第二話 五月
芸術鑑賞教室で、不世出の天才であることが判明した美奈子。これを境に、俺と美奈子、二人の人生は大きく変わっていく。
芸術鑑賞教室のあと、美奈子はいろいろ町内新聞から町内テレビまでに出ろといわれた。学校内では、もはやに美奈子はスターだった。知名度だけなら柏葉兄弟や、喧嘩の悪名轟く俺に並ぶほどだ。町内の新聞はもちろん、町内テレビにもしつこいほど紹介され、近いうちにもっと大手の新聞や、テレビの放送局関係者も来るとのことだった。そうなったらさあ大変。今までは美奈子に振り向きもしなかった奴らが、柏葉春子のブロマイド片手に美奈子を追いかけ始めた。それも、学校内でも随一のストーカー共だ。
梅雨が始まり、毎日がじめじめするようになった。あまりの湿気で、寺の中でもいろんな食べ物がかび始めた。まあ、手入れが悪かったんだろう。と、思ったら、別にとんでもなく手入れが悪いのではなかったらしい。俺の部屋の畳がある日臭かった。あまりにも臭かったので上げて見たら、カビが生えていた。畳屋が来て、畳を換えてもらった。今度はカビ防止の畳を買った。それで俺の今月の小遣いは全てなくなった。しばらく柏葉とかにお金を貸してもらう日々が続きそうだ。
事件は五月の十三日に起きた。俺と美奈子はいつものように学校から帰っていた。校門を出て長い坂を登った辺りで雨が降り出した。俺はちょっと止まって引き返し、美奈子の分も傘を取ってくると言った。美奈子はすぐそばの建物で雨宿りをした。
俺は坂を降り学校に走って戻り、校庭を横切って学校の玄関から傘を取った。俺がまた先ほどのところに戻る途中で、なんと悲鳴が聞こえたのだ! しかも聞きなれない悲鳴ではない。
俺は校門のところまで急いで走った。すると、そこから美奈子が雨宿りしているところが見えた。三人の男子が、美奈子がいるところを取り囲むように立っていた。俺は目はいいので、すぐに俺の学年ではないと分かった。俺の数々の武勇伝を知らない下級生か・・・・・・。そいつらは、背の高い、ひょろっとしたがり勉のような奴と、背の低い太っちょの奴と、そして例の野球部の瀧澤であった。
俺は思った。あいつら・・・・・・柏葉がいてもてないからって、美奈子にちょっかいだしてやがる! 俺は急いで坂を駆け上がった。
がり勉の奴は言った。
「お、おい、お前この前町内テレビに出てた瀬戸・・・瀬戸何とかだろ? 天才画家って言われてる・・・・・・しかも結構可愛いじゃん。お、おい、この俺と付き合わないか?」
太っちょの奴は言った。
「ばーか、瀬戸先輩がお前みたいながり勉オタクと付き合うかってんだよ〜。どうせ付き合うならこの俺のようなたくましいスポ〜ツマンだろ〜」
瀧澤は割って入った。
「お前ら二人とも黙ってろよ! この女子には俺が目をつけたんだ・・・・・・誰にも邪魔はさせないぜ」
がり勉は反論した。
「お、おい、そりゃないぜ、瀧澤! お前俺たちを連れてきたのはあのいつもまとわりついてる漆山何とかを倒すためだろ? ほら、あの筋肉ばっかしで頭からっぽな奴。だったら報酬は・・・・・・」
太っちょも言った。
「そうだ、漆山何とかがどんなにすげ〜かはしらね〜けど、ど〜せ口ばっかりのへなちょこさ。いくら背が高くても喧嘩にはかてね〜よ」
「・・・ま、どうせ弱いだろうな。それより・・・・・・」
瀧澤は怪しい手つきをしながら嬉しそうに美奈子に迫った。一瞬美奈子の尻に触ったが、美奈子はその手を叩き落としたので、瀧澤はますます嬉しそうであった。多分生粋の変態なのであろう。
坂を駆け上がっていた俺は、この時点でぶちきれた。
「まず、誰が口だけだぁああああああああ!」
俺はそう叫びながら、飛び上がり、その太っちょの顔にとび蹴りをお見舞いした。
「ぶぼおおおおおお!」
太っちょは気味悪い悲鳴をあげながら吹っ飛ばされ、そばの壁にぶつかり、地面に落ち、そのまま急傾斜である長い坂を転がり落ち始めた。
