01.その美しい顔(かんばせ)に綻んだ花を
胡桃継運です。初めましての方も、お久しぶりですの方もこんにちは。
足を運んで下さりありがとうございます。新連載を始めましたのでどうぞよろしくお願いします。
『雪のしずくをわたしにください』
ソレが、君が私に望んだ願いだった。
ある国の逸話では、楽園から堕とされた二人の人間の男女がいて、それを憐れんだ天使が二人を慰めるために、間もなく訪れる冬の終わりを告げて天から舞い散る雪を純白の花へと変えて希望を唱えたらしい。
その逸話から、冬に咲くその花は“希望”と“慰め”の意味を持つ。
穢れを知らない無垢な白さは、まさに積もり立ての雪のようだと思った。
『――貴方は、わたしに雪のしずくをくれますか?』
透き通るような白い肌色の指先が、逸話の雪の花弁を掠める。
――きっと、君はもう、あの時既に、全てを知っていたんだろう。
一面に積もる雪の中で、一帯に咲き誇る純白の花。
あの時、君が求めていたモノに気付けていたなら、何かが変わっていたんだろうか。
――あの男への復讐を誓う私に、君はずっどんな想いで抱かれていたんだろう。
白銀の髪に鉱物のような瞳。一切の翳りの無い真珠のような艶肌。
神秘的な雰囲気を醸し出す容姿はもちろん、けれど重宝がられていたのはその一族が持つ特異な能力だった。
この世界は“マナ”に満ちている。
森羅万象。全ての存在物はマナから産まれて、運命を終えればマナに還る。
瞳に映る物質世界も、瞳では宿せない精神世界も、マナは万物の根源であり、理だった。
古来より、龍はマナを体現する存在であり、マナの化身とされていた。
“龍”の名を持つモノ、ソレすなわち“マナに愛された存在”であることを意味する。
愛す龍がマナに呼び掛ければ、マナは応えて胎動する。動物も、植物も、大地に空気ですら、彼の想いに呼応する。
逆鱗に触れれば天は唸り、海は暴れて陸は叫喚する。荒れ狂い、その地は破滅の道へと辿るだろう。
恩恵を賜れば、豊穣と繁栄は約束され、最上の加護を受ければそれこそ事切れそうな生命すら繋ぐことが可能になると言う。
生きるも死ぬも、龍の心次第と唄われた。
マナと対話出来るその存在は、“人間”と言うよりも“神の化身”として扱われてるに近い。もはや“人種”と言うよりも“種族”が違うモノだと捉えられていた。
龍の名を賜う存在は人々から崇め称えられる対象であった。
その白銀の髪を持つ一族もまた、龍の名を受けた存在だった。
“銀龍の民”
ソレが彼らの唄われた名だった。
正直、神話の中だけの存在だと思っていた。
“龍”の名を受けた一族なんて、実在するはずないと考えていた。
――八年前、私の前にあの男が現れるまでは――…。
「いいな、お前は。
“銀龍の神子様”を間近で見られるんだから」
「何が銀龍の神子だ。
崇め奉られていい気になってる自己陶酔の塊の、何がそんなに有り難いんだ。
しょせんは毛色が違うだけのただの人間だろ」
辛辣な私の言葉に、軍入隊当時からルームメイトとして過ごしてきた同僚はベッドに仰向けで魔導書を読んでいる体勢をそのままに「うっへ~」と乾いた笑みを浮かべた。
軍内部でも気心知れている部類に入る相手だ。
本来なら同僚の姿勢は人と真面目に話をするのにはいささか不躾なモノだが、そこは私とこの同僚の間柄。十二分な許容範囲だ。
もっとも私自身、この同僚の前だからこそ取り繕うことなく本音をぶちまけているんだからお互い様だろう。
「…お前、これからその神子に仕える神官になるんだろうが…。
絶対聖殿の…いや、“聖域”の領域内で口にするなよ。神子を貶める発言をして誰かの耳に入れば懲罰受けるぞ。即退官だぞ」
「誰がそんな危ない真似するか。私がどれだけ苦労して神子の神官になったと思う。
