隕石
最期の日、男は社内を見渡していた。
「ふふふ、いそいそと仕事に勤しんでいる君らは知るまい。もうすぐこの地球に小さな隕石が落ち、この世が終わってしまう事を」
まるでこの世の最期の目撃者になっているつもりになり、男は人生最期の日なのにそれを知らずに今日もこうして普段とかわらず仕事に打ち込んでいる同僚達を、哀れな奴らだと見下していた。
男には昔から予知能力じみた力があった。それはこれまで外した事は無かった。確実に正確に当たるのだ。それも時間も場所も全て正確に。だが、その能力は使おうと思って使えるのではなく、ある日突然頭の中で出来事と日時が文字として浮かぶのである。
男はこれまでその予知能力を使って様々な事故をくぐり抜け、自分が働くにあたって生涯倒産しないそこそこの会社に入社し、宝くじが当たっても公にしないで会社は辞めず、生活の為に働いている同僚達を心の中でほくそ笑んでいた。それは時折、隠し切れずに本当にほくそ笑んでいるところを見られてしまい、気味が悪いと社内で有名になったが、通帳にある富裕層並みの現金が心の余裕を生んでいた。
その様な大金があっても決して仕事は辞めなかった。
会社を辞めても大丈夫な予知が来ないからだ。
「 自分はこの特殊能力のお陰で危機を乗り越え、宝くじが当たり、人生を謳歌している。なんとすばらしいんだ。」
男はしみじみと思う毎日だった。
ある日、予知が来た。
それは地球に隕石が落ちてこの世が終わる事だった。
男はせっかく特殊能力のお陰で全てがうまくいっていた事が終わってしまう事に悲観するのもそこそこに、どうせ終わってしまう事がわかっているなら大金を全て使ってしまおうと考えた。
豪華な食事の毎日、豪邸の購入、旅行、高級車、使える限り全てを使った。
だが、仕事だけは辞めなかった。この世の終わりを迎えることを知らずに相変わらずせっせと仕事をする滑稽な人間を見ようと思ったからだ。
そしてその日は来た。
男は仕事もそっちのけでガラス張りのオフィスから外を眺めていた。
空に光る一筋の光
その光は一直線に向かって来ている
「いよいよ、か。こうなる事も知らずに未だに仕事をしているなんて可哀想な奴らだ。今日が最期だと知らずに。やり残した事も沢山あるだろうに。
だが、俺は違う。俺だけは全てを済ませた。準備したのは俺だけだ。やり残した事は無い」
そう呟くと男は隕石を見た。
隕石は光を放ちながら、ガラスごしにオフィスから見上げる男の頭を貫き、オフィスの床にコロリと転がった。
男の予知通り、男の生涯が終えても会社は倒産せず稼働していた。