タイムスリッパ―
どう生きればよかったのか。
わからない。わからない。
「武のソックスおれ頭おかしいと思うもん」
「それ三万?ガチであほやん!?」
「口くせえな。ガムは常識ちゃう?」
何故、そこまで堂々と断ずる。
君たちのそれが第一人者であり続けられるのは、皆おれのおかげだろうに。おれがおもしろくないおかげだろうに。
おれはいつもミスる奴だった。大阪に生まれたのもミスった。小柄で、老け顔で、イニシャルはNG。
ミスターミスだと、先生にも笑われた。
生まれついていじめられる素質があったらしい。ミスを犯すたび、おれは入学したての、あの誰もおれを知らない、大変貴重な時代にたまに戻ったり、滑りこまれたりする。またもっと奥の過去に、おれは呑気なおれを見つけて、今に戻って、そこが家だと頭を抱える。
癖みたいになっていた。
学ばないなと、むしろマゾなのかと、責めているのはいつのおれだ。
過去過ぎて分からない。いつまで続いているのか不明なおれとおれの漫才。まったく全然これっぽっちも、お客はいない。練習ばかりだった。
大学生になって、大学の講義を受けても謎は謎のまま、二十歳になっても、卒業して、医療職に就いてもおれは過去と喧嘩した。
ネットで調べてみた。タイムスリップ現象というやつらしかった。
で。
格好いいなと思った。納得もいった。病院で凄い薬ももらえた。
「タクシーとか呼ばん?」
兄が言った。
「めっちゃくちゃやなぁ、予報」
母が言った。
ジャングルジムやシーソーにたくさん浮かぶふわふわした白いのが、積もっていく。耳たぶが異様に熱い。手にはバドミントンのラケットが握られている。
「治んないなあ…」
現象について解ったところで、現実の答えは非情で、冷たい。
朝。半袖で外に出て、どうしたっけ。帰ってきたのか。現実は冷たい。けれど、現実にこたつの出番なんてのは、毛ほどもない。だったらこの純白の景色で蒸し暑く感じるのは、太陽の仕業に違いない。
おれは右側にいた兄の手袋を掴んだ。それから、左手を、母の腕に絡ませる。「どうした?」と無理やりな笑顔を失敗を励ますようにこちらに向けた兄は、おれではなく、母を見ていた。
それから三人で焼き芋を買って、食べた。
緩急つけた過去の、テクニカルな所行に、おれはまんまと幸せを感じてしまう。
気づけば自転車に乗っていた。
坂に引っ張られる。速いのが、突然ではないにしろ、それこそ突くように現れて、おれはブレーキをかけた。
「さすがゲームばっかしてるだけあるね」
何故そんな悪態をつく。
「暇やから奢ってや」
お前いつもそればっかりだな。
奥村慎吾と、藤宮勇。
彼らと過ごした過去のおれが、今の俺に言った。
「トラック」
来とるで。
金切り声が兄の方から聞こえた。
おれは信号無視のトラックに轢かれた。
先ほど、トランスしたのは小学五年生の冬の現実だった。
おれはまた今日に、タイムスリップするのだろうか。
後ろを見返すのだろうか。
もし、この日記を見ている誰かが、いるのなら。
ミスったとしか言いようがない。