俺は重心を変えずに回転した。
「そして、誰が筋肉ばっかしで頭空っぽだああああああああああ!」
そう叫びながら、俺はがり勉のわき腹にきつい後ろ回し蹴りをお見舞いした。がり勉の体は驚くほど弱く、いっしゅん骨が折れたんじゃないかと思った。がり勉は腹を抑えながら雨の坂道に顔から倒れた。
「そして!」
と、俺は自分の回転を止め、瀧澤をにらみつけた。
「ひっ!」
瀧澤は恐ろしそうな顔をして、一瞬パッとひるんだ。俺はその隙を見逃さずに瀧澤の間合いに踏み込み、ぐっと構えた。
「何してんだ、この変態がああああ!」
俺はそう叫びながら瀧澤の腹を思いっきり殴った。瀧澤はデブなため、パンチの威力は半減されたが、それでも相当効いたようだった。
「うっぷ、・・・・・・ぐえっ!」
瀧澤は腹を抑え、吐きながら倒れた。
俺は美奈子のほうを見た。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
美奈子はありがとうという感じで俺を見た。
「ううん、怪我はしてない。・・・・・・ありがと。すごく怖かった。喧嘩までさせちゃってごめんね」
俺は答えた。
「いや、こういう風に喧嘩をするのは小さい頃からずっとやってるから、別にいいんだが・・・・・・それにしても一瞬だったな。こいつら、俺に挑戦するのは百年早いぞ」
俺は手に持っていた傘を見た。「ぎゃあああ!」
美奈子は驚いた。
「何? 京くんどうした!?」
俺は手に持っていた美奈子の傘をみた。強く握りすぎて、また坂を駆け上がっているときいろんなものにあたったらしく、ぼろぼろになっていて、使い物にならなかった。俺は申し訳なさそうに言った。
「すまん・・・・・・傘壊しちゃったな。俺の傘をやるよ」
美奈子はなんだか複雑な心境のようだった。
「私・・・・・・いつも京くんに守られっぱなしだね・・・・・・いつも迷惑をかけてる・・・・・・」
俺は慌てて言った。
「そ、そんなことないぞ! 俺は別に好きでやってるんだし。だからいろいろ考えなくていいぞ! な!」
美奈子は自分に納得していないような顔だった。
俺は自分の傘を美奈子に渡して言った。
「・・・・・・早く行こうぜ」
美奈子は申し訳なさそうに傘をさして歩き始めた。
俺も後から、かばんを頭の上に持ち、出来るだけ濡れないようにしてついていった。
俺たちは無言で歩いた。
その日の晩のことだった。
「京介ぇ!!!」
親父の大きな怒鳴り声が、寺中、いや、近所中に響いた。俺も自分の部屋で飛び上がるほどびっくりした。親父がこんなに怒鳴るといつもいいことはない。しかも大概俺は運の悪い出来事に遭遇してしまうのだ。
といっても今行かなければ明日から寝泊りする場所がなくなるので、俺はしぶしぶ居間に行った。俺は驚いた。なんと居間にいるのは、瀧澤ではないか! その横には、瀧澤の親父らしき人物がいる。なるほど似ている。瀧澤の鼻の下にひげをつけ、そしてもっと筋肉質にしたら大工である瀧澤父にそっくりだ。しかし、根性が捻じ曲がっていそうなのは瀧澤息子だけであった。瀧澤父の方は、温厚誠実な一方で、頑固一徹にも見えた。
俺の親父は低い声で、俺を睨み上げながら言った。
「京介・・・・・・お前、瀧澤の坊ちゃんに喧嘩を理由もなくふっかけたそうだな・・・・・・」
瀧澤父は言った。
「いや、あくまでもそう息子は言ってるんですね、でも私からしたら漆山さんの息子さんがそんなことをするはずもないと・・・・・・思ってるんですが、どうなんでしょう」
親父のはげ頭に電灯の光が反射して目に当たった。とてもまぶしかったので、俺は目を細めた。これじゃまるで警察でやるような事情聴取だ。
「ちげーよ、それは瀧澤が美奈子にちょっかいを出してて・・・・・・セクハラもだ」
瀧澤父はキッと瀧澤を睨んだ。
