分かってない君を、分かっているから
車を停め、松本さんをサーフボードと共に降ろした場所は、海では無く、一軒の広いサーフショップの駐車場だった。
国道の左手に、青々と茂る松の防砂林を背にして建つその店は、太い丸太を組んだ横長のログ造りで、かなりデカい。
ペンキの塗られていない、そのまんまの木のこげ茶色が、裏の松林としっくり馴染んで良い感じ。
店の真ん中に、やっぱり木で出来た扉があって、その上には白い文字で、
『 Kanaloa Surf 』
と、殴り書きのように書かれている。
元書道部の僕としては、どうも文字のバランスが納得いかない。
扉の右横は大きなショーウィンドーになっていて、立たせたサーフボードがズラリと並んでいるのが遠目からも見える。
僕は速度を落とし、ゆっくりと駐車場に入りながら、さらにその店を観察した。
駐車場はファミレスほどの広さがあり、かなりの台数が停められそうだけど、今、停まっているのは左奥の方に、たった5台の乗用車。
インプレッサ、カペラ、アコードのワゴン車3種。
それから車高を上げたランクルと、軽のワンボックスのアクティー。
ナンバープレートは僕と同じ習志野ナンバーが2台と千葉が一台。あとは足立と春日部だ。
そのガラ空きの駐車場で、黒のキャップを被った男が一人、悠々とスケートボードを楽しんでいる。
これだけ広ければ好きな場所に停め放題。車庫入れにイマイチ自信が無くても大丈夫。
店の入口の左側は手すりの付いたウッドデッキになっていて、グリーンのパラソルの付いたテーブルと、白いプラスティック製の椅子が4脚置いてある。
そしてそこに、三人の男が座っていた。
一人は、濃い青のロゴ入りTシャツに、膝と裾がボロボロに破けた汚いジーンズ。
後の二人はどちらも上半身裸に短パン姿。
そして足元は、揃って薄っぺらいビーチサンダル。
顔、腕、脚、露出した肌のどこもかしこも黒く陽焼けし、髪は茶色。
三人とも、ハッキリ言って知性も個性もセンスのかけらも感じられない。
そいつらが、三人揃ってじっとオデッセイを凝視していた。
漂着したイカダを発見した、南の島の野蛮人のように。
僕は思わず緊張した。
けれど松本さんは、そいつらの姿を確認すると、助手席の窓を開けて身を乗り出し、
「ヤホー」
と叫んで大きく手を振り、それから僕の方を振り向いて、
「停めて」
と、急かすように言ったので、仕方なく僕は、その場でブレーキを踏んでオデッセイを一旦停止した。
すると松本さんは車が停まるやいなやドアを開けて車外に飛び出し、そいつらの方へ一目散に駆けて行ってしまった。
やれやれ……
それから僕は駐車場の右端っこ。つまり五台の車とそいつらから、一番離れた所にオデッセイを停め、そのままなんとなく運転席に座りながらグズグズしていた。
野蛮人達と親しそうに挨拶を交わす松本さん。
スケートボードの男も、ガーガーと耳障りな車輪の音を立てながら、そっちの方へ滑って行った。
楽しそうな笑いが響き、それにつられてか、ログハウスの店内からも、昔のコントのカミナリ様みたいな、チリチリパーマの女の人が顔を出した。
その髪のインパクトがあまりにも強すぎて、オバサンなのか若いのか判断不能。
けど、その人は松本さんを見るなり、大げさに両手を広げて店から出てきて、彼女もそれに応えるように手を広げ、そして二人で抱き合って嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてる。
まるで数年ぶりの再会のように。
そしてそのままテーブルの前で立ち話が始まった。
オデッセイの車内に、小さく流れるラジオの音。
それを無視して、僕は外の声に聞き耳を立てた。
開けっ放しの窓から、男達の品の無い笑い声と、松本さんの良く通るしゃべり声。
それから誰かが「梨花」と、慣れ慣れしく彼女の名前を呼び捨てるのが聞えた。
それを聞いて、胸に不快な気分が込み上げる。
それを押し戻すようにツバをゴクリと飲んだ時、裸の男の一人が急にこちらを見て指をさしてきたので、僕は咄嗟に視線を逸らして下を向いた。
その時になってようやく僕は、ギアをPに入れたのに、ブレーキペダルをギュッと踏んだまま、なぜか両手でハンドルをきつく握りしめ、サイドブレーキも引かずに、エンジンも掛けっぱなしな事に気が付いた。
ふう……何、身構えてんだ……
僕は自嘲気味に笑い、足の力を緩めてハンドルから両手を離した。
その手で、下を向いたまま軽くパンパンと顔を叩く。
そしてサイドブレーキを引いて、エンジンを切ろうとした時、松本さんが、長い髪を風になびかせながら僕の方へ駆け戻って来た。
「春田!」
開いた助手席の窓に、勢いよく顔を突っ込む松本さん。
「ねえねえ。私ね、ここの中のロッカーで着替えして、それから店の裏から歩いて海まで行くの。春田どうする?みんなと一緒に、海、来る?それともここで、テキトーに時間つぶしてられる?」
つまりこの店は、松本さんの行きつけのサーフショップで、他の客とも顔馴染みというわけだ。
恐らくいつもなら始発バスで津田沼駅まで行き、それから電車でこの近くのどっかまで来て、それから野蛮人の中の誰かに駅から店まで連れてきてもらってたのだろう。
「中にもね、自販機とかテーブルあるよ。だからそこでもゆっくりできるしぃ、あっ!それかさぁ、あの人にスケボ、教えてもらってみちゃう?」
松本さんは、キャップを被ったスケートボードの男を指差し、気楽な調子で言った。
そいつの目が、黒い帽子のツバの下で細く冷たく笑うのが見えた。
野蛮人達とカミナリ様も、僕と松本さんが話しているのをじっと見ている。
その視線に、好奇心はたっぷり含まれていたけれど、親近感は微塵も感じられない。
「……松本さんは、どのくらい海に入ってるの?」
「うーん、波次第だけどぉ…2時間、、、でも着替えとか入れたら、やっぱり3時間くらいかかっちゃうかな〜」
3時間……
その間、僕は、あのキャップの男にスケートボードを教わる。
ひと汗かいて疲れたら、パラソルの下で一緒に休み、コーラなんか飲みながら談笑したりなんかして、
……いや、ありえん。断じて!!
