそろ始めようか。でもその前にせっかく手合わせするんだ。何か賞品が無いとつまらないだろう?ララ、セルジオ欲しい物はあるかい?」


「それでしたらララはリリアナお嬢様と城下町でお買い物をさせていただきたいです。」


「リリアナが良ければいいよ。どう?リリアナ。」


「私はとても嬉しい申し出だけど…本当に良いの?お休みを取るとか自分のために使ったほうが…。常に私と一緒に居てくれているし、たまには羽根を伸ばすのもいいんじゃないかな。」


「…リリアナお嬢様はララがお嫌いなのですか?」


「え!?そんなわけない!!むしろ大好きすぎるくらいで…ただ、私のために気を使ってくれているのかと思ったの。ララは優しいから。」


「いえ、これは私の我が儘です。リリアナお嬢様と二人っきりのお買い物!!とーっても楽しみにしてますね!」


既に勝つ気でいるララは楽しげに鼻歌を歌っている。

それに対してセルジオは無表情で特に何も発言しないままだ。


「セルジオは何がいいんだい?遠慮せずに言ってみるといい。」


「…。」


「言わないならセルジオは無しでいいのかな。」


「…リリアナ様の…。」


「ん?」


「リリアナ様の専属騎士にしていただきたく思います。」


「リリアナの専属騎士か。セルジオなら適任だね。君が勝ったらリリアナ専属になってもらおう。リリアナ、いいかな?」


「…私なんかで良いのかな。」


「なんかじゃありません。リリアナ様だからこそお仕えしたいと心から思っております。」


小さく笑みを浮かべこちらを見ているセルジオに不覚にもドキッとしてしまった。

私だけをまっすぐに見るその視線には嘘偽りなど一切ないのだろう。

顔が赤くなるのを感じて視線を反らすのと同時に金属音が響き渡り、驚きながら視線を戻すと二人が目を疑う速さで打ち合っているのが見える。

常に目を凝らしていなければ追いつくことさえできない。


「リリアナお嬢様の専属は私一人で十分。貴方は引っ込んでて。」


「そうは行かない。リリアナ様はペントラの側室生まれである俺に分け隔てなく接してくださった初めての方。ご令嬢であれば騎士とはいえ下位の人間に敬語を使うなどありえないのにな…。」


「その辺のご令嬢と一緒にしないでくれる?私のリリアナお嬢様は至高の存在。甘やかして甘やかして甘やかし尽くすのが私の役目。私が居ないと何もできないくらいになってもらわないと。」


「腹黒…。」


「リリアナお嬢様以外に何を言われても全く気にならないの。さ、早く負けてもらっていい?」


「それは無理な相談だな。俺もリリアナ様を甘やかしてみたい。それに専属として常にご一緒する幸せを享受したいとも思っている。」


「その幸せは私だけのもの!残ってないわ。」


「問題ない。リリアナ様は俺の分もまた作ってくださるだろう。楽しみだ。」


「アンタのほうが腹黒だと思うけど?」


こんな話がされながら手合わせしているなど誰が思うだろう。

父である彼にはその会話が容易に想像できているようで、クスクスと楽しげに笑みを浮かべている。

どれくらい経ったのだろうか。

あっという間のようで長い時間打ち合いが続いていたが、父のそこまでという言葉で二人の動きが止まった。


「このままじゃ埒が明かなそうだね。どうだい、リリアナ。二人が強いのはわかってもらえたかな。」


「えぇ。御二方は本当にお強いのね。」


「そうだよ。二人ともお疲れ様。さあリリアナ、少し肌寒くなってきたし戻ろうか。」


「あの、賞品の件は…?ララもセルジオも私のためにしなくても良い手合わせをしれたのだから…。」


「しなくても良いことはないと思うけど、約束は約束だからね。ララとセルジオそれぞれに賞品をあげよう。」


「ありがとうございます!ララは今とても幸せです。」


あまりの嬉しさ故に剣を落したララがすごい勢いでこちらへと向かってきた。


「リリアナお嬢様!」


「ララ、どこかに怪我はしていない?」


「き、汚いので近づかれてはお嬢様が汚れてしまいます!」


「ララは汚くないよ。それに汚れなんて洗えば取れるでしょ?うん!怪我はなさそう。良かった。」


そんな二人をただ立ち尽くすように見ているセルジオ。

その場から一歩も動くことなく持っていた剣のみが力なく地面に降ろされている。


「セルジオ、どうしたの?も、もしかして怪我でも!?パパ、どうしよう!!セルジオが怪我して…。」


「落ち着いて、リリアナ。セルジオは怪我してないから大丈夫だよ。」


「なら疲れてしまったのかな。それとも私の専属騎士になるのが嫌になったのかも…。賞品のこと私が余計なこと言ったから…。」


「セルジオ、リリアナが不安になっているよ。君がこちらに来ないのは専属騎士になるの嫌になったんじゃないかって。」


「そんなことはありません!」


急いでこちらに向かってきたセルジオには焦った表情が見え、常に冷静沈着な彼とはかけ離れて見える。


「…本当に?私は他のご令嬢と違って嗜みすらまともにできないし。」


「リリアナには嗜みなんて必要ないよ。リリアナはそこに居てくれるだけでいい。それに嗜みを覚えてしまったらパパの気苦労が増える。ただでさえこの魅力、どうやって隠そうかと日夜悩んでいるのだから。」


「魅力なんてあるのかな…。」


「ええ、ありますとも。私はリリアナ様の全てに惹かれました。一生かけて専属騎士としてお側に使えたい。こんな私の我儘を許してはもらえないでしょうか。」


「私で良ければ喜んで!」


「ありがとうございます。」


「良かったですね。リリアナお嬢様にお断りされていたら貴方、この場でけじめをつけるつもりだったのでしょう?」


「けじめって…?」


「自ら命を断つということですよ。」


「なんで…。」


「騎士の精神ですね。生涯をかけて仕えたいと思った方に受け入れられないということは即ち自らの全てを否定されたのと同意義。主にとって不必要な存在であればそれは…。」


「だめ!セルジオ、絶対にだめだよ。自ら命を断つくらいなら私のために生き続けて。私にはセルジオが必要なんだから…ね?」


「…っ。」


「私は必要ありませんか…?」


「ララももちろん必要だよ。私はこんなに優してくて頼り甲斐のある二人に囲まれて本当に幸せ者だね。」


満面の笑みを浮かべるリリアナ見て同じように笑みを浮かべるのだった。

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