――あんな穢らわしい存在を常に側で崇め奉らなくてはならない私の気持ちが、お前にわかるのか」
悍ましい。
叶うなら、自分のこの手で一族を一人残らず根絶やしにしてしまいたい。
「明の命を奪った、あの男と同じ一族の存在なんかに媚び諂うことが、どんなに私にとって汚辱なことか――…」
胸の下まである深紫色の髪を一つに纏めて束ねて、等身大の鏡に映る自分自身と向き直る。
手を伸ばして鏡の中の己の手に手の平を這わせた。
「…明と麗夜さんが殺されてからのこの二年……私がどんな思いでいたか…」
今抱えている大きな仕事が落ち着いたら、麗夜さんと結婚すると幸せそうに微笑んでいたのに。幼い頃から大切にしていた女性と一緒になれると嬉しそうに話していたのに。
幸せそうにしていた兄の笑顔を、私は今でも忘れられない。
全部あの男がブチ壊しにしたんだ。
「でも、“銀龍の神子”がお前の兄さんを殺した銀龍の民の男と繋がりあるとは限らないんだろ?その男へ繋がる手掛かり得られなかったらどうするんだ?」
「その時は軍の任務に専念する。聖殿の“生命の水”の秘密を暴き、この国にその情報を持ち帰るのが私の任務だ。
――明の望みだったんだ。
先の大戦で“粛清の烙印”を下されたこの国を再生させることが」
「お前、マジでお兄ちゃん大好きだな。ブラコン半端ねぇや」
「何とでも言え」
二十一年前“粛清の烙印”が下された当時、私はまだ産まれていなかった。
けれどマナの枯渇が著しく進んで、星も人も衰退した荒んだ時代だったらしい。
マナが失われれば、大地と大気が澱み出す。
植物は昆虫、昆虫は小型動物、小型動物は大型動物へと捕食される。そして、大型動物が命尽きれば肉体は微生物に分解されて大地と大気へと還り、新たな種を芽吹かせていく。
それが生産者・消費者・分解者で構成された食物連鎖の構図だ。
けれど一度大地や大気に澱みが生じれば、芽吹く種すら育つことはない。
つまりマナが失くなれば生物の連鎖の構図が崩れ出す。文字通り、世界が荒むのだ。
荒むのは心すら例外じゃない。
心が荒んだその時代、ソレは人が人を傷付ける時代だと歴史は示唆している。
「歴史を辿れば、大戦が示すのは即ち“マナの枯渇”だ。
大戦の戒めの意として、敗戦した国を“粛清の烙印が下された”と呼ぶが…明は、烙印が下されたこの国を嘆いていた」
「…オレもお前も、大戦の後に産まれた人間だからな…。オレ達が産まれた時にはもう、この国は“粛清の烙印”を下された敗戦国だ。
お前の兄さんは、烙印が下される前のこの国を知ってる人間だったらしいからな。想うモノがあったんだろ」
私は鏡の中の自分の襟首が整ったのを確認して、窓際に向かって外を覗いた。
軍が設置された高塔の上部からは国が一望出来る。私の部屋は塔の中層辺りで、国の一望とまではいかなくても、それなりに軍周辺の街並みくらいは見える。
烙印が下される前は世界でもトップクラスの武力を誇る軍事国家だったと聞く。
人口は世界的に見れば決して多くは無いが、戦力・技術・経済力等は決して他国に引けを取ることはなく、一線級だった。
鎖国的な国であったために独自の文化が発展して、けれどだからこそ秀でたモノもあったように思う。
活気に溢れ、賑わい、栄えていた。誰もがこの国の民であることを慢じ、歓喜すらしていた。
けれど烙印が下されて、この国は一度“リセット”させられた。
化学兵器・通常兵器問わず、大きな戦力と成り得る軍用の器具装置の類で性能の高いモノは全て破壊された。
文明こそ侵されなかったが、技術の独占は許されずに他国に明け渡すことになった。
敗戦した以上、選択権も与えられずに他国の侵略も余儀なくされ、金銭的な要求や物資の提供、一部資源の譲渡を命じられた。結果として経済的にも打撃を受けた。
「…明は…兄は、この国を愛していた。いつか、この国に再び繁栄と栄光を取り戻したいと。
