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4話 魔筆の一閃

 息を荒げて登場した俺の姿に驚いたのか、男たちは足を止める。

 だが、貧相で小柄な異国人に恐れを抱くはずもなく、彼らは余裕の笑みを浮かべた。



「……そ、その女の子を離せ」

「おいおい、声が震えてるぜ、坊主」

「っ……俺はアイラ第三王女殿下の従者だ。俺の言葉はアイラ殿下の命令だぞ」



 さすがに、アイラの名はそれなりの効果があるようで、男たちの眉宇が顰められた。

 先頭にいた男が、忌々しげに呟く。



「はっ。国民のことなんて考えもせず、遺跡を観光して遊んでばかりの、あのアイラ・ノーランドかよ」

「何だと……?」

「王族の名前を出せば俺たちが従うと思ってんのか? ただの正義ぶったガキなら見逃してやろうと思ったのによ。おいゲイル、高い金払ってんだ。このガキを死なない程度に痛めつけてやれ」




 男が吐き捨てるように言うと、大男の片割れが、下卑た笑みを浮かべながら、こちらに歩み寄って来る。

 残りの二人は、俺のことなど目もくれず、先を急ぎ、どこかへ去っていこうとした。


 くそっ。

 この大男の相手をしなきゃならないのか。


 後ずさりし、苦し紛れに拳を構える。

 俺はただのオタクだ。インドア派だ。喧嘩なんてしたこともないし、格闘技はおろかスポーツの経験すらない。

 その上、敵は魔法使いのようだった。


 男が足元に手をつくと、青白い魔方陣が拡がる。

 急に周囲の気温が冷え込んだかと思うと、男の右腕に氷塊が纏わりついてく。それは、巨大な腕を形成し、圧倒的な威圧感で俺を襲った。



「っ……」



 いきなりの攻撃に、咄嗟に後ずさり、なんとか回避する。

 圧倒的な死の実感が、全身の筋肉を叱咤していた。


 大男は、連続して俺を薙ぎ払うべく、腕を振るう。


 氷の巨大な腕は、腕の形をしているだけで、その性質はハンマーだ。あまりに重い分、振り回すことはできない。幸いなのは、その鈍重さだった。

 だが、だからといって攻撃の隙間を掻い潜ることができるほどの勇気はない。


 何度か攻撃をかわすだけでも、体力の消耗は大きかった。


 らちが明かない。何か、何か打開策を――と考えた瞬間、ふと活路を思いつく。


 あの隠し部屋。あそこに、起死回生の秘策となり得る何かがあるかもしれない。

 片方に召喚装置があるならば。もう片側にはきっと、召喚された者のための何かがあるに違いない。



 ――それは希望的観測であった。


 一撃一撃こそ溜めが長く、攻撃をかわすのは今のところ難しくない。蚊が人間の掌をかわすのと、難易度は近いだろう。だが、脱兎のごとく駆け出した俺を追う足取りは軽快で、俺の全力とそん色ない速度で追って来る。


