事件は唐突に
何故か今僕は恐らく神様らしい人に土下座されている。
勿論自分がさせたわけじゃないし、自分は神様でもない。
じゃあ何故ローカル線の運転手の僕がこんなことになっているのか?話は数時間前にまで遡る。
あの時もこの少し所ではない程旧式の気動車はそれに見合わず未だ快調に客を運んでいた。
着任当初にこの車両を宛てがわれた時は嫌がらせかと思ったが今では特性は身体に染み付いたし、何より自分も気に入った。
それに何よりプログラミングみたいに再現性のないバグはないし、注いだ愛情と気持ちと技術の分だけ走りで答えてくれる。
そして今もこうして多くの客を運びながら車庫へ向かっているが……まぁ日暮れの終電に乗る客といえば普段から使っている帰りのおじいちゃんおばあちゃんと部活帰りの学生がちらほら、だ。
多いと言っても昼間に比べたら、という程度。
『次はー、神谷八幡、神谷八幡』
ターミナル駅から先は普段なら降りる客だけ、しかしこの日は違った。
遠目にホームを望むと見慣れない白い人影がポツリと立っている。
旅行客か……?
そんなことを思いながらホームへ車両を滑り込ませていく。
近づくにつれその人が汚れひとつない白いワンピースに白い帽子というこの辺りでは一切見慣れない格好はさらに目を引いた。
やはり待ち人ではなかったようだ、ドアが開くとわざわざこちら側から乗り込もうとするのを運転席から顔を出して声をかける。
「お客さん、この電車で最後ですけど大丈夫ですか?」
遠くから夕暮れに照らされる中乗ってくるその人はにこやかに返してきた。
「大丈夫ですよ」
帽子のしたから覗かせた笑顔に一瞬見蕩れた。
こんな人は失礼ながらこの辺りに居るべき様な人ではないんじゃないか?
そんなことを思いつつ席に戻り、停車時間を予定通り過ごして再びレバーを倒す。
聞きなれた軽快な駆動音と煙の匂いを微かに感じながらまた次の駅へと車両は動き始めた。
終着駅に向かう程また一人、また一人と降りていき遂に車内は白い乗客ただ一人のみ。
これは終点で降りるんだろうな。
『宮ノ台三丁目の次は、宮ノ台神社御鷹御前、宮ノ台神社御鷹御前に止まります』
宮ノ台神社は年一度のイベントで凄まじい人数を呼び寄せる所だ。
この路線に暗い話がないのはここのおかげだろう……いや、ここの為にこの路線を用意したんだったか。
この二駅の間には長いトンネルがある。
神社のある山の隣の山を反対側を貫いているのだが……正直言って自分はここを通るのが好きだ。
まだ人気の感じる地区を通り抜けてきたのが
トンネルを境に一転して山中を走ることになる、冬なんかは『トンネルを抜ければそこは――』の下りに比べればちゃちな変化だがそんな感じがして好きなのだ。
車体がトンネルに首を突っ込み視界がさし変わる。
このトンネルは途中でカーブを描いており入口から反対側を見ることは叶わない。
ヘッドライトに照らされる線路を辿りカーブを終えた地点で異変に気がついた。
曲がった先で光が見えない、間違いなく不味い。
『緊急停止します!近くの手すり、つり革に捕まって揺れに備えて!』
放送……というより声を張り上げて伝え、ブレーキをめいっぱい捻る、段階的に締める余裕はない。
足元から引っ掻くような金属音と共に車体が大きく揺られる。
冷や汗が頬を伝う。
そのうちヘッドライトがチラホラと小石やらなんやらを照らし出し始めたが幸運にも突っ込むことなく線路が塞がれていることがはっきりとわかる距離で停止し、胸をなでおろす。
ニュートラルに入れ直してから運転席を立ち、安全確認のために車内に入る。
「お客さーん、大丈夫でしたか?」
「ええ……何もありませんよ」
「そうですか……とりあえず後続はいませんので一旦トンネルから車両を出します」
その人に何事もないのを見届けると車内を後方へと小走りで駆けていき、反転の支度をする。
ひとまず何もなくてよかった。
本来ならトンネルの中で連絡が先だろうがこのトンネルは古い、素早くまずはここを出るべきだ。
機関を焚き付け、ヘッドライトが反対側を照らす。
相棒は警笛をトンネルに響かせ、ゆっくりと単線を逆走しはじめた。
走り始めた直後、急に地響きと共に車両が不規則に揺られだした、まさか……とレバーを全速に捻り込んだ。
本来なら急加速は機関に限らず板床の車体を痛める、どうにかやりたくない事だが仕方ない。
――ミシッ
「……っ?!」
車両がねじれた感覚と共に嫌な音が耳に届く。
揺れがさらに強くなった次の瞬間、車両が跳ねた、やめてくれ、この子はそんなに頑丈じゃない。
案の定台車がズレこんで線路を擦る音が響き、視界が傾いた――脱線した。
慣性で車両が滑る。
嫌な音を鳴らしながら車両が減速しはじめてついに止まった。
それを見計らったかのようにほぼ同時に目の前を落石で塞がれた。
仮に脱線してなければ当たっていたかもしれないも悪寒を感じながら諦めてレバーを戻して、四肢を投げ出す。
