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怪物、異世界を往く

────

「Очи чёрные, очи страстные・・・・・・Очи жгучие и прекрасные・・・・・・」


晴れ渡る空の下、だだっ広い大平原。その中を一台の車両が進んでいた。

太い履帯、やたらと高い砲塔と凶悪な口径の主砲。

かつて巨人の名で恐れられ、弩級戦艦の名で親しまれたその戦車──KV-2は、がたごとと音を立てながらただ進む。

その砲塔からは、あどけなさの残る顔の男が顔を出し、辺りをうかがっていた。


「進路に異常なし・・・・・・と。ミーシャさん、またその歌ですか?」


キューポラから顔を出していた男が、車内に向けて声を掛ける。


「Ох, недаром вы глубины ──そうさ。なんせこの歌は私が一番好きな歌だからね」


どっかりと座り込み、タバコをふかしていた女が答える。

丸く大きな黒い瞳、瞳と同じ色の長髪。

それらが合わさった端麗な顔が、カーキ色の軍服に包まれた華奢な体の上に載っていた。


「聞き飽きたかね?少年よ」


「いえ、全然。美女が綺麗な声で歌ってるってだけで癒されますし」


「ほう。嬉しい事を言ってくれるじゃないか」


「どうだね少年?退屈でもあることだし、もっとその美女とやらで癒されてみないかね?」


横に腰掛けた男に女、ミーシャはにじり寄る。

ぴったりとその艶かしい肢体をよせ、対面座位の姿勢をとる。

美女の誘い。並の男では耐えられない筈である。

だがしかし。


「・・・・・・いくら見た目が良くてもねぇ。何が悲しくて元がゲイのおっさん、しかも幽霊を抱かなくちゃいけないんですかねぇ」


「ちっ。騙されなかったか」


「見え見えですって。俺ぁノーマルなんですから」


「何でだ?私は完全にネコだったし問題は無いだろう?それに今は穴しかないぞ?」


「いやぁキツイっす。それに懲罰部隊に送られた経緯も笑えねぇし」


「畜生・・・・・・今夜もお預けを食らいながら一人慰めるしかないというのか・・・・・・」


「やめてくださいよ・・・・・・ただでさえ発狂しそうになるんですから。ギャップに追いつけなくて」


「あわよくば襲ってもいいんだぞ?」


「勘弁してくださいよぅ。こっちはすっかり寝不足なんだから」


元の席に戻ったミーシャは、再びタバコをふかし始める。

その色のいい唇から漏れ出した煙は、数秒ほど漂ってから周囲の空気と混ざり合う。


「なぁ」


「はい?」


「ここはいったい何処なんだろうな」


「さぁ?ただ言えるのはロシアでも日本でも無いという事、俺が生きてはいけるという事ぐらいですかねぇ」


「あとは〝コイツ”を動かし続けられるということぐらいか・・・・・・」


漂う煙とともに、沈黙があたりを支配する。


「──ん?」


「どしました?」


「敵襲だ。いつもどおりに行く。配置につけ」


「へいへい。せめてのんびりさせてくれりゃあいいものを・・・・・・」


「いい退屈しのぎじゃないか?」


「死が付きまとう危機を退屈しのぎたぁ言いませんよ」


青天の霹靂。草原を進む鋼鉄の怪物の直上に、その怪物は居た。

全身を覆う緋色の鱗、強靭な翼に獰猛な頭。


『グルルルルルルルルルルル・・・・・・』


見まごうことなき飛龍。

その御伽噺の怪物は、狙いを定めたと言わんばかりにおぞましい爪と牙をむき出しながら急降下。

あと数秒で爪が届く。そのときに、


──BANG!BANG!BANG!


()()()()天板に備え付けられた機関銃が独りでに火を噴く。

堅牢な龍の鱗を貫通するまでにはいたらないものの、攻撃を中断させるに十分な威力を発揮した。

その後も機関銃は攻撃を続けるが、痛手を与えることは出来ない。


「むむむ・・・・・・なかなかにすばしっこいやつだ。あの魔王を思い出す・・・・・・」


「まだですか?準備出来たんですけど」


「まぁそう焦るな・・・・・・もう少し、あそこをああして──よし、今だ!」


「ほいさっ!」


──BAKOOOOOOOOOOOM!

コンマ1秒、その太い砲身から雷鳴のような砲撃音とともに飛び出した榴弾。

その射線に追い込まれた羽トカゲ。

着弾、爆発。

城壁をも砕く大口径榴弾にナマモノ如きが敵うはずもなく、哀れ羽トカゲは爆発四散。

肉片と血煙が降り注ぐ。


「──ハラショー!いつ見ても素晴らしい技術だ!ざまあみろトカゲ風情が!」


「ただの一動作でしょうに。誰でも出来ますよ」


「いや、あの152mmをここまで正確に扱えるのがすごいのだよ君。ますます惚れそうだ!」


「遠慮しときます。タバコください」


「つれないやつだなぁ・・・・・・ほれ」


「どうも」


一息ついた車内に再び煙が漂う。


「なぁ」


「はい?」


「これからどうしようか」


「あぁー・・・・・・」


()()()()|に来て以来。

人造物はおろか人っ子一人居ない景色が続いている。


「取り敢えず進みましょうか。何かあるかもしれませんし」


「そうするか。ところで・・・・・・」


「なんです?」


「どうも股が疼いてな。今夜やら──」


「お断りします」


「ぬぅ・・・・・・」


鋼鉄の怪物はなお進む。一人の男と一体の幽霊をその背に抱き、悠々と歩み続ける。


────

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― 新着の感想 ―
[良い点] 掛け合いの雰囲気が独特で面白かったです。 続き物なら是非続編が読みたいですね。 [一言] 幽霊とどうやって一発やるんだw
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