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人間じみた神様

 

「間接的にとは言えお主を殺した」

「……は?」


 今なんて言った?自分を殺した、と言わなかったか?

 つまり、自分はやはり死んでいるらしい。

 死ぬと身体が軽くなるのか……?

 短くも感じるがどうやらここで人生は終わってしまったようだ、さよなら人生。こんにちはあの世。

『人生五十年夢半ば――』とは言った人もいるがそんなもんかもしれない。

 話はここまでだろう?

 ……と思ったが未だに目の前の彼女は頭を挙げない。


「何故そうなったか詳細は言えぬ、じゃが結果としてそうなったんじゃ。故にお主をこうしてここに現れさせた」

「……僕はここで死ぬんですか?」

「その話をしに来たんじゃ」


 顔をようやくあげたが未だにその面持ちは暗い。

 そりゃこんな話をして明るい顔をされても困るからどうとは言えないが……


「話を続けようかの。お主は一応私に殺されたことになっておる。これは本来の理ではあってはならぬ事でな……かと言って元の場所に返すことはもっと御法度じゃし、時は巻き戻せぬゆえ戻ればお主は再び死ぬ。そこでこの事故の口封じ代わりに提案があるのじゃが……ひとつはお主に約束された人生でのやり直しを選べる。もうひとつは記憶そのままに違う所で第二の人生を歩んでもらう、というものじゃ。もちろんこのまま死ぬというのなら止めぬ……が私が良くないので出来れば前者二つから選んどくれ」


 別に僕自身は自殺志願者じゃない、死んでしまったと受け入れはするがこの選択肢の中なら当然三択目は除外だ。

 となると残るは二つ。

 約束された人生というのもアリだとは思うが二つ目の言い方からするに恐らくそれは自分ではない……三つ目と大差ないじゃないか。

 じゃあ二つ目だが……別の所ってどこだ?


「質問はいいですか?」

「当然じゃ、答えられる範疇なら何でも答えよう」

「違う所とは……?」

「所謂ここじゃない世界じゃな。幸い私にはいくつかの世界があるでな」


 実在したのか異世界。

 ファンタジーだけの話だと思っていた。

 でも魔法とかドラゴンとか勇者がいるとかいないとかの世界は夢見すぎだろうか?


「……ドラゴンとか?」

「おるぞ?」


 おっと……?

 これはもしや……


「魔法とか……」

「お主の思うものかはともかくあるぞ?妖精みたいなのもおる」


 まさにファンタジー異世界。

 強いて言ってパラレルチックなのがせいぜいだと思っていた。

 それなら少々生活が時代遅れでもいいかもしれない。

 ちょっとワクワクが堪えられずににやける。


「……それでお願いします」

「本当か?!それで受けてくれるか!?いやいや、助かった。もう一人も同じのを選んでくれてな?こちらとしてもありがたい話じゃよ」


 ……もう一人?

 もしかしてあの乗客か?

 やっぱりあの人も死んでいたようだ……


 僕を殺したという神様は嬉しそうにどこからともなく一冊の本を浮かび上がらせてきた。

 とても分厚く古びていそうな本は僕の目の前に置かれ、彼女が手を上に当てると何やら文字が山のように飛び出してきた。

 本なのに開くんじゃないのか……


「それでは支度をしようかの」

「これは……?」

「今浮かんだ文字は読めるな?」


 えー……なになに……

『賢者』?『千里眼』?

 どう見てもステータス的なアレじゃないか!


「触れれば光るからの、欲しいのを選んでおくんじゃ」

「……制限は?」

「口封じに足るだけじゃな。出来れば二十未満がこちらとしては楽で良い。多ければこちらで調整してどうにかするかの」


 ……黙って全部貰って口封じにはこれぐらい欲しいですねみたいなことを言ってのければいいんじゃなかろうか?

 まぁそこまで僕とて鬼畜じゃない。

 でもあったら苦労しない程度は欲しいな。


 浮かんだ文字群を眺めて何か面白いのがないか探してみる。

『生き字引』、『ホラ吹き』、『大貧民』……なんだこれ。


 次第に分かってきたがこれ、地味に探し辛い!

