プロローグ~Side:Earth~
大晦日だった。
紅白歌合戦をBGMにしてみたものの、知っている曲はほとんどない。昨今の情報化社会は人間の好みを細分化しすぎてしまったのかもしれない。
多くの人々は、家族とともにこの一夜を過ごしているのだろう。
年越しそばを食べる人。夜中のうちから初詣に向かう人。眠気に耐えきれず、こたつでいびきを漏らす人。
どれもこれも、きっと幸せな光景なのだと思う。
昨年の俺と今年の俺――どっちが大事なのだろう。ふと考える。
去年は仕事があった。ニート寸前のフリーターなどでは、決してなかった。でも、年越しの瞬間をパソコンの前で迎えるようなブラック企業が、果たしてフリーターよりもましなのか――それは判断できない。
なんとか逃げ出したのが三月。それからずっと、貯金を切り崩し、たまに単発のバイトをこなし、なんとか食いつないできた。
「……はぁ」
顔を上げ、背筋を伸ばす。
この穏やかな日に、俺が心血を注いでいることといえば、『漫画を描く』という、ただそれだけだった。
先月届いた、新人賞の総評を思い出し、テンションが下がる。
『キャラクターの造形は良い。ストーリー展開に無理がある』
『起承転結を意識した構成を心がけて』
『物語に緩急を。画力は十分』
なんて、思い出したくもないフレーズばかり。
わかってるさ、推敲不足ということくらい。
今描いている原稿も、つまらないものだという気がしてきた。
推敲すればするほど、考えれば考えるほど、自分の創作に自信が持てなくなる。
――いかんいかん。
後ろ向きになってしまうのは悪い癖だ。
そう、俺は仕事を辞めて以降、漫画家を目指している。んでもって、まぁ、挫折ばかりを続けているわけだが。
気分転換をしようと、アパートの一階を占めているコンビニに行って、夜食を買うことにした。
ビールとつまみを片手に、近くの河原まで行って、休憩用のガゼボでぼんやりしようか。そういう、寂しすぎるくらい寂しい過ごし方も、突き抜ければそれはそれで悪くないものだ。
以前に描いた新人賞の投稿作を見直し、自分の弱点を整理しようと、原稿を鞄に放り込む。狭い部屋を抜け出し、金属質な階段を降りると、冷たい夜風が肌を引き裂いた。
「……寒いなぁ」
誰に話しかけるでもなく呟く。
しかし、俺が気づかなかっただけで、道路の端でタバコを吸っている男がいたらしく、「え? 俺に話しかけたの?」みたいな目で見られてしまった。
気まずくなり、さっさとコンビニに突入。
ビールとスナック菓子を抱え、レジに向かうが、店員はいない。
「あのー、すみませーん」
返事は――なかった。
何度か呼びかけてみたものの、いっこうに反応がないので、だんだん苛立ってきた。
バックヤードでガキ使でも観てるのか。バイト同士で仲良くワイワイしつつ。
改めて大声で呼びかけようとし――そして。
そのタイミングで、俺は異変に気付いた。
駐車場から、奇妙なピンク色の光が漏れているのだ。
頭のおかしい不良の車が、奇天烈な色のライトを装備しているのかとも思ったが、そこに車の姿は見当たらなかった。
何事だろう、と外に出る。
誘われるように――導かれるように。
夜風に身を強張らせながら周囲を見回すと、駐車場の片隅から光が溢れていることがわかる。
近づいてよく見てみれば、車が停まるべき枠の中には、いわゆる魔方陣のようなものが輝いていた。
二重の円と、内部に刻まれた見慣れぬ文字。複雑な紋様。
それがゆっくりと回転し始めたかと思うと、急激に光が膨れ上がった。
「う、わ……っ!」
空気が震える。
熱気が肌を薄く貫き、魔方陣が回転速度を増すとともに高周波の異音が鼓膜に突き刺さる。
あまりの不快感に耐えきることができず、その場に倒れ込んだ俺の視界を、桃色が埋め尽くした。
そして――蓮杖龍一郎《れんじょうりゅういちろう》は、この世から消失した。