13. 魔女狩り
書室に戻ってくるとすでに陽が登り始めていた。
地下への階段を元に戻さなくてはと焦っていたが、本に触れただけですんなりと戻っていったことに一安心する。
早足で自室へと戻り、鍵の掛かる引き出しに持っていた箱をしまってから煤だらけのネグリジェを着替え、汚れているルームシューズは別の引き出しへと隠した。
鏡で確認しながら髪についているクモの巣を櫛で取り除いてから音をたてないようにベッドへと潜り込む。
そろそろララが起こしに来る時間だろうと息を潜めていたが、一向に来る気配はない。
とはいえ、朝食を終えるまではいつ何時誰がこの部屋を訪れるかわからないため箱を出すわけにもいかず、じっとしていると知らないうちに深い眠りに落ちてしまっていた。
自然と目を覚ますと額に乗せられたタオルが気持ちいい。
「大丈夫かい?」
聞こえてきた声に視線を動かすと、優しい笑みを浮かべた父の姿があり、枕元の小さなランプが灯されているということはすでに陽が落ちた後のようで、相当眠ってしまったことに小さく溜め息を溢した。
普段なら起きているはずのこの時間に眠っていたということは夜遅くまで行動していたことを想像するのは容易なことで、父から聞かれるであろう内容に何て答えるか寝起きの頭を回転させる。
「ふふ、そんなに身構えなくていいよ。」
「?」
「まさかリリアナがあの隠し部屋を見つけるとは思わなかった。」
「…知ってたの?」
「もちろん。ここはパパの屋敷だよ。父から教えられたんだ。」
「あれは…どういう…。」
「ララから黒魔術のことを聞いたんだろう?それならもう想像できているんじゃないかな。」
「…。」
「あの部屋は魔女狩りの犠牲なんだよ。」
「魔女、狩り?」
「今から約500年程前に王が起こした大罪。当時、周りと異なる能力を持った女性は人々を癒し、各地に平穏もたらしていたんだ。ただ、その頃のフリージア王国は男尊女卑の考えと秘密裏に他国を侵略するべく軍に力をいれていたから平穏をもたらすその存在を疎ましく思ったらしい。在らぬ噂を広めて民を焚き付けることでその女性達を密告させ、次々と火炙り処刑にしていったという話だ。」
「酷い…それならあそこにいたのは…。」
「部屋に入れたのかい!?」
いきなりすごい剣幕で両腕を掴んできた父に驚いてしまった。
いつもはリリアナに対してこんな強引なやり方は絶対にしないのだが、彼の目は見開かれ部屋に入ったことがそんなに不味いことだったのかと不安になる
「…っ。」
「す、すまない。リリアナ、驚かせたパパが悪かった…だから泣かないでおくれ。」
「…ご…めんな…さい。」
「リリアナ…?今のは全てパパが悪いんだ。謝る必要はないよ。だから…。」
泣いていたのは私のはずなのにすでに立場は逆転しており、父の方がぼろぼろと大粒の涙を流して何度も何度も掴んでいた腕を優しくさすり謝罪の言葉を繰り返すその姿にひとまず不安は治まった。
「…入っては…いけない場所でしたか…?」
「敬語…さっきのでパパのことを嫌いになったんだね。そうか、そうだよね。リリアナを驚かせた挙げ句、無理矢理腕を掴むなんて最低だ。あぁ、リリアナに嫌われるようなことをするなんて、もう死のう。リリアナに嫌われてしまったら生きていても仕方がない。」
「パ、パパ!私は嫌ってないよ?ただ、勝手に入ったのは私なので…。」
「…本当に?」
「うん。」
「良かった…。」
「でも、なぜあんなに怖い顔をしていたの?」
「そんなに怖い顔をしてたかい?パパも驚いてしまったんだ。小さい頃に連れられた時、入ることはおろか何かに阻まれるように近付くことすら出来なかった。リリアナはどうやって?あの扉は頑丈な鍵が付いていると思ったが…。」
「燃えて使い物にならなくなっていたけれど…。」
「…私が見たときは燃えたとは思えないほどしっかり施錠されていたと思ったけど。」
「…そうなの?」
「中はどうなっていたんだい?」
「亡骸が2人分…お墓を作ってちゃんと供養してあげないと…。」
「2人?」
「大人と子供のものなのかな…多分。」
「犠牲者は3人と聞いていたけど。」
「3人?」
「母親と子供2人だよ。子供の1人はまだ生後3ヶ月くらいだったというから惨い話だ…。」
「私が見たのは2人だったよ。暗かったけど、きっとお母さんと赤ちゃんの亡骸だと思う。それ以外あの部屋には…。」
「そうなのか…。長い年月が経つ間に事実が変わってしまったのかな。」
「…パパ。」
「なんだい?」
「書室の地下にあの部屋が在ったということは…。」
「それは違うよ。私達一族は魔女狩りには断固反対だった。だから魔女達を匿って他国に逃がしていたんだよ。」
「でも!」
「ここはね、旧フリージア王国の城があった場所なんだ。」
「…え?」
「魔女狩りという大罪を払拭するべく城を今ある場所に移した。そして、公爵家がここへと移り住んだ。」
「なんで…?」
「地下に亡骸があることを知っていたからだよ。リリアナの言う通り、彼女達を供養しなくてはならない。祖先に当たる公爵は助けられなかったことをとても悔やんでいてね。それで地下に通じる書室を作ったんだ。ただ、さっきも言ったように何かに拒まれてあの部屋の中には誰も入ったことがなかった。リリアナ以外は…ね。」
「どうして…。」
「きっと君に見せたいものがあったのかもしれない。何か見つけたのだろう?」
「…。」
「リリアナ。あの部屋で見つけた物が何かはパパにはわからないけれど、まずは1人で見なさい。しばらく人払いをしておくよ。ただ、それが危険なことに繋がるのであればパパに話すこと。気になるけど、リリアナだけを選んだ彼女の意思を尊重する。王が強行した魔女狩りを止められなかった公爵家ができる唯一の罪滅ぼしだ。」
真剣な表情で彼はそう言うと椅子から立ち上がり、静かに部屋を出ていった。
父の言っていた私を選んだというのはどういうことだろうか。
メアリーと瓜二つの子供が写っていた写真と何か関係があるのかもしれない。
そう思いながら引き出しから箱を取り出すのだった。