 何せ適当に浮いてるのだ、整列なんて欠片も感じられない。

 それに加えて時折とんでもないものも浮かんでいる。

 この適当に山積みされた中からめぼしいのを探し出すのは至難の業だった。

 それにたまにどういうものか分からないものまで紛れている、もう少しまともな名前は付けられないのか……


 とりあえず知識系は欲しい。

 無知のまま世界に放り出されて許されるのは親がいるからだ。

 僕にはそれがない。

 ドラゴンとかもいるなら防御とか耐性系も欲しい。

 流石に二度目に死ぬ時は今回みたいなことはないだろうしね。

 あとはなんだろう?


 暫くこのステータス選びは続いた。


「ふわぁ……あ。決まったかの?」


 自分の意識が神様の方へ向いた時、その人はあまりにもだらしなかった。

 そこら辺に浮きながら肘をついていたのだ。

 さっきまでの感じとは大きく違い過ぎやしませんかね……?


「……え、えぇ。一応」

「見せてみよ」


 選んだものが彼女の方へ吸い込まれる。

 便利だな、あれ。


 一つ一つ選んだものが彼女に見られていく。

 その顔は段々呆れたような顔になり、次第に頭を抱えながら眺めていた。

 何やら不味いものでも選んだのだろうか?

 いや、口封じに足るだけと言ったのは向こうだ、僕の知った事じゃない。

 最後まで見終わってから神様はようやく口を開いた。


「ちと……無難すぎやせんか?」

「普通何も言われなければそうするでしょう?」

「まぁ……そうじゃな。じゃが……多すぎやせんかの。まとめる気持ちにも……」


 確かに多かったかもしれない。

 軽く四十は選んだつもりだ。

 ごめんね神様、出来ればって言っていたので個数は無視しました。


「減らす気はないか……の?」

「……じゃあ口封じはなしということで……」

「くっ……」


 神様の口が笑ったまま痙攣している。

 こんなのが通用するなんて、なんだか見てて思うけどもやけに人間じみた神様だ。

 もう少し神々しいものだと思っていた。


「ま、まぁ良い……口封じじゃしな……口封じ……」


 あ、神様が折れた。

 流石に強気で減らせと言われたら諦めるつもりだったのだがまさかのパターンに思わず心の内でガッツポーズ。


「……まぁ技能はこれで良しとしようかの。見た目の方で希望はあるかの」

「例えば?」


 身体もいじれるならちょっと期待してもいいだろうか?

