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34.5 ノア

ノアのお話。本編30のノア視点があります。長いです。

 ボクには二人の姉がいる。

 一人はオリヴィア姉様、この国の王太子リチャード様の婚約者であり、世界で一番綺麗な人。

 もう一人はマリアンナ姉さん、ウィリアクト侯爵の三男ケインさんと婚約している、とても感情豊かな人。

 このマリアンナ姉さんについては、色々逸話がある。

 一つ、王様主催のパーティーで、全てを食べ尽くした。

 一つ、庭で有り得ない動きをしていた。

 一つ、オリヴィア姉様を溺愛するあまり、時折父様にオリヴィア姉様の盗撮写真を依頼していた。

 一つ、母様を溺愛するあまり、母様に説教されるようなことばかりして、母様と関わる時間を作り出していた。

 勿論この逸話の中には嘘というか誇張も混じっているけど、事実が含まれているのも確かである。

 母様の話については完全に嘘だけどね。だってマリアンナ姉さんは素で母様に怒られるようなことばっかりしてたから。

 やっぱりどう考えてもボクの姉はおかしい。

 オリヴィア姉様は美人過ぎるし、マリアンナ姉さんは行動がおかしい。いや思考がおかしいのかも。ボクが小さかった頃は姉さんの常軌を逸した行動に恐れを抱くことが何回もあった。それに純心なオリヴィア姉様がマリアンナ姉さんから悪い影響を受けるなんてことになったら嫌だからね。

 ボクは父様と母様唯一の息子で、跡継ぎなんだから、ボクがしっかりしないと。

 正直な話、オリヴィア姉様、マリアンナ姉さん、ボクの三人の中ではボクが一番常識人だと思う。

 おっとりしてるオリヴィア姉様、おかしいマリアンナ姉さんと違って、ボクは変なことなんて一回もしてないからね。

 そのことについては自信を持って言えるよ。



 マリアンナ姉さんの代名詞とも言える話がある。

 ボクが四歳くらいの、夏だったかな。

 ボクは、マリアンナ姉さんに連れられて来た庭で、姉さんに追いかけられて走り回っていた。勿論遊んでたんだよ。ボクが姉さんに追いかけられるような悪いことをする訳ないからね。

「ノア!もう限界?」

「うん、つかれた...」

「じゃあ休憩!」

 二人して地面に直接座る。そんなことしたら母様に怒られるってことを、この時のボクはよく分かっていなかった。だって姉さんがやってたことを真似したんだし。この頃はまだマリアンナ姉さんのことを姉様と呼んでいた。うん...その後色々あって姉さんになったけど。だってマリアンナ姉様って響きが何かしっくりこなくなったからね。

「...はっ!!」

「ねえさま?」

「ヘラクレス...!?あの、割と高く売れるという...!?」

「ねえさま!?」

 姉さんが近くにあった木に突進する。

 その木から何かが飛び立ち、こっちに飛んでくるのをボクは見た。

 真っ黒で、大きな、羽を持った何かがどんどんこっちに迫ってきて、そして、

「うきゃあああああああああ!!?」

 ボクの肩にとまった。

「ノア!動かないで!ヘラクレェェェス!イエス!か...ロマン!」

「ね、さま、はやくとって!」

「動くなって言ってん...でしょー!!」

「ねええさまあああ!!うわああああああん!!」

 なかなかボクにくっついた虫を取ってくれない姉さんに、ボクは大泣きした。

 その後、姉さんは、ボクについた虫をそっと手掴み(!)し、「ヘラクレスじゃね...ないわ!」と虫を空に放り投げた。

 しかし許せないのはこの後だ。

 後日、オリヴィア姉様も庭にいる時、また同じような虫がボク目掛けて飛んできた。

 悲鳴を上げて逃げ惑うボクを、オリヴィア姉様が背中に庇い、「あっち行ってー!」と叫ぶ。すごくかっこよかった。

 しかし、だ。

「オリヴィア...お姉様に何するの!!」

 マリアンナ姉さんは物凄い形相で、飛んできた虫を素早くキャッチ(!)し、遠くに勢いよく投げつけた。

 ええー...。

 姉さん、この間ボクに虫がとまった時は虫の方に興味を持ってたのに...オリヴィア姉様の時はそんなに怒るんだ...。

 後日、姉さんの中でボクは虫以下なのか聞いてみたら、真面目な顔で「そんな訳ないでしょ、あの時はちょっと興奮しただけで、それにノアは男の子でしょ?虫なんて平気かと思ってたの」と言われた。言っとくけどボク虫なんか好きじゃないからね。