私と麗夜さんに、烙印を下される前のこの国を見せたいと」
現在のこの国だって決して(さび)れているわけではない。
食料自給率だってそれなりに高水準を保っている。
外の国との貿易も盛んになって、国内での技術の独占は許されなくなったが他国から取り入れる技術が多くなったのも事実だ。
敗戦国として確かに払うモノも多かったが、決して国は滅んだわけじゃないし、他国から得たモノで戦前より発展したモノすらある。
貿易だって不平等な話ばかりじゃなく、需要と供給はうまく成り立っているだろう。
この国は再生の道を確実に辿っている。
活気溢れた賑やかなで華やかな国とは言えなくても、民は心静かに安穏の暮らしの中で平和に生きている。
それでも――…。
「…私は、明の願いを叶えてやりたい。明が切望していた、烙印が下される前のこの国を取り戻したい」
「でも、今回の任務…“生命の水”の秘密を得ることはお前の――…いや、“お前達兄弟の”願いに通じることなのか?」
「少なくとも、国の発展には繋がるだろう。発展は繁栄に、繁栄は栄光へと道を開く。
軍上層部の半数以上は烙印が下される以前のこの国を知っている人間だ。明と同じように戦前の国を切望している人間が多い。
全ては“この国のため”だ。そのために軍はある」
同僚は魔導書を閉じると微妙な表情を浮かべてベッドから起き上がった。
「…なあ、聞いてもいいか?」
「何だ?」
「お前は…この国が好きか?」
「当たり前のことを聞くな。祖国への愛失くして常に死と隣り合わせの軍になど身を置けるか」
「んー……」
同僚は眉を顰めて唇をへの字に歪めてガシガシとアッシュブロンドの逆立った短髪を掻き混ぜた。
「…オレは、この国が好きだよ。この国も、この国に住む人も…オレを愛して育んできてくれた。カッコつけてるわけじゃなくて、マジで心から感謝してるんだ。
本気で命を懸けてでも護りたいって思うよ」
「そう言ってる割には、私に対していかにも不満を持っていて物申したい様子だな?」
「まあ、言いたいことがないわけではないけどな。
だけど、これはオレの考えであって、他人に押し付けるもんでもないとも思ってんだよ」
ヒョイ、とベッドから降りた同僚がサイドテーブルに魔導書を置いた。
「でもな…オレはお前が友達として好きだし、大切なんだよ」
「私だって同じだ」
「うん…まあ、なら、いいんだけどな」
同僚は僅かに眉を曲げて笑みを浮かべた。
時折、この同僚は口元では弧の字を描きながらも、私に対して悲しげな目を向ける。
何を憂いてそんな表情を向けるのかはわからない。
この同僚を私が好ましく想っているように、同じように同僚も私を想っているのは理解しているつもりだ。
けれど、何を言わんとしているのかが時々わからなくなるのも事実だった。
家族だろうが友人だろうが、相手の全てをわかることは不可能だともわかっている。けれど不可解を感じれば疑問が伴ってくるのも自然なことだと思う。
「…漣時」
名を呼ばれて、軽く顔をそちらに向ける。
「聖殿への奉職…銀龍の神子に神官になった理由が、この国の軍事任務で、生命の水の調査だと知られれば聖殿はお前を野放しにはしない。
言ってしまえば他国から秘密を探りに来たスパイなんだからな」
「わかっている」
「ヤバくなったら、一目散に逃げろ。任務も愛国心も全部捨てて逃げ出せ」
「…軍に属する人間として有るまじき愚言だな」
「軍人としてじゃなくて、漣時・クロノス、お前の数少ない友人の慈遠・ダーウィンとしての言葉だ」
同僚…慈遠は腰に手を当てて睨むように私を見据えた。
私のことを慮っての言葉だとわかる。案じてくれる友人がいること自体は素直に有難いとは思う。
けれど、自ら志願した任務だ。命を賭してでもやり遂げると亡き兄に、そして己の魂に誓ったのだ。