 夢を膨らませ始めたところでさらに神様が続けた。


「あまりにも今の身体からかけ離れると精神が乖離するからおすすめせぬ。強いて言えば年齢と種族程度じゃな」


 ゲームで言うキャラメイクみたいなものだと期待したのに残念だ。

 本来なら気合いを入れたい所だがこう言われては技能にはかえられない。

 所謂転生設定……種族から果ては性別まで、夢があると思っていたんだけどな。


「それならまぁ……若めならおまかせで。健康で活動が維持出来るならあまりこだわりませんね」

「お、そうかそうか。何かにつけてまた厄介なことになるかと思っておったが……こちらで色はつけてやろう」


 実際今の身体に不満はない。

 強いていえば若い方が肉体的にいいと思ったぐらいだ。


「とりあえず支度はこれぐらいじゃな、ちと待っておれ……」


 暫く神様は何か違う本を呼び出して作業していたがこちらからは何が書いてあるのか、何をしているのかは分からなかった。

 ただ中々に見てて飽きない。

 事ある事に頭を抱えなにかを周辺にぶちまけ、どう見てもやり直している。

 ……なんというか完璧超人なんてのは神様でも無いんだな。

 多分そろそろやり直しが二桁超えるだろうという頃に漸くその作業は終わったらしい。

 その時の彼女は少々やつれていた。


「はぁ……ま、まぁこれで出来たじゃろ……」

「お、お疲れ様です……?」

「全くじゃ……ただこれで何を聞かれてもお主は知らん振りをするんじゃぞ。これは私とお主だけの契約じゃ」

「っ……?!」


 身体になにかが巻きついたような感覚に襲われた。

 まさに鎖のような縄のようなもので縛られたような……

 思わず身体に触れて確かめてみるがやはり感覚だけの話らしく実際には何も起きていなかった。

 それを見た神様はなぜか満足気だ。


「お、ちゃんと発効しておるな。それはお主が世界の異なる者となった証拠じゃ。ようこそ、新世界ハーノヴァーへ。アウル・オーラの名を以てお主に祝福があらんことを――」


 視界が白く埋まる。

 それに伴ってか酷く眠い。

 死亡時とはうって変わって僕は自然と抗うことなく眠気に身を任せた。


 ◇


 次に目が覚めた時は柔らかなベットの上だった。

 天日干しのいい匂いが鼻をくすぐる。

 天日干しのダニの匂いに包まれて……とか言う野暮なことを言うやからがいるが、ともかく僕は心地のいい布団に包まれて目が覚めた。

 さてさてここが新世界とやらですか……

 布団から身を起こして辺りを見回す。

 眠気は気味が悪いぐらい一瞬で吹き飛んだ。

 今度は部屋も白くない。

 木造の……案外しっかりした作りの家の中だ、それも個室。

 こういうのって廃墟で目が覚めたり、森に放り出されたり……誰かさんの召喚に呼ばれるみたいなのだと思っていたんだけどもこんなにも平和的なのもあるのか。

 いや、平和で何より。

 剣なんて握ったことないしね、竹刀なら一応あるけど。

 部屋の隅の上に小さな鏡が置かれていた。

 覗き込んでみるとそこには若い男が映っている。

 もしかしなくてもこれが自分か。

 ざっと見ても青年、二十歳を迎えるか否かぐらいの印象を受ける。

 顔立ちも悪くないんじゃなかろうか?

 それとなく元の顔を残しつつ上手く調整された感じだ。

 とその時丁度ドアがノックされた。

 ……家の住人か?


「――失礼するぞ……お、目が覚めたかの」

「……はい?神様?」


 入ってきたのはあの神様と同じ顔したまま少し若くしたような感じの少女であった。

 違いと言えばまず服装。

 なんというかまさにザ・魔法使いって感じの暗色のローブとトンガリ帽子だ。

 背中には杖が背負われている。


「同じ顔しておるがここではアウラと呼べ。お主たちが世界に溶けるまでの手助けじゃ」

「は、はぁ……」

「その様子じゃ身体に問題はないな?立てるか?」


 そう言われて布団を除けてベットから床に足を下ろす。

 足元へと目線を移してみれば自分の服装も変わっていた。

 なんというか……シンプルに村人というか農民というか。

 一切装飾のない服装だ。


「よし、問題は無いのう」

「神さ……いやアウラ様。これは……」

「様もやめよ。それか?そこらの村人の服じゃよ」


 やっぱり村人の服。

 ため息をつきながら神様は続ける。

 なんというか動作一つ一つが凄く人間じみた神様だ。

 この姿だと神々しさのひとつも今は感じられないし完全にただの魔法使いにしか……


「というか考えてもみよ。いきなりお主の着てた制服なんぞで現れたらどうなるか。金品狙いに襲われるのがオチじゃぞ」

「……成程」


 というかそういうサポートはしてくれるんですね。

 手厚い。

 そのままアウラはドアから部屋の外へ顔を出し誰かを呼び寄せた。

 可愛らしい声が帰ってくる。

 あれ?こんなテンションの人だったろうか?


