10. お友達と呪い
ヒロインであるメアリーとその恋愛対象者である王子との出会いは正直最悪ではあったが、まだまだ始まったばかり。
きっとこれから関係が改善されていくのだろうと思い込むことにした。
「リリアナ様。」
「メアリー様、どうされました?」
「あの、先程はごめんなさい!状況を良く知らないまま勝手なことを言ってしまって…。」
「ふふ、お気になさらなくて良いんですよ。王子様方はわたくしの身を案じてあのように仰ってくださいましたけど、気にしていませんから。」
「…でしたら私とお友達になって下さい!」
「え?」
「父の領地は郊外なのでお茶会にも参加できず、お友達が居なくて…。リリアナ様もお茶会に参加されていなかったんですよね?」
「わたくしの場合はお父様が厳しいものですから…。」
物は言いようだが、本当のところは厳しいのではなくリリアナに対して激甘な上に過保護が追加されて厄介なことになっているだけだ。
まぁそんなことヒロインであるメアリーにいちいち教える事もないだろう。
しかし、何で急にお友達?
確かに女友達が居れば楽しいだろうとは思うが、彼女と友達になっていいのだろうか。
メアリーの行動次第で私は死ぬ運命。
しかし、ゲームの中ではなかった仲良くなるという選択肢を選べばその分岐が元から無くなるかもしれない。
よし、と決めて口を開きかけたがいつの間にか来ていた兄達に遮られる。
「君がリリアナに喧嘩売った子?」
「子爵令嬢だっけ?リリアナと比べ物にならないよね。」
「何で喧嘩売ったわけ?こんなに優しくて可愛い子にさ。」
「わ、私はただ…。」
「ウィル兄様もロン兄様も失礼ですよ。先程、謝って下さいましたし。罪を憎んで人を憎まずではありませんか?」
「「罪には罰をだよ。」」
「はぁ…メアリー様。兄様達の事は気にしなくていいですからね。」
「でも…。」
「お友達の件、喜んでお受けいたしますわ。」
「本当ですか!?」
「えぇ、わたくしでよければ。」
「これから毎日一緒に過ごしましょうね?」
その言葉を言った時の彼女の表情にゾクリと背中に嫌な気配を感じ、寒気がした。
綺麗なほどの満面な笑みなのに何故か怖い。
取られた手首を痛いほど強く握られ、吃驚して無理矢理離してしまう。
「リリアナ様?」
「あ、ごめんなさい。少し吃驚してしまいましたわ。」
先程の感覚は無くなったがヒロインに対して恐怖心が拭いきれず兄達の服をぎゅっと握り込めば、彼らが気付かないはずもなく心配そうに覗き込んでくる。
二人の視線が私の方に向いたのを見たメアリーは歪な笑みを浮かべ
" ユルサナイ "
とそう呟く。
それと同時に何故か意識が遠退いていく感覚に逆らってはみたが、支えられた事に安心して素直に意識を手放した。
あれからどれくらい経っただろうか。
全身が重く目を開けるのも億劫でしばらくそのままでいたが遠くで聞こえてくる私の名を呼ぶ声が今にも泣きそうだ。
泣かれては困るとゆっくり目を開けると、一番に目に映ったのは声の主である父で、泣きそうではなく泣いているの間違いだったことがわかる。
隣にいる母や兄達までもぽろぽろと涙を流しており、相当心配をかけてしまったようだ。
「…リリアナ、もう目を覚まさないかと思ったよ。」
「…ぁ…れ?」
「あぁ、声が出ないんだね。2週間も眠っていたから当然だよ。何があったんだい?ウィリアムとローレンスの話ではいきなり倒れたって…。」
父の何があったのかという問いかけでメアリーの歪な笑みが脳裏に過り、身体中を一気に駆け巡る恐怖心。
布団で寝ていてもわかるほど身体が震えている。
リリアナのその姿が異常であることは過保護である両親や兄達にはすぐに理解できた。
優しく頭を撫でて彼女を落ち着かせると静かに眠りに落ちていく。
それを見届けたアルバートは先程までの優しい表情を一瞬にして消し去り、ウィリアムとローレンスへ鋭い視線を向ける。
怖いくらいのその視線に二人は自然と背筋を伸ばした。
「どういうことか説明してもらおうか。」
「それは…。」
「貴方、そんなに怒ってはダメよ。二人に何かあったらきっと自分のせいだと思ってリリアナが悲しむわ。」
「何かしようと思ってる訳じゃないさ。ただ、あの怖がり方は尋常じゃない。」
「そうね。でもウィリアムから聞いた話では特に怖がる要素は無さそうだったわ。ただ、そのメアリーって少女がいうメアルロットの名。私は一度も聞いたことがないの。」
「確かにそうだな。郊外と言っていたが、あの辺りはマラドリス子爵の領地と記憶している。あそこは子供が皆男だから大変だとこの前聞いたばかりだ。」
「誠実で有名な方だから嘘は言わないわね。」
「じゃあリリアナの会ったメアリーとは一体…ウィリアムとローレンスは何か知らないのか?」
「王家のお茶会にも出てなかったからね。」
「シェリル王子の話では入学式も居なかったって聞いたけど。」
メアリーという少女と友達になるならないの話の中でリリアナに恐怖心が芽生えたのは確かだが、近くにいた二人は何も見ていないという。
両親も兄達も何かに魘されているリリアナを辛そうな表情で見ながらどうしたものかと頭を抱えていた。
「…そういえば、メアリーって子リリアナの手首を握ってたよね。」
「どっちだ?」
「確か…左手。」
ウィリアムのその言葉で布団から彼女の手を出して掌を見てみれば、普段は白く柔らかいそれは真っ赤に腫れ上がり、圧迫痕が残っている。
か弱そうに見える少女がこんなことできる力を本当に持っているのだろうか?
疑問がさらに疑問を呼ぶが、まずは手当てが優先だとララに別部屋で待機させていた医者を呼ぶよう指示すればすぐさま男性がやって来た。
「…これは呪いによるものですね。」
「呪い!?」
「なんでリリアナに呪いなんて…。今は呪いの類いである黒魔術は禁じられてるはず。」
「ええ、ですからこれを治癒させることはできません。」
「…どんな呪いかはわかるのか?」
「わかりませんね。遥か昔に失われたはずのものですから。知識として知っているだけで、実際に目にしたのは私もこれが初めてです。」
そう言った医者はお手上げだと言うように小さく息を吐く。
リリアナは確実に誰かによって呪いを掛けられたらしいが、それが本当にメアリーなのかはわからない。
ただ、状況を見れば彼女以外考えられないのも確かでウィリアムとローレンスに秘密裏に学園で情報を集めるよう指示しアルバートとクリスティアも独自で調査するべく部屋を出ていった。
本当は側に居たいが苦し気に涙を流しているリリアナをこれ以上見ていられないのだ。
すぐにでも呪いを解いて楽しそうに笑っているリリアナに会いたい。
ただその一心で皆無言のまま自分達の役割を果たすべく動き出すのだった。