「それは本当なのか、寛一!? もしお前が言ったのが事実無根なのだったら・・・・・・」
瀧澤息子は慌てて弁解した。
「いやいや、ぜんぜん嘘じゃないよ、父さん! それに・・・・・・」
瀧澤息子はいやらしそうに俺のほうを見て言った。「証拠なんてないだろう? 証拠が・・・・・・」
俺はこの瀧澤息子をこの場で殴ってやりたかったが、それじゃ逆効果だ。
瀧澤息子は、いやらしそうにへっへっへと笑っていた。どうだ、証拠なんかあるなら見せて見やがれ、と言った具合であった。
親父は言った。
「わかってるよな、泥を塗るなら・・・・・・出家だ。もう青森の寺と話がついている」
何! 青森だと! そんなところに行ってたまるか! 俺は考えた。どうすればこの場を上手くしのげるか・・・・・・せっかく最近は退屈な春休みを終えて学校生活が面白くなってきたんだ。こんな奴のために罰として出家させられてたまるか。
俺が考え、親父の目は自分のはげ頭のように怪しく光り、瀧澤息子はへっへっへと笑っている中、急にインターホンがなった。そして、声がした。
「あのー、すみません! 京くんいますか?」
門の方から聞こえる声は、間違いなく美奈子のものであった。
瀧澤息子は急にやばいぞという顔をして、ちょっと席を立とうとして言った。
「さて、ちょっと帰ろうかな・・・・・・」
しかし、瀧澤息子は瀧澤父によって固く席に戻された。
坊さんの一人が美奈子を居間に連れてきた。右手には俺の傘を持っていた。俺が帰るとき渡したものだ。わざわざ返しにきてくれたのだろうか。
美奈子は瀧澤を見るなり、坊さんの後ろにささっと隠れた。
親父はそれを見て問いかけた。
「おや? 美奈子ちゃん、何故この瀧澤君を避けるのかね?」
美奈子は優しすぎる人物だ。こんな瀧澤の野郎にも、名誉を傷つけていいのか、などと考える。仕方ないので、俺は『言っても構わないぞ』と動きで伝えた。
美奈子は言った。
「その・・・・・・今日の放課後、この人・・・私のお尻を触ったり、迫ってきたりして・・・・・・怖かったんです・・・・・・」
ナイス、美奈子! グッジョブ、美奈子! 俺はそう思った。しかし、次の瞬間びくっとした。
さっきまで『善』だった瀧澤父の顔が、突然百パーセント『悪魔』に変わっていたのだ。冷酷無情、極悪非道。先ほどの顔とは違い、きっと頭の中では、どうやって息子を容赦なく懲らしめようか考えているのだろう。ちなみに、瀧澤息子は終わった、もうこの世は終わったみたいな絶体絶命な顔をした。瀧澤父の顔から察すると、確かに美奈子の一言で瀧澤の命は途絶えたのかもしれない。そう考えると、ちょっとだけ可愛そうに思えた。しかし、瀧澤の行動を考えると、思う存分懲らしめられたほうがいいという気持ちになった。さらば瀧澤。
瀧澤は連れ去られる中、最後まで泣きながら許しを請うていたが、それは父親にとっては馬耳東風であり、全く聞こえないのであった。
美奈子は俺に傘を渡して、ありがとうと礼を言って帰ろうとした。すると、親父が珍しくフェミニンなことをいい、女を家まで送るのは男の義務なんたらかんたら言っていた。俺は美奈子を言えまで送ることにした。別に遠いわけでもないのに・・・・・・。
俺が美奈子の脇を歩いていると、道の先で影が動くのが見えた。
「まずいぞ、あの漆山がいる! 今日は退散だ!」
そういって、影は飛び去っていくように消えた。何かを落としていたので、拾ってみると、『美奈子ラブ!』と書いてある、『瀬戸美奈子を近くで見守る会』の会員証であった。写真つきで。やばいぞ、これは・・・・・・美奈子は顔立ちは可愛いほうではあったのだ。ただ、今まではもっと派手な綾野や、最近では柏葉妹に注意がいっていただけで・・・・・・。『近くで見守る会』ってどう考えたってストーカー連盟だろう・・・・・・。連中は他にすることがないのか?