「遅くなったがお主に紹介しなくてはな、さすがに知らぬままとはいくまい。それに今後の助けになるじゃろて」


 いよいよもう一人と御対面、か。

 まさかこんな形の関係が出来上がるとは思ってもいなかった。

 でもあの時一人じゃなくて良かったと不謹慎ながらそう思う。

 過去の世界から確かに来たこと、これが現実であることを感じさせてくれる。


 小走りで部屋へと近づいてくる音が次第に大きくなってきた、一体どんな人だろうか。


「あ、あの……よろしくお願いしますね」


 可愛らしい少女が開かれた隙間から顔を出す。

 正直に言う、驚いた。

 少し考えてみれば当たり前なのだが期待だけに留まった自分とは同じ訳がなく、相手の格好は自分と違い容姿が世界にフィットしてる訳で……

 長い髪の色は当然のように黒ではなくなって銀白色になっていたし、なんというか雰囲気は所謂エルフチックだ。

 ……というか服が可愛らしい。

 自分の服と比べても少し格差があるんじゃないかと疑いたいぐらいにはあちらさんのがちゃんと服としての装飾を持っている。


「あ、あぁ……よろしく。えーっと僕は梅田。あの車両の運転手だった。君の名前は……」

「私は……あ、あのなんて言ったらいいんでしょう?」


 そう言ってアウラの方を困ったように見ている。

 自分の名前の言い方で困るような事がある名前って一体何なんだ。

 そんなことを考えつつ振られたアウラの方を見ると彼女も彼女で考えているようで……


「……そうじゃのう。梅田、お主もじゃがこちらでの名前は考えておいた方がいいかもしれん……まぁ、そのままでも問題ないがの」

「と言いますと?」

「異国の人、さらに名字持ちとなると色々と勘繰られる時があるからの。ここはただの村人が全員名前を持っているとは限らぬ」

「なるほど……」


 まぁ時代が同じじゃない、ということか。

 それならただのウメダでいいか。


「……じゃあ私の名前はキクノとお呼びください」

「キクノさん……ですか、よろしく」


 手を差し出されたので握手だろうと思ってその手を取った。

 なんというかどこかでこの感じを知っている気がする……

 あぁ……!ハンドルネームで挨拶するオフ会の感じだ。

 自分の本名を明かしてる以上それと全く同じとは言い難いが似たようなものだろう。


「ところでその姿は……エルフですか?」

「じ、実は私自身でもなにか分かっていなくて……」

「え?」


 ここまでニコニコと見ていたアウラが待っていましたとばかりに話を始めた。


「お主たちどちらも種族は指定せんかったからの」

「教えてはくれないの?」

「まぁそれを知るのは私からでなくてもいいじゃろ。梅田も人ではないかもしれんぞ?」

「えぇ……」


 いやいやいや、これはどう見てもヒトだろう。

 強いて名前が違うぐらいのはずだ。

 むしろキクノさんに至ってはたしかにエルフか耳長族だとは思ったがそうじゃない可能性があるのか……


「お主たちはもう今晩中には世界の住人じゃ。せいぜい頑張るんじゃぞ」


 え、あ、溶け込むまでサポートって言ってたから街まで案内してくれると踏んでいたんですけどぉっ?!

 まさか急に放り込まれるとは微塵も考えていなかった。

 いや、ここまでが手厚すぎたのか。

 旅行じゃないしそこまで美味い話なわけもないってことだ。


「あぁ、肩を落とすな落とすな。安心せい、怪しまれるような放り込み方はせぬぞ」


 そういう理由じゃないんだよなぁ。

 まぁ先に近場でも見てみよう、事前収集がてら気分転換に。


「はぁ……ちょっと外回ってきます」

「そうか、昼間じゃからまだ安全じゃがここの見える範囲にしておかぬと命は保証せぬぞ」

「……重々肝に銘じます」


 流石に安全な訳ないか。

 何よりこの世界で身を守る術がわからないし。


「……出口はこの部屋を出て右まっすぐじゃ。靴はそこにあるのを履いていけ」

「あ、ありがとうございます」


 廊下がある。

 正直思ったより大きい家だった。

 僕の寝ていた部屋と居間となにかしらぐらいの感じだったがどうもまだまだ部屋があるようだ。

 まぁ神様の家だし使ってなさそうだけど覗くほど無粋じゃない、そのまま外に出よう。


「ほぉ……!」


 自然環境独特な匂いが満ち溢れている。

 屋敷以外全周囲が自然だ。

 森、森、森、そして背後に屋敷がポツリ。

 鳥らしき鳴き声が響く。


「……本当に来てしまったんだなぁ」


 やはり聞いたことのない鳴き声であったり、そもそも植物ひとつとっても見たことない、というのが異世界に来たことを確信させる。

 奥の方からなにかリスっぽいものが寄ってきた。

 可愛らしい。


「これは……?」

『警告、トルデノとの接触は控えてください。溶けます』

「へ?!」


 思わず飛び退く。

 するとそのトルデノと呼ばれたそいつは液体を吐き出し周囲を溶かした。

 え、なにあれこわっ!?

