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2話 伝説

 翌日、俺はナーシアとともに、人里に降りた。

 拾ってもらった恩義というわけでもないが、せめて買い出しくらいは手伝いたいと申し出たのだ。



「何を買うか、もう決めてるのか?」

「食料と……そうですねぇ、レン様の衣服を仕立てることにしましょうか。そちらの世界の装束が悪いというわけではありませんが、悪目立ちするのも好ましくないでしょう」

「だな。お金は――」

「あ、その点はお気になさらないでください。昨晩、レン様が就寝されてから、アイラ様と話し合ったのです。生活を始めるにあたって、必要な資金は、こちらで工面いたします」

「ありがとう。その分、頑張って役に立たなきゃな」

「ふふっ。私も楽しみにしておりますわ、レン様のご活躍を」



 異世界の生活。

 あくまでも感覚的な判断だが、文明度は日本より前段階にあるはずだ。となると、衛生面や文化・習俗は当然気になる。

 その中でも、当然、衣食住は最大の関心ごとだった。



「ナーシアは、獣人なんだよな?」

「はい」

「こういうことを尋ねるのは失礼なのかもしれないけど……獣人って、人間と同じものを食べるのか?」

「食べますよ。とはいえ、専ら肉食を好むものが多いのは事実ですね。また、火を通さず生で食べることもできます」



 なるほど。

 半人半獣だな。

 ちなみに――というか。てっきり年上とばかり思っていたナーシアだが、年齢は俺と同じくらいらしい。


 暦は俺の世界と一致しないので、概算ではあるが、地球年齢でいえばちょうど俺と同等になる。

 まぁ、『1年○○日』という情報しか考慮していないので、実際には、こちらの世界は1日30時間という可能性もあるわけで。厳密な換算はしていないのだが。


 と。

 のんびりと会話をしながら、広い山道を降りると、麓の村に到着。


 田舎だからか、それとも世界的にそうなのかは知らないが、木造の質素な家が多い。道もあまり整備されておらず、全体的にみすぼらしい印象は拭えなかった。



「そういや、どうして村に泊まらずに、遺跡で寝泊まりしてるんだ?」

「あの遺跡は古代の寺院です。今の時代には廃れた信仰ですから、遠方から人が巡礼に来ることもありません。それで、この村で宿を経営する者はいないのでしょう」

「なるほど。一般庶民の家に王族が押しかけて『泊めてくれ』なんていうのも、委縮させてしまうだけだしな。アイラ自身は気にしないだろうけど」

「ええ。アイラ様は、王族という立場を無用に振りかざさない、素晴らしいお方です。あの方にお仕えすることができて、私は本当に幸せ者だと思っています」

「……そうだな。俺も、アイラに拾ってもらえてよかったよ」

「アイラ様の素晴らしいところなら、陽が沈むまでずっと語ることができますが……いかがいたしましょう」

「それは勘弁してくれ」



 まぁ、確かに、偉い立場でありながら、アイラは親近的だ。それでいて、自分が偉いこともよく認識している。年齢はまだ、俺の世界で言えば高校生か中学生くらいだが、中身は十分に成熟している。


 だからといって、一日中その魅力を語られても困るので、さりげなく話題を転換しながら歩く。

 昼時ということもあり、多くの村人が食事を摂っているのか、人通りは少ない。

 建物を見れば、ときおり、絵の描かれた看板が見られ、識字率はあまり高くないのだと予想できた。


 やがて俺たちは一件の果物屋に辿り付く。



「失礼します」



 迷いなく店員のばーちゃんに話しかけたナーシア。

 ばーちゃんは、「あ、アイラ陛下の……」と、ナーシアのことは見知っているようで、恐縮した態度で接客していた。


 うーむ。

 随分と貧相な体躯だ。栄養状態がよくないのだろうか。

 歩いている途中に見た田畑は、それなりに収穫量があったように思えたのだが。



「終わりました」

「え? あ、うん。荷物、持とうか?」

「お構いなく。獣人である私の方が、力仕事は得意ですから」

「……じゃ、悪いけど、頼む」



 小さな村だが、一通り店は揃っているようで、数件も回れば、必要なものは揃った。

 最後に、俺の服を仕立ててもらうため呉服屋に寄り、明後日に受け取る契約をして、俺たちは村を後にした。






     ◇






 お金について整理しておこう。


 この世界の通貨はコルロ。ちょっぴり発音しづらい。

 硬貨は5種類あり、金貨は1000コルロ、銀貨は100コルロ、銅貨は10コルロ、青銅貨は1コルロ。最も価値の低い石の硬貨はイーラと呼ばれ、これは1/4コルロに相当する。

