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宮廷漫画家の王国再興-リナーシタ-  作者: 小松那智
第2章 大女優と脚本家
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28話 終息、そして発見

 怒りに表情を歪ませ、グレイが首を絞めてくる。

 あっという間に意識がぼやけ、魔法を使う余裕はなくなった。


「か……っ」



 言葉すら出ない。

 背後から首を掴む大きな手は、メルの力では引き離すことができなかった。


 数秒の間に、様々な想いが駆け巡る。


 ああ――僕は結局、こんなところで終わってしまうというの?

 そんなのは、嫌だ。


(助けて……)


 霞んでいく意識の中で、呼びかける。


(お願い、誰か……)


 本能の底で、脳裏に浮かんだ名前は。


(レン……っ!)


 その瞬間だった。


 轟音とともに、閃光が走り、壁を豪快に吹き飛ばす。

 同時、閃光を突き破るように駆けこんできたのは、あの宮廷画家の少年だった。



「メルを離しやがれ、てめぇええええええっ!」



 魔法遣いであるはずのレンは、気迫とともに拳を握り、獣人のごとき速度でグレイに迫った。

 その拳は、いとも容易く、敵の頬を殴り飛ばす。


 グレイの手が首から離れ、急激に気道を空気が満たした。


 倒れ込むメルの体を、レンが支える。


 不明瞭なままの意識で彼を見上げたメルは、自分の中に沸き上がりつつある感情を否定しようと、顔を背ける。



「……礼は言わないわよ、馬鹿」

「期待してねーよ。大丈夫か?」

「……うん」


 少年の腕の中で目を閉じると、先ほどとは違ったかたちで、意識がぼやけていった。

 あっという間に、メルは疲弊の眠りに落ちた。





   ◆





 視点戻って、俺ことレンである。

 目が覚めたナーシアにメルを任せ、俺とランドは二手に分かれてサラを探すことにした。


 ランドはサラ・ダランベールファンクラブの会長(自称)だ。

 正直、あいつが先に見つけてしまうのは、ちょっと心情的に嫌である。だが、メルの魔眼が遣えない以上、愚直に探さざるを得ない。どちらが先に見つけるかは、運次第だった。


 グレイに仲間がいれば、守りを固めている場所にサラがいると予想もできるのだが、どうやら今回の一件、あの変態野郎が暴走した模様である。

 ランドのように正常な好意なら良かったのだろうが――グレイは、付き人としてサラを管理するうちに、嗜虐心を目覚めさせていったのかもしれない。


 倉庫は思いのほか広く、探索には手間取った。


 俺とランドが同時に最奥部の扉の前に辿り付いたのは、身体強化の魔法も切れかかった頃のことだった。



「あ」

「む」



 扉の前で鉢合わせた俺たちは、互いの出方を伺う。

 少なからずライバル視されているようなので、やむなくこちらから報告することにした。



「こっち側の部屋にはいなかった。そっちは」

「同じく、いなかった。ということは――」

「この部屋か」



 頷き合い、扉を開ける。

 果たして、そこには――サラがいた。

 いたのだが。



「ん? あ、レンくーん。それに、ランドさん? 2人がいっしょって珍しいねー。っていうかここがどこか知ってる?」



 皆を巻き込んだその台風の中心にいた人物は、のんびりと干し肉を頬張っていた。

 思わずずっこけそうになりながら、俺は問う。



「さ、サラ? 何もされてないのか?」

「何もされてない? 何の話? それより、よくここに来られたね。ブロルさんが許してくれるとは思えないけど!」

「…………もしかして、お前、何も知らないのか?」



 きょとんと首を傾げるサラ。

 脱力し、俺とランドは2人揃ってため息をついた。



「ご無事なのは喜ばしいですが……昔話の騎士が姫を助けるような展開が僕の人生にも訪れたと思ったのに。到着してみれば敵の首魁は倒されているし、サラ様はこんなだし……」



 ランドの中では安堵と肩透かし感が戦っているようだった。

 無理もない。俺だって、同じような気持ちだ。



「え? な、なに? 何かあったの?」



 俺とランドの様子にようやく大きな事態が動いていたことを察したのか、不安げに立ち上がるサラ。

 状況を説明しようかとも思ったが、その気力がわかなかったので、俺は「また後で」と彼女を座らせた。


 かくして――非常に締まらないかたちで、俺の異世界初の大事件は幕を閉じたのである。


 その後の俺のこともまとめて話したいところではあるが――その前に。

 王都に戻った後の、メルとサラの一幕をお伝えしよう。






   ◆





 

