54.25 エリザベス
エリザベス視点です。
ケイン様が倒れて五日目になった。
マリアンナは、元気がない。
ケイン様は、階段の下で倒れているのを、偶然通りがかった、同じクラスのメアリー様とその友達によって発見された。階段から落ちたにしては、外傷が無かったので、その線は低いとされている。
ケイン様が倒れた理由は、分からない。けれど、四日も続けて眠るなんて、自然では有り得ないというのは、分かる。
ケイン様は、誰かによって、はめられたのだ。マリアンナは、そう断言した。その誰かのことは教えてはくれなかったけど、マリアンナの態度を見ていれば分かった。
留学生のフィリッパ。彼女だ。
彼女は、とても可愛い。女の私から見ても、思わず憧れてしまう程だ。それに、性格も素直で、明るい。
そんな彼女がケイン様を眠らせたというのは、そう簡単に信じられないようだけど、私は信じる。
だって、私はマリアンナを信じているから。
マリアンナとは、もう九年の付き合いになる。マリアンナが誰を疑っているか、それくらいは分かる。
真実を暴いて、ケイン様を目覚めさせなければならないのだ。
ケイン様が寝込んでから、エイデン様は酷く思い詰めた顔をされるようになった。マーク様は、ケイン様を心配しながらも、そんなエイデン様の心配もしている。そして、「僕が、もっと魔法を鍛えておけば...」と呟き、力無く首を振る。
ケイン様が寝込まれたことが色んな人に伝わると、ケイン様の部屋へのお見舞いが頻繁になった。
クラスの人達は勿論、他のクラスの人達や、上の二、三年生の方々も、お見舞いにいらした。よくケイン様と交流されていたルイス様もその一人だったけど、寝ているケイン様に対して、「何をしているケイン・ウィリアクト!!気合いが足りんぞ!ケイン・ウィリアクトおおおおおおおお」と騒いだので、出入り禁止になってしまった。
ケイン様を心配する人は、たくさんいた。
けれど、何故かケイン様の治療に来る人はいなかった。アリスさんが寝込んだ時は、お城から凄腕と言われる魔法使いが来たのに。
そのアリスさんはケイン様が寝込んで、かなり落ち込んでいた。話を聞くと、「私、ケインさんがフィリッ...パ、様と会う前に、話をしたんです。私、私がケインさんに危険かもしれないと忠告しておけば...」と答えた。どうやらアリスさんもケイン様と仲が良く、フィリッパについて何か知っているみたいだった。けれど、質問しても教えてはくれなかった。
たら、れば。マーク様もアリスさんも、何とかしておけば、と言ったけど、大切なのはこれからどうするかだって、マリアンナは言っていた。
私は、フィリッパと話すことにした。
「エリザベスさん、どうしたんですか?私に何かご用でしょうか?」
放課後、私は、彼女の部屋を訪ねた。彼女は、私をあっさりと部屋に招き入れ、椅子に座らせ、自分も座った。
彼女は、何の心当たりもない顔をしている。
「...ケイン様のことです」
「ああ、ケインさん!何だか心配ですよね、一体何があったんでしょう」
「何も、知りませんか?」
「えっ?知っているって、何をですか?」
「ケイン様が寝込んでおられる理由です」
「うーん、私には分かりません。お役に立てなくてすみませんね」
「本当に、何も知らないんですか」
「はい、ごめんなさい」
「...そう、ですか」
少し、焦ってしまったかもしれない。
私はまだ何の証拠も掴んでないのだ。彼女を訪ねるのは、ゆっくり調べてからの方が良かった。
でも、見ていられなかった。
いつも感情豊かなマリアンナが落ち込んでいて、エイデン様が眠るケイン様を見て顔を歪めていて、マーク様が疲れきっていて。
ケイン様がずっと、同じ風に眠っている様なんて。
私は、見ていられなかった。
「...酷い顔だ」
「え」
いつの間にか俯いていた顔を上げた途端に、衝撃。
「...!?」
殴られた。
椅子から落ちる。
声をあげる暇もなく、顔とお腹を殴られる。
床に倒れる。
彼女に馬乗りされる。
胃が圧迫されて思わず呻く。
首を絞められる。
苦しい。
「...待ちわびたな、この時を」
「げほっ...なん...」
「喋るな。...夢にまで見たぞ。お前、エリザベス・フリアーテと、ケイン・ウィリアクトをこうして蹂躙する様をな」
フィリッパの姿が、変化した。
ぐにゃりと揺らいだかと思うと、そこには、真っ白な髪と真っ赤な目を持った、男の人がいた。
