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時を刻む水時計  作者: るりまつ
25/37

ファースト・・



 口が腫れてたせいもあったけど、僕と松本さんは帰りの道中、ほとんどしゃべらなかった。

 松本さんの行きつけのサーフショップなのに、僕のせいで気まずい去り方をしてしまったからでもある。

 けれど本当の理由は、それとは全く別に起こった。


 松本さんは、スケボー男に貰った冷たいコーラを、運転する僕の左頬に当ててくれていた。

 正直、ブレーキを踏むたびに、その缶がぐりっと頬に押しつけられて、逆に痛かったりしたんだけど、その間、松本さんが心配そうに僕の方に身を乗り出し、見ていてくれるのが秘かに嬉しくて、僕は黙って松本さんのするようにされていた。


 何だかんだで30分くらいそうして貰っていたのだろうか。


 そのうち松本さんの手の温度と、缶の温度が変わらなくなった頃、車は広いT字路の、赤信号で停止した。


 青い道路標識は直進すると『片貝・銚子』

 左折すると『八街・四街道』に行く事を示していた。

 僕らはここで左折する。

 朝、来た時と同じ道。

 御宿という文字を見て、妙にワクワクしたあのT字路だ。

 ここを曲がって、あとはもう家に帰るだけ。

 今日はいったい、僕にとってどういう日だったのだろう。

 馬鹿にされたり殴られたり……やたら感情を刺激され、疲れただけに思える。

 実りの無い一日。

 貴重な勉強時間を無駄にしてしまった。


 僕は深くため息をつき、その信号が青に変わるのを待っていた。


 多分、頭の中は、さっきのサーフショップの事や、マテバシイの森で出会ったあの二人の事とか、色んな事を考えていたはず。


 すると、腫れた左の頬に、

 なにか缶とは違う、柔らかいものが触れた。


 そして離れた。


 その柔らかさに、僕の今までの経験が思い当たらず、

 反射的に横を向くと、すぐ間近に、松本さんの顔があった。


 小さくて可愛い顔。


 僕が「何?」と訊こうと口を開きかけた時、

 今度はそこに、松本さんの唇が近づくのを見て、

 そしてそれが、そっと押し当てられるのを感じた。



 不思議な音がした。


 それは初めて聞く音だった。


 つまり僕は、キスされたのだ。


 松本さんの方から。



 そしてすぐに助手席に身を引いた彼女の大きな瞳と、

 そのピンク色の唇を、ぼくは間抜けな顔して交互に見ていたと思う。


 すると、


「信号、青に変ったよ」


 と、松本さんが言って、ニコッと、まるで普通のことみたいに笑ったので、僕は慌てて前を向いてブレーキをアクセルに踏み変えて急発進。


 それきり僕は、松本さんの方を向く事も出来ず、その柔らかい感触については、運転中は一切考えないようにして、船橋の家に帰り着くまで、お互い一言も話さなかった。


 


 僕のファーストキス。


 それは幸運な事に、大好きな松本さんと、ささやかに成し遂げられた。


 けれどあの時、どうして彼女はキスをしたのか。どんな意味があったのか。


 その後、色んな事がある中で、僕はいつか訊こうと思っていたけれど、


 それは結局、確かめられないままだった。










引き続き、『時を刻む水時計2』をお楽しみください

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