 円との換算レートは、食料の値段から推察するに、ちょうど1コルロ≒1円くらいだろう。


 などと頭の中で情報を整理していると、アイラに呼ばれたので、立ち上がる。



「ちょっと来い」

「何か手伝うことでもあるか?」

「尋ねようと思って忘れておったことがある」



 そうは言うものの、ずんずんと歩き出すアイラは、その『尋ねたいこと』とやらを俺に投げかけはしない。

 仕方がないのでついていくと、やがて寺院の中央部にほど近い、大きな部屋に辿り付いた。



「うわっ、すごっ」



 思わず声が漏れた理由は、壁中に書きなぐられた壁画だ。

 エジプトの壁画を想起させるのは、横線ですっきりと区切られ、棚に本を並べるように絵が配置されているからだ。



「こっちじゃ。この絵を見よ」

「ん、どれ?」

「この、曲がった剣を手に竜と戦っておる男じゃ」



 言われてみれば、入口にほど近い場所に、アイラの言う通りの絵がある。

 簡略化された人間の表現は、まさしくエジプト壁画のそれに近いが、肌を塗っている染料の色を見るに、人種は白人らしい。


 ただ――剣を握っている男だけは、黄色っぽい肌だ。衣服も、ほかの人間と違い、和服のようなものを着用している。

 心臓が跳ね上がるのを感じた。



「この寺院――もとい、この遺跡にはの。ある伝説が伝わっておったらしい。異界より、奇妙な剣を携えた男がやってきて、邪竜を退治したというものじゃ。もしやと思ったのじゃが……この剣は、お主の国のものか?」



 絵の中の男が握るのは、体長よりも長い剣。

 いや、剣というよりは、刀か。ゆるやかに曲がった片刃――そして、剣の縁に描かれた正弦波のような波模様。

 これは……おそらく。いや、ほぼ間違いない。



「日本刀……」

「やはり、そうなのか。二ホンとうのは、確かお主の国の名だな」

「……アイラ。この人物の名前は伝えられていないのか?」

「すまぬ。そこまではわかっておらぬ」

「そうか」



 この異様に長い刀身……ある剣豪を思い出さずにはいられない。

 佐々木小次郎――。



「いや、まさかな」



 単に絵としての表現に過ぎないのかもしれない。

 古代遺跡が作られた時代に、すでに伝説となっていたということなので、「竜を斬ったならこれくらい大きな剣だよな」くらいのノリで描かれたものという可能性もあるだろう。


 鼓動を落ち着けるべく、ゆっくりと息を吐きながら立ち上がる。



「俺の前にも、この世界に来た人がいる。それがわかっただけでも大きな収穫だな。案外、最近やってきた人もいたりするのかも」

「……いや。それはないじゃろう」

「え?」

「…………」

「アイラ?」

「まだ話しておらんかったが……わらわのせいなのじゃ」

「は?」

「わらわなのじゃ。隠し部屋を見つけ、召喚装置を起動してしまったのは」



 昨夜の顛末は、あえて深くは尋ねていなかった。

 というか、突然召喚されたものだとばかり思っていた。


 そんな俺に、アイラは事細かな流れを説明する。

 隠し部屋の発見。装置の起動。召喚装置の経年劣化に起因するものか、崩落した床。その崩落に巻き込まれ、壊れてしまった召喚装置。

 アイラがこの事故を起こしてしまうまで、長い間起動していなかった装置なので、召喚された者はいないということらしい。


 静々と語る彼女の表情には、沈痛な心情が浮かんでいた――が。



「……うーん。でも、わざとじゃないんだろ? なら別にかまわないよ」

「ほ、本気で言っておるのか? お主はわらわを罵って当然の立場なのじゃぞ?」

「そう言われてもなぁ。別にどうとも思わないっていうのが素直な感情だし。どうしてもって言うなら、拾ってくれた恩で差し引きゼロってことにしといてくれ」

「むぅ」



 ぽふん、と頭を撫でると、アイラは釈然としない表情で俺を見つめた。

 そこで開き直らず、王族でなく一人の人間として、素直に謝れる人間だから、怒らないんだよ。怒りなんて、感じるはずもない。


 ちょうど、そんなタイミングで、ナーシアが「夕食ができましたよ」と呼びにきたので、困惑しっぱなしのアイラに先んじて、俺はナーシアの方へと歩き出した。

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