「はぁ……」
と息をついたのもつかの間、車両は再び次挙げられるように揺られ、土砂に覆われた。
◇
「んん……くそっ……一体なんだってんだ……」
思い出せ、確か……山の方を通ってトンネルに差し掛かった最中で土砂崩れを食らった、それもトンネル内だ。
そのせいで確か閉じ込められて……思えば自分が生きているのがまずありがたい話だ。
長年愛した車両とこんなことになるとは思ってもいなかったし、こうして目立った傷もなく生きているのは車両が守ってくれたからかもしれないな。
相棒が身を挺して護ってくれた事に感謝しか浮かばない。
「っ痛てて……」
そうだ、今日は珍しい時間にたった一人だけ乗ってきた人がいたんだ。
見たことない顔の少し不思議な服装をしたお客様だったが記憶をたどる限りではどこの駅でも降りてはいない、つまり電車の中のはずなのだが……無事だろうか。
「……っ、お客さーん、ご無事ですかー?!」
腰から軍手を取り出し、お客さんの座っていたと記憶している位置を手探りで懸命に探した。
どかせる瓦礫を退かしたが一向に死体どころかその人の持ち物らしきものすら見当たらない。
もしや投げ出されてしまったのだろうか……
しばらく探したが結局乗客の遺品は見つからなかった。
何故か代わりにそれとなく形はわかる程度にまで一気にぼろぼろになった自分の帽子と持ち手のちぎれかかった鞄が見つかった。
「申し訳ないけど化けて出ないでくださいよ……南無南無」
死体も何も無いからか実感が湧かないがとりあえず手は合わせておく。
脱出前に呪い殺されたくはない。
「で、だ。……まずは生き残った自分の身だよな」
こんなことになってしまったがいくらローカル線とはいえ暫く待てば助けが来るはずだ、土砂崩れに気が付かないはずもない。
それでもマニュアルとして本部へ連絡は必要だ。
「あー、あー、応答願います。こちら天原三号。えー……ヒトヒトサンマル頃天原四号トンネルにて崩落。乗客一名の生死は不明、恐らく車両大破。早急に救援を求む。繰り返す――ってこりゃ機械は死んでるな」
しかし悲しくも車両の通信設備は壊れてしまっていた、見た目は大丈夫そうだったのだが、残念。
「なら……お、よしよし、携帯はまだ動くな!って圏外か……」
あのトンネルは過去の経験では電波が入らないなんてことは無かったはずだが……
肩を落としつつ、この瓦礫に対面する。
これを全て一人でなんて片付けられるとは微塵も思わないが、時間がかかっても幸い車両がこれ以上壊れる気配もない。
観念して比較的マシな椅子の上で胡坐をかき、隣にカバンを投げる。
「つまりどうにかして待つしかない訳か……やめてくれよ、全く」
待つとなるとどうしても気になるのは水と食料だ。
「そういや明かりは……」
投げたカバンを寄せて漁る。
ボロボロの鞄の中に入れていた懐中電灯が生きていた。
「おお!あったあった……まだ……付くな」
暗い車内が照らし出され、言葉を失った。
「……おう」
灯りに照らされた長年乗ってきた相棒は予想以上に悲惨なことになっていた。
割れて飛散した窓からは土砂が流れ込み椅子は汚れ、さらには所々床や天井を貫いたりひしゃげさせる程の岩が顔を出していた。
あまりの惨状にわずかに言葉を振るわせながら空元気で気を保たせる。
「ま、まだ非常食ぐらいあったよな……」
この車両は冬季の立ち往生に備えて床下に最低限暖をとったり水と非常食ぐらい数人分は積んでいたはずだったのだが……凄まじい壊れ方をした車内から開けるハッチを見つけ出すのは至難の業だった。
それに加えこの惨状、潰れて食品として使えなくなってるものも多く、かき集めても一日の一人分にも満たない量しかなかったが、水については救助までの時間を考えても余裕ある量がまだ無事であった。
椅子のバケットを取り外し床に置いて座布団の代わりにする、歪んでガタガタだが直接座るよりはるかにマシだ。
「……まさかこんな所で過ごす日が来るなんてな」
テレビなんかで崩落の救助現場は何度も見たがまさか自分が助けられる側になる日が来るとは思いもしなかった。
幸いにも五体満足な自分の身体を見つつ小腹を見たし、ただただ刻刻と時が過ぎ、助けが来るのを待つ。
時間は手元の懐中時計のおかげでなんとか把握できるがただ動かないでいるのも辛い。
「他にも何かしらあったよな……」
懐中電灯片手にガラス片を足で寄せつつ荷物を探す。
ダメージの比較的なさそうなシートを上げてみたり……宝探しならどんなに楽しいことかと考えつつも一つ、また一つと無事な荷物が出てくる度に笑みがこぼれる。
探せる範囲は知れたものだったが出てきたものは断熱シート、毛布、簡易コンロ、予備の鞄と中身一式、他にも少々有難いものばかりであった。
「いやぁ……探すとあるもんだな」
一部はこんな田舎のローカル線じゃなかったらアイテムばかりだ、そもそも積み込むことすら許されないのではないか?
