12. 書室と隠し部屋
皆が寝静まる真夜中、そっとベッドから抜け出し小さなランプ片手に書室の扉を開けた。
大きな音を立てる古い扉に誰も起きてきませんようにと願いながら中へ身体を滑り込ませる。
足音が聞こえないことに安堵してから小さい頃読み漁った記憶を頼りに魔術についての歴史が書かれている本の棚を探しに中二階へと上がれば、思っていた以上に多くの本がずらりと並んでいて探すのに苦労しそうだ。
とりあえず、下から順に見ていこうと背表紙にさらっと目を通していくと途中で掠れて見えなくなってしまっている本が目に留まった。
「何の本だろ。」
気になって手に取って表裏確認してみるが、何も書かれておらず、中身も真っ白で期待してしまっただけに拍子抜けだ。
すべてのページが真っ白であることを確認してから丁寧に元の場所へと戻した。
カチッ
うん?
なんか変な音聞こえなかった?
周りを見渡そうと本から手を離すのと同時に歯車が回転するような音ともに中二階へと上がる階段が動き、地下へと続く階段へと変化していく。
ランプの明かりではほとんど何も見えない上に、入り口辺りには蜘蛛の巣があるという虫嫌いの私には最悪な状況だ。
今回のことがなければ自分だけでは絶対に入ろうなんて思わない場所だが、行くしかない。
深呼吸で気合を入れてから蜘蛛の巣に当たらないよう細心の注意を払いながらゆっくりと階段を下りていくが、相当な年数誰も立ち入っていない場所らしく、容赦なく顔に引っ掛かってくる蜘蛛の巣達。
蜘蛛が見えていないだけマシだとそう思い込み、一歩ずつ進んでいけば階段の終わりに着いたようだが目の前には人が2人並んで通れるか通れないかくらいの道が続いている。
小さなライトでは先まで見ることはできないが、ここまで来て引き返すわけにはいかないと延々と続いているように見える直線の道を進んでいった。
途中途中で聞こえてくるカサカサという音に聞こえないふりを決め込む。
父からプレゼントされたウサギの耳が付いたルームシューズを履いていることだけが唯一救いである。
汚れてしまうのは気が引けるが足元に何がいるかもわからないところを素足で歩くなど絶対できなかったとそんなことを思いながらしばらく歩いていると、目の前に見えてきたのは大きな黒い扉でなんだか焦げ臭い。
小さなランプを持ち上げてよく見てみると燃やされたことで黒くなってしまったことがわかり、ドアノブの部分には鍵が取り付けられていた。
燃える前は頑丈だったのだろうが、熱で溶けたのか今は役目を果たせていないようだ。
緊張しながらゆっくりとドアノブに手を掛ければ、思っていたよりすんなりと扉が開いた。
「…っ!!」
いきなり倒れ掛かってきた何かに驚いて咄嗟に払いのけてしまったが恐る恐るランプをそちらへと向けて見る。
そこにあったのは黒焦げになった骸で、驚きすぎて悲鳴すら上げることも出来なかった。
腰が抜けるとはこのことを言うのだろう。
その場で尻もちをついてしばらく放心状態だったが、天井から落ちてきた水滴でハッと我に返りそこで初めて身体に痛みを感じた。
「…ほんもの…だよね。…扉の前に居たってことは?」
一瞬嫌なことを想像してそれを振り払うように頭をぶんぶんと振ってみるが、一度浮かんだそれが消えることはない。
外側に付けられていた頑丈そうな鍵。
そして扉を開けて倒れ掛かってきた燃えた骸。
まさか…生きたままなんてことはないよね?
ズキズキと痛む身体に鞭を打ってゆっくりと立ち上がり開けていた扉の方へと視線を向けると、すぐさま見たことを心から後悔した。
扉の内側には焼けていてもわかるほど付けられた何かのひっかき傷。
ゆっくり足を動かすとカランと音が聞こえ視線を落とせば、そこには小さな骸があり頭部以外は所々灰になってしまっているようだ。
もし、本当に生きたまま焼かれる処刑方法がこの世界にもあるとしたらこれはさっき想像してしまった通りのことが起きたということになる。
本当にそうなのか調べるためにも中に入るしかない。
そう思い、骸に手を合わせてから歩みを進めると6畳程の大きさの部屋であることが伺えた。
煤だらけのところを見ると相当激しく燃えたのだろう。
何も残っているわけないかと諦めて元の道を戻ろうとしたその時。
入り口のあった扉の横に鉄で出来た何かが落ちているのが見え、拾い上げてみるとB5サイズの箱であることが分かった。
鍵穴があるということはどこかに鍵があるはずだと注意深くランプで辺りを探してみると小さな骸の近くに少し変形した星型のカギがあり、もう一度手を合わせてからそっと手に取る。
緊張しながら鍵穴に差し込むとすんなりと鍵が開く音が聞こえてきた。
中には小さな本と煤で汚れたロザリオが入っており、本を持ち上げると何かがするりと地面へ落ちていくのが見える。
それを拾い上げると何百年も前の日付が記載され、裏面を見て目を疑った。
白黒の写真には1人の女性と1人の少女。
そして生まれて間もない赤ちゃんが写っており、そこに写っている少女がヒロインであるメアリーに瓜二つなのだ。
この写真に記載されている日付が本物だとすれば、彼女はすでに数百歳ということになるが人間はそんなに生きることができるはずもない。
この写真の女性は彼女の祖先なのだろうか?
色んな可能性を考えてはみるが、まだ何もわかっていないこの状況で答えが出るはずもないためとりあえず書室に戻る道を歩き始めた。
朝起きてリリアナが居ないなんてことがあったら家族が大騒ぎするのが目に見えているため、先ほど拾った箱を抱えながら早足で歩みを進めるのだった。