 忠告がなかったら巻き込まれていたかもしれない……というか、そもそも今の声はなんだったんだ。


『この声は創造主が星の子達に授けた生活支援システムです。アウラ様が貴方の助けに餞別に、と』


 はぁ……なるほど?

 要するに天の声的な方ですか。

 そして思考が筒抜け……と。

 プライベートのへったくれもない。


『緊急時でなければ呼ばれなければ出てきませんのでご安心を。アウラ様の名にかけて保証します』


 ……まぁそれならいい……のか?

 しかしありがたいものを付けてくれた。

 確かに貰ったものの使い方が分からないとかあったら困る。

 取説なんてあるわけないしね。

 ……ん?待てよ。

 というかこの天の声があればある程度散策も捗るのではないか?

 そういうのは天の声さんとやらは詳しいのかい?


『……私であればどんな些細なものでも分かります。ですが頼りきりというのは困ります。と釘を刺させていただきます』


 ……頼りすぎを警告してくるとはやけに高性能な天の声じゃないか……

 まぁでも分かるらしいし少しだけ森を見てみるか。


 ◇


 いや、屋敷近辺を歩き始めて多分一時間も経ってないんだが本当にこの天の声さん凄まじいな。

 昆虫、植物なんのその、石質や地質まで事細かに教えてくれる。

 その中で驚くのは天の声さんの性能だけじゃない。

 命名法則が非常にわかりやすいどころか似ているのだ。

 ちゃんと色、形、特徴で命名されている形容の仕方もわかりやすい。

 例えば今目の前にある花は「イチジツテッカソウ」と言って、なんでも年に一日だけ咲いて花火の様に火花を散らすそうだ。

 薬草にもなるが群生すると火事なったりするらしい。


 そんなこんなで気がつけば一周か二週してしまった。

 気分転換と称して外を出たしそろそろ戻るか。


「……に気をつけるんじゃぞ」

「はい、わかりました」

「……ん?」


 屋敷を壁伝いに入口へと向かうと壁の向こうから二人の話し声が聞こえた。

 何かに気をつけろみたいな話らしいが聞き耳を立てる趣味もないし、必要な話なら自分も教えてもらえるだろう。

 ……これで僕に気を付けろだったら少し悲しいけど。


「ただ今戻りましたーっ」


 土を落とし、あえて音を立ててドアを開ける。

 何話してるかは分からないけど一応の気遣いということで。

 やはりというかなんというか奥の方から少し物音がしてからアウラが顔を出してきた。


「お、戻ってきたか、丁度良かった。こちも話が終わったところじゃからな。その様子じゃ汗もかいておろう?用意してやるからついてくるんじゃ」

「あ、あの靴は……」

「部屋まではいておれ」


 そう言って一番奥の部屋へ通される。

 たどり着いたのは周囲と材質の異なる扉。

 防水加工みたいなものか。


「まぁ着物は私が今回はどうにかしてやるから中に置いておけ。気にするでない。使い方が分からなければ聞くんじゃぞ」


 そう言うと先程出てきた部屋へと手を振りながら戻っていた。

「どうぞ、ごゆっくりー」とアフレコがつきそうな具合だ。


「まぁ実際それに甘えるわけには……」


 扉を開ける。

 お、脱衣場は脱衣場で存在しているのか。

 まぁでもこの文化度合いなら浴びて流すぐらいだろう。

 さらに部屋が分かれているようなので先に覗いてみると……


「な、なんじゃこりゃ?!」


 なんと、なんとだ。

 でかい桶がある。

 風呂桶じゃない。

 浴槽だ。

 湯に浸かる文化がある……だ……と?

