健気。
馬鹿二人を振りきったお陰で講義には間に合ったが、講義に出席したところで悪評が消えるわけではない。講堂、廊下、中庭。何処にいても居心地が悪いったら無い。
しかしまあ、どんな悪評がついたところで、結果が全てなわけさ。
私が第一王子の妃になるなんて事があれば、身の破滅だけど、第一王子が他の人と結ばれれば、「悪女」一転「遊ばれた娘」、私の振る舞いによっては「遊んだ娘」になるわけだ。同じ「悪女」でも、誑かしたとか弄んだとかは加害者だけれど、遊んだ、なら、共犯だ。一方的な悪者ではないし、火遊び程度、貴族社会では黙認されると聞く。妃になるなんてあり得ないし、これに関しては未来が見えているようなものである。
つまりは、悪評なんて気にするだけ無駄なわけだ。となれば、今の不快不便をやり過ごすのみ。気楽に過ごすべく、娯楽を求め図書館へ向かった。
経済や経営について、また、商売になりそうなものについて、実用書や研究論文を読むことが多いが、個人的趣味としては恋愛やミステリー、ファンタジー小説が好き。国内随一うたう学園図書館は、なんとそういった娯楽本も所蔵していた。文学研究の一部、ということになっているらしい。
「ライナール?」
恋愛小説の書架にさしかかると声をかけられた。
「シャルル様?」
小さな手に持っているのは、覚えのある装丁の本だった。数年前に大ヒットした王道恋愛小説だ。読んだなあ。
「お読みになりましたか?ソレ」
「もう何度も」
「お好きなんですね」
「ええ」
ふわっと笑うシャルル嬢は、愛らしく、悲しそうだった。
「このお話の王子サマ…わたくし大好きなんですの。」
「金髪碧眼で何でも超人な王子サマですよね?」
「ふふふ、そうね。何でも出来てしまう王子サマ。正義感が強くて、感情豊かで、純粋な方。」
「王道の王子サマですね」
「本当に…」
窓から微かに差す日の光も相俟って、伏し目がちにそっと表紙を撫でるシャルル嬢は、一枚の絵のようだった。日の光に溶けてしまいそうなほど儚くて、綺麗なんだけどちょっと不安になる!
「ライナールは、この王子サマお好き?」
「そうですねぇ。ヒロインの相手役としては良いと思いますよ。」
「もし、こんな王子サマが居たら、貴女は恋をする?」
「ああ。そういう意味でしたら、好みでは無いです。」
私の答えに悲しそうな笑みを浮かべるシャルル嬢。え。何かマズいこと言っちゃった?
「言うと思いました!…けれど…わたくしは、恋をしてしまいました。」
尻つぼみに小さく告げるその声は、秘密の告白めいていた。自然と私も声を潜める。
「シャルル様にとってのレオンハルト殿下が…そんな王子サマだったんですか?」
「はい」
何の迷いもなく、笑顔で答えたシャルル嬢の目元は、少し赤かった。昨日どれだけ泣いたのだろう。第一王子の人柄やその他諸々は、恋愛中によく見られる“三割増しでよく見える”通称3倍フィルターってものかもしれないけれど、それだけ、本当に恋なのだろう。政略とかより、もっと、ずっと大切な気持ちだ。
「殿下が、お好きですか?」
「もちろんです。お側に侍れずとも、終生お慕い続けます。」
凛とした表情で何処までも男前な事を言う。
「陰ながらお慕いするだけなら、レオンハルト様もお許しくださると思うんですが…内緒にしてくださいね?」
もう、なんて健気なの!このコ!