「私は、お前とケインが大嫌いなんだ。ケインは私からエイデンを引き離し、お前は私からエイデンを奪った。許せる訳ないだろう。私の家族を奪うなんて。お前達二人のせいで、エイデンは私を忘れた。いつまで待っても、来なくなった。全部、お前とケインのせいだ」
「...い、みが...」
分からない、と続けようとして、首を絞める力が強くなる。
「何故私がここに来たか分かるか、エイデンへの嫌がらせだ。そしてお前ら二人への罰。確かにお前らが原因だろうが、私を忘れ、お前らを選んだのはエイデンだ。エイデンもちゃんと苦しませないとな」
その男の人は、私の顔を覗き込む。
「なあエリザベス、楽しかったか?私を一人にさせて、楽しかったか」
「...あ、なたは、だれ、なの」
「...そう。知らないんだな。私の名はフィリップ。エイデンの双子の兄だ」
「ふた...ご?」
「知らないだろうな、何故なら私はずっと城に閉じ込められていた。こんな外見のせいで。私の唯一の家族がエイデンだった、だがお前らが奪ったんだ」
男の人、フィリップは、私の首から手を離した。咳き込む私に構わず、拳を握りしめる。
「これで、ようやく邪魔者は消せる。...後は、マリアンナを迎えに行くだけだ」
「マリアンナ...?どうして、マリアンナを。マリアンナに何を...!」
「五月蝿い、黙れ。...私の外見を、唯一綺麗だと言ってくれたのが、あいつの婚約者、オリヴィアだった。オリヴィアが会わせてくれたのが、マリアンナだった。マリアンナは、私の外見を気にしなかった唯一の人だった。だから私はマリアンナにだけは魔法を無効化して、私の本当の姿を見せていた。私とマリアンナは結ばれるべきなんだ」
「何を勝手なことを言うの!!」
自分でも驚くような、大声が出た。
けれどフィリップは動じず、私を冷ややかに見下ろす。
「マリアンナは、自分でケイン様との婚約を決めた!それがマリアンナの意志!!マリアンナの気持ちを無視して、結ばれるべきだなんて、そんなことを言わないで!!」
「...五月蝿い。お前にマリアンナの何が分かる?」
「分かる、よ...分かる、つもり。マリアンナは、ケイン様を...好き、というか、信頼、しているもの」
そうだ。
マリアンナからは、不思議なことに、本で読んだような、婚約者に対する気持ちというのが、感じられない。
マリアンナとケイン様は恋人、というよりは、親友、のように接している。
古くから知っている友人、何でも相談出来るような、友達のように。
「...マリアンナは、私が、ケインから救うべきだ」
「マリアンナは、強制されて、ケイン様と一緒にいる訳では、ないよ。...私がエイデン様と出会ったのも、ただの偶然だった」
「そう、エイデンは、お前らに唆されたんだ」
「そんなこと、してない。確かに、私達と会う為に、貴方と会う時間が少なくなったかもしれない。でも、エイデン様は、双子のお兄さんを忘れるような人じゃ、ないでしょう?」
「だがあいつは、エイデンは、私が植物についての図鑑を持っていることを知りながら、黄色いカーネーションを渡してきた。それは事実だ」
黄色いカーネーション...花言葉は、確か...軽蔑...?
でも、それは。
「エイデン様は、知らなかったんだと、思う...だって、私もしばらく前に、スノードロップを、いただいたから」
「...あいつは...」
スノードロップの花言葉は、希望、慰め、だけど、贈り物にすると、あなたの死を望みます、という意味に変化するのだ。あの時は、エイデン様に疎まれているのかと少しだけ、どきっとした。
「あの、一度、エイデン様と、しっかりお話してみたら、どう?もしかしたら、色々と誤解があって、すれ違っているのかも...」
フィリップは少しだけ呆れたようにため息を吐いた。
「例えそうだとしても、今更止める訳にはいかない」
「どうして...」
「どうして?理由なんてどうでもいいだろう。私はエイデンを許せない。エイデンを連れ出したケインとお前を許さない。それだけの話だ」
フィリップは、私の目を覗き込む。真っ赤な色が視界に広がる。
「永遠に眠れ、エリザベス・フリアーテ」
途端に、意識が遠くなる。
「う...マリ...」
ごめん、マリアンナ。私、一人で暴走して、こんなことに...。
そして私は意識を失った。




