私は殿下が嫌いです。
「貴女さえ、貴女さえいなければっ!!!」
さて、お立ち会い。
これなる怒れる美少女、名はシャルル•ファルリアム•マレルリアート。侯爵令嬢にして、我が国の第一王子殿下の婚約者サマ。紫色の少しつり上がった大きな目に涙をいっぱいに溜め、煌めく淡い色合いの銀髪は、緩く波打ってその激情故に揺らめいている。
「レオンハルト様は、わたくしをっ…!」
刺すような視線を向ける先は、私。リア•ライナール。商家の娘ながら、第一王子のお気に入りとして最近有名らしい。
端から見れば、王子を巡った修羅場の開幕宣言である。
「シャルル様、ここは図書館です。場を移しましょう?」
衆目を避けるため、提案すれば、我に返ったのかシャルル嬢は視線だけで周りを確認する。長机に二人。書架の梯子に一人。受付に三人。目撃者は六人。醜聞を拡げるには十分過ぎる事にどうか気付いて下さい。
「…良いでしょう。」
やっぱり、シャルル嬢は馬鹿じゃないんだよなぁ。シャルル嬢は。小さくため息をついて、私は彼女とその場を後にした。
事の始まりは、庶民の私が国の最高学府に入学するという珍事にある。『全ての才気ある民に門戸を開く』という触れ込みではあるが、結局王侯貴族しか入学していない国立学園。そもそも識字率がそれほど高くないこの国で、勉学が出来るかどうかなど、庶民にはあまり興味も益も無い話なのだ。我が家としても、必要があったから私を送り込んだに過ぎない。
我が家は貿易を生業としていて、最近は他国との付き合いも貴族並みになってきた。彼等の考え•常識•嗜好•人脈を若いうちから知ることは、利益を生む。本来、跡継ぎたる兄が入学すべきなのだが、彼は勉学が好きではない。机に齧り付くのが嫌いで、実践こそ学びの場と考えている。そのせいでお鉢が回ってきた私が、周囲の『どうせ入学試験に落ちる』という考えを覆し、合格してしまった。しかも首席で。ぶっちぎりの首席。珍事としか言い様がない。
私としても、まさかとしか思っていなかったこの珍事が、彼、第一王子の興味を引いてしまった。彼は私に次いで二位。私がいなければ、王子が首席だったのだ。
そして、彼曰く、真実の愛とやらを私に見いだしたとか。
私としては迷惑以外の何物でも無いが、面白く思わない人は両手足に余るほど居て、その筆頭がシャルル嬢。そりゃまぁ、そうですよねぇ。
図書館を離れ、人気の無い散策路を行く。シャルル嬢はまだ涙ぐんで居るが、凛と前を向いている。こんな愛らしくも健気な美少女を煩わせるなんて、馬鹿王子は本当に馬鹿王子だ。
「この辺でよろしいかしら。」
散策路から少し奥まった木立の陰でシャルル嬢が私を睨む。毛足の長い、とってもお高いお猫サマの様で大変愛らしい。
「貴女のせいで、レオンハルト様は変わられてしまった!」
毛を逆立てたお猫様よろしく、ものすごい怒気を発していらっしゃる。私は小さくため息をつく。
「シャルル様、どうかお聞きください。」
「……」
私を睨んではいるが、黙ったってことは肯定だよね。
「不敬とは存じますが、私も迷惑なのです。」
「なっ?!」
「私は殿下が嫌いなので。」
「なんですって!言うに事欠いてそんな嘘をっ」
「私は商家の娘ですよ?あんな態度、軽蔑にこそ値しても好意なんて蟻の触覚程も持てませんよ。」
「…どういう事ですか?」
どこぞの馬鹿王子と違ってシャルル嬢は察しが良い。可愛い上に頭が良い、こんな希有な美少女が馬鹿王子の婚約者サマだなんで世の中間違っている。