友人の想いに応えることなど出来るはずもなく、私は視線を流して再び窓の外に目を向けた。
祖国を出た私が“聖域”に足を踏み入れたのは、それから三日後のことだった。
神官長と名乗る壮年の女に付いて聖殿の中を案内される。
聖殿に勤める男女の比率はほぼ五対五らしい。“聖殿に勤める”と一口に言っても、業務内容は様々だ。
聖殿警備に就くには接近戦も遠隔戦も一定のレベル以上熟せなくてはならない。
ただ、接近戦でも剣術や武術等、遠隔戦だって銃や弓の飛び道具を使ったモノ、そして魔導のように多岐に渡る。
魔導は特にそうだが、必ずしも性別で差が出るとは限らない。要は基準値を超えた高い戦闘力を持ち合わせてさえいればいいのだ。
料理人、厨房係、庭師、伝令役、家政に従事している者もいる。
そして、神官。
聖殿の中で銀龍の神子に最も近くにいることが許された役職であり、“聖殿警備”ではなく“神子の警護”に当たる人間の存在を指す。
…綿密には“神子の行動範囲を警備”をする人間と言った方が正しいだろう。
「…神官長様、御伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何か、クロノス神官」
「神子様の護衛…つまり周辺の警備を請け負うに当たって、私は何処に配置されるのでしょう?」
「何処とは?」
「神子様の行動範囲の、何処に控えていれば良いのでしょう?」
“最も近くにいることが許された役職”とは言え、神子が足を運ぶ予定、もしくは可能性がある場所に配属されてその現場の危険回避に努めるのが主で、神官の職に就いたところでよっぽどの信の厚い人間でない限り神子自身を直接的に警護する機会なんて早々廻ってくることはないと聞く。
神官でも、大体は“役職上それなりに顔を見掛ける”程度。あくまで“他の人間と比べて接触する機会が多い”と言うだけの話だ。
もっとも、銀龍の民を“神の化身”として本気で崇め奉っているような人間側からすれば一目顔を拝むことが出来るだけでソレはソレは有難いことなんだろうが…。
聖殿内はある程度案内してもらったが、果たして私は神子の行動範囲の何処を見張ればいいのか。
しかし、尋ねた私に神官長は「ああ」と納得したように頷く。
「貴殿は神子様の直近だ」
「……………………………、……………は……?」
事も無げに告げられたが、事が有り過ぎる内容だった気がする。
聞き間違いか?聞き間違いだろう。
愛してやまない祖国からの極秘任務にいよいよ就いた今日この日、自分で認識していた以上に興奮して神経が高ぶっていたらしい。
直近?チョッキン?ハサミを言っているのか?いや、そんなはずはない。ならば何だ?
――…ああ、そうか、そう言うことか。ようやく理解した。
「直筋ですね。神子様の筋肉、つまり手となり足となり、配置場所を気にしたりせず任務に当たれと。さすがは神官長様」
大真面目に言ったのだが、神官長はその顔に明らかな憐憫の情を浮かべて私を見た。何故だ。
「……クロノス神官…真面目なのは貴殿の美点だろう……。
だが、時には話の流れと言葉のまま、意味を捉えることを勧めよう…」
「はい。ですので、筋肉として」
「側勤めだと言えば理解してくれるか?」
改めて告げられた立ち位置に、今度こそ意味を正確に理解して絶句した。
「……………なぜ…ですか…?」
ようやく紡げた言葉は疑問だった。
「嫌か?」
嫌です。正直言えば物凄く嫌です。
明を殺した憎きあの男の情報を得るために行く行くは神子と直接的な接触は試みたいとは思っていたが、何故いきなりそんな近いところに行かねばならん。
銀龍の民と言うだけで憎悪の対象なのに、よりにもよってそんな至近距離で殺意すら抱く一族の相手を毎日毎日崇め奉らなければならないと?