 驚きはそこで終わらない、明らかにシャワーの形をした器具が付いている。

 驚きに震えながらシャワーらしきそれに手を伸ばしてみる。

 よくよく見てみると根元に蛇口になりそうな取手が見当たらない。

 ……はて?どう使うのか。


『……頭を握れば欲しい温度ででます』


 え、いくら天の声の言うこととは言え嘘だぁ……

 そう思いながら物は試しとヘッドを握ってみる。

 程よい温度を思い浮かべてみると……


 ――シャァアアア


 ……程よい加減のお湯が出た。

 おいおい嘘だろ……元の世界より便利すぎだろう……

 というかよく見ると根元は装置に付いているだけで水と湯をどこからか引いてる様子もない。

 もしかしなくてもここの装置内で作り出しているんじゃなかろうか?

 それにもしそうだとすれば少なくともこの世界は元の世界より遥かに発展しているのでは……?

 ハハッ……やべぇところに来ちまったぜ。

 まぁそれを考えるのは後。

 一旦戻って脱いでからさっさと浴びてしまおう。


 ◇


「…………」


 その場で白く硬直するウメダ。

 なんというか、僕が風呂場から戻ったタイミングが悪かった。

 アウラと鉢合わせになったのだ。

 いや、まぁ見られました。はい。


「……くっ」


 もうひとつ言うならあの神様の反応がなんとも言えない。

 下手に若めの綺麗な容姿なのに真顔で直視した上で何事もないようにスルーしていくのは色々と酷いと思う。

 去り際に「我々にはその様な情はないから安心せい。それにその身体作ったの私じゃし。健康体でなにより」じゃないよ全く。

 乾いた笑いでやってきたあたり確信犯ではないかとまで疑いたい。

 こちとら隠す布すら持ってなかったんだから勘弁してくれ……


「はぁ……ん?」


 脱いだ服に手を伸ばして変化に気がついた。

 脱いだままの状態だったのに綺麗になっている。

 汗臭さすらない……これも魔法か何かなのか?

 不思議に思いながら袖を通し、元いた寝室へと足を運ぶ。


「戻りました」

「お、使い方も分かったようじゃな……驚いたろう?」

「ええ、全くもって驚きましたよ……色々とね」


 アウラに笑われる。

 キクノはキクノで何のことだろうと首を傾げている。

 そのまま頼むからアウラさんには聞くんじゃないよ。


「あの……何かあっt」

「ハッハッハ何も無いぞ。さて、そろそろ頃合じゃ。お主たちを世界の流れに任せて私は帰らねばな」


 頃合、そろそろそんな時間らしい。

 時計らしきものは見当たらず陽の差し加減で大体それぐらいか、とわかる程度なのだが……


「もうそんな時間なので?」

「そうじゃな。調整したからの、誰も気が付かぬが今は常に昼じゃ」


 調整……なんというか何でもアリなのが神様らしい。

 ここまで楽しそうにしてるとは想像すらできなかったが。

 アウラはどこからともなくリュックとその中に幾らかの物品を作り出すとそれを詰めて二人の前に置いた。


「お主たちが世界を歩くというのなら一月分の消耗品を用意してやるんじゃが……どうするかの。好きに選ぶがよい」

「歩かないと言った場合は……?」

「そこらの村に預ける」

「な、なるほど……」


 はて、どうしようか。

 世界を歩くのも天の声が居る以上問題は無いはずだ。

 ちらりとキクノさんを見ればソワソワしている。


「キクノさんはどっちがいいんです?」

「へっ?!わ、私は……歩いてみたいな、と」


 ……あまり考えてるだけでも面白くない、か。


「アウラさん、僕もそっちで」


 アウラがニカッと笑みを見せる。

 どうもこっちの答えを待っていたのかもしれない。


「そうかそうか!ではなにか先程の品以外に欲しいものがあれば言うてみるがよい」



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