壊れた運転台横に立てかけてあったちりとりを片手に座る場所を片付ける。
周囲は未だに瓦礫まみれだが塵やガラス片が無いだけでも過ごしやすさは大違いだ。
そんなことをしてただただ待ちぼうけを食らうのだが気がつくとそろそろ三時をさそうとしていた。
……流石に重機は入らなくても救助隊も動いてるだろ。
火は酸素の都合で使いたくないので非常食として残っていた乾パンに手を伸ばす。
「んぐ……口に張り付くなこれ」
お世辞にも美味いとは言えないが文句は言えない。
味だってそんな積むときに考えた覚えもない。
当時を恨みつつ、水で流し込みながら小腹を満たした。
話し相手でもいれば違うのだろうが生憎その話し相手になりえた人は見当たらず、仮に死体でもあったらもう少し大変なことなっていただろうが今のところ異臭い一つしない。
「はーっ……暑い」
篭った環境はどんどん暑くなる、流石に上着を脱いだ。
ハンガーなんてものは無かったのでそのまま手すりの上に投げた。
「よっと」
――コンッ ゴトッ
「……ん?」
何やら赤い筒状の製品が転がってきた。
消火器だ、いまさら留め具が外れて転がったのだろう。
「危ないし戻すか……っ?!」
グリップを握って持ち上げた時だ。
確かにそれは凄まじい音とともに破裂した、身体の右半分をを金属片が貫き、抉る。
「ああああああっ!?」
突如として降り掛かった災難に床に転がり込んだ。
痛い、アァイタイ。右側ガ特にイたい。
なのに痛み以外の右からの情報がまるで無い。
そのまま崩れ落ちようとする体は支えるすべもなく床に伏せた。
寒い、目眩がする。心臓の音だけが聞こえる。
「な……ん、だっ……てん……だ」
体に打ち込まれた鉄杭、目眩と急速な失血感。
ドクドクと聞こえる流血の音、それすら次第に掠れていく。
こんな酷い人生の終わり方なんて聞いてないじゃないか……
寒さすら感じなくなる、目を開いていても視界が黒く狭まっていく。
唯一手放さなかった意識すら途切れた。
◇
「――ほれ……ほれ!起きんか!私がこのままでは良くないんじゃ、起きてくれ!」
揺さぶられて目がうっすらと開く。
そこは白い場所だった。
何気なく上体を起こしたが何故起きれるのだろう?
手をついてみると寝ていた地面は不思議と柔らかく、包まれるように沈みこんだ。
足を崩して辺りをぼんやりと見渡す。
光源は見当たらないが眩しすぎず暗すぎず、と言った具合の空間だった。
「ふぅ……目は覚めたの」
「……うおっ!?」
隣には一人の女性が座っていたらしい。
若く見えるがどこからともなく凄まじい存在感を感じる。
唐突にこちらが動いてしまったからか少し身構えられてしまった。
「えっあの……ここは……?」
「ここはじゃな……まぁなんじゃ、説明しにくいが所謂幽世じゃよ。お主にも心当たりはあるじゃろ?」
「え?あっ……」
意識を手放す直前を思い出し自らの半身を抱いて確かめてもやはり感覚がある。
いや、しかしあの時たしかに吹き飛んだはずだが……どういうことだ。
それより今、体は不思議と軽い。
日頃の疲れはどこへやら、まるで温泉にでも入っていたのかと言わんばかりの楽さだ。
そんなことを思いつつ動く半身を不思議に眺めていると女性が話を始めた。
「突然で悪いのは分かっとる。じゃが……本当に申し訳ない!」
……とこういう感じでほぼほぼ突然の流れで土下座されてしまった訳だ。
ってのほほんと言える話題じゃない!
いやいやいや、いきなり何をするんだこの人は。
意識がはっきりとした僕は思わず静止させずにはいられなかった。
「いやいやいきなりやめてください!せめて理由を……」
「間接的にとは言えお主を殺した」
「……は?」
これが僕と神様の出会いだった。
こっそり書き溜めていた7万字。しかしながらこの度5万字前後ボツにするにあたって10万字到達前に放流することにしました