神子に仕える神官になるだけで身を切る思いだったのに、側仕えだと。冗談じゃない。
それでもソレを一切面に出すことなど許されるはずもなく、必死に動揺を抑えてゆっくり左右に首を振って否定を示すと、努めて冷静を装って答えた。
「――滅相もありません。けれど、私のような新参者がそのような大任を拝することになるなど夢にも思わず…。
本来なら年月を重ねて聖殿に籍を置き、且つ聖殿内の誰よりも誰からも信が厚く、文武共に最も秀でていて、人望を勝ち得ている人間が勤めるものなのではないかと…。
私など、分不相応だと――…」
嫌悪からの言葉だけではなく、純粋に抱いた疑問だった。
銀龍の民の存在は世界中で重宝されている。
私自身、以前は神話の中でだけの存在だと思っていた。そう思う人間がいるくらい希少な種族で尊まれている。
“銀龍の神子”として敢えて奉られて、崇拝されてるくらいだ。
一族を一人残らず根絶やしにしてしまいたいと考えてる私が思うのもおかしな話だが、身の危険に晒されることだって少なくないだろうに、ならばそれ相応の警護をされてしかるべきではないのか。
「いや、側勤めの人間は、むしろあまり秀で過ぎた人間では困るのだ」
「と、言うと?」
「いつの時代かは知らないが、側勤めが神子様を誘拐したケースがあるらしい。聖殿内最強と謳われた人間だったらしくて、誰も歯が立たなかったそうだ。
それ以降、側仕えに関しては“神官になる実力を持ち得る人間”なら、基本的に誰でも資格を持てるんだ。
万に一つで何か事を起こしても、他の神官達が十二分に対処出来ればそれで構わないのさ」
「……そう、なんですか」
一応、聖殿なりに理由はあったらしい。それでも不安要素は十分ある気がするが。
そもそも――…。
「……ですが…」
「まだあるのか?」
「…今の銀龍の神子様……女性ですよね?」
「ああ、お美しい方だ」
「…………側仕えって、どのくらい一緒にいるんでしょうか?確か、一日の中のかなりの時間を共にするはずでは?」
「基本的には、四六時中だな」
「………………私の他に、側仕えは?」
「今は貴殿だけだな。まあ、当面増やす予定もないが」
「……………………部屋は…………もちろん……別々、ですよね……?」
「別々ではあるぞ。
だが、貴殿の部屋と神子様の部屋は隣接していてな。貴殿の部屋を通らないと神子様の部屋には行けない間取りになっている。
つまり、神子様の私室の出入り口は貴殿の部屋にしかない。貴殿の部屋に神子様も必然的に出入りする」
「…………あの……差し出がましいことだとは思いますが…………何故神子様と同性の神官を選ばなかったので?」
それくらいの配慮はしておくべきではないだろうか。
聖殿の、神子の警護に対する危機感が足りないように思うのは、私の気のせいか?
決して、誓って、私がそういった欲のままに、あんな悍ましい一族に手を出すことなど有りはしないが、本来ならその辺りも考えるべきではないのか?