有意義な時間つぶしになるとは、とてもじゃないけど思えないし、僕だけでなく、そいつにとってもストレス以外の何物でもないだろう。
松本さん。君は分かってない。
「そしたら僕、ちょっとその辺ドライブして、また適当にここに戻ってくるよ。それでも良いでしょう?」
「えーーーっ??…うーーん、、、」
君は分かってないよ。
「そう……?…春田が良いなら、それでいいけど、、、」
松本さんはそう言いながら、下唇を軽く噛んで僕の目をじっと見た。
大きな目。
そして今日も無防備な、首元の開いたルーズなTシャツ。
その奥に、あの日見つけた、あの小さなホクロがそっとあるはず。
分かってないんだ。
「うん。それが良いんだ。そうするよ」
僕は自分に言い聞かせるように、キッパリそう答えた。
それを聞いて、松本さんがホッとしたような表情を浮かべる。
僕にはそれが分かってしまう。
僕はそういう事を見逃せない。
分かりたくないのに。
分からない方が楽なのに。
「うん。じゃあ春田、戻って来たら一緒にお弁当食べようね」
ニッコリと、いつものゆるい素敵な笑顔。
僕はそれが大好きだ。
だから僕も、それに対して同じくらい上等の作り笑いを返してあげる。
分かってない君を、分かってるから。
それから松本さんは、いそいそとオデッセイの後ろに周り、荷室の跳ね上げ式のドアを大きく開いて、中から自分の荷物を出そうとした。
その気配を、急速に思考速度の鈍くなった頭で感じながら、僕は運転席でぼんやりと左の拳を胸に当て、その甲を右手で擦っていた。
「あーん、これ邪魔ぁ!」
可愛らしい不満の声にハッとして後ろを向くと、ちょうど彼女が、僕の持ってきたスチールのリクライニングチェアーを脇に押しのけ、サーフボードを引っ張り出そうとしているのが目に入った。
押しのけられた二つのイスがぶつかって、乾いた金属音がした。
「……ごめん。そんな物、持ってくる必要なかったね」
僕は独り言のように呟いた。
「リカ。荷物、持ってやるよ」
「あ、さんきゅ」
いつの間にか、青いTシャツの男が松本さんの横にいて、彼女の重たそうなバックパックを自分の肩に移し替え、布に包まれたサーフボードをひょいと慣れた手つきで小脇に抱えた。
そして、あいた片手を荷室の跳ね上げドアに掛けて、運転席の僕の顔をしっかり確認するかのように、姿勢を下げて車内を覗き、
「あいどりんぐ・すとっぷで、よろしくぅ〜」
と、間抜けな声で言ってきた。
その言い方にカチンときて、僕は咄嗟に言い返した。
「すぐ出ますから」
するとそいつは、口の端でニヤリと笑い、
「あそっ。ご苦労さん」
と、言って、そのままバタンと扉を閉じた。
車の外と中を、きっぱり寸断するような強い音。
そして一瞬の静寂。
中に取り残された僕の頭に、昨夜の言葉がよみがえる。
『大丈夫!春田は車だけ出して、運転してくれれば良いの!』
そう。
確かに彼女はそう言った。
僕の腕を、その細い指でギュッと握りながら。
僕の目を、必死に見つめて。
その瞳が、夜街灯に照らされてキラキラ光ってた。
バカだな…… 一体、何を期待して……
そう、僕は送り迎えだけすれば良い。
それで良いって、納得して来たんだ。
自分の役目を果たせば、それでいいじゃないか。
そして僕は前を向き、再び車を発進させた。
駐車場を出る時、バックミラーに、松本さんと男の姿が小さく映り込んだ。
僕はそれを断ち切るように、ハンドルを右に切り、少し強めにアクセルを踏んだ。