 医者に眼帯を押し付けられ、しばらくの間不格好な顔を晒すことになったメルは、王立劇場の自室で悩んでいた。



「……ずっとあなたのことを忘れられなくて……違うわね、そうじゃない」



 脚本ならもっと楽に筆が動くのに――と、頭を抱える。

 ため息をついて筆を放り出し、窓際に立って空を見上げる。


 孤児院が潰れてからは、ずっと上を向いて生きてきた。

 月並みな言い回しだが、”涙がこぼれないように”と思ってのことだ。

 そのつもりだったのに、夜空を見るのは随分と久しぶりな気が下。ただ視線を上に向けていただけで、そこにある美しさには目を向けていなかったのだろう。


 ありふれた感動が、これまで自分の内側に生まれなかったことは、悲しいことだ。

 けれど、それを取り戻せたことは、それを覆い隠して有り余るほど、喜ばしいものに違いない。


 悩んでいるのに表情が綻んでしまうなんて、初めてのことだった。

 脚本家として、人間の繊細な心理を描いてきた。そのはずなのに、こんな心の動きが存在するなんて、知らなかった。


 秘蔵の酒でも飲むか、と思い立ったときだった。



「メールーちゃぁぁぁあああああああああん!!」



 真夜中に出す声としてはどう考えても常識はずれな音量。

 と同時、扉を叩きもせずに部屋に押し入って来たのは、あろうことかサラだった。



「こんばんは!」

「……こ、こんばんは」



 取り出そうとした酒の土瓶が手から滑り落ち、床を転がる。

 それを拾い上げる余裕もなく、メルは頭の中で会話の想定を試みた。いくつもの展開を思い浮かべるが、最適解に辿り付く前に、サラは問答無用で地下ついてきて、ぎゅっと抱き着てくる。



「わ、ちょ、ちょっと!」

「久しぶりだねー! メルメルー!」



 嫌なあだ名が広まっていた。

 顔を引きつらせながら、サラを引き離したメルは、なんとか自分優位の流れを作り上げようとする。



「ひ、久しぶりって。いっしょに王都に帰って来たじゃない」

「そーじゃなくて! お話しするのが久しぶりだね、って」

「……僕、あんたと話したことなんてあったっけ?」

「あるじゃん。忘れちゃったの? ほら、小さい頃!」



 えっ、と。

 言葉に詰まる。


 にこにこと笑うサラの表情には、一点の曇りもない。


 臆病だった幼少期依頼、抱いたことのない焦りが胸を支配していた。



「ちょ、ちょっと待って! あんた、もしかして、僕のことを覚えてたの?」

「うん」

「僕は……僕は、あんたが僕のことを忘れてると思って、ずっと、ずっと、話しかけられずに」

「あははー。私、ブロル商会の人に命令されてたんだよねー。メルティーナとだけは会話するな、って」



 メルは長い間、ブロル商会に挑んできた。敵対というわけではないが、少なからず敵視していた。あちらにしても、メルは稼ぎ頭を奪おうとする厄介者だったに違いない。

 へなへなと椅子の上に崩れ落ちたメルは、長いため息をついてから、ふとサラが大仰な荷物を持ってきていることに気づく。



「……その荷物は?」

「レンくんとメルメルの頑張りのおかげで、自由の身になったからねー! お引越しだよ!」

「…………この部屋に住む気?」

「うん!」



 いやいやいや。

 それは精神衛生上よろしくないし、何より狭い。



「……この部屋はあくまで僕の執務室。寝室は別にあるから、そっちをあげるわよ」

「そう? なら遠慮なく!」



 話はついた、と思ったのに、サラは勝手に客用の椅子に腰かけ、くつろいだ表情を見せる。

 居座るつもりのようだった。



「……飲む?」

「あ、私お酒はダメなんだー。すぐ人に抱き着いちゃうみたいだから、自制してるの!」



 自制という感情を持ち合わせているとは思わなかった。

 まずはこの声量を自制するべきだ――とは思いつつも。



「…………ぼ、ぼ、僕は別にいいけど?」

「え?」

「だ、だ、だから。抱き着かれるくらい、き、気にしない、わよ」

「ほんとに!? じゃあ飲もう! 今夜は飲み明かそう!」



 湧き上がる感情を自制できないのは、メル自身も同様だった。


 杯を交わし、サラの笑顔に酔っ払っていく。

 他人とともに酒を飲むのは初めてだった。酒には強い方だと思っていたが、大好きな人と2人で飲むと、あっという間に理性の箍は外れてしまう。


 ――やれやれ。

 ――今日は新しい発見がたくさんあるわね。


 頭の中に脚本を作らなくても。

 酒の勢いに身をまかせて、メルはサラに礼を言うことに成功した。

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