私と同程度の実力で、神子と同性の神官だって確実にいるはずなのに。
「神官皆に“資格”はあるとは言ったが、だからと言ってランダムに選ばれるとも、選定されないとも言った覚えはないが?」
「…つまり?」
「性別ももちろん選定の一つの基準だ。でも、ソレを踏まえても今回は貴殿が一番神子様の側近には好条件だったと言うことだ」
「……好条件、とは?」
「貴殿は質問が多いな」
神官長は肩を竦めるとクスリと楽しそうに笑った。
「疑問…いや、不安は大きいだろう。いきなりこんな任務を言い渡されれば戸惑いを覚えるのも当然だ。
だが、クロノス神官。貴殿は選ばれた人間だ。自分に自信を持って、神子様に誠心誠意お仕えすればいい」
「…はい」
神官長の目には、新任の神官が初めて任された任務の重責に不安を覚え、狼狽えているように映ったらしい。
決して重責を担うことに恐怖しているわけではないのだが、これ以上下手に食い下がれば今度は逆に相手から疑問を抱かれ、疑惑すら掛けられる可能性がある。危険は極力避けるべきだ。
――神子に仕える神官としてこの場にいるのなら、喜ぶべきなのだ。
本心と本来の目的はどうあれ、今の私は銀龍の神子に心酔し、崇拝する神官なのだから。
「――身に余る光栄にございます。
漣時・クロノス、この命を賭して神子様にお仕えする所存にございます」
気付けば、固く拳を握り締めていた。
忌々しい。
あの男と同じ一族の人間なんかに、四六時中敬意を払って尽くさなければならないなんて。
「クロノス神官。建物内部だけでなく、外も案内しよう。聖殿の敷地は広いぞ」
憂鬱な気分のまま、神官長の後に付いて聖殿を出た。
ヒヤリとした空気が肌が剥き出しの頬に触れて、反射的に肩が震えた。
私の故郷は温暖な国だった。何年かに一度くらいに冬と呼べる季節が訪れるが、基本的に一年は春・夏・秋の三季で廻っている。
対し、この地方には夏がないらしい。秋・冬・春の三季で成り立っているらしいが、それでも春だって私の故郷の春と比べればかなり寒いと聞く。年間を通して世界的に見ても肌寒い地方なのだ。
今の季節は秋の中頃らしい。温暖地方育ちの私には辛いモノがある。しかも、今この“聖域”は冬と言うことだ。
…正直、外の案内なんていらない。嫌がらせか。勤務日初日に凍死させる気か。
「こっちだ、クロノス神官」
心の中で毒づいても神官長の足が止まるはずもなく、黙って従って付いて行く。敷地内に小高い丘があるらしい。一応、今日のところは外の案内はそれで終わりでいいらしい。
とっとと済ませてくれ。
そう思いながら、示された丘に足を踏み入れた。
――最初は、雪かと思った。温暖な国で育った私は生まれてから一度として現物を見たことが無かった。丘一面に、真っ白な雪が降り積もっているのかと思った。
けれど“ソレ”は雪ではなく、純白の花だった。穢れを知らない白に覆われたその場所が、私には人間が足を踏み込むことを禁じられた“神域”のように感じられた。
その中で一人佇むその人を見た時、神の遣いがいるのかと本気で思ったんだ。
風に揺れる長い白銀の髪、一切の翳りすら見えない真珠のような白肌。
ベリルの瞳がこちらに向いて、私を宿す。
その美しい顔に綻んだ花を――…
粉々に切り刻んで、グチャグチャに踏み潰してやりたくなった。
お読み下さりありがとうございます!
“P.S.”の方が全く完結してないものの、始めた新連載。
メインの更新は“P.S.”でいきたいと考えているので、こちらの連載の更新頻度はおそらく物凄く低くなると思います(2019年9月現在、“P.S.”の方も既に亀更新になっているので…)。
とりあえず、進められるところからボチボチやっていきたいと思うので、お付き合い頂ければ幸いです。
“P.S.”は大長編ですが、こちらの“雪のしづく”は長編の部類には入るモノの“P.S.”程の長さにはならない予定では考えています。
何はともあれ、これからよろしくお願いします!