「それなーに?」
と美奈子が俺の後ろに来て言った。
俺は慌ててゴミ箱の中に投げ捨てた。
「な、なんでもないぞ! 破れた使い捨てのテレカだ」
美奈子はゴミ箱の方を見た。
「ふーん」
俺はそのまま美奈子を家まで送った。すると、先ほどのゴミ箱をあさっている奴がいるではないか! しかも、何かをつぶやきながら夢中に探していた。
「あれがないとリーダーに叱られる・・・・・・瀧澤はもうつかまったというのに・・・・・・」
俺はぶちっと切れた。
「おらあ!」
俺は闇の中で、その人影にラリアットを喰らわせた。
「ぐはあ!」
その男は倒れ、俺はそいつの胸倉をつかもうとした。しかし、そのとき何か俺の顔に投げ込まれた。それはパンという音を立てて割れ、白い粉を撒き散らした。目潰しであった。
「うわっ!」
俺は急いで目を守った。しかし、その隙にそのゴミ箱を漁っていた男は逃げてしまった。
組織的に行動してるのか・・・? 俺はあきれた。こんな夜になってもストーカー行為を働いているのか・・・・・・。しかし、俺はなんだか悪寒がした。そうだ、その美奈子のストーカー共は隙あらば美奈子に言い寄りたいんだ・・・・・・。そうなると、最大の障害物は・・・俺じゃないか! 俺は狙われて当然というわけか! なんてこった! 喧嘩をしたら地方に出家させられるなんて事実を知られたら、ひどく狙われるぞ! 俺はまた狙われたりしないように、急いで帰った。
それから一週間ほどが経つ。瀧澤はあれ以来学校に来ていなかった。先生に聞いたら、一学期は休学と、親が言っていたそうだ。俺は瀧澤に冥福を祈った。
昼休み、みんなが弁当を食べ終わり、柏葉は読書をし、女子の大半はそれをうっとり眺め、それを見た大半の男子はお互いを慰めあいながらやけくそでスポーツでもしにいった。草野先生が教室に来た。
「瀬戸君、・・・・・・あと、そして漆山君も・・・・・・」
俺はなんだかよくわからなかったが、美奈子といっしょに草野先生の美術室まで行った。
草野先生はいきなり真剣な顔をした。
「さて、いきなり本題に入ろう」
俺はずっこけた。前置きとか挨拶とかなしかよ。相変わらずこの先生は奇抜だ。
草野先生は言った。
「瀬戸君、君の作品を知り合いの評論家に見せたところ、大変見所がある生徒で、だから六月の全国美術コンクールに出品してほしいとのそうだ。その結果でいろいろと決まるからな。君はこれによって知名度が上がり、いや、それどころか君の才能なら、金賞辺りも狙えそうだ。大出世のチャンスだよ、瀬戸君」
美奈子は信じられないというような顔をしていた。
俺は美奈子の肩を叩いた。
「すげーな、美奈子! 大チャンスだぞ!」
草野先生は俺をびしっと指で指した。
「そこで、漆山君、君が入ってくるのだ!」
俺はびっくりした。
「え? 何でですか?」
草野先生は力強く言った。
「瀬戸君は、ちゃんと作品に没頭できると、最高の作品を作り出せるのだ! そのためには、君がちゃんと付き添って、その集中が乱れないようにしてもらいたい」
俺は混乱した。
「え? どういうことですか?」
「つまり、瀬戸君が作品に没頭できるようにしてほしいのだ! 私だって目は節穴じゃない。瀬戸君が注目されて以来、瀬戸君を取り巻き不特定多数の男子生徒がストーカー的行為を行っているのも知っているが、特定できず証拠もないので捕まえられん」
美奈子は驚いた様子だったが、俺はすでに気づいていて、むしろ何もしってなさそうだった先生が知っていたのがびっくりだった。俺は言った。
「先生、そのこと知っていたんですね・・・・・・」
草野先生は言った。
「何、校長を含め、保健の竹内先生、数学の林先生、体育の桂谷先生、国語の赤碕先生など、みんな知っとったよ。ただ、今は急に編入してきた柏葉妹を合わせた柏葉兄妹の対策を練るので先生達もみんな精一杯」
「あれ? 柏葉春子ちゃんって普通に入学したんじゃないですか?」
「最初は高級エリート私立を薦められてたんだが、兄同様お金のために断って、それで兄のいるこの学校に編入してきたというわけだ。学校としてはこうなることは予測できたから編入試験を難しくして落とそうとしたんだが、満点をとられたんでな。ふぉっふぉっふぉっふぉ」
俺は沈黙した。やはり柏葉家は恐ろしいという俺の推測は間違っていなかった。ありとあらゆる点で柏葉家は凡人を越しているのだ。
草野先生は続けた。
「そこで、本題に戻るが、集中のために瀬戸君の作業中は付き添っていてほしい」
俺はびっくりした。
「冗談じゃないですよ、草野先生! 俺だっていろいろやりたいことが・・・・・・」
「そこを何とか頼むよ、いるだけで威圧感を発してストーカーどもを寄せ付けさせないなんてことができるのは漆山君しかおらんのだ」
「いや、いくら草野先生の頼みでも・・・・・・」
「君は友達の助けになりたくないのかね?」
「でも・・・」
「何だ? 何か問題があるのかね?」
俺は美奈子をちらっと見た。
「いや、実は・・・・・・喧嘩をこれ以上したら親父に出家させられるんです」
「そうか、君の家は寺だったね。学校側でなら出来ることはなんでもするが・・・・・・」
俺は沈黙した。
草野先生は言った。
「期間中は、全教科の授業と試験の単位を無条件で差し上げることになっとるのになぁ・・・・・・」
俺は飛び上がって草野先生の手を握った。
「やります! やらせてください!」
いとも簡単にのせられてしまった俺であった。五月二十日のことであった。
やるべきことは簡単であった。今から六月六日のコンクール作品の締め切りまでずっと、放課後まで美奈子のボディーガードとして安全を守り働くことだった。美奈子は毎日学校に来て、午前中は授業を受け、午後は美術室でずっと草野先生にアドバイスをもらいながら作品に取り組んでいた。それが、なぜか俺には見せてくれない。見ようとしたら、いつもちょうどいい具合に窓にストーカーがいる。俺はそいつらを追い掛け回すだけで一日を費やす。
ある日、俺はサボるつもりで外に出たが、珍しく涼しい日で、気持ちがよかったので、俺は美術室の見回りをすることにした。
すると、美術室の裏に、なんと坊主頭の生徒が三人ほど、窓のところでこっそり中を覗いているじゃないか!