 姉さんは本当におかしい。仮にも公爵の娘なのに虫を手掴みって有り得ない。

 そう、貴族の娘として有り得ないことをするのがマリアンナ姉さんなのである。



 ボクが八歳の時の話。

 お城でパーティーが開催されるということで、ボクは父様、母様とオリヴィア姉様、マリアンナ姉さんと一緒にお城に行った。

 最初はオリヴィア姉様の近くにマリアンナ姉さんがいたんだけど、しばらくボクが他の人と話していたら、マリアンナ姉さんの姿がどこにも見えなくなっていた。

 マリアンナ姉さんがどこに行ったのかオリヴィア姉様に尋ねると、「マリアンナは大丈夫だよ」と返され、戸惑った。

 大丈夫かどうかじゃなくて、場所を知りたいんだけど、オリヴィア姉様はそれ以上答えてくれなかった。

 だったら自分で見つけようと思って、パーティー会場をくまなく探したけど、見つからなかった。

 ボクは不安になった。いくらオリヴィア姉様が大丈夫って言っても、マリアンナ姉さんが変な人に絡まれて困ってるんじゃないかとそわそわしていた。

 ボクは会場を出て姉さんを探すことにした。

 会場の見回りをしている騎士さん達の目を盗み(ボクが小柄なのが役立った。複雑である)、ボクはパーティー会場を抜け出すことに成功した。

 中と違って、会場の外はしんとしている。

 だから、姉さんと誰かの話し声も、すぐに気付けた。

 だいぶ歩いた先の、一見したくらいじゃ分からないような部屋から、姉さんの声がした。

 ドアは開きっぱなしだった。

 そっと中を覗く。

 中には、こっちに背を向けているマリアンナ姉さんと、真っ白な髪と赤い目、すごく白い肌の、子供がいた。姉さんと同い年くらいだろう。男の子か女の子かは、よく分からない。

 その子供の目は、まるで血みたいな色だった。

 その子供は、まるで精巧な人形のように美しかった。

 異常だ。

 ボクは、直感した。外見だけじゃない、その子供の雰囲気とか、そういうものが、何だかおかしく感じられた。

 急いで姉さんを助けないと。その思いだけがボクを動かした。

 部屋に入って、姉さんの腕を引っ張って、姉さんを無理矢理連れ出した。

 姉さんは何やら喚いていたけど、ボクはそれどころじゃなかった。早く姉さんを助けるんだ、と会場に急いだ。

 後で考えても、あの子供は異常だったと確信している。あんな髪と目の色は初めて見た。マークさんの目も赤いけど、あんな血みたいな色じゃない。

 マリアンナ姉さんは、ボクが無理矢理連れ出したことに怒って、その日はずっと機嫌が悪かった。

 でも、次の日になったら、けろっとしていて、態度も普通だった。ただ、あの子供のことを聞いても、不思議そうに「何のこと?」と言われた。これはいまだに謎だ。オリヴィア姉様にも聞いたけど、笑顔ではぐらかされるし。

 多分だけど、ボクがマリアンナ姉さんの心配をするようになったのは、それからだったと思う。



 その日、ボクは学園にいた。

 何故まだ十五歳のボクが学園にいるのか、それは、学園のお偉いさんに前々から誘われていたからだ。

 マリアンナ姉さんのことも不安ではあったし(ボクの見てないところで姉さんが嫌な目に遭ったら嫌だからね、ケインさんもエイデン様もいるけど、万が一があるし)、ボクは学園を見学するそのお誘いに、喜んで乗った。

 そして、後悔した。



 その人は、ボクの顔を見た途端に、こっちに走って来た。

 桃色の髪が特徴的なその人は、ボクに笑顔で話しかけてくる。

「何か、困ってるの!?」

「...えっ」

 何で分かった。

 ボクが、教員室の場所が分からなくて、取り敢えずうろうろしてたことに(断じて迷ってはない、様子を見てただけだ!)。

「私はアリス、私に出来ることならするよ!」

「...はい、ボクはノア・ルーシムといいます。教員室の場所を教えていただけますか?」

「教員室、ね!じゃあ行こう!」

 何だろこの人、貴族...にしてはちょっと言葉遣いが雑だけど。

 そういえば、特別枠だか何だかの人が入学したって聞いたけど、その人だろうか。

 そんなことを考えていた時だった。

 その人が、急にボクの手を握った。

 !?

「何ですか貴女!止めてくださいよ!」

 あわわわわわわわわわどうしようどうしよう思わず酷いこと言っちゃった!

 でも仕方ないじゃないか、ボク、今まで姉二人以外の女性とあまり深く関わったことないんだから。勿論触れたり触れられたりしたことなんて一度もない。

「ひどい!そこまで言わなくても...!」

 そうだよね本当にそうだよごめんなさいボクちょっと今混乱してて取り繕えないというかそのあのですねもうちょっと待って、ていうかもう黙ってもらえないかな!そもそも触ってきたのはそっちだしね!


「いや、本当に無理ですごめんなさい。初対面の男に気軽に触ってくる人とかボク無理だから!」


「案内なら普通にしてくれればいいでしょ!何で手を引こうとしてくるんですか!」


「見失う訳ないだろ!!」


 考える前に言葉が出てくる。ああ駄目だこれ。

 その時、視界に金髪碧眼の女性が写った。

「あ!マリアンナ姉さん!」



 その桃色の髪の人がやはり貴族ではないことを知って、ちょっと安心してしまった。

 でも、ボクが女性に暴言を吐いてしまったことは、事実だ。落ち込む。ボクもまだまだだ。

 でも、マリアンナ姉さんに家であったことを話したら姉さんが発狂して、何だか懐かしく思えて気分が晴れた。

 くよくよしても仕方ない、これからはちゃんと猫を被ることにしよう。



 ただ、学園に行く度にその人と会って、最近心が折れそうです。だってその人のボクに対する勢いが怖いんだもん...。

マリアンナは「イエス!金!」と叫びそうになった。

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