記憶
『近づきたい あなたの匂いが私の髪に移るほど』
それは、松本さんのピンク色の長財布に入っていた、写真の裏に書かれていた言葉だ。
写真には、顔が黒く日焼けし、髪の毛が金色の、いかにも頭の悪そうな半裸の男の横で、ガン黒メイクの松本さんが肩を抱かれ、ぎこちない笑みを浮かべて写っていた。
その、およそ彼女らしからぬ笑顔に、ひどく違和感を感じたのを覚えている。
そして、その詩のような言葉を書いたのが、はたして松本さんなのかどうなのか。
僕には今でも分からない。
なぜかというと、松本さんは僕の幼馴染みではあったけれど、中学生になって以降、彼女が字を書いているのを見た記憶が無かったから。
青いボールペンの、震えるようなか細い字。
それは、写真の中の笑顔と同じく、僕の記憶にある彼女のイメージとは、全くかけ離れたものだった。
その松本さんは、20才の時、海で死んだ。
溺死だった。
それは、僕と彼女が幼馴染みという関係を終わりにして、次の日からは恋人同士になろうって約束をした後の出来事だった。
そして、
その日、彼女を海に連れて行ったのは僕だった。
2019年6月、某投稿サイト閉鎖のため、作品を移動させていただきます。
投稿2015年1月から開始。
例によって未完のサーフィン小説です。