「お前ら、何をしてるんだ!」
と、俺は低い声で言った。
男子生徒達は驚いて飛び上がった。
「あっ! 漆山先輩! 違うんです、これは・・・・・・」
俺は一瞬にしてそいつらの中に飛び込んだ。
「言い訳は後で聞く!」
俺はそいつらが逃げようとするので後ろから手をつかみ、三人とも地面にねじ伏せた。そして、俺はさっと後ろに振り向いた。この前みたいに目潰し食らっちゃたまらないからな。俺はねじ伏せたまま、そばにあったホースで三人を縛り上げた。
俺は三人とも草野先生の所に連れて行った。
俺が美術室の中にその三人を連れて行くと、草野先生は言った。
「その生徒達は、もしかして覗いていたのかね?」
俺はそうだと言った。
突然、草野先生の分厚いメガネが怪しく光った。
「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ。それなら、罰として・・・・・・」
と、草野先生は言って、考え込んでしまった。
俺はそれを見て思った。罰、考えてなかったんだ・・・・・・。
すると、そのときちょうど、若き国語教師、赤崎先生が部屋に入ってきた。
「失礼します、草野先生、そこの漆山君のボディーガード期間中無条件満点成績のことなんですけど。って何ですか? このホースで縛られている生徒達は」
「ああ、この生徒達なら覗き禁止命令に背いて瀬戸君の作業を除いていたんでのう」
赤崎先生は生徒達を見て、考えてから言った。
「それならいいですよ、草野先生。こいつらの一学期の成績を落としますから」
突然、生徒達は俺が抑えていたホースを引きちぎって、倒れこんでから急いで体勢を立て直して、赤崎先生の前で土下座をした。
「お願いです! 先生のクラスむちゃくちゃ難しくて、やっと今の成績なんです! お願いです! 落とさないでください! 本当にお願いです!」
と、生徒達は泣いて頼んでいた。仕方が無いので、赤崎先生は成績を一段階下げるということにした。
俺がボディーガードを始めてから一週間。すでに十人ほどの生徒を、覗きとして捕まえた。しかし、そいつらを更生させると、別の奴らが美奈子の覗きを始めるのだ。まったく分からない仕組みだ。五月はずっと梅雨の真っ最中だったから、湿気で奴らの頭がいかれてしまったのかもしれない。
俺はいい加減、毎日のみんなから遅れをとるのも嫌になり、毎日運動部系の奴らと逃がさないように格闘するのも疲れた。やめようとさえ思ったぐらいだ。
しかし、そんな時、美奈子が無造作に隠さずに作品を置いていったので、俺は見てしまった。
その作品は、まだ構図だけであったものの、なんとなく凛としていた。設定は現代か、少し昔の昭和のようだった。駅のプラットホームだろうか。若い男女がいる。男は兵士の格好をして、目を閉じて泣いている。戦争に駆り出されるのであろうか。女性を抱きしめている。そして、女性は涙こぼしながら若い男を抱きしめ返している。汽車はもうすぐそこまできている。
俺は、思わず涙を流してしまった。
なんて心を打つ絵を描くんだ。何気なくいつもそこにいた俺の幼馴染が、こんなにも人の心を変えられる人だったとは・・・・・・美奈子はやはり草野先生の言うとおり、不世出の天才なのだろう。絵がこれほど人の心を打つことが出来るものだとは知らなかった。俺は、たとえこの先何があろうと、ずっと美奈子を応援し続けようと思った。
コンクール出品まで、残り一週間となった。