15. 父の怒り
父の書斎の目の前で軽く深呼吸。
いつもは自分から訪ねることがないこともあり少し緊張しているようだ。
意を決してノックをしようと手を上げたのと同時に扉が開いた。
「どうしたの?」
「お忙しいのにごめんなさい。少しお話する時間は…。」
「リリアナのための時間ならパパは喜んで空けるよ。さぁ中においで。」
暖かい部屋へと誘い、彼はリリアナをソファーへと腰かけさせると床に片膝をついて彼女の細い足を手に取る。
気付いていなかったが地下室のどこかに引っ掻けたらしく傷だらけになっていた。
リリアナがくることを見越して用意していた救急箱から薬を取り出しそれを丁寧に傷口へとかけていく。
「…っ。」
「染みるかい?」
「…いえ、大丈夫です。」
「ふふ、リリアナは強い子だね。でも感心しないな。パパの大事なリリアナの足なのに怪我をするなんて。」
「…え?」
「リリアナはパパのだからね。何があっても怪我はダメだ。それに、病気や呪いの類いもだよ。私のリリアナが知らないところで傷つけられるなんて到底受け入れられない。」
何となく声色が怖く感じ、彼の顔へと視線を移すと優しげな瞳に影が映っていた。
父が本気で怒っているところを初めて見た。
シェリル王子が婚約を申し込んだときに見た表情とは比べ物にならないほどでリリアナがいなければ今以上に怒りを露にしていたのだろう。
「…。」
「すまない。リリアナを怖がらせるつもりはないんだよ。よし、これで大丈夫。パパに話があるから来てくれたんだよね?」
「え、えぇ。」
「大丈夫だから話してごらん。」
そう言った彼は先ほどまでの怒りを消し、それに安堵して地下室で見つけた箱についてわかったことを伝えていく。
説明はあまり得意ではないが父には容易に理解できたのだろう。
対面のソファーに腰掛け、長い足を組みながら考えるような仕草をしている。
「マルセウスは魔女狩りに反対して女性達を他国へ逃がしていた公爵だよ。その息子フランソワは魔女狩りが終息後にここへ屋敷を移し図書室を作ったと聞いてる。だから話の辻褄は合うと思うよ。でも、パパとしてはリリアナに手を出したことだけは絶対に許せない。」
「それは…。」
「祖先だろうと大切なリリアナを傷付けた時点でパパの敵でしかない。境遇はどうあれね。」
「…。」
「さあどうしようかな。安全な保証のない学園にリリアナを通わせられないし。」
「…シェリル王子のことは?」
「あの王子なら自分で何とかするよ。それくらいできないと王族として認められないし、そもそもパパはリリアナ以外に興味がないから正直どうでもいい。それよりリリアナの騎士を選定しないと。あとは、そうだな。ララに常時付いて貰おう。」
「ララを?もし巻き込まれたりしたら…。」
「彼女はリリアナが思っている以上に逞しいよ。」
「逞しいって…あんなに小柄なのに。」
その言葉に思い浮かぶ姿は転生前の私より華奢な姿で力を入れたら折れてしまいそうな彼女だ。
逞しい身体付きとは程遠いと思うが、父は楽しげに笑みを浮かべている。
こういった笑いをするときは今までの経験上、私の知らない何かがあるということを指す。
本当に彼の言うとおりララは逞しい存在なのだろうか。
普段の彼女を思い出しながらその素振りを思い返すのだった。