 それでもなんとか隠し部屋の前までたどり着いた俺は、あえて壁にもたれ、敵を睨みつけた。



「行き止まりだ。残念だったなぁ、坊主」



 返事を返さず、ただ視線だけを突き立てる。

 体力の限界を示すように、肩を上下させ、膝をつく――という演技。

 敵は、俺が逃げ出さぬと判断したようで、ゆっくりと巨腕を振り被る。


 そして。

 それが振り下ろされた瞬間。



「おおおおおっ!」



 交差するように――突進。


 敵の一撃は隠し部屋の壁を破壊し。

 俺の一撃は、敵を転ばせる。


 坂道になっていたことが幸いし、敵の巨躯が転がり落ちる。なまじ大質量の装備を用いているので、一度体勢を崩すと、立て直すのには時間がかかる。


 その間に、俺は崩れた壁の内部へと駆けこんだ。


 そして、狭い部屋の中を物色し――



「…………こ、これだけ?」



 そこにあったのは。

 先端の尖った、万年筆のような――それでいてどこか近未来的な意匠の棒。


 反射的にとりあえず手に取ってみたものの、希望が絶望に変わる落差に、次の行動を考えることができない。



「……この野郎」



 唖然としている間に、男は一度魔法を解除することで体勢を立て直したようだった。


 俺の不意打ちは相手の怒りを爆発させたようで、これまでにはなかった明確な殺意が見て取れる。

 男が、再び魔法を発動すべく、床に手を突き立てた。


 ――その瞬間だった。



「っ!」



 天啓というものが存在するなら、このことを言うのだろうか。

 いや――天というよりは、この金属ともセラミックスともつかぬ不思議な物体が教えてくれた。言葉ではなく、感性による伝達。


 俺が行動したというよりは、棒っきれが勝手に動き、俺の体はそれに引っ張られているようだった。


 ただ、この謎の道具がやってのけたことはあまりにも明白だった。


 はじめに、グーで握っていた右手が、勝手にペンを握るときの持ち方に変わる。漫画家志望として、あまりにも手に馴染んだ感触だ。

 次に、弾丸のように加速した棒の先端が、敵が地面に広げた魔方陣へと向かった。

 そして、魔方陣から流れ出た冷気が男の腕に纏わりつき、巨大な槌を形成する前に、棒は魔方陣を横断したのだ。

 驚いたことに、棒の軌跡には、黄金色の光が描かれていた。


 魔方陣を横切る直線。そう、それはまるで、教師が試験の間違った解答を赤ペンで"ハネる"あの表記法によく似ていた。


 直感的に予想した通り、気温の低下は不意に止まり、魔方陣がすぅっと消える。



「な……て、てめぇ! 何しやがった!」

「さぁ……なっ!」



 驚き、隙ができた敵の腹に、前蹴りを叩き込む。

 よろめいたところに腕を伸ばし、髪を掴んだ俺は、頭蓋を力任せに壁へ叩き付けた。



「ぐ……ぅ……っ!」



 非力な俺では、それほど致命的なダメージにはならなかったらしい。

 だが、呼吸を整える時間くらいはできた。


 ――考える。いや、思考を経ずに理解した『それ』に、言葉による説明を付随させる。

 おそらく。

 この道具は、ペンのようだと感じた通り、まさしくペンなのだ。もっとも、描くのは炭素でもインクでもなく、魔力とでもいうべきものだが。

 そう――俺は、魔方陣に、一筆鋭く書き加えることで、完成形を崩したのだ。本来の形を失った魔方陣は、的確に魔法を発動することができなかった。



「……変な魔法を使うようだが、まぁいい。てめぇなんざ、素手でも殺れる」



 だが。

 そんな道具を手にしたところで。

 普通の喧嘩では――勝ち目がない。


 次はどうすべきだ。何をすれば助かる。


 脳を高速で回転させる俺に、巨体がにじり寄って来る。

 壁際に追い詰められ、歪んだ笑みが俺を見下した――そのときだった。


 ――ふと、柔らかな声が耳朶に届く。



「そこまでです」



 闇の中から浮き上がるように姿を現したのは、ナーシアだった。



「っ……はっ。なんだ、てめぇは」

「なんだてめぇは此方の台詞でございます……まぁ、何者であろうと、見逃せるはずもないのですが」



 ため息をつきながらナーシアが呟いた、次の一瞬。



「え」



 何が起きたのか理解できない速さで。

 男の体が宙を舞い,壁に衝突する。そのまま、男は壁を突き破って倒れた。



「レン様、お怪我は?」

「だ、大丈夫だ。それより、あっち! あっちの方――麓の森の方に逃げていった!」

「逃げていった?」

「誘拐だ! こいつの他に二人いる!」

「承知しました。行って参ります」



 頷くと、ナーシアは風のように走り出した。

 安堵のために力が抜けた俺は、へなへなとその場に崩れ落ちる。

 直後、ナーシアに遅れて、アイラが俺のもとへと駆け付けた。



「レン! 大丈夫か! 何があった!」

「……誘拐だよ。麓の村から女の子が誘拐されかけてるんだ。今、ナーシアがそいつらを追っていった。俺はなんとか大丈夫だ」

「そうか……って、お、おい。お主、ちょっとその手の中のものをよく見せてみよ!」



 俺に寄り添い、顔を覗き込むアイラであったが、ふと俺の手元に目を落とすと、目をぎょっと丸くした。

 何をそんなに驚くことがあるのか、と視線で問えば、アイラは言葉の喋り方を忘れたかのように、口を開きかけては閉じる。


 声帯をかろうじて動かし、「まさか……これは」と発したアイラは、そのまま黙り込んでしまった。


 それから、どれだけの時間がたっただろうか。

 一時間かもしれないし、一秒かもしれない。あるいはもっと長いか、もっと短いか。

 やがて、月光が雲間から顔を見せたとき、噛みしめるような呟きが、その強張った舌先を転がり落ちた。



「『救恤《きゅうじゅつ》の魔筆《まひつ》』――リベラリタス」

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