16. 騎士
父を説得するのに時間を有したが、状況が状況だけに仕方がないと諦めたようだ。
とはいえ私の仮説が正解である保証はどこにもないため、学園に騎士を1人連れることを条件付けられた。
「彼がセルジオだよ。」
父にそう紹介された彼は長身に筋肉質な身体と灰色の髪に翡翠色の瞳が印象的な青年で父の少し後ろで静かに立っている。
「公爵家騎士団所属のセルジオ・ペントラと申します。リリアナ様の騎士を任される栄誉は光栄の極みです。」
「ペントラって…何千年も続く王族専属騎士の家系っていうあの…?」
「いえ、私はペントラの名を正式に受け継げるような人間ではありませんので。」
「…?」
「私は側室生まれですから王家専属騎士の資格がないのです。」
「こんなにも優秀な存在を手放すなんてね。これだから無駄にプライドだけ高くなった騎士家系は厄介なんだよ。正直セルジオ以外に警護なんてまかせられない。」
「そのお言葉、光栄に存じます。」
淡々とした口調と変わることのない表情は何を考えているのか読み取りづらいが、私以外を誉めることのない父がそういうのであれば相当優秀な人材なのだろう。
「リリアナ。」
「?」
「無茶は駄目だよ?」
「大丈夫!」
「その笑顔が心配なんだけどな。セルジオ、くれぐれも目を光らせておいてくれよ?」
「はい。」
その言葉に安心したのか、執務が残っているからと名残惜しそうにしながら部屋を出ていった。
明日から学園に戻ることになったのだが、メアリーの件はどうすればよいのだろうか。
面と向かってこのことを聞いて果たして答えてくれるのかといえば、そんなこともないだろう。
私の事を邪魔だと思っているのはあの出来事からわかるが、シェリル王子やエレット皇子。
ニコ王子にまで怒りを買って得られるものとは一体なんなのだろう。
「…アナ様。」
「…。」
「リリアナ様。」
「…え?」
「体調でもお悪いのですか?」
「全然!ちょっと考え事を…。」
「メアリー嬢についてですか。」
「ご存じなのですね。」
「リリアナ様、私に敬語は要りません。」
「わかったわ。」
「はい。先程の質問ですが、ルーディリッヒ公爵様から事情を聞いておりますよ。」
「お父様から?でもこんな話、信じられないのでは…?」
「いいえ。魔女の存在は王家と密に関わりのあるペントラにも伝わっております。とはいえ、メアリー嬢の力とその影響力は測りかねていますが…。」
「魔女の存在ってここでは珍しくないの?」
「魔女狩りの一件でフリージア王国で見ることはなくなってしまいましたが、隣国のアザレアでは王国を守護する聖女とされています。」
「聖女?」
「はい。鉄壁の城と呼ばれる所以である守護壁を担っている女性を指します。」
「魔女狩りで他国に逃げることが出来た方々ね…。」
「はい。それ以来代々魔女の家系ではアザレア王に忠誠を誓っていると聞きました。」
「なぜそんなにアザレアについて詳しいの?」
「傭兵としてアザレア王国に雇っていただいたことがありまして。」
「…そうなの。」
なるほど。
想像している以上に彼の境遇は辛いものだったのかもしれない。
私の知るペントラは誇り高い騎士家系であり、騎士道という精神に基づいて行動する素晴らしい存在だった。
しかし、セルジオの言うように側室生まれには王家専属騎士になる資格がないのだとすると騎士道が聞いて呆れる。
素人目に見ても父の言うとおり彼の立ち振舞いは洗練されており、動きに一切の無駄がない。
傭兵としてアザレア王国に雇われていたことがあるのは実力と信頼に足る人物の証。
本来なら他国の傭兵等危険を冒してまで雇う必要はないのだから。
じっと彼を見ていると困ったような表情をされていることに気付き慌てて視線をそらした。
「…。」
「ご、ごめんなさい。」
「なぜ謝られるのですか。」
「じっと見つめるのは失礼だと本に書いてあったのに、私ったら。」
「いえ、そんなことはありませんよ。騎士を間近で見るのが初めてと聞きました。それで気になられたのでは?」
「えぇ、お父様は危ないことはさせたくないと屋敷に入れることを拒んでいたので。」
「騎士を迎え入れるということは屋敷に危険があると同意義ですから、ルーディリッヒ公爵様のお考えは理解できます。」
「でも、彼らに守って貰っているからこそ安全な暮らしを確保できているのだから…。」
「…。」
「?」
「リリアナ様は噂以上にお優しい方なんですね。」
「噂?」
「いえ、こちらの話です。…そう思っていただける方がいらっしゃるというだけで皆救われますよ。」
「思うだけじゃ何も変わらないのだけどね…。」
「想いは人を変えます。ですから大丈夫です。」
無表情だった彼が小さく笑みを浮かべる。
全てを包み込まれるような初めての感覚に戸惑いながら彼につられるように自